第41話 最強の女からストリートファイト向けのガードを教わった拳
「まず、テクニックを伝える前に質問だけれど、素人と格闘技を使う人間で決定的に違う差って何だと思う?」
そう勝子に質問され、少し考えた。
素人のパンチは顔がそこにあれば殴る程度で、急所を打ち抜く様な攻撃技術が無いという事もあるが、それよりも重大な違いは――
「攻撃技術もそうだけれど……それよりも防御技術に差があるんじゃないの?」
「正解。例えば元々腕力が強い人は正しい打ち方をしなくても強いパンチが打てるけど、防御に関しては基本的に相手が居ないと練習できないからね」
素人にとってパンチの防御の練習をする機会などないのだから素人同士の喧嘩では殴り合いの我慢比べになりがちだ。
棟田は俺のパンチを
それは少し位喧嘩の経験があろうが相手のパンチを防いだり
「だからジムではパンチやキックだけじゃなくて受け返しも練習していたでしょ? あれは重要な練習なの」
「成程……」
「ただ、ボクシングやキックボクシングの防御技術だとストリートファイトではそのままでは使えないものがある。何だか分かる?」
これは少し格闘技を知っていれば誰にでも分かる話だ。
「ボクシンググローブを前提としたガード系の技術かな?」
「その通り。例えばストリートファイトを総合格闘技に置き換えて考えてみれば分かるけれど、総合格闘技だとボクシンググローブよりも小さなオープンフィンガーグローブで戦っていて、ボクシングやキック式のブロッキングではパンチがすり抜けて行ってしまうのよね。だから、むしろガード系の技術は徒手や拳サポーター使用を前提とした空手の方が参考になるの」
そして勝子は指を三本立てて説明を続けた。
「お前に伝えたいのはまずはストリートファイト向けのガード系の技術三つ。パリング、ストッピング、ブロック。この三つの技術から覚えてもらおうと思う。でもパターンが決まっている受け返しならとにかく、どんな攻撃をされるか分からない実戦じゃ相手のパンチの速さに合わせるのは難しい」
勝子は腕を下げると二つおさげを跳ねさせながら軽くダッキングとカウンターの動作を交えて話を続けた。
「だからこれ以外にもパンチの避け方とカウンターも学んで欲しい。最後に身長差がある相手に有効なパンチを教えてあげる」
「分かった。それで教えてくれ」
ここで昼休み終了の鐘が鳴った。
「昼休み終わったけど、続ける?」
勝子はそう訊ねてきたけど、下手すれば今日にも襲われるかも知れないのだし、少しでも早く麗衣の力になりたいのだから迷いはない。
「ああ。是非ともお願いするよ」
◇
「まずはガードの基本のパリングから説明するね。相手の打ってきたストレートやジャブの軌道を変える為のテクニックだけれど、これはキックボクシングと大体同じで良いから必要最小限の説明にするよ」
勝子はボクシングより少し高めのスタンスでオーソドックススタイルの構えで左手をはたく様な仕草を見せた。
「相手と同じ側の手でパンチを細かくはたいてパンチの軌道を変えるのだけれど、大きく振らないで細かく振るのがコツだよ。弾くときに真横からやるとパンチが抜ける場合があるから、掌を返してキャッチボールで掴むような感覚でやるといいよ。多分昨日の練習でも少しやったよね?」
「ああ。昨日受け返しの練習でやったよ」
「ならどんなのもか分かるよね? 試しに私にジャブ打ってみて。本気で良いよ」
「ああ。じゃあ行くよ」
俺は半歩でパンチが届く間合いから強めのジャブを放った。
勝子は細かく左手で俺の手を引っぱたくようにして拳をはたいた。
「痛っ!」
「まぁグローブなしだと始めは結構痛いかもね。まぁこんなので痛がっていたら格闘技なんか出来ないよ」
「ああ。その通りだ遠慮しないでやってくれ」
「その意気だよ。で、ジャブは良いとして右ストレートを受ける時だとムエタイ風の構えだとパリングが間に合わないかもしれない。だから少し奥手のガードの高さを下げて、耳のラインより前にするとパリングがしやすくなるよ」
もしかすると、キックボクシングのフォームが崩れるかも知れないとはこの事だったのか。
「こめかみに肘を喰らいやすくなるデメリットがあるけれど、空手とムエタイやキックボクシング以外は禁止されているルールが多いから上手く肘を使える競技は稀だし、それよりかパンチを打ってくる場合の方が圧倒的に多いからね。私達がやるのはムエタイの試合じゃないんだから、この際割り切ってしまった方が良い」
「成程。確かにパンチを防げるようにした方がダメージを受ける確立は下がるって事だね」
「そういう事。まぁパリングに関しては今言った注意点を守ってジムでやって貰うとして、あとはストッピングと言って前の掌で相手の拳を抑えてパンチを打たせない手もあるの。構えてみて」
俺はオーソドックススタイルに構えると、勝子は掌を前に出し、俺の前拳に押し付けた。
「こうするとパンチが打てないでしょ? 相手のパンチを打たせないまま接近してアッパーとかショート系のパンチを打つと良いよ。特にサウスポー相手何かだと前拳が重なりやすいからやりやすいかも知れないね。この場合私なら右フックをワザと打たせてカウンターを狙うけどね。他に相手の顔の前にやって視界を塞いで、接近して攻撃するって方法もあるから。まぁ視界を隠すには私達は小さいからあまり使えない手だけれど、同じ程度の身長ならばやっても良いかもね」
そういえば元WBA世界ミドル級王者・竹原慎二氏がかつて、前掌で相手の視界を塞ぎ相手にパンチを打つというテクニックの説明をしていた事を思い出した。
因みにキックボクシングでいうストッピングとは、通常前蹴りで相手の前進を止める事で今回教わったストッピングとは意味合いが異なる。
「あと、右ストレートを防ぐ場合だけれど、パリングで防ぐのが基本だけれど、慣れている相手だと見抜かれてフック系の攻撃をしてくるからパリングだけでは防ぐのが難しいの。だからブロックもした方が良いんだ。そのやり方なんだけれど」
勝子は左手で目を隠すような仕草を見せた。
「顎を引いて、掌底の部分を左目の眉毛の所にピタッとくっつけて、肘をインサイドに入れて顔を半分隠すようにするの。そうすると殆ど隙間が無くなるので右ストレートはほぼ当たらなくなるんだ。顔の半分だけ隠して右目で相手を見ているような感じにするのがコツ。更に顎に右拳を当てておくとフック系のパンチをガードした時に脳が揺れないの。お前もやってみて」
俺は勝子に言われたとおり構えてみる。視界は狭くなるが、がっちりと顔を守られる。
「確かにこれなら安心感があるね」
「これで完璧に防げるわけじゃないけれど、顎を引くことによって仮にパンチを受けたとしても額で受けられるよ」
額の骨である前頭骨は人体の中でもっとも骨が厚い部分の為、拳で殴った場合下手をすれば拳の方が壊れかねないのだ。
「この方法で攻撃を防いだ後、右ストレートで返すと良いよ。じゃあ、実際に軽く受け返しの練習してみようか?」
説明の為に勝子は右ストレートの構えで俺のブロックの上に拳を添えた。
「先ず私が軽い力で右ストレートを打つから、お前がブロックする。防いだ後お前が右ストレートを返して私がブロックする。これを交互にやって繰り返してね」
「分かった」
俺と勝子は軽い右ストレートをブロックで防いだ後右ストレートで返す、受け返しの練習を暫く行った。
◇
右ストレートとブロックの受け返しの練習が終わると勝子は説明を続けた。
「因みにこのブロックとストッピングを組み合わせると、どうなるか分かる」
「あ……麗衣が
腕が逆であったが、麗衣は似たようなブロッキングを右手に、ストッピングに左の前掌を伸ばして赤銅亮磨のアッパーを誘い、カウンターでダウンを奪っていた。(第18話参照)
「麗衣ちゃんの方法の方がストッピングで前側の掌が出ている分リーチが長いんだ。距離にもよると思うけれど、慣れたら両方で出来るようにすると良いよ。あとストッピングで相手の視界を塞げて、ローキック、首相撲から膝とかで反撃につなげるのも手だけれど、そこまでは当分出来ないだろうから接近してショート系のパンチにつなげるのが良いかも知れないね。……あっ。そうそう」
勝子は思い出したように言った。
「ローキックや首相撲の話していて思い出したけれど、喧嘩で蹴りを使うのは暫く禁止ね。少なくても昇級審査で二つ昇級してマススパークラスで練習できるぐらいまでは喧嘩では使い物にならないと割り切った方が良いかもね」
「どうしてなの?」
「色々理由は多いよ。先ず、蹴りの方がパンチよりも疲れるから多用すると早くスタミナが切れてしまう可能性がある事。先に体力をつけるのが大前提なの。あと、蹴った後片足立ちになってバランスを崩しやすいし倒れやすい。倒れたら柔道や柔術、総合格闘技を使う奴には手も足も出ないと考えてね」
昨日のジムの練習ではシャドーでミドルキックで回転させた体のバランスが崩れて倒れてしまった。
確かに実戦どころのレベルでは無い。
「他にも、蹴り終わり後の引きが遅いとキャッチされやすい。これも組技を使う相手には格好の餌食だから。それに腕力より脚力の方が強いけれど、スピードが半分だと力が四分の一ぐらいになるらしいね。つまり、素人同然のお前の蹴りはリスクしかないのよ」
「確かにその通りだね。でも例えばボクサー相手ならどうすれば良いかな? パンチの打ち合いじゃとても敵いそうにないけれど?」
「まぁ現状では諦めるしかないかな? でもね、実は今あげたようなリスクが少ない攻撃方法もある。これは私よりも姫野先輩から聞いた方が良いかもね」
胴回し回転蹴りみたいな大技をやっていたぐらいなので、勝子も蹴りが得意そうだけれど、姫野先輩に聞いた方が良いとはどういう事だろうか?
「と、話が少しずれたけれど、今は私が教えられる方法について教えていくから。ガード系の技術はここまでにして、ここからが本番だよ。次は相手の攻撃を躱しながらの攻撃や、カウンターのテクニックを教えるよ」
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