第116話 こっちの世界へ来い

「か……かっけー」


 俺は環さんの黒基調の単車を見てただただ感嘆した。


 これあれか?


 Judas Priestのヴォーカル、ロブ・ハルフォードがライブで”Free Wheel Burning”歌う前に乗っていたバイクか?


「環先輩。俺、バイク詳しくないんですけど、これハーレーってヤツですか?」


「さっきも言ったけど、これカワサキのバルカン400って単車。輸入した部品使ってハーレー仕様に改造しているけどな」


「改造ですか。なんか本格的ですね」


「バイク好きなら珍しくないだろ? そんな事より、帰る前に一寸話したい事あるから立国川公園に付き合って貰って良いか?」


 あんな所に何の用だろうか?

 かつては鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの溜まり場で、夜に行くには危険な場所であった。

 今は麗の集合場所なので危険は無いのは確かだが。


「どんな話なんですか?」


「まぁファミレスじゃあ出来ないような話だとでも言っておこうか。因みに美夜受に言って借りたんだから、お前に拒否権は無いからな」


「分かりました……」


 拒否権が無いなら聞いてくる意味は無いと思うが、麗衣が少しでも借りを返す為と言っていたので、従う事にした。



 ◇



 環先輩は麗衣と違い、至って安全運転だった。

 まぁ麗衣の場合急いでいたという理由もあるのだろうが、やはり無免許運転のニケツは生きた心地がしなかったので、バンディットよりもごっついバルカンだが、すくなくても麗衣の時の様に命の危機は感じなかった。


 やはり足としてだけでなく、自分の身を守る為にも原チャリの免許ぐらいは取っておくべきかな?

 只、原チャリじゃあ30キロしか出せないし、中型免許が必要だよな。


 なんてチーマーらしからぬ真面目な事を考えていた。


 まぁ金が無いからバイクどころか免許も取れないんだけどね。


 そんな事を考えている内に野球場の隣にある少し大きめの見慣れた立国川公園の入り口に到着し、環先輩は入口隣の駐輪場にバルカンを止めた。


「ホラ。着いたから降りな」


 俺はバルカンから降りると、ヘルメットを脱いだ。


「ありがとうございます」


「礼は良いよ。無理言って付き合って貰ったんだし」


 環先輩はバルカンから降りるとキーを抜き、ポケットにしまった。

 そして、彼女がヘルメットを脱ぐと姫野先輩そっくりの端正な顔が現れ、軽く手櫛で髪を整えた。


「ヘルメットしまうから返してくれ」


「はい」


 俺は脱いだフルフェイスのヘルメットを環先輩に渡すと、環先輩は自分のヘルメットと一緒にサイドバッグに入れた。


「じゃあ行こうか」


 環先輩は公園の中へ向かって行った。


 俺も無言で環先輩の後ろに着いて行く。


 かつて鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードと死闘を繰り広げた公園の中央、街灯付近に来ると環先輩はおもむろに話しかけてきた。


「お前、名前なんだっけ?」


 名前も知らない男をバイクに乗せてきたのかよ……。


「小碓です。小碓武です」


「はいはい。お前が小碓武ね。そういえば美夜受も周佐もそう呼んでいたよな。あと姫野君からよく話を聞いていたね」


 姫野先輩が妹である環先輩にまで俺の事を話しているとは意外だった。


「俺の事ですか? 一体何を?」


「凄い頑張り屋で、格闘技のセンスも高い子だってべた褒めしていたよ」


「まさか? 日本拳法の空乱撃の稽古で胸貸して貰ったことありますが、俺じゃあ全然相手になりませんよ?」


「当たり前だろ? たかだか二ケ月かそこいらの格闘技経験で姫野君から一本なんか取れる訳が無い。そんな事じゃなくて経験が少ないのに成長が速いって話だろ」


「ああ。そう言う事ですか」


「全く……私だって姫野君に褒められた事何か無いのに君が羨ましいよ」


 勝子チート級の強さらしい環先輩ですら褒められた事が無いなんて、身内に厳しいのかな?


「それより本題に入ろうか。お前、何時までこんな事を続けるつもりか?」


 環先輩の言う意味を理解しかね、俺は尋ねた。


「こんな事? とは?」


「決まっているだろ? 美夜受に付き合わされてタイマンごっこ何か何時まで続けるんだって事だ」


 あの必死の戦いを『タイマンごっこ』と表現され苛ついたが、今回の喧嘩では、この人に助けられたのは確かなので怒りを抑えた。


「麗衣が暴走族潰しを止めるまでです」


「オイオイ……正気かよ」


 環先輩は呆れた様子で言った。


「お前馬鹿か? そんな事に付き合う義理でもあるのか?」


「義理は有ります。だから麗衣の事は止めませんし、どんな危険だろうが俺はアイツの側にいて、守ってやりたいです」


「守ってやりたい……ねぇ。お前アイツに惚れているのか?」


 直球ストレートの質問をされ、俺は短く答えた。


「ハイ」


 少しぐらいは躊躇するものかと思われていたのか?

 俺が即答した事に驚いた表情を浮かべていた。


「はぁ……そうかい。そうだよな。じゃなきゃ普通の高校生が暴走族と喧嘩なんかしないよね。全く……、お前も厄介な奴に惚れたもんだね」


「俺もそんな事は分かっています」


「分かっちゃいないよ。アイツは天性の人たらしなんだよ。アイツに魅了されて人生を左右された奴だっているんだ」


 何を大袈裟な事を言うのか?


 と一笑に付すところだが、誰の事だか思い当たる節があり、確認せざるを得なかった。


「それって勝子の事ですか?」


「お察しの通り。ってヤツさ」


 環先輩は天を仰いだ。


「周佐の過去については周佐本人から聞け……と言いたいところだけど、聞かない方がお前の為だろうな」


「それって聞くと怒るという意味でしょうか?」


「そりゃ怒るだろうし話すのも嫌だろうけど、そんな単純な理由じゃない。下手に周佐の話を聞いたら同情して正しい判断が出来なくなるって事さ」


 どの道判断するには勝子の話を聞かないと駄目なのでは無いだろうか?

 只、以前、姫野先輩が『好奇心は猫を殺す』と警告していたし、勝子が話してくれるまで聞かない方が良いだろう。


「よく分かりませんが、環先輩は何が言いたいんですか?」


「はっきり言おう。美夜受と関わるのは止めて、こっちの世界へ来い」




 バルカン400も美夜受麗衣に似合うバイク企画でご教示頂いたバイクです。

 麗衣はバンディットにしましたが、こちらのバイクも気に入った事と、長身の環に似合いそうかなと思い、使わさせて頂きました。


 ご提案頂きましたゆきだるまさんに感謝致します。ありがとうございました!

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