第113話 小碓武VS遠津闇男 座頭市気取りの時代遅れか?

「きゃあっ!」


 遠津に切りかかられた静江はヌンチャクで止めようとしたが、紐部分が切られ、地面に尻もちを着いた。


「危ない!」


 香織は追撃をかけようとした遠津の真剣を上段受けで防ぐが、刃がトンファーの樫木に食い込んだ。


「くっ!」


 香織の怯えた顔を見て、遠津は弑逆的な笑みを浮かべると、刀を引き、トンファーを切断しながら勢いを止めず、切っ先が香織の腕と胸を切りつけ、ダブルのライダースジャケットを切り裂いた。


「きゃあああっ!」


 斬られた香織を見て静江が悲鳴を上げる。


 奇跡的に出血はしてなさそうだが、トンファーと厚手のライダースジャケットを切り裂いた遠津の刀は模造刀などでは無かった。


「この野郎! ボクが相手だ!」


 一瞬、吾妻君の瞳に男らしい気迫が宿った様に見えた。


 止める間も無く、無謀にも装備と言えばパンチグローブを嵌めただけの吾妻君が突っ込んで行ったのだ。


「馬鹿が! 素手で刀に歯向かえると思うのか!」


 遠津は吾妻君の薙ぐように刀を振ると、吾妻君の革ジャンを羽織ったアバラ辺りに刀が当たった。


「「香月!」」


 勝子と麗衣が声を揃えて吾妻君を案じ、名を叫んだ。


 丈夫な革ジャンを着ているとは言え、刀で腹を切られたらタダでは済まないだろう。


 だが―


「捕まえましたよ! 今です!」


 不思議な事に切られたはずの吾妻君は何事も無かったかのようにパンチグローブを嵌めた両手で刀身を握り、遠津の動きを封じた。

 何故切られても動けるのか謎であるが、皮製のパンチグローブと内部がバンテージで巻かれた手ならば少しぐらいは刃を握っていられるかも知れない。


「手を離せ! 指が落ちるぞ!」


 姫野先輩がそう叫ぶと、吾妻君は刀を離した。

 だが、姫野先輩が打ち込むには充分の隙だった。


 姫野先輩は横目で吾妻君が刀を離したのを確認すると、間髪入れず刀の峰を叩き、切っ先を地面に叩き落し、重量感のある警棒を素早く振り上げ、渾身の力を込めて遠津に面を叩き込んだ。


「ぐわああああっ!」


 遠津は刀こそ手放さなかったが、額を押さえながら1歩、2歩と後ろによろめいた。


「可愛い後輩を傷つけたのは万死に値する。骨の2、3本で済むと思わないでくれよ?」


 姫野先輩が遠津に止めを刺すべく警棒を振り下ろそうとした、その時だった。


「なっ!」


「遠津! やっちまえ!」


 背後から環先輩にぶちのめされたはずの大羽狩夢が姫野先輩を羽交い絞めしていた。


「この野郎! 気絶したフリをしていやがったか!」


 環先輩の瞳に怒りの色が宿り飛び出そうとするが、遠津が刀で牽制し、動きを止めざるを得なかった。


 幾ら彼女でも刀相手に素手で立ち向かう事は出来ず、歯噛みした。


「ぐっ! 放すんだ!」


 姫野先輩は必死に逃れようとするが、流石の姫野先輩でもラガーマンに羽交い絞めされては逃れる事が出来ない。


 そうこうしている内に敵も何人か回復し、再び襲い掛かってくるため、頼みの綱である勝子も姫野先輩を救出する余裕が無い。


「へへへっ。良いタイミングだったぜ。大羽」


 アドレナリンが出て、痛みが一時的に治まって来たのか、遠津は刀を持ち返して姫野先輩に切りかかろうとすると、澪が間に割って入った。


「そんな玩具で俺の真剣と戦えると思うか?」


 遠津が袈裟斬りに切りかかると、澪はサイの物打ものうちで受け止める。


 だが、腕力では遠津が上回るのか? 澪はじりじりと押され、切っ先が額に触れそうである。


「クソっ! そんな危険なモン振り回しやがって! この卑怯モンが!」


 現時点で唯一武器を使えるのは澪一人だが、サイがそんなに上手く無いと言っていた澪は明らかに劣勢だった。


 マズイ。

 

 このままでは澪もやられてしまうのは時間の問題だ。


 静江はヌンチャクの紐を切断され、香織はトンファーの破損と何より切られた事が気になるので早く診てやらなければならない。


 吾妻君も何故か平気そうにしているが、脇腹を切られ、刃を握った手も心配だ。


「武! あたしは大丈夫だ! それを使え! 行ってやれ!」


 麗衣は俺が被るハーフキャップに指さしながら言った。


 俺はハーフキャップを外し、それをみせると麗衣は頷いた。


「本当はあたしがやるべきだけど今のあたしじゃ足手纏いだ……だから頼む。澪と姫野を助けてやってくれ!」


「ああ。任された!」


 俺はこのチームに入ってから恐らく初めて麗衣に頼られ、恐怖が高揚感で吹き飛んだ。



 ◇



「オイ! ポン刀野郎! ここからは俺が相手だ!」


 俺は遠津に怒鳴りつけた。


「あ? テメーは今まで女の尻に隠れていたオカマのチキン野郎じゃねーか。テメーより、この男女の方が余程強そうだぜ。素人は引っ込んでな」


 この野郎。

 俺が空手野郎を倒したのを見ていなかったのか?

 まぁ澪の方が多分強い事までは否定しないけど。


「テメーこそ、コソコソと仕込み杖なんか隠し持ちやがって、座頭市気取りの時代遅れか? 日本ポン刀振り回すしか脳の無いチキン野郎なんざ、変態空手野郎の方がまだテメーよりまともだぜ?」


「……良いだろう後悔させてやるぜ!」


 遠津は鍔迫り合いをしていた澪の腹を蹴り飛ばすと、俺に向かって切りかかって来た。


「小碓クン!」


 澪が珍しく女の子っぽい声で悲鳴を上げてたけど心配するな!


 俺は左手にハーフキャップを持ちながら刀をへし折るつもりでストレートを放った。


 ガキン!


 甲高い音が鳴り響き、ハーフキャップに刀身が喰い込んでいた。


 オイオイ。


 ハーフキャップって確かABS樹脂だかの衝撃耐性の強いプラスチックかステンレスを使っているんじゃなかったっけ?


 よく分からんが、とにかく頑丈な素材に刃が喰い込んでいるって、どういう切れ味よ?


 仕込み杖でこんなに切れ味が良い刀使うなんて勿体なくねーか?


 だが、これは狙い通りだ。


 下手に弾いたりせず、ハーフキャップに刀が中途半端に喰い込んだおかげで遠津の動きを封じる事が出来た。


 俺は右手で上から峰を押さえつけ、ハーフキャップから刀を抜かれない様にすると、そのまま遠津に接近し、サッカーボールを蹴るように遠津の金的を蹴り上げた。


「ぐわああああっ!」


 金的を攻撃された男の本能で、遠津は刀を持つ手を離し、両手で股間を押さえ、縮み上がった。


「澪! 刀を持っていてくれ!」


 俺は遠津が離した刀を喰い込んだヘルメットを地面に放り投げると、一番近くに居た澪に言った。


「うん! 小碓クン! やっちゃえ!」


 澪は素早く刀を拾い上げた。


「まっ……待て! 俺達の負けだ……こんな状態じゃ、これ以上喧嘩なんて無理だ……なっ? 許してくれよ?」


 遠津は左手で俺を牽制する様に前に出すと、右手でポケットをまさぐっていた。

 俺はその見え見えの動作に溜息を吐いた。


「次は何の武器使うつもりなんだ? どうせメリケンでも隠し持っているんだろ?」


「……ちっ!」


 案の定、遠津はポケットからメリケンサックを取り出して、右手に嵌めた。


「死ねやこのチビが!」


 メリケンサックを嵌めると先程の情けない態度が一転し、強気になったのか? 罵声を浴びせながら襲い掛かって来たが―


 ボクサーや伝統派空手の使い手にも勝利した俺が、今更素人同然のテレフォンパンチを喰らう訳がない。


 俺は遠津の左側に踏み込み、顔を斜めに傾けながら、右足の踵を上げ、右足、腰、右肩を左に回転させ、右足の親指の付け根の辺りを地面に捩じり込ませるようにして、右肘を曲げながら、右拳を振り抜く。


 簡易バンテージを嵌めた俺の右拳とメリケンサックを付けた遠津の拳が交錯する―


 ぐしゃっ!


 風を切りながら取り抜けた遠津の拳のメリケンが掠り、僅かに俺の頬が熱く感じる。

 少し切れたかもしれないが、遠津の顔はそれどころじゃない状態だ。


「あガガガ……」


 遠津は俺が放った右フックの衝撃で首を大きく右に捩じり、腰は逆にパンチを打つために左に回転し、腰と首で真逆の推進力が加わり、押し合う力で通常のパンチを喰らうよりもはるかに大きな衝撃が加わったのだ。


 メリケンサックを付けた拳は虚しく空を切った遠津は立ちながら白目を剥き、完全に脱力すると、糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。

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