第115話 負傷者が出た時、帰りの足の問題

 飛詫露斗アスタロトのメンバー全員の拘束し、麗衣と恵に鎮痛剤を飲ませ、それぞれ傷の応急処置が終了後、「君達には刺激が強すぎる」と言って姫野先輩は勝子を連れて遠津と武諸木を物陰に引きずって行った。


「よっしゃ! 他の幹部連中全員の顔と、それぞれのチ●コ撮影しました!」


 澪は何故か嬉しそうに報告した。

 俺にとって、そんな画像おぞましいものでしかないが、一応用途を聞いた。


「えーと、それをどうするのかな?」


「ハイ。もし飛詫露斗アスタロトの解散を渋ったり、今後報復を考えるようだったら、実名と共にこの画像をネットにばらまく為です」


「あー……それは死んだ方がマシかもね……」


「今から姫野先輩が遠津と武諸木にヤキ入れて、今すぐSNSで敗北宣言させるみたいですね。今、勝子先輩は証拠残す為に動画撮影しています」


 こんな話をしている時も「ぎゃああああっ!」とか「許してくれぇええええっ!」などと、男の尊厳など欠片も無くした悲鳴がここまで響いてくる。


 一体どんなヤキを入れているんだろう……。


「多分、総長の遠津より武諸木は悲惨な目に遭うでしょうね。勝子先輩が『麗衣ちゃんを殴ったアイツ、半年は飯が食えない身体にしてやる』って息巻いていましたから」


 あ。だから遠津以外に武諸木も連れていかれたんだ。

 ご愁傷様としか言いようがない……。



 ◇



 ヤキを終え、ホクホク顔の姫野先輩と勝子が戻って来た。


 この笑顔の下で、筆舌に尽くしがたい制裁が行われていた事は想像に難くない。

 こういうのは男の方は割と加減を考えるけど、女子の方が残虐って言うからな……。

 特に武諸木の方は生きているんだろうか……まぁ、麗衣を殴った奴を許せないのは二人と同じ気持ちだから同情する気にもならない。


「ところで、姫野達って如何して今日、あたし達が喧嘩するって知ったんだ?」


 麗衣が当然の疑問を姫野先輩にぶつけた。

 俺達は受験を控えている姫野先輩達に知らせていなかったので何故知ったのか疑問であった。


「僕の情報収集力を忘れたのかい? 君達が無茶しないか、絶えず近隣の不良ワルどもの動向は調べていたからね。そんな中、飛詫露斗アスタロトみたいなデカイ暴走族が麗との喧嘩の事を散々宣伝していたのだから気付かない訳ないだろ?」


「うっ……でも、こんな事していて、お前等受験大丈夫なのかよ? 大切な時期だろ?」


「僕に関して言えば、君に心配される様な学力じゃない事は知っているだろ? 勿論中学生のメンバーに頼むのは心苦しかったけれどね」


 中学生組を代表して、澪が言った。


「いいえ! オレ等は一蓮托生っスよ。受験如きの為に仲間を見捨てる訳ねーっスよ。それに勉強も大丈夫だよなぁ皆?」


 澪が言うと中学生組は口々に答えた。


「わっ……私は志望校に入学できる学力は十分ありますので大丈夫です!」


「ボクも模試の結果、合格レベルには達しているので問題無いですよ」


「アタシはもう少し頑張れば合格レベルですが、この位、良い息抜きです」


 三人はそれぞれの現状を語った。


「そうそう。オレ達にとって、たまに野郎と喧嘩するぐらいが丁度良い息抜きなんですよ。だから、また族と喧嘩になったら遠慮なく呼んで下さい」


「でも澪ちゃんは息抜きばっかりなんだよねー。中学生の内に市内の他校全部シメルなんてそろそろ止めて、勉強した方が良いよ?」


 心強い事を言う澪に対し、香織がツッコミを入れた。

 澪らしいと言えば澪らしいけど、今時番長みたいな事しているんだ……。


「うっ……ウルセーな。オレはスポーツ推薦受けるから関係ねーよ!」


「あはははっ。麗の先輩は全員頭良いんだから、メンバーに恥じない様な成績を残さないとねぇ」


 吾妻君は意地悪そうに言い、俺と恵は同時に頭を抱えた。


 吾妻君よ。頭が良いのは麗のオリジナルメンバーの三人だよ。


「まぁ……今回は来てくれてマジで助かったよ。ありがとうな」


 麗衣は姫野先輩や中学生組一人一人に頭を下げた。


「いえいえ。今度キスさせてくれたら許してあげるっス♪」


「アホ。ちょーしにのんな」


 おどけている澪の頭を軽く小突いた。


「そうそう。麗衣サンは素直に礼を言うより、ツンデレが似合うっスよ」


 今時小説でもツンデレ何て死語使うかよ?


 それはとにかく、澪はああ見えてわざと道化を演じているフシがあるよな。

 多分、麗衣に気を遣わせない為に馬鹿言っているんだろう。

 中学チームを率いるリーダーというのもあるのだろうけれど、良いムードメーカーになりそうだ。


「さて……麗衣君。これから僕らに黙っていた事に対する説教タイムと行きたいところだが、君はこれから僕のクロカンに乗って病院に行ってもらおう」


 姫野先輩の台詞に対して、麗衣はごにょごにょと反論した。


「いや、あたしはバンディットに乗って帰るから。武も足が無いからさ……」


「麗衣君。君に拒否権は無いよ?」


「……はい。分かりました……」


 いつもより麗衣の姿が小さく見えるのは気のせいだろうか?


 これでは姫野先輩と麗衣のどっちがリーダーか分からないな。


「恵君もボク達と一緒に病院に来て貰おう」


「はい……。分かりました。でも、私のカブちゃんと麗衣さんのバンディットはどうしたら良いでしょうか?」


 こんなところに置いていくわけには行かないから当然の心配だろうが、そこは姫野先輩、ちゃんと考えていたようだ。


「こんな事もあろうかと、香月君と澪君は単車じゃなくて、クロカンに乗って貰ってきたんだよ。単車に乗りたかっただろうけど我慢して貰って悪いねぇ」


「いえいえ。香織と静江に挟まれて気持ちよかったんで!」


 そういや、澪ってバイセクシャルだったよな?

 美少女二人に挟まれて嬉しかったのかも知れない。


 いや、ちょっと待て。

 そんな事より、他の問題あるだろ?


「あの、二人とも中学生だから免許無いんじゃ……」


「大丈夫、二人ともオフロードだけどモトクロスの経験者だから、16歳になって中型免許取りたてのライダーより余程安全走行をしてくれる……と思うよ」


 アレ? 姫野先輩らしくない歯切れの悪い返事だった。


「大丈夫ですよ! オレ、兄貴が普通免許取って要らなくなったそうで、兄貴のゼファー400乗り回しているんで!」


 イヤ。駄目だろそれ……。


「ボクは学校や家に帰りたくない時、盗んだバイクで走ったりしていたんで大丈夫ですよ」


 かつて若者の間で絶大な人気を誇り、早死にした某昭和の歌手の大ヒット曲の様な言葉を吾妻君がサラッと口走っていた。

 信じられないというか信じたくないが、この虫も殺さない様な女の子みたいな美少年がそんな事をしているのか?


「方法はマイナスドライバーとトンカチと、一円……」


「ストおおっぷ! 止めんかああああいっ!」


 何がとは言わないが、色々と問題がありそうなので、具体的な事を言い出す前に俺は吾妻君の口を塞いだ。


「おっ……オホンっ……とっ、とにかくだ。二人とも運転するだけなら問題ない。……多分。なので、澪君にはバンディット、香月君にはカブに乗って、麗衣君の家に置いて貰おう。後日、恵君には患部の傷が癒えてから取りに来てもらう事で宜しいかね?」


「ハイ。分かりました……カブちゃんと暫くお別れは少し寂しいですが、仕方ないですね」


 恵は渋々と言った表情で姫野先輩の言う事に従った。

 口には出さないけど、つい最近まで正義を標榜していた恵にとって、無免許運転は許容しづらい事ではあるだろうな。


 しかし、今更だけど、麗衣と言い、このチーム無免許率高すぎて万が一パクられたらヤバくないか……。


「で、武の帰りの足はどうすんだよ? 流石にニケツ慣れてなさそうな澪のケツに乗せる訳に行かねーだろ? クロカンに乗ってもらうか? 定員オーバーじゃねーか?」


 姫野先輩が運転するクロカンは定員数五人だから、姫野先輩、麗衣、恵、静江、香織で定員数に達し、俺が座る余地はない。


「俺もこれ以上無免許バイクの二人乗りなんて御免だぞ。電車で帰るよ」


 喧嘩帰りに電車って何か様にならないけど、また命の危険に晒されるよりはマシだ。

 しかもハーフキャップは遠津の刀で斬られ、半ば割れている状態で、安全性が疑問なだけじゃなく、パクられたら「喧嘩で斬られました」と説明しろとでも?

 そもそも、恵の話によれば125ccまでしかハーフキャップ使えないらしいし、これ以上このアウトローどもの無茶に付き合わされるのは御免だ。


「ええーっ! オレなら問題無いっスよ。タクシー代の替わりに小碓クンの童貞って事で如何っスか?」


 大変ありがたい申し出だが、約二名の凍てついた眼光を前に冷汗が止まらず、性欲よりも生命の保証を優先せざるを得なかった。


「澪。俺は君の重荷になるつもりは無いんだ。だから俺は電車で帰るから安心してくれ」


 我ながら格好をつけたようでいてそうでない、何とも締まらない言い方だ。


「はぁ……ここから駅までどれだけ離れているか分かっているの? アンタは私の後ろに乗りなさい。麗衣ちゃんの怪我が気になるから帰るのは病院に行った後になるけど、それで良い?」


 勝子がそう申し出てくれた。


「えっと、勝子は中型免許持っているの?」


「当たり前でしょ? 以前から麗衣ちゃんを乗せるつもりだったんだから、きちんと免許を取ったよ」


 おお。助かった。

 でも、ひとつだけ問題があった。


「ところでヘルメットの予備はあるの?」


「無いわよ。麗衣ちゃんから借りたそのハーフキャップ使いなさい」


 勝子のバイク、NMAX155だからハーフキャップ駄目だろ……。


「いや……違反だし、絶対に割られたハーフキャップなんか被っていたら目立つし捕まるだろ?」


 俺が渋ると、意外な事に環先輩が俺に声を掛けてきた。


「じゃあ、私のバルカンに乗ってく? 勿論ちゃんと予備のフルフェイスのヘルメット持っているけど?」


「え? 良いんですか?」


「気にしないで。アンタとはちょっと話してみたい事があるしな。良いだろ周佐? コイツ借りて」


 環先輩に言われ、勝子は環先輩を睨みつけた。


「武に何を吹き込むつもりですか? 昔の私の事でも話すつもりですか?」


「言われたらマズイ事でもあるのか?」


「……いいえ。話したければ話しても結構です」


「はははっ! 心配するな。個人的にコイツに興味を持っただけだ」


 環先輩はポンポンと俺の肩を叩いた。


「勝手にして下さい……」


 勝子は後ろを向いた。


「さてと……美夜受の事が気になるかも知れないけど、あんまり大勢で病院に行くわけには行かないよなぁ? お前はこのまま家まで乗せて行ってやるよ。なぁ! それで良いよな? 美夜受?」


「ああ。そうしてくれると助かる。武。今日は環に乗せて貰え」


「麗衣! でも……」


「あたしは平気だ。それに環の言う通りだぜ。大勢で病院に行ったら喧嘩を疑われて通報される可能性もあるしな。だから、今日は帰れ。治療が終わったらすぐに連絡するからよ。安心してくれ」


「でも……」


 尚も渋る俺に対し、麗衣は済まなそうに続けた。


「その……環に借りが出来ちまったし、それを少しでも返す為って事で良いか?」


「……分かった」


 リーダー命令には従うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る