第103話 織戸橘環VS大羽狩夢(1)総合格闘家VSラガーマン

 俺達麗が拠点とする立国川市の隣の市である豊日野田市。

 多磨川にかかる新三つ子橋の河川敷が喧嘩に指定された場所だ。


 麗衣のバンディット250Vのケツに乗った俺は、幾度も死線を乗り越えながら、息も絶え絶え、何とかこの場所に到着した。


 地元じゃないので地の利が無い分、不利であるが、相手はタイマンを指定してきたので逃げる訳には行かず、こちらから出向いてやると麗衣は言っていた。


 それに地元に呼べば姫野先輩達が気付いて駆けつけてしまう可能性がある為、敵地でやるのは好都合だとも言っていた。


 河川敷に辿り着き、麗衣はオフロードヘルメットを脱ぐと、遠巻きに数十人の集団に囲まれ、二人の体格が良い男子と何やら言い合っている一人の女性の姿を見て「あちゃ~」と呟いた。


「あのバカ! 本当に一人で来てたのかよ! まだ喧嘩は始まってねーみてーだな……お前等! 行くぞ!」


 麗衣が駆けだすと、勝子と恵はバイクを降り、ヘルメットを脱いだ。


「あ。メットどこに返しておこうか?」


「そんなのは後で良い! そのまま来い!」


 まぁ集団戦になった時防具にはなるよな。


 俺はヘルメットを被ったまま麗衣の後を追いかけた。



 ◇



「テメーが麗だってのか? 何で一人なんだよ?」


 攻撃的な性格を表すかの如く、フェードスタイルのまるでハリネズミのような刺々しい頭をした身長170代半ばの男が1メートル程は有ろうかという白木の木刀のような棒をポンポンと威圧する様に自分の手で軽く叩いていた。


「あ? 私は麗じゃないけど? それに一人じゃ悪いのかしら?」


 ショートヘアで肩幅が広く、ショートパンツから覗く太腿がガッチリとした、170センチ代半ばは身長がありそうな長身の女性は腕を腰に当てて、怯む事無く言った。


「だったら何でここに来たんだ? 売春うりでもするつもりか?」


 フェードスタイルの男よりも遥かに大きい、服の上から見ても筋骨隆々とした身長190センチはあろうかという丸刈りの男が尋ねた。


「貴方達。本当に品が無いわね。たまに良い女を見るとそんな事しか考えられないのかしら? 余程女から相手にされないんだろうね」


「何だと! 虚勢を張るならこの状況見てから言いな!」


「貴方達じゃあ何人居ても無駄だけどね」


「何だと! このアマあっ!」


 白木の木刀の男が棒で殴りかかろうとするところを丸刈りの大男が制した。


「待て遠津とおつ。コイツは麗じゃないとか言っているぞ。お前は何者だ?」


 その時、麗衣達四人が「どけどけ」と言いながら暴走族達を押し分けながら女性の前へやってきた。



 ◇



「馬鹿野郎! 何一人で抜け駆けしてんだたまき!」


 麗衣は長身の女性に怒鳴りつけた。


 この長身の女性が環……織戸橘環。

 姫野先輩の妹さんなのか?

 身長は環先輩の前で木刀を持っている男性と変わらないぐらい大きい。


「別に。私は群れるのもアンタの事も周佐の事も嫌いだからね」


 環先輩は本人達を前にして嫌いとはっきりと言い切った。

 この人、麗衣だけじゃなくて勝子とも仲が悪いのか?


「じゃあ何でここに来やがった?」


「前も言ったでしょ? 姫野君がアンタの事心配で仕方ないみたいだし、アンタがリンチされたりレイプでもされたりでもしたら姫野君が受験捨てでもコイツ等皆殺しにするでしょ? だから私がアンタの代わりにコイツ等をぶちのめすの。アンタは足手纏いだから引っ込んでいて」


 環先輩は姫野先輩の事を姫野君と呼んでいた。


 それはとにかく、驚いた事に、この人は麗衣が足手纏いと言ったのだ。


 まさか麗衣の強さを知らないとは思えないけれど、あるいはこの人が麗衣を見下せる程強いという事なのか? それともハッタリなのか?


 この二人の力関係は不明であるが、いずれにせよ負けず嫌いの麗衣は反発した。


「何だと! 余所者のテメーがタイマンする気か?」


 麗衣は集団戦を想定して環先輩を呼んだようだが、環先輩の方は自分がタイマンを張るつもりのようだ。


「いつ見ても胸糞悪いその目でよく見て見ろ。アンタじゃあのデカブツに勝てないよ? お前達が居ない間に聞いた話じゃアイツはラガーマンだってさ。アンタにとっちゃ格闘技使う奴よりやりずらいでしょ?」


 デカブツってあの190センチはありそうな奴の事だよな。


 俺の知る限り、確かジムで最重量級の選手がウェルター級(66.68kg 以下)で、身長は180弱だった。


 練習生でこの選手以上に長身の人も居ない訳ではないが、190ともなると、一般会員を探しても見かけない。


 そのウェルター級の選手と比較しても薄手のシャツから覗く肩、腕、胴回りが遥かに筋骨隆々と発達し、金属さながらの光沢を見せている。


 こんな奴を前にし、俺は戦う前から委縮し、格闘技をやっていても無力さを感じざるを得なかった。


「くっ……」


 麗衣も俺と同じ様な思いを抱いたのか? 悔しそうに唇を咬んだ。


「理解したか? じゃあ、さっさとウドの大木を刈り倒すから、大人しく見てなさい」


 環先輩は丸刈りの大男に振り返り、言った。


「さっきの『だったら何で来た?』って質問の答えだけど、私は麗じゃないけど麗の助っ人って事で。タイマン張る予定なのアンタでしょ? 良いよ掛かって来なよ」


 環先輩にそう言われると、丸刈りの大男はフェードスタイルのまるでハリネズミのような頭をした男、SNSでは遠津闇男とおつくらおを名乗っていた飛詫露斗アスタロトのリーダーに尋ねた。


「遠津。この生意気なアマやっちまって良いか?」


「ああ。大羽おおはやっちまっていいぞ。終わったら輪姦まわすから顔は程々にしておけよ?」


 大羽と呼ばれた大男は冷酷な笑みを浮かべた。


 アイツが動画で遠津と共に麗を挑発していた飛詫露斗アスタロトの特攻隊長・大羽狩夢おおばかりむか?

 顔の見覚えはあったが、まさか実物がここまでデカイとは想像していなかった。


「なぁ、ねーちゃん。お前格闘技使うんだろ? 何使うんだよ?」


 大羽は小馬鹿にする様な口調で環先輩に尋ねると、環先輩は不快そうに答えた。


「総合格闘技だけど」


「そりゃ良いね。何人も格闘技やっているって男を潰してきたし、総合やっている奴も何人か居たけど、アイツ等お前と同じぐらいチビだし軽くてショボイタックルでよぉ……ワザと足取らせてやったけど非力でピクリとも俺を動かせねーんだぜ」


 俺達の中では一番長身で成人男性の平均身長並みの身長の環先輩ですら、この大男にとってはチビに見えるらしい。


「で、アイツ等がテイクダウン諦めたら、こっちがスピアータックルでぶっ倒してコンクリに頭ぶつけて失神して終わりだ。全員同じパターンでビクビク痙攣してやがったぜ。格闘技やってる奴って弱っちーよな?」


 スピアータックルとは足を担ぎ上げ、肩より高く上げてしまい、頭から落とすようなタックルで、ラグビーでは反則技とされている。そんなタックルでマットではなく地面に叩きつけられたら並みの格闘家など、ひとたまりもないかも知れない。


 中途半端に格闘技をかじっていたところで鍛え抜かれた重量級のラガーマンに喧嘩を挑んで勝つのは難しいだろう。


 重量で劣り、小柄な総合の選手のタックルを切るぐらいラガーマンには朝飯前だろう。そもそも格闘技をやる人は他のスポーツに比べ小柄な人が多い。


 ボクシングをはじめ、大体の格闘家が軽量級の方がレベルが高い場合が多いのとは正反対で、ラガーマンのトップクラスはほぼ重量級である。体当たりされただけでも軽量級の格闘家には脅威であろう。



「へぇ? じゃあ、私にもタックルさせてくれるって事?」


「ああ。構わねーぜ。その位良いハンデだろ?」


 大羽は挑発する様に両足を前後に広げた。


「じゃあ、遠慮なく」


 環先輩は足を肩幅に開くと、オープンフィンガーグローブを嵌めた左手を前に、右手を奥に手の位置は目線の少し下に構えると、大きく左足を一歩踏み出した。


 タックルを防ぎやすくする為に前後の足幅を大きく開いた総合格闘技の基本的な構えだ。


 環先輩は大羽の腰に視線を向け、今にもタックルをせんばかりに腰を落とし低めに構えた。


 そして、軸足を蹴り、タックルをしかけたと思われたその時だった。


 左肩を引き、左手を下げながら両足ステップで跳躍し、左足のひらを上にして鋭い左アッパーで打ち砕かんばかりに大羽の顎を突き上げると、右肩を左後方に廻し、大羽の顎にヒットする瞬間、少し足を伸ばし気味にして思いっきり上方へ拳を振り抜いた。


「ぶごっ!」


 タックルが来るかと思い油断しきっていた大羽の顎が大きく跳ね上がり、据わった目で夜空の群雲がかかった月を見上げた。


 あれは恵も得意としていた総合の離れた間合いから飛び込む両足ステップからのパンチだ。


 故・山本”KID”徳郁氏が得意とした飛び込みながらのアッパーだが、ラガーマンというだけあって常人よりも遥かにタフなのか倒れない。


 だが、環先輩の攻撃は止まらない。


 環先輩は更に右足を半歩前に送り、蹴り足の左足の腕を前に伸ばしながら左の内股にローキックを叩き込むと、ラグビースパッツの上から肉を引っぱたくような激しい音が鳴り響くと共に、大羽の上体がガクンと下がる。


 蹴り足をそのまま降ろした環先輩は推進力に逆らわず踏み込み、腰を捻り、肘を浮かさず、後ろ足を力強く蹴りながら縦拳の右ストレートで大羽の顎を打ち抜くと、大羽の巨体はみっともなく尻もちを着いた。


 タックルと見せかけて左アッパー、左ローキック、右ストレートの三連打。


 しかも、一撃ごとにKO可能な威力を込めた、鬼の様なコンビネーションだった。


「きったねぇ……」


 俺は思わず呟いた。

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