第49話 盤上に踊る駒

鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロード邊琉是舞舞ベルゼブブにぶつけるだって? そんな事出来るの?」


 猛の提案に耳を疑った。


「今日、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの特攻隊長がやられたんでしょ? しかも、正々堂々と行われたタイマンの末に負けたのならとにかく、不意打ちに近い形でやられたとなったらこのまま黙っていないでしょ?」


「それはそうかも知れないけれど、どうやって鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを動かすんだよ?」


「幸い特攻隊長と同じ学校だから鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードと同盟を結ぶのはどうだろう?」


「はぁ? 何言ってるの?」


 猛は麗衣の暴走族嫌いを知らないからそんな事を言えるのだ。

 姫野先輩が赤銅亮磨あかがねりょうまを助けようとしただけで不機嫌になったぐらいなのに、同盟なんか結べる訳がない。


「物の見方を変えるんだよ。“夷を以て夷を制す”って言うけど、同じ暴走族同士潰し合って貰えば、君のガールフレンドも喜ぶんじゃないか?」


「理屈はそうかも知れないけれど、麗衣がそんな提案聞き入れるとは思えないけれどなぁ……そもそも、どうやって同盟を結ぶんだよ?」


「簡単さ。今回のタイマンを鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの特攻隊長に譲るんだよ。君達は敵同士が潰し合いしている様を高みの見物さえしていればいい」


 確かに麗衣はまだ顔の傷が治っていないのだからタイマンなんかさせられない。

 勝子や姫野先輩も強いが、柔道を使い、不意打ちとは言え赤銅亮磨を締め落とした身毛津の実力も相当な物だろう。

 恐らくどんな相手が来ても勝子ならば勝てそうな気がするけれど、ハードパンチの為に拳を痛めるのではないかという不安がある。

 それに、彼女らの誰がタイマンをして勝てたとしても無傷で居られるという保証は無い。

 本当は俺が代わりにタイマンを張れればいいのだけれど、残念ながら今の俺では勝てない事は分かり切っているし、うるはの命運を賭けるなんて事はとても出来ない。


「そうだね……麗衣が受け入れるか分からないけれど、俺の先輩が鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの特攻隊長と同じクラスらしいから話が付かないか頼んでみる事にするよ」


「本人を動かすのが難しい場合、そうやって、まずは周りから固めて行くのは良い方法だと思うよ」


「ああ。その通りかもね。ありがとう。色々と助かったよ。今日は猛に相談してよかった」


「どういたしまして。今度は出来ればすぐにどうなったか教えて欲しいな。前は全然連絡来なくて武君までパクられたのかもって心配していたんだぜ?」


「うっ……それは悪かったよ」


「あはははっ! 良いって。色々大変だったろうからね」


「今度改めて礼はさせて貰うから……じゃあまた連絡するから明日は宜しく頼むよ」


「うん。武君も無理しないようにね。じゃあね」


「ああ。じゃあね」


 こうして、俺は猛との電話を終わらせた。


 結局猛に頼らざるを得ないのか?

 本当に猛を信じ切って良いのだろうか?

 しかし、他に良い作戦も思い浮かばない。

 猛に対して一抹の不安を抱きながらも、猛の言うとおりにする他ないだろう。

 姫野先輩の連絡先は知らないので、明日早めに行って姫野先輩に相談するしかなかった。



              ◇



「妙に感が良いね。武君は」


 そう言いながら、猛はディスプレイ上のチェスゲームに視線を向けた。

 驚くべき事に、猛はオンラインでチェスのゲームをやりながら、武と会話をしていたのだが、盤上は猛の駒が蹂躙していた。

 猛は盤上のクイーンの駒を動かし―


「チェックメイト」


 相手は抵抗を止め、猛にメッセージを送って来た。


 ―参りました。私の負けです―


 このチェスゲームはユーザー登録さえ行えば世界中の誰とでも対戦が行え、対戦中にチャットメッセージを送る機能が付いているのだ。


 ―お相手頂き、ありがとうございました。天網さん―


 降参したユーザーのアカウント名は「天網てんもう」と付けられていた。


 ―いやぁ、取石鹿文とろしかやさんは強いですね。私もチェスには少々自信があったのですが―


 一方の猛は取石鹿文というアカウント名を付けていた。


 ―天網さんも強かったですよ?―


 ―いえいえ。慰めて頂かなくても大丈夫ですよ。ところで、負けてしまったから約束通り私の罰ゲームですよね? 何をすれば宜しいのでしょうか?―


 二人はチェスゲームを対戦する際、負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ聞くと約束を取り付けていたのだ。


 ―罰ゲームと申しましても、貴方がいつもされている事をして欲しいだけですよ―


 猛のメッセージの後、返事をするのか迷っていたのか?

 暫くチャットの返信が途絶えるが、数分後、天網からのメッセージが返って来た。


 ―あらあら……。もしかして、私の正体をご存じでしたか?―


 ―勿論ですよ。アカウント名でバレバレじゃないですか?―


 ―ははははっ。まぁ。そうですよね。―


 ―実は天網さん達の活動を応援していまして、天網さんのSNSをフォローさせて頂いてまして、チェス好きでこのゲームをされていると知りました。以前からずっと貴方と対戦して、こうやってお話がしたかったのですよ。正義感の強さとその行動力には常々感銘を受けております。―


 ―おだてないで下さいませ。ですが、私達の活動を支持してくださるのはとても嬉しいです。―


 ―おだてていませんよ。心底、天網さんのなさっている「世直し」活動を聞くたびに快哉を叫んでおります―


 ―私達が必ずしも正義であるとは思っていません。本来は私達が「世直し」等しなくても誰もが正しい行動を出来れば良いのですが―


 ―いえ。警察では裁けない、法の穴からすり抜けた「悪」というものは残念ながら何処にでも存在しますからね。それを裁くのが「天網」……ですよね?―


 ―そこまで私達の行動理念をご理解して頂けて光栄です。それで、取石鹿文さんは私にどんな「悪」を裁いて欲しいのですか―


 ―実は私のが脅迫を受けておりまして。助けてあげて欲しいのですよ。裁いて欲しい「悪」はこれです。―


 そして、猛は武から連絡が来る前に既に調べていた身毛津のSNSと動画のURLをチャットのメッセージで送った。

 天網はSNSと動画の内容を確認しているのか?

 暫く天網からのメッセージが途絶えたが、数分の後、返信を寄越した。


 ―成程……これはご友人の事を抜きにしても許されざる「悪」ですね。良いでしょう。取石鹿文さんのお願い聞き届けさせて頂きました。是非とも私達に任せて下さいませ。―


 ―ありがとうございます。こんな事、天網さん達しか頼れないと思いまして―


 ―いえいえ。取石鹿文さんのようなお友達想いの方のご友人は幸せですよね。―


「お友達想い……ねぇ」


 猛は苦笑いしながら、そう独りちた。


 ―そう思ってくれたら良いですけれどね。もしかすると余計なお世話かと思われるかも知れませんよ?―


 ―そんな事は絶対ないですよ。きっとお友達には取石鹿文さんの優しい想いは伝わりますよ。―


「知りもしないくせによく言うよな……偽善者が」


 猛はそう言いながらもチャットには天網に対する賛辞のメッセージを書き込んだ。


 ―そうだとしたら嬉しいです。こんなお願いを出来るのは、天網さんの正義の活動を知ったからですよ。私ひとりでは何も出来ませんでした。―


 猛は長文となったメッセージを一旦区切ると、素早く次のメッセージを送った。


 ―天網さん達の正義の活動でまた一つ「悪」が正される事を願います。宜しくお願い致します。―


 ―はい。お友達の事は安心してください。では、さっそく準備に取り掛かりますので、今日はこのあたりで失礼致します。―


 ―今日はありがとうございます。失礼致します。―


 猛が別れのメッセージを送ると天網は最後に次のようなメッセージを送り、ログアウトした。


 ―天網恢恢疏而不漏―


 メッセージを冷ややかな目で見つめながら猛は呟いた。


「彼らが悪を見逃さない天の網目だとしたら、当然麗衣達も例外じゃないって事かな?」


 そして、ディスプレイに映るチェスの盤に目を移し、最後の一手を思い出し、笑みを浮かべた。


「さてと……クイーンを動かしたわけだけれど、盤上で最後に残る駒は何だろうね?」


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