第67話 美夜受麗衣(キックボクシング)VS十戸武恵(空手+柔道)(2) ムエタイ風総合対策

「わあっ……やっと本気出してくれるんだ。なんかゾクゾクするね」


 十戸武はどういう訳か目を輝かせて嬉しそうにしていた。


「あたしは全然嬉しくねーけどな。十戸武ってさぁ、可愛い顔しているけど、あたし以上に喧嘩好きなのか?」


「お世辞でも可愛いって言ってくれてありがとう♪ 可愛さと格好良さじゃ美夜受さんには負けちゃうけど、ストリートファイトでは負けたくないかもね」


 十戸武はやたらと、あたしみてーな何時も喧嘩で顔に絆創膏貼ってるようなロクで無しの容姿を褒めるけど、あたしと正反対な如何にもお嬢様っぽい美人からそんなことを言われても何処まで信用していいものやら。


 まぁそんな事、今はどうでも良くて、この正義に狂った馬鹿を力づくでも止めねーとな。


「喧嘩であたしに勝とうなんて百年はえーって事を教えてやるぜ! 明日立ち上がれなくても知らねーからな!」


「それは私の台詞だよおっ!」


 言葉の牽制が終わり、今度は物理的にお互いの距離を詰める。


 十戸武はしきりにジャブを打つ素振りを見せるが、これは恐らく誘いだ。


 サウスポースタイルである私の前手である左手に軽くパンチが触れると、右ストレートを打とうと十戸武の左足に体重がかかるタイミングを見逃さなかった。


 サウスポー対策のセオリーとして右ストレートを軸とした戦い方を考えていたのだろう。


 でも、あたしはスパーリングでもアマチュアキックボクシングの試合でもオーソドックススタイルの敵が殆どなので慣れている。


 ましてやストリートファイトでは猶更だ。


 あたしは少し右前へステップインし、パンチの軌道から身を逸らしながら十戸武の前膝内側への左ローキック、所謂インローを叩きつけた。


「つうっ!」


 インローで足を払われ、前足を外に開かれた十戸武はバランスを崩した。


 更にあたしは少し爪先を左に向け、足の角度を45度くらいにすると足裏全体で十戸武の身体を密着させ、爪先に力を入れて突き放した。


 この前蹴りはティープといい、ストッピングであり相手を突き放して距離を取るのが目的であり、ダメージを与える事を目的としている訳ではない。


 柔道を使う十戸武の接近をなるべく許さない為、なるべく突き放して戦いたい。


 蹴りの間合いで戦えばあたしに分がある。


 総合格闘技のルールに近い空手を使う十戸武は腰から上を打つ廻し蹴りなどはキャッチされる可能性も高いので実戦で使うのを躊躇するだろう。


 十戸武は蹴りに関してはローキックや至近距離での膝蹴りぐらいしか打ってこないと、あたし達は女子スパーリング会で想定していた。



 あたしは小さなステップを入れて、スキップするように左足で床を蹴り、その反動でそのまま前足も強く踏み蹴り左手を振り上げながら、足にありったけのパワーを乗せた左ミドルを十戸武の腕にぶち込んだ!


 肉と骨が激しくぶつかり合う音が駐車場内に木霊する。


 十戸武は閉じた両腕で、あたしの左ミドルをモロに受け止め、苦しそうな表情を浮かべた。


 思った通りだ。


 左ミドルは膝でカットせず、腕でガードしようとすると腕や肘を痛めやすいのだ。


 空手だと中段蹴りは腕でブロックするし、総合でも片足立ちで膝ブロック何て体勢が不安定になりそうなリスキーな事はあまりやらないだろうな。


 総合格闘家に足を取られたら終わりだろうが、サムゴーを模範にしたあたしの最強の武器けりは絶対にキャッチされない自信があった。


 あたしは更に立て続けに二発、三発とリズムよく、ミドルキックをキックミットへの連続蹴りのように十戸武の腕に叩きつけ続けた。


 そして、あたしはミドルを連発するように見せかけ、右のジャブから左ストレートのワンツーを放ち、十戸武のガードを固めている掌を叩いた。


 これで上への攻撃を意識させると、あたしはワンツーが構えの位置にしっかり戻ってから踏み込み、強く奥足への左ローキックを放った。


「つうっ!」


 攻撃で上を意識させた為、綺麗にローキックが奥足の太腿に決まり、十戸武は短く苦痛の呻き声を上げる。


 恐らく明日はまともに歩けないんじゃないのか?


 でも、十戸武は果敢にも距離を縮め、あたしの後頭部に手を回し引き付け、首相撲の体勢に入った。


「……やっぱりもの凄く強いね。蹴りの間合いじゃ私なんかとても相手にならないよ。……でも組んじゃえば私の勝ちだよ!」


「それはどうだろうな?」


 身毛津との戦いでは十戸武は首相撲から膝蹴り連打で弱らせ、払い腰で巨漢の身毛津を投げ飛ばしていた。


 恐らく十戸武の得意な攻撃パターンかも知れないけれど、ムエタイスタイルのあたしはその道の専門家だ。首相撲の対決ならあたしに分がある。


 そして十戸武もその事を承知しており、首相撲の勝負と見せかけて、投げるのが本命だろう。


 案の定。


 あたしも十戸武の後頭部に手を回し、首相撲の体勢を取ると、十戸武はすっと腕を抜き、あたしのホットパンツのベルト部分を掴んだ。


 恐らく足をかけて、腰にあたしを乗せて投げようとしているのだろう。


 十戸武は左足をあたしの左足の外に出して、引っかけようとしたので素早く足を引くと、その足で十戸武のボディに膝蹴りを見舞った。


「ぐふっ!」


 十戸武の苦痛の声が漏れ、息が詰まった。


 幾ら腹をボディ打ちで鍛えているとは言え、脚力は腕力の三倍はあるとも言われている。


 まともに入ればボディブローとは威力が比較にならない。


「どうだい? 妃美プロキックボクサーさんのサンドバックになりながら取得した膝の味は? 美味いかい? おかわりは無料サービスでくれてやるよ!」


 逆の足で更に膝を腹に減り込ませる。


 でも、十戸武はまだあきらめずに、そのまま抱き着くように胴に腕を回してきた。


 密着する事で膝蹴りを封じ、あたしを投げるのが目的だろう。


 そうはさせないぜ。


 あたしは両腕の肘を突き出すようにして密着させない様に十戸武の両肩に当て、前腕の肘近くと十戸武の肩が触れた位置を支点として、腰を引くと十戸武の腕が外れた。


「ああん! もおっ! そんなぁ~!」


 あっさりと腕を外された十戸武は驚いた様な声を上げていた。


 馬鹿!


 喧嘩中にそんな色っぽい声出してんじゃねーよ。


 敵であるのにも関わらず、あたしは忠告したい気分になったけれど、その気持ちを無理矢理引っ込めた。


 あたしは十戸武が動揺していても容赦せず、腰のタメを利用して膝蹴りを突き刺した。


「うぐうっ!」


 あたしから離れた十戸武は硬直し腹を抑えながら、一瞬目の色が無くなっていた。


 ワリィな十戸武。


 喧嘩なんてお前には向いてないって事が分かるまでトコトン教育してやるぜ。


 膝蹴りで一旦突き放された十戸武はあたしに牽制のジャブを突き、胴へタックルを仕掛けてきた。


 足へタックルされて掴まれたらジ・エンドだったけれど、コンクリートの地面では膝や肘を擦りやすい低い姿勢からのタックルはリスキーだと判断したのだろう。


 コイツ……学校ではよく抱き着いてくるから違和感なかったけど、何時もみたいに、つい抱き着くのを許して体を密着させてしまった。


「う~ん……いつもの抱き心地より薄着のスポーツブラは気持ち良いなぁ……本当はずっとこうしていたいから残念だけど、勝たせてもらうよ♪」


 オイオイ。コイツ、さっきの膝で悶絶しかけたよな?


 その位結構なダメージを受けているはずなのに十戸武はふざけた事をぬかしやがった。


 戦い中にも関わらず、胸元で頬ずりしながら気の抜ける様な事を言っているけれど、結構色んな意味でヤバイ状態だよな。


 あたしは胸を支点にして、なるべく腰を引いて距離を少しでも取ると、腕を強引に差し込み、右足を引いた。


 そして首を取り、左足を軸にして片足を引くと十戸武の体勢が崩れた。


「わわわっ!」


 イチイチ反応が可愛らし過ぎて、段々攻撃するのが辛くなってきた内心とは裏腹に、身体の方は反射的に身に染み付いた動きで容赦なく膝を突き刺した。


「ごええっ!」


 吐く様な声を漏らしたので、十戸武を解放してやると、左手を地面に突き、右手で腹部を抑えながら地面に戻した。


 あたしは情けで追撃をせず、胃液が地面を汚す様を見守る。


 これで実力の差ははっきりと伝わっただろう。


 早く降参しやがれ。


 これ以上続けてもお前の体が傷つくだけだ。


 もう止めろ。


 でも、あたしの願いも虚しく、十戸武はヨロヨロと立ち上がってしまった。


「はあっ……はあっ……本当に……美夜受さん……強いね……捕まえ……られれば……何とか……なるかも……って思ったけれど……全然……テイクダウン……出来ないし……投げられ……ない」


 十戸武は前髪を乱し、整った顎に伝わる胃液を拭い、涙目でわたしを見上げながら言った。


「まぁな。あたしみてーな立ち技の人間は寝技喰らったらお終いだからな。総合相手にするの分かっていたら、それなりの対策はしてくるってモンよ」


 ムエタイの選手は日本人と試合をしている時、滅多にコケさせられる事は無く、逆に日本人の選手は簡単にコケさせられてしまう。


 それだけムエタイの選手の足腰が強靭という事だが、この特徴を生かし、総合格闘技で活躍するムエタイの選手も多いらしい。


 あたしは日頃から妃美さんや男子相手に首相撲で鍛えているのだから、足腰の強さには自信があったし、例え柔道スキルがある十戸武だろうが容易く投げられるものではないと確信していた。


「やっぱり……美夜受さん大好きだよぉ……こんなに私を痛めつけてくれて……、嬉しすぎる……素敵すぎる……強すぎる……格好良すぎる……友達としても、天網の……仲間としても……絶対に欲しいよぉ……絶対に……勝つんだ……」


 何かあたしを礼賛しながら、さりげなくMっぽい発言が混ざっていたのは聞き間違いか?


 確認するのが怖いのでその事に関してはスルーして十戸武に尋ねた。


「まだそんな事言ってやがるのか? さっさと参ったしやがれ。テメーじゃあたしには絶対に勝てねーよ」


 私と会話をしている間に息も整ってきたのか、十戸武は先程よりは少しだけ楽そうに話した。


「私も……美夜受さんもまだまだ全力を出し切れていない……。勝負はこれからだよ? だって……、美夜受さん……、また私の顔一発も殴ってないよ?」


 だからだろうが友達ダチの、しかも女の顔なんか殴れねーんだよ。


 それにサウスポースタイルにしてから、あたしが圧倒しているのに顔を殴る必要なんて無い。


 そんな事を言っても無駄そうだから、あたしは嘘をついた。


「たまたまだ」


「顔面も遠慮なく殴打してくれた方が美夜受さんを私の体に刻み込んでいるみたいで嬉しいんだけれどね……」


 ヘンな奴には慣れているつもりだったけれど、こればかりは少し引いた。


「……テメーもしかしてアブナイ奴だったのか?」


「うふふふっ……そういう美夜受さんだって、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードと喧嘩していた時もそうだったけれど、多分何時も最初から本気出さないで結構パンチ打たれているよね? アレってワザとでしょ」


 コイツ、あたしの事をお前と同類にする気か?


「な訳ねーだろ! それよりかもう止めとけ。これ以上やると怪我するぞ」


 これ以上殴りたくねーんだよ。


 とは言えない。


 まだ友達ダチだった未練があると思われたくないからだ。


 それにこれ以上十戸武一人に時間を掛けている訳には行かない。



 あたしは十戸武と充分に距離を取りチラッと周囲を見渡す。


 まず視界に入った勝子は当然の如く勝利を収めていた。


 まぁ勝子に関しては一切の心配をしていない。


 心配なのはまだまだ格闘技初心者の武と、化け物を相手にしている姫野だ。


 武は……やりやがった!


 丁度、武の左アッパーが岡本忠男の顎を突き上げ、そのままスローモーションのようにぶっ倒れる姿が目に入って来た。


「マジかよ! 見ろよ十戸武! あれがジャイアントキリングって奴だぜ!」


 十戸武はあたしの指さす方向に振り返った。


「忠男さんと依夫さんが負けた何て……特に小碓君が勝つのは想定外だったよ。でも、これは集団戦。私と長野さんが居れば大丈夫だよ」


「何? 長野だと?」


 あたしは武が勝利を収めた事で嬉しくなり、一番危険な相手と戦っている姫野の事を失念しかけていた。


 姫野がタイマンしている方に目を向けると、あたしは愕然とした。


「姫野!」


 そんな……。


 あの姫野が地に突っ伏している。


 あたしの中学時代は手も足も出なかった、今でも多分あたしより強いあの姫野が。


 長野相手でも姫野ならば何とかしてくれるんじゃないかと甘い期待をしていたけれど、男子でもトップクラスだった格闘家相手に、例え姫野でも一人では敵うはずが無かったのか。


「くそっ! 今助けるぞ!」


 あたしが迂闊にも十戸武を放置して姫野を助けに行こうとした時だった。


 十戸武は片足をあたしの両足の中間辺りまで踏み込むと同時に、あたしの足を取りに来た。


「しまった!」


 足を取られるのは、あたし達立ち技系格闘技を使う者にとって最悪の事態である。


 それに柔道を使う奴に足を取られるのはキックボクサーに蹴りを取られるのとは訳が違う。


 十戸武は脹脛の外側から抱えるようにとり、あたしの重心を崩しにかかる。


 油断をしていた上にこの状態からの対処法を知らぬ為、対応できなかった。


 十戸武はしっかりと握った釣り手で、あたしを後ろ側へ強く押して倒した。


 これは姫野とのスパーリングや中坊の頃、姫野に喧嘩を売った時に喰らった事がある。


 柔道の朽ち木倒しって奴か!


 倒される瞬間、あたしは咄嗟に顎を引き、首筋に手を当て、頭がコンクリートの地面にぶつかる事だけは防いだが、腰を強打して全身が痺れる。


「痛っ!」


 だが、危機はこれだけで終わらない。


 コンクリートに倒れされた衝撃で身動きが取れないあたしに十戸武が容易くマウントポジションを取った。


「捕まえたあっ♪ うふふっ……今から美夜受さんに私をたっぷり刻み込んであげるんだから♪」


 十戸武はうっとりとした表情で心から嬉しそうに笑いやがった。

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