第12話 決別と決意

 赤銅あかがね達が去り、屋上の扉が閉まった事を確認する。


「麗衣……どうするんだよ?」


 俺は不安になり麗衣に尋ねた。


「どーするもこーするもねーよ。やるしかねーだろ?」


 人の気も知らず、麗衣が平然と言って退けるので、俺は少しイラつきながら言った。


「幾ら麗衣が強くても暴走族なんか相手にするのは無謀だよ!」


「そうか? 寧ろゴミどもを叩き潰す良い機会じゃねーか? 他の奴らも喜ぶだろうに」


「でも……何も麗衣がそんな事しなくても良いじゃないか? 危ないよ」


「……」


 麗衣は返事をする事も無く黙り込んだ。


「何で麗衣がやる必要があるの? 麗衣がしなくたって暴走族の追放なんて他の人にやって貰った方が良い」


 すると、麗衣は急に激高したように大きな声を上げた。


「あたしがしなかったら、一体誰があいつ等を潰してくれるんだ!」


「……麗衣?」


 麗衣の様子が明らかにおかしい。

 何か触れては行けない事に触れてしまったのか?


「誰があいつ等を潰すんだ? 大人達か? 大人は仕事と家庭で精一杯で君子危うきに近寄らずだ。それとも警察か? 無理に追跡して市民が事故に巻き込まれないようにとか、もっともらしい事を言って警察署の前で爆音を鳴らしていてもロクに取り締まりやしない。交番なんざ肝心な時はパトロールでいつも留守だ。まぁ交番の人数で止められるとも思えねーけどな。誰もやりたがらないけど誰かがやんなきゃいけないんだ! だから、あたしがやるんだよ!」


 溜めていたものを吐き出すかのように、感情が高ぶった麗衣は一気に捲し立て、俺は口を挟む事すら出来なかった。


「誰かが如何にかしてくれる。皆そう考えて他人に頼りきりで自分は何もしない! 他人なんか当てにしてたら何時までもアイツ等は放置されっぱなしのままだ! ……あいつ等さえ……暴走族さえいなければ……あの子も……」


 そこまで言うと、麗衣は急に冷静になったのか、トーンを落として謝罪した。


「わりぃ……今のは忘れてくれ」


「ああ。気にしていない」


「助かる。……あと、今後あたしに関わらない方が良い」


 麗衣の思わぬ一言で、今度はこちらが激高しそうになった。


「はぁ! ちょっと待て! 何でだよ!」


「分からねーのか? あたしがチーマーだってばれた事で、あたしとつるんでたらアンタの評判も下がるだろ?」


「元々俺の評判なんか地の底だろう。俺の評判なんかどうでも良いんだ! それよりか俺は麗衣と一緒に居たいんだ!」


 俺の言葉に麗衣は一瞬困惑の表情を見せ、目深にベースボールキャップを被りなおすと、麗衣は横を向いた。


「アンタも変わっているな。アンタを下僕扱いしている、あたしと一緒に居たいって」


「でも麗衣は昨日言ったじゃないか? 『一緒に生きて行こう』って」


 麗衣は赤面して俺の方を振り返る。

 俺と視線が合うと、慌てて目を反らした。


「はぁ……勢いとはいえ、あたしも随分恥ずかしい事を言っちまったなぁ……」


 麗衣は深くため息をついた。

 その様子は先程までの赤銅あかがねと渡り合った麗衣の面影は無かった。

 暫しの間、戸惑った様子をみせていたが、それでも麗衣は迷いを振り払うかのように強い口調で言った。


「でも、ダメだ。今後、あたしは学校だけじゃなくて色々な場所で狙われるかもしれない」


「だって、一人の方が危ないだろ?」


「あたしは一人じゃねーよ。仲間が居るからチームなんだぜ。だから、武が心配する必要はねぇよ」


「でも……今日の事は元々俺のせいだし……」


「じゃあはっきり言ってやるよ」


 麗衣は鋭い視線を俺に向けて言い放った。


「テメーが居ても足手纏いなんだよ。あたしの事はあたし自身が何とかする。でもテメーのお守りまではできねーんだよ」


 否定する事が出来ない、揺るぎようのない事実を突きつけられ、俺は一切の言葉を失った。

 暫しの間、反論が出来ない俺を睨みつけていた麗衣は視線を外すと横を通り過ぎた。


「じゃあな……。アンタのとの関係もこれまでだ。二度と話しかけて来るなよ」


 屋上の扉が開かれ、麗衣は校舎の中へ入るまでの間、その顔は一度たりとも俺の方を振り向く事は無かった。


              ◇


 俺は家に帰宅した。

 母親は途中から授業を抜け出した事で、学校から電話がかかって来たとか、何かごちゃごちゃ言ってきたが殆ど俺の耳に入らなかった。

 自分の部屋に入り、ドアを閉め、親の雑音をなるべくシャットアウトした。

 俺はベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めながら先程の事を思い出していた。


「二度と話しかけて来るなよ……か……」


 恐らく、麗衣が族潰しのチーマーである事が赤銅等に知られなければこのまま関係は続いていたかも知れない。

 多分本意ではない。

 たった二日の付き合いとはいえ、麗衣の優しさは充分伝わって来たのだから。

 麗衣としては何としてでも俺を巻き込みたくなかったのかもしれない。

 優しすぎるが故に憎まれ役も辞さないから、周りから勘違いされやすいのだろう。

 つくづく損な性格だ。


「足手纏い……か……」


 これに関しては紛う事のない事実だ。

 今日パンチの打ち方を教わったが、一日やった程度では付け焼刃にすらならない。

 むしろ、側にいる事で麗衣の足を引っ張る事になりかねない。

 確かに俺が麗衣にしてやれる事は何も無い。

 残念ながら、俺は何もしないで離れるのは麗衣にとっても不安材料がなくなるから良い事なのだろう。

 でも、本当にこのままで良いのか?

 麗衣が強いのは間違いない。

 しかし、相手は棟田のような中途半端な不良ではなく本物の暴走族だ。

 幾ら格闘技をやっているとはいえ、女子である麗衣が勝てるという保証は無い。

 いや……既に暴走族側に被害が出ている事から麗衣にも実力に裏付けられた勝算があるという事か?

 それはそれで別の不安が頭をよぎる。

 麗衣が暴走族潰しを行っているのは何か理由があるのだろうか?

 麗衣の様子から、暴走族に対して深い憎しみがあるのは察する事が出来る。


「とにかく……放置は出来ないよな」


 麗衣は暴走族を放置していると思っている大人や警察等に対しても強い嫌悪感を抱いていた。

 ならば、俺が考えられる限りで俺の出来る事をやるまでだ。

 俺はインターネットを検索し、ある調べ物をした後、スマホ画面に映るダイヤルボタンを押した。


              ◇


 電話を終えると俺は時間を確認した。

 検索に時間をかけてしまったので時計の針は午後の7時10分を回っている。

 俺は急いで私服に着替え、親が何事かブツブツと説教を垂れているのを無視し、靴を履き外へ出る。


 あとは成る様に成れ。

 どうせ一度は死んだ身だ。

 あの時、麗衣と一緒に飛び降りた経験を思い出せば何も怖くない。

 何よりも怖いのは麗衣との繋がりが断たれてしまう事だった。

 俺は勇気を奮い立たせ、立国川公園に向かった。

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