第114話 刀で切られても平気だった理由

 遠津を失神させた直後、環先輩が姫野先輩を羽交い絞めしていた大羽をきっちりと締め落とし、勝子が残りの飛詫露斗アスタロトの連中を一掃し、この喧嘩は俺達麗の勝利に終わった。


 喧嘩も大変だが戦後の処理はもっと大変である。


 姫野先輩は勝子、澪、環先輩に見張りと、敵が目覚めた時に動きを封じるために縛るように手早く指示すると、怪我人の確認を行う事にした。


 麗衣と恵も心配だが、先ずは遠津に切られた吾妻君と香織の怪我を見なければならない。


 と、心配していたのだが……。


「「武先輩かっこよかったです!」」


 俺の心配など吹き飛ばすように、二人が何事も無かったかのように俺の左右の腕に引っ付いて、ペットの様に頬ずりしてきた。


 遠津を倒した俺の株が爆上がりしたのか?


 あー……幸せ……美少女二人にこんな事されるなんて、もしかして一生に一度のモテ期到来?


 俺はこのまま幸せな気分に浸り、現実逃避しそうになったが、遠くから麗衣の冷たい視線を感じ、我に返った。


 危ない危ない……一人は男の娘だぞ?


 ……って、イヤイヤ! そんな事より確認しなきゃいけない事があるだろ!



「二人とも平気そうな顔しているけど……大丈夫なの?」


 二人の体を引き離しながら尋ねた。


「ハイ。姫野先輩の指示で私達、それぞれ防具を身に着けて来たんですよ」


 香織はライダースジャケットを脱ぐとノンコンタクト空手の試合で道着の下に着ける、白いインナープロテクターを身に着けていた。


 空手で使われる防具はEVA素材と呼ばれる合成樹脂が使われており、バイクのライダー用のプロテクターとしても使われているぐらいなので、衝撃吸収効果が高い。


「腕にもEVA素材の樹脂を挟んだサポーター着けていましたので、斬られても平気でした」


「例えば真上から振り下ろされたバットをトンファーで受けた時、腕に受ける衝撃を殺し切れない可能性もあるからリストにも防具が必要かと思っていたんだけれど、まさか真剣を使って来るとはね……」


 姫野先輩は香織の腕が怪我をしていないか、サポーターを取りながら確認していた。


「良かった……サポータは切られているけど肌まで達っしていないようだね。体は……武君。君は見てはいけないよ。静江君!」


「はっ……ハイ!」


「悪いけれど、香織君の体が切られていないか、向こうで確認してくれないかい?」


「ハイ! 分かりました!」


 静江は香織を連れて行き、俺や吾妻君から見えない様に立って壁にながら香織のインナープロテクターを脱がしていた。


「衝撃に強いEVA素材とは言え、ケブラー繊維の様に防刃の用途では無いからね。刃物には弱いのだが、幸い、遠津君の腕が大した事が無かったから肌まで斬られていないとは思う。吾妻君も見せてくれたまえ」


「ボクは大丈夫でしたよ」


 吾妻君は既に上半身裸になり、ほっそりとしてよく締まったお腹をパンと叩いて見せた。

 俺はつい、好奇心に抗えず、吾妻君の胸を確認してしまい、分かっていた事とはいえ失望の溜息を吐いた


「はぁ~……やっぱり男の子何だね……」


「イヤン♪武先輩のエッチ♪」


 ワザとらしく吾妻君が胸を隠すのを見て、この話題をさっさと止める事にした。


「……ところで、吾妻君は如何して大丈夫だったの?」


「香織ちゃんの言う通り、僕も姫野先輩の指示で防具着けてました」


 そう言うと、脱いで地面に置いた服の中から出てきた黒いバックルを掴み上げて、俺に見せた。

 革製のプロテクーは斬られた痕から中身のスポンジが覗いていた。


「ああ。ボクシングの練習用のリブプロテクターか。試合近い時にスパーリングで使うヤツだよね」


 リブプロテクターとはスパーリングの際にアバラを保護する革製のプロテクターである。


「ハイ、そうです。アバラしか守れないので、真っすぐ突かれたら危なかったんですが、運が良かったです。ボクシングの防具で服着てても邪魔にならないプロテクターって言ったらこれしかなかったので」


「刀を握った手は大丈夫かな?」


「ハイ。パンチグローブの中に予めバンテージ巻いていたので。まぁ刀を握るなんて考えていませんでしたが……」


 これに関しては俺の予想通りだった。

 とは言え、強引に振り下ろされたりすれば指が落ちる可能性もあった。


「ふうっ……あんまり無茶しないでくれよ」


 俺が姫野先輩みたいな口調で安堵していると静江がこちらにやって来た。 


「香織ちゃんの体見てきましたが、大丈夫でした」


「よかったぁ~。姫野先輩の言う事聞いて防具着けてきて良かったね」


「うん。カズ君も大丈夫だった?」


「ボクは平気だよ。静江ちゃんは?」


「わたしは大丈夫だよ」


 静江は白いデニムジャケットを羽織っているが、静江もプロテクターを着けて来たのだろうか?


「ところで、静江も香織みたいなインナープロテクターを着けて来たの?」


「いっ……いいえ。わっ……わたしはフルコンなので、ノンコンタクトの香織ちゃんとは防具が違うんです」


「じゃあ、どんなプロテクターなの?」


 俺が尋ねると、静江は顔を真っ赤にして消え入るような声で言った。


「はっ……ハイ。はっ……恥ずかしいですけど、小碓先輩にならみせても良いかな……」


 ん?

 なんか問題発言でもしたかな?


 静江はやたらと恥ずかしがりながらデニムのジャケットを脱いだ。


「あっ……」


 静江がジャケットを脱ぐと、たわわに実った果実を覆う、カップが入った薄いメッシュのブラの姿が月夜に晒された。


 アカン。


 これ下着と殆ど変わらない姿ですわ。


 いや、麗衣のスポーツブラと違って、これって下着だよね?


 しかもメッシュがスケスケでカップを抜いたらこのメロンの如きたわわに実った果実が見えるんだろうか?


 悪戯でカップを抜いたらどうなるだろうか……


 そんな誘惑にかられたが、多分、ブチ切れ人格に成り代わった静江と麗衣の両方から元の顔が分からなくなるほど殴られそうだからアホな妄想は止めにした。



「はわわわぁ~そっ……そのぉ……えっとぉ……ちぇ……チェストガードって言いまして! こっ……このカップが防具になっているんです。……あんまりじっとみないでくださあ~い」


 あまりにも大きい為にガン見し過ぎたのか?

 静江は泣きそうな顔で両腕で覆うようにして胸を隠した。


 上着を着終わり、こちらへやってきた香織がこの様子を見ていたのか?

 俺に尋ねてきた。


「武先輩! そんなにお気に召したのでしたら、今度の女子会、アタシはチェストガード姿で練習しましょうか? 勿論下はブルマですよぉ」


 下半身がブルマで上半身がチェストガードって……。

 不自然にエロイ格好している格闘ゲームの女子キャラでもそんなの見た事無いぞ?


 是非ともお願いします!


 そう口から出かけたその時―


「ひっ!」


 遠くから俺を見つめる二つの殺気に命の危険を感じ、本能的に身体が竦みあがった。


 俺は後輩の手前、動揺した姿を見せないよう呼吸を整え、香織に言った。


「マス(スパーリング)で必要なら使い慣れたインナープロテクターを使った方が良いよ。勿論道着も着るんだ」


 俺がそう言うと、すっと、殺気が引いて行った。


 人知れず、俺は命の危機を脱していたのだ。


 このようにして、俺達麗は近隣最大の暴走族、飛詫露斗アスタロトに勝利を収めた。

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