第13話 暴走族との対決

 午後7時20分。俺は閑静な住宅街にある立国川公園に着いた。

 日中は子連れの主婦の憩いの場であり、少年野球チームのグランドが隣接し、それら少年らの声で賑やいでるが、夜になると人通りが少ない事もある為、静寂に包まれる。

 だが、近年、夜の静寂はバイク音に切り裂かれ、近隣住民に多くの被害を与えている。

 事実、役場の交通課や防犯課に多くの苦情が寄せられているらしいが、公務の時間外の出来事であり、役場としては防犯ボランティアや警察のパトロールに頼るほかないようだ。

 防犯ボランティアは高齢化し、人も集まりづらい状況であり、そもそも逮捕などの権限が無い。

 また、彼らが下手に説得をしようとして刺激をしてはいけないので、結局警察に通報するぐらいしか出来ないが、警察の取り締まりにも限界があった。

 その理由としては近年の暴走族は信号を守りスピード違反も行わないケースが多く逮捕に結びづらい。

 空ぶかし等による騒音は二輪車で六千円。原付で五千円の過ぎず、効果的な罰則とは言い難い。

 そもそも未成年に対しては罰則を与えるのではなく更生を促すため、大抵注意で終わってしまう場合が多い。

 その事を暴走族側も理解しているのであろう、煽りや騒音などリスクの低い違反をグレーゾーンギリギリの線で行っている。

 未成年という事で法に守られている立場を利用し、暴走族を気取るのも呆れたものである。


(でも、それは今日で終わりにしてやるよ)


 俺はタイマンの予定時刻より早めに到着し、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードが現れるのを待っていた。

 間も無く、小刻みに刻まれたかしましい爆音がゆっくりと接近し、奴らの到来を知らせた。

 そして、そのまま公園内に入り込み、俺の存在に気付いたのか、俺を威嚇するかのように集団でグランドを一周した。

 十数台のバイクが停止すると、複数のヘッドライトがこちらへ向けられる。


「誰だ! テメーは!」


 バイクから降りた男の一人が俺の姿を見て、怒鳴りつけた。

 俺は腕時計を確認し、まだ午後の7時25分である事を確認した。

 やはり麗衣は時間前には来なかった。俺の狙い通りだ。


「アンタらが鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードだね? 俺はうるはの代理だよ」


「あ? 代理だぁ?」


 男は俺の返答が思いもよらぬ物であった事に首を傾げたようだ。

 そこへ、学校で麗衣と話をしていた赤銅亮磨あかがねりょうまが近寄ってきて、俺の顔を見て言った。


「テメーは美夜受とかいうズベ公の金魚の糞じゃねぇか? 何の用だ?」


 俺は恐怖で心臓が止まりそうになったが、深く息を吸うと、なけなしの勇気を振り絞った。


「今日はうるはは来れなくなった。その事を伝えに来たんだ」


 勿論嘘であるし、それで収まるはずも無い。


「何だとこの野郎! ふざけてんのか! ああっ!」


 思った通り、赤銅亮磨は激怒した。


「来れなくなりました。で、済むとでも思ってんのかあ!」


 赤銅亮磨は襟首を掴み今にも殴らんと拳を固めると、後ろから角刈りの男が赤銅亮磨の肩を抑えた。


「待てよ。亮磨。とりあえずコイツの話を聞こう」


「……チッ!」


 赤銅亮磨は振り上げた拳を下ろし、襟から手を離した。


「俺は赤銅三兄弟の次男。赤銅鍾磨あかがねしょうま鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの親衛隊長だ」


 薄手のシャツから覗かせる、鍾磨の腕は三角筋が丸く盛り上がり、上腕二頭筋と上腕三頭筋で覆われた腕は、まるであたかも丸太のようであった。

 素人の俺から見てもコイツが何かを使奴である事は一目瞭然であった。


「俺は小碓武。美夜受麗衣は俺の友人で、今日は麗の代理として話をしに来た」


「で、その代理とやらが何の用だ?」


「出来ればリーダーと話をしたいけど、居ないの?」


「ああ。総長は少し遅れてくる。8時までかからないだろう」


 これは予想外の展開だった。

 リーダーが居なければ俺のは破綻する。

 どうすれば良いか。少しでも時間稼ぎをしなければ。

 しかし、その間に麗衣達が来てしまっても本末転倒だ。

 時間を稼ぎ、なおかつ麗衣が来る前に決着をつける。

 難しい問題だが、取り合えずリーダーが居なければ話にならないので、まずは時間を稼ぐ事にした。


「リーダーと話をしたい。少し待てないか?」


「駄目だ。俺が代わりに話を聞こう」


 鍾磨は頑として譲りそうもない。仕方がない。


「麗のメンバーの代わりに俺がタイマンをする。だからリーダーと勝負したい」


「あ? テメェ正気か?」


 言われるまでも無く、我ながら正気の沙汰とは思えない。

 無論、俺が暴走族のリーダーと喧嘩して勝てるはずも無い。

 俺の狙いはで暴走族を倒す事では無いのだから。

 俺は恐怖による震えを必死に抑え、話を続けた。


「最初からアンタ等のリーダーは来る気がないんじゃないのか?」


「なワケあるか。総長は生意気なビッチを輪姦まわす時、俺が一番にヤルって張り切っているぜ」


 鍾磨の品の無い物の言い方に反吐が出る。

 絶対にこんな連中と麗衣を喧嘩をさせては駄目だ。


「とにかくリーダー……いや、総長とタイマンしたいんだけど」


 俺の一言で、100パーセントアウェーのギャラリーが火が付いたように騒めいた。


「ああ! 総長とタイマンだと! ふざけんなこら!」

「総長を舐めてんのか! 俺が殺してやるぜ!」

「小僧! テメー死んだぞ!」


 殺気づくギャラリーを制するように鍾磨は片手を上げ、俺に言った。


「何か勘違いしているようだが、お前がうるはの代理であるって証拠も無いのに、何で突然現れたお前の言う事をこちらが聞く必要があるんだ?」


 鍾磨の反論は最もであるが、俺と麗衣が知り合いである事を分からせれば良いのだろう。


「俺が麗衣と居たのは赤銅亮磨あかがねりょうまも見ていただろ?」


「只の金魚の糞と聞いているぜ。……オイ! お前!」


 鍾磨は暴走族の仲間たちの方へ手招きし、一人の男を呼び寄せた。

 その想定外人物男の顔を見て、俺は声を失った。


「お前、うるはのズベ公と同じクラスだって言っていたよな?」


「は……はい」


 おどおどとした様子で鍾磨の隣に現れたのは棟田だった。

 脅え様からして棟田は暴走族とは関係ない部外者で、恐らく麗衣の知り合いという事で同行しているという事だろう。


「コイツとうるはのアマってどういう関係だ?」


「あ……はい。美夜受みやずとコイツはクラスメートですが殆ど接点は無かったと思います。あんまり美夜受が学校に来ないっていうのもありますが……只、今日になって急に仲良さそうにしたのは確かです」


「コイツがうるはの代理になれると思うか?」


「いや、なれるはずがありません。コイツ自身は雑魚ですから」


「そうかい……オイ! うるはの代理さんよぉ。コイツの話によるとテメーは雑魚らしいが、如何だい? コイツと喧嘩して勝てたら総長とのタイマン考えてやっても良いぜ?」


 厄介な事になった。

 このまま暴走族ではない棟田一人を潰すだけで終わってしまう。

 何としてでも総長とのタイマンに漕ぎつけなければならないが……。


「分かった。それで良い」


 こうなってしまった以上、仕方がない。

 棟田に勝とうが負けようが、総長が現れたら一発でも見舞えば計画通りに進むかも知れない。


「フン。やる気になったか。オイ。お前、さっさとコイツをヤレ!」


「はっ……はい。分かりました!」


 棟田にとっても予想外の展開であったのだろう。

 戸惑いながら返事をした棟田は俺の面前に進み出た。


「テメー……ふざけたことしやがって。大方、あのビッチに脅されたか、ヤラせてくれるって約束で代理なんか引き受けたんだろ? どうせテメーを犠牲にしてアイツは逃げるつもりなんだろうよ!」


 どうやら棟田には麗衣がその程度の女にしか見えないらしい。

 これが麗衣に対する一般的な印象だとしたらあまりにも報われない。


「麗衣はそんな誇りの無い女じゃない。それにアイツは凄い奴だし、良い奴だよ」


「ハッ! どうせ、たまたま少し優しくしてもらって勘違いしたってところだろ? それで利用されて馬鹿な奴だぜ」


 馬鹿はコイツだよ。麗衣がそんな奴としか見ていないのだから。

 いや……昨日一度死ぬ前の俺も棟田と似たようなものだったのだろう。とても人の事は言えないな。


「さっさとテメーをボコって俺も鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードに入れさせて貰うぜ。これで俺も族になれるぜ……はははっ」


 やるしかないか。

 俺では総長どころか、暴走族ですらない棟田にも勝てない事は分かっている。

 それに俺の計画とは無関係なので勝つ必要がない。


 でも――


(だからさ。せめて復讐とまで行かなくても、武の事を舐めたら痛い目に会うってことを分からせてやるぐらいには鍛えてやるよ)


 麗衣の言葉が頭をよぎる。

 こんな事を言ってくれた麗衣の為にも、せめて一矢ぐらいは報いて見せる。


 俺は麗衣に教わった構えを思い出し、棟田と向き合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る