第77話 喧嘩をしてもダチはダチなんだよ

「十戸武は俺の事が嫌いなんだってさ。裏サイトの掲示板を見て俺が自殺しようとしていた事は知っていたらしいけれど、止める気が無かったらしい」


 俺は正直に十戸武に言われた事を口にした。


「法では裁かれない悪人に天誅を下すという正義を標榜している天網のリーダーの本音がこれだとしたら、正義って何だって? 笑わせてくれると思うだろ?」


「武……」


 麗衣は何か言おうとして口を噤んだ。


 これは俺と十戸武の問題だから自分が口を挟むべき話ではないと思ったのだろう。


「……そうだよね。小碓君の言う通りだよ。大義を掲げながら足元すら見えないで……いや、見て見ぬフリをしてクラスの苛めすら止められないで何が正義だって思うよね……」


 十戸武は俯きながら言った。


「小碓君。私の事、許せないでしょ? だから私を好きにして良いよ?」


 麗衣も勝子も姫野先輩も只黙って俺を見るだけで何も言わない。


 だが、その眼差しは俺を信じている


 大丈夫。俺を信じて欲しい。


「まぁ、俺が軽蔑するとしたら、さっきの十戸武の台詞が。という事だよ」


 俺はポケットからスマホを取り出した。


「十戸武には言っていなかったけれど、俺は自殺宣言をした次の日の放課後、自殺しようとして居たら麗衣と勝子と姫野先輩に助けられたんだ」


 俺はスマホで裏サイトの掲示板にアクセスして、その画面を見せた。


「で、この日の放課後の少し後のタイミングだけど、こんな書き込みがあったんだよ」


 裏サイトの掲示板には無責任に自殺を煽る書き込みばかりだったが、そんな中、HNがMeguminという人物の良心的な書き込みが存在した。


Megumin 20XX年9月10日 16:15

 この書き込み(自殺宣言)に今まで気が付かないでゴメンナサイ。

 今日風邪で学校休んでいて来て居ないのですが、今から学校に行きますので私と少しお話しませんか?

 悩み事があるなら聞かせて欲しいな。

 クラスメートが自殺なんかしたら悲しいよ。


Megumin 20XX年9月10日 16:22

 少し時間が掛かっちゃうかも知れないけれど、絶対に行きますから。

 絶対に死なないで!


Megumin 20XX年9月10日 16:38

 今家から出たから……お願い!

 死のうなんて考えないで!


Megumin 20XX年9月10日 17:16

 遅くなって御免なさい。今学校に着きました。

 待っていてください。


Megumin 20XX年9月10日 17:18

 今屋上に居ます。

 自殺は……思いとどまってくれたのかなぁ?


Megumin 20XX年9月10日 18:46

 これ以上学校に居ると先生に怒られそうなので帰ります。

 特に騒ぎにはなっていないみたいだし、思いとどまってくれたのなら嬉しいです。


Megumin 20XX年9月10日 18:57

 もし、今後苛めがあったら大きな声で言ってください。

 私が貴方を絶対に助けます……どんな事があっても。

 その事で例えクラス中が私の敵になっても構いません。

 命より尊いものは無いんですよ。


Megumin 20XX年9月11日 08:55

 おはよう。

 死なないでくれてありがとう。


Megumin 20XX年9月13日 16:30

 良いなぁ。

 何時の間にか私の大好きな人と仲良くなれたんだね。

 ちょっぴり君が羨ましいよ……。

 でも、どうして彼女は顔中怪我しているんだろう?

 心配だけれど、彼女元気そうだね……


Megumin 20XX年9月14日 12:15

 もう私の助けは要らないかな?

 だって今日の君は凄く良い顔しているよ♪

 でも、今後も困った事があったら遠慮なく訴えてね。

 必ず私は君の味方になります。


 この一連の書き込みを十戸武に見せると俺は彼女に聞いた。


「このMeguminって十戸武恵……君の事だろ?」


「さっ……さぁ? メグミって名前の子なら別に珍しくないし。そもそも態々誰が書いたかバレそうなHNなんて付ける訳無いし……」


 十戸武は照れ隠しなのか、俺からそっぽを向いていた。

 麗衣の台詞じゃないけれど嘘が下手な奴だな。


「学年中調べた訳じゃないけれど、クラスの生徒で9月10日に休んでいたのは十戸武だけなんだよ。俺は当日掲示板見ていなかったから知らなかったけれど、風邪引いて学校休んでいたのに態々わざわざ学校まで来て俺の自殺を止めようとしてくれたんだろう……ありがとう」


「私も後からその書き込みを見て学年で9月10日に欠席した人を調べたけれど、女子で休んでいたのは十戸武恵だけだったね。しかも原因を先生に聞いたら風邪って言っていたよ?」


 意外な事に十戸武を嫌っているはずの勝子が補足してくれた。


「で……でも、正体バレない様にワザと女子っぽいHN付けたのかも知れないし……」


 目を泳がせながら、この期に及んで十戸武はまだ否定しようとすると、勝子は畳みかける様に話を続けた。


「往生際が悪いわよ十戸武恵。アンタのクラスメイトから聞いた目撃情報だけど、9月10日に休んでいるはずのアンタが放課後、何故か学校に来ていて体調が悪そうなのに何か必死で探しているみたいだったから少し心配だったって言っていたわよ」


 この場合、往生際が悪いという言葉の使い方が正しいのかという疑問はとにかく、勝子がここまで調べていてくれた事に驚いた。


 ここまで来てようやく十戸武は諦めたのか、溜息を混じりに言った。


「そうだよ……。その書き込みは私が書いたんだよ」


「だったら……何で態々俺から嫌われる様な事を言ったんだよ? あれ全部嘘だろ?」


「だって、誰かがケジメは付けないと駄目でしょ? 紛争を終結させるにはスケープゴートが必要でしょ?」


「アホ! だからってお前が武に処女を捧げる必要なんかねーよ!」


 麗衣は再び十戸武を抱きしめて言った。


「あたしの友達ダチの武を色々励ましてくれてありがとうな。あたし達だけじゃなくて、お前も居れば武が二度と辛い目に遭わなくて済むだろ? やっぱりお前は最高の友達ダチだぜ」


「で……でも、私、美夜受さんの事を力づくで仲間にしようとしたり、一杯殴っちゃったし……こんな私に友達の資格なんて無いよ……」


 涙目の十戸武を麗衣は妹を見る姉のような目で十戸武の顔をそっと抱き寄せた。


「馬鹿。格闘技やっていりゃそんなの覚悟の上だ。それにな……」


 麗衣は十戸武の黒髪をそっと撫でながら言った。


「喧嘩したって友達ダチ友達ダチなんだよ」


 十戸武の鈴を張ったような大きな瞳から大粒の涙が零れる。


「あっ……ありがとう、美夜受さん……大好きだよぉ……」


 わんわんと泣き出した十戸武の背中を麗衣は優しく撫で続けた。


 この様にして天網との戦いは俺達麗の勝利で終わった。



              ◇



 武が自殺をしようとした日付。9月10日は世界自殺予防デーです。

 

 

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