第76話 十戸武の本音
「十戸武! 長野って奴は大丈夫だったか?」
俺はボウガンで撃たれた長野の事について聞いてみた。
「ええ。一応、応急処置は済ませてきたよ。でも、忠男さんと依夫さんと一緒に病院に行ってもらうように頼んだから」
「ああ。それが良いね。特に岡本ツインズは
「……美夜受さんもそうだけれど、小碓君も優しいんだね……どうしてなの?」
「それは……十戸武は違うかも知れないけれど、俺の方は君を友達だと思っていたから。麗衣だってそうだろ?」
「ふふふふふっ……あはははっ!」
俺は何か変な事でも言ったのだろうか?
十戸武は突然笑い出した。
「友達だと思っていた? 笑わせてくれるね。私はねぇ。君の事が嫌いなの」
何となく気づいてはいたけれど、直接言われるのはショックだった。
「君が裏サイトで自殺宣言していた事も知っていたよ? でも、止めようとなんか思わなかった。私は天網の活動が忙しかったからね。何があったか知らないし興味もないけれど結局自殺しなかったのはまぁ良いよ。流石に死ねば良いと思う程まで嫌いだった訳じゃないからね。でも、気が付いたら私が居たいと思っていた場所に貴方が居座っていた……だから、私は貴方の事が嫌い。友達? 虫唾が走るよ。そして、私を隣に置いてくれない美夜受さんの事も大嫌い」
十戸武はそこまで言うと、俺に背を向け吐き捨てるように言った。
「何が正義か何てもうどうでも良い。私を受け入れられないなら美夜受さんを完膚なきまでに叩きのめすだけだよ」
そして、十戸武はファイティングポーズを取りながら麗衣に言った。
「待たせたね。美夜受さん。続きをやろうか?」
「十戸武! もう止めろ!」
「うるせーぞ武! タイマンの邪魔するんじゃねー!」
俺が十戸武を止めようとすると麗衣は俺に怒鳴りつけた。
「コイツにはコイツの意地があるんだよ。良いぜ。気が済むまで相手してやるよ」
「……ありがとう美夜受さん」
十戸武は一旦構えを解き、麗衣に向かって一礼すると再びファイティングポーズを取る。
こうなると俺には止められない。
諦めて俺は十戸武から離れると、麗衣もサウスポースタイルで構え、ジリジリと二人は距離を詰めた。
一触即発の雰囲気の中、麗のメンバーも
あと半歩踏み込めばパンチが届く距離。
立ち技理想の距離に入ると、十戸武は右の拳を振り上げ、麗衣に襲い掛かった。
モーションが大きい。
麗衣はカウンターを狙いなのか、左の拳が十戸武の顔面に向かって突かれる。
互いの攻撃が交錯したと思われるその時だった。
「なっ……!」
当事者である二人以外、その場にいる全員が驚きの声を上げた。
麗衣の拳が
十戸武の拳が
まるで示し合わせたかのようにお互いの顔面スレスレで止まっていた。
「……どういうつもりなの? 美夜受さん?」
「それはこっちの台詞だ十戸武」
それはお互いにとっても想定外の出来事だったのか?
お互いに尋ねあった。
「下手したらモロにパンチが当たっていたよ?」
「イチイチ演技が下手糞なヤローだな……。あんな如何にも『私に勝つ気はありません。どうぞカウンターしてください』って見え見えなテレフォンパンチがあるか?」
麗衣に図星を突かれたのか?
十戸武は苦笑しながら言った。
「……流石だね。わかっちゃったかぁ……でも、テレフォンパンチ自体が誘いだとは疑わなかったの?」
「心配すんなターコ! テメーのヘロヘロパンチなんか効くわけねーだろ?」
麗衣は少し切れて出血している、だが美しさが損なわれていない唇の端をにいっと上げると、敵わないなという感じで十戸武は苦笑した。
「はははっ……確かにそうだろうね」
十戸武はまるでパンチを喰らってダウンした直後の様に、大の字になってコンクリートの地面に寝そべった。
「あーあ。やられちゃったなぁ~実力でも人としての器も……私なんかじゃ到底敵わないよ」
そう言うと十戸武はすぐに起き上がり、両膝を着き、美しい所作で地面に頭を擦り付け。
「参りました……私の完敗です」
十戸武は最早何をしても麗衣には敵わない事を認めていたのだろうし、天網は十戸武含め全員ボロボロだから敗軍の将としてケジメを取る為に一人で残ったのだろう。
十戸武は敢えて負けるつもりだったのだろうけれど、その意図を汲み取った麗衣は十戸武に止めを刺すつもりは無かった様だ。
何だかんだ敵対しながらもお互いの事をよく分かっていたんだな。
とにかく、これで麗衣と十戸武はお互い傷つかずに済んだので、俺は内心胸を撫でおろした。
敗北を認めた十戸武は更に続けた。
「天網は美夜受さんとの約束通り本日を持って解散します。ですが、無関係なのに攻撃を受けた
十戸武は俺と亮磨達の両方に視線を向けると話を続けた。
「でも天網の他のメンバーも既に負傷しましたし、彼らのやった事は全て私の命令なので、私に責任があります。こんな事をお願いするのは都合が良いかも知れませんが、私の体を好きにして良いので、如何かそれで手打ちにして頂けませんか?」
悲壮な決意を述べる十戸武だったが、その頭を麗衣が軽く小突いた。
「アホぅ。テメーにとっちゃそれはご褒美だろうが。このドM女が!」
十戸武の予想の斜め上を行く台詞だったのか?
十戸武は可愛らしく目をぱちくりとさせると、敗者としての改まった口調から普段の麗衣に対する甘えた様な口調で言った。
「なっ! そ……そんなつもりじゃないよぉ~! 私なりにどうやって収めれば良いのか真剣に考えて……って、ええっ!」
麗衣は十戸武の体をそっと抱きしめると、十戸武は顔を真っ赤にしていた。
「ありがとな。これ以上つまんねー意地で泥沼になるのは避けたかったんだろ? 勝ちを譲ってくれたその気持ちだけで充分だぜ。それにあたし達は
麗衣は命令するような口調でもなく穏やかに亮磨と俺に向かって言うと、まずは亮磨が答えた。
「まぁ、俺達は十人居て天網の二人に敵わなかった位だからな……それを麗の勝ち馬に乗ってソイツをリンチする何て情けねー真似する訳ねーだろ?」
これが亮磨の馬鹿兄貴二人なら十戸武をレイプした上に
もっとも亮磨の場合、姫野先輩に嫌われたくないから麗衣に合わせているという面も少なからずあるだろうけれど……。
「ありがとよ赤銅……あと、何言われたか知らねーけど武は如何なんだ?」
麗衣は俺に尋ねてきた。
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