第2話 フラッシュバック2~心中


 この女は今何って言った?

 理解が追い付かない。

 俺は余程間抜けな顔をしていたのだろうか?

 美夜受麗衣みやずれいいは俺の表情をみて意地悪そうにクックッと笑った。


「目の前で人が自殺するとこなんて一生に一度お目にかかれるか分からない代物じゃん?」

 

 コイツは人の皮を被った悪魔か? 追い打ちをかけるように美夜受は続けた。


「しかし、あれだけ裏サイトで宣伝しておいてギャラリーがあたししか居ないってどういう事? 最高の見世物なのに勿体ないじゃん?」


 苛めに慣れている俺も流石に血流が沸点に到達する事を感じた。


「うるさい! 黙れ! お前みたいな人の不幸を喜んでいる不良に言われたくない!」 


 激高した俺は更に続けた。


「この……ビッチ……ビッチ…… クソビッチが! お前が死ね! ……お前が……死ねばいいんだよ!」


 俺の言葉を聞き、美夜受は黙ってこちらに歩み寄ってきた。

 俺はこのまま美夜受に突き落とされる事を覚悟した。

 でも、美夜受は表情を和らげ、思いもかけぬ言葉を返してきた。


「へぇ……アンタでも言い返せるんだね。やるじゃん。ちょっと見直したよ」


 今この女、微笑んだのか? 目の錯覚か?

 殆ど会話する機会が無かったとはいえ、常に近寄りがたい雰囲気の美夜受が微笑んだのははじめて見たような気がする。

 美夜受は俺の暴言など一切気にせず、却って俺が褒められるという意外な反応に戸惑った。


「でも、何で他の奴にはそれが出来ないんだ?」


「で……出来たらとっくにやっているさ。でも、誰もかばってくれないのに一人で何が出来るんだ? もう俺は死ぬしかない。死んでアイツ等を見返すしかないんだ。止めても無駄だ」


 今更引き返す事はできない。俺の台詞を聞き、美夜受は溜息をついた。


「そうだね。あたし学校あんまり来てないから事情よく知らないけどさぁ、アンタが自殺したいなら止めないよ」


 はぁ? ここは止めるところだろ?

 思わず封印していたはずの弱気な本音の心がもたげかけた。


「それとも、もしかして、誰かに助けて欲しかった? アンタが自分で言っているじゃん。誰もかばってくれないって。その通りだよ」


 美夜受は俺の心を土足でズカズカと踏みにじった。

 少しは良い奴なのかもと思った俺がばかだった。


「やってやるよ……よく見ていろよ」


 俺は美夜受に背を向け、再び下の地面を見る。

 怒りでアドレナリンが分泌され、多少は恐怖が薄れたとはいえ、やはり死にたくないという迷いは消しきれない。

 あれこれ躊躇している俺の隣に、するすると美夜受が柵を乗り越えていた。


「な……何をしているの?」


 足を跨いでスカートの中を覗かせる美夜受に対し、慌てて目を背けながら言った。


「じろじろ人のパンツ観てんじゃねーよ。この変態! ……よっと!」


 黒だったか……いや、これは不可抗力だ。

 美夜受は不可抗力で人を変態扱いすると、まるで階段を下りるかのように事も無げに俺の隣に降り立った。


「俺の事を止めるつもりか?」


 何だかんだと言いながら、結局俺を止めようとしているのだろうか?

 そうでなければ、わざわざこんな危険な真似はしないだろう。

 だが、止めても無駄だと言いかけた俺の遮るように答えた美夜受の返事は全く思いもかけぬ内容だった。


「うんにゃ。あたしも死ねって煽ったから、責任取ってアンタと一緒に死んでやるよ」


「はあっ?」


「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔しているんだよ? アンタだってあたしの事、死ねって言っただろ?」


 まさか本気にしたのか? コイツ見た目通り、本当の馬鹿なのか?


「だから、お望み通り付き合ってやるよ」


 この女に関わると本当に思考が追い付かない。

 本人が言うように、学校にも殆ど来てなかったので、多分まともに会話したのは今日が初めて。

 好意を抱かれているのならとにかく、客観的に見て自分が好かれている要素は一つもない。

 とても一緒に死ぬような仲でも義理も無い。

 善いか悪いかはとにかく、一人で死ねと言われた方がまだ理解できる。


「い……一体何が目的で……」


 煽ったと思えば持ち上げて、持ち上げたと思えば、突き放し、次は一緒に死ぬときた。

 この女のやる事はイチイチ理解不能だった。


「ああ、いくら学校に来てなかったからって、あたしのクラスで苛めなんてダセー事があったと言うのもあるけど……まぁ、アンタを見ていて一度死んだ方が良いと思ったのは事実だしね」


 そう言うと、突如美夜受は俺の体に抱き着いた。


「なっ……」


 美夜受の甘い香りが鼻腔をくすぐり、この期に及んで、俺の男としての本能が反応する。

 無理もない。

 口は悪いが、見た目は凛々しくイケメン的な美少女と言って差し支えない。

 黙ってさえいれば、その容姿に男も女も魅了される者は多いだろう。

 それに俺は女の子の手にさえ振れた記憶が無いのに、いきなりこんな美少女に密着されたら我慢できる程の免疫はなかった。

 でも、美夜受はこんな俺の内心の動揺など見透かした上で、恐ろしい宣言を行った。

 

「何か変な期待してるんじゃね? でも、残念だったね。これから飛び降りるぞ?」

 

 美夜受がぐいと後ろに俺の体を引っ張ると、俺は足を踏み外しそうになった。


「や……やめろ!」


「あ? アンタ死にたいんだろ?」


「そうさ……死にたいさ!」


 これは最後の意地であったが、言った直後に後悔させられる事になった。


「いいぜ。一緒に死んでやるよ」


 足場から一瞬の浮遊。そして落下。


「え?」


 この情景でフラッシュバックする記憶は一旦打ち切られ、現実に引き戻された。

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