第111話 君一人の血は彼等全員の血で贖ってもらおう
俺は戦況を確認した。
先は勝子。
まぁ、何時もの如く当然の様に無傷で相手を沈めていた。
続いて麗衣だが―
「オイ! 恵! 大丈夫か!」
麗衣は酔っぱらいの様に足元をふらつかせ、鼻血を掌で押さえながら、恵に声を掛けていた。
一方の恵は額から一筋の血を流しているし、歩き方がぎこちない。
「いや、麗衣さんの方が酷いでしょ? 早く病院に診て貰わないと駄目だよぉ!」
「あたしはこの位平気だ。それよりか、お前の綺麗な顔に傷が残ったらどうするんだよ!」
麗衣はそう言って、ハンカチを取り出し恵の額の血を拭っていると、ハンカチをぽとりと落とし、身体を恵に預けるように倒れそうになった。
「あっ! 麗衣さん!」
「麗衣ちゃん!」
勝子も麗衣の不安定な体を支えるべく、駆け寄った。
左は勝子が、右は恵が麗衣の腕を肩に廻し、支えるようにして立つが―
「ううっ……ゴメン。武君……ちょっと変わってくれないかな……」
恵も顔色が悪く、大量の汗をかきながら青褪めていた。
額を割られた以外にも何か甚大なダメージを受けたっぽい。
「ああ。分かった!」
俺は麗衣達の許へ駆け寄ろうとしたが、その前に
「まさか俺以外の幹部全員がやられるとはなぁ! 大したもんだぜ! 率直に褒めてやるよ! だがなぁ……これだけ被害を受けて、テメーラを無事に返すと思うか?」
そう言うと、
「くっ……」
これは想像以上にヤバいぞ。
一度失神した奴等の中にも俺達がタイマンをしている間に息を吹き返した連中が7、8人居て、10人程の無傷のメンバーと共に包囲網に参加した。
麗衣も恵もまともに立つことが出来ないような状態で、こちらは勝子と俺。
そして―
「一番強い連中は叩いたみたいだね。ご苦労さん」
俺よりも頭一つは身長が高い環先輩が隣に立っていた。
「ラガーマンには勝ったんですか?」
じゃなきゃ俺の隣に立っていないだろうけど、一応環先輩に聞いた。
「ああ。お前等がタイマン始める直前には落としておいたから」
環先輩は親指で後ろを指すと、ぐったりとして動かなくなった大羽狩夢の巨体が転がっていた。
「お前等が足止めしておいてくれたおかげで私は少し休めた。後は私がやろう。総長をぶちのめせば大人しくなるだろう」
環先輩が前に出ると、勝子は溜息を吐いた。
「はぁ……相変わらず仕方ない人ですね。それよりか三人しか動けないんですから、私達と一緒に麗衣ちゃんと十戸武を守って下さい」
勝子は意識も絶え絶えの麗衣を恵に預けて言った。
「十戸武。緊急事態だから貴女に麗衣ちゃんを預けるよ。本当は二人とも座らせて休ませてあげたいけど、座っていたら、もしもの時に逃げられないから我慢してね」
「うん……周佐さん、ゴメンね」
「……来るぞ!」
俺は麗衣と恵を背に彼女達を守るべく前に立った。
正直俺も体力がガス欠状態だ。
格闘技初めて1ケ月ちょいだから基礎体力も出来ていない。
いや、それどころか、つい最近まで苛められていて自殺しようとしていたんだよな。
そんな俺が空手の使い手を倒しただけでも奇跡に近い。
よくやった。
もう十分だ。
俺の脳裏にそんな弱音がチラつくが―
違う!
命を張って俺を救ってくれた麗衣を……俺をここまで鍛えてくれた勝子を……俺が自殺をしようとした時、体調不良を押してまで俺を助けようとしてくれた恵を……今度は俺が助けるんだ。
「うらあっ!」
目の前の敵に、俺が麗衣から一番最初に打ち方を教えて貰ったガゼルパンチをブチかます。
格闘技を使う奴には単発ではまず当たらないようなパンチだが、躱したりガードする技術の無い素人には充分効果的なパンチである。
フックとアッパーの中間の軌道で放たれたパンチは敵の顎を打ち抜き、ソイツは派手にぶっ倒れた。
「一人たりともここは通さねーよ!」
俺が絶叫すると、答えるように河川敷の上の道路から甲高いクラクションが鳴らされた。
その音に喧嘩を中止し、その場に居る全員が注意を向けた。
「「「何だ? あの車?」」」
「あのクロカンは……まさか!」
恵に支えられた麗衣が見覚えのあるクロカンを指さすと、ドアが開き、五人の女子……いや、正確に言うと四人の女子と、一人男の娘が一緒にこちらに駆け寄って来た。
「麗参上! テメーラ邪魔だ! どけっ!」
そう言いながら、包囲網を掻き分け、一番最初にこちらに駆け寄って来たのは澪だった。
そして、吾妻君、香織、静江、最後にクロカンの運転手である姫野先輩がやってきた。
「一応聞いてみるが、これは一体どういう状況かね? 麗衣君?」
姫野先輩は麗衣の許へやってくると、真っ先に尋ねた。
「まぁ……見ての通りだ。てか、テメー等受験控えてるのに何来て……」
バチン!
麗衣が言い終わる前に姫野先輩のビンタの音が響き渡り、麗衣の首が大きく捩れた。
「ひいっ!」
と、
それ程姫野先輩の迫力は凄かった。
「……説教は後だ。それよりも、麗衣君をこんな目に遭わせたのは彼等かい?」
「いや……ソイツはタイマンでぶちのめしたぜ……」
麗衣は気圧されながらも姫野先輩に答えた。
「同じ事だ。君一人の血は彼等全員の血で
姫野先輩がそう言うと、遠津が怒鳴りつけた。
「ああっ! エラソーに何が贖って貰うだ! テメーラ麗の仲間だろ? 飛んで火にいる夏の虫って奴だな?」
「……君が
環先輩は姫野先輩に声を掛けられびくりと一回身を竦ませた。
「なっ……何かなぁ? 姫野君?」
「環には聞きたい事がある。……だが、それは後だ。今は死んでも麗衣君を守れ」
「うっ……うん! 分かった!」
身長190センチのラガーマンを手玉に取った環先輩は身長165センチの姫野先輩に震えあがっているとは……。
それ程今の姫野先輩は怒りによる気迫に満ちていた。
姫野先輩はラバーのグリップに十字の
以前は21インチ(約53センチ)程度の長さだったけれど、今日の警棒は31インチ(約78.7センチ)もある警棒としては最大級の長さだった。
「姫野先輩……前の警棒より長くないですか?」
日本人に合う警棒のサイズは大体21インチぐらいと言われているが、31インチともなると長い分重くなり、人によっては両手で持たないと扱いが難しいらしいが、姫野先輩は苦にした様子もない。
「杖術を使う僕にはこれでもまだ足りないぐらいだよ。それにこれでもバッドより短いんだから」
大人用のバッドの長さが大体83センチ~85センチだったっけな?
そんな事を考えていると、敵も5、6人がバッドや木刀、鉄パイプやナイフを持ち出してきた。
これはヤバすぎるな。
キックボクシングでは当然対武器の技術など習っていない。
だが、こちらには姫野先輩と琉球古武術を使う武器のスペシャリスト達が居る。
「武器を使う奴は私達に任せて下さい!」
香織は左右の手に40センチ半ば程の樫木の半丸形トンファーを持ち、左足を前に出し、胸前に左中段の構えを取った。
「わっ……私も頑張ります!」
静江は35センチ程度のスヌケ材の八角形ヌンチャクを持ち、香織と同じように左足を前に出し、レ字立で腰を下ろし、前後の距離を肩巾の二倍程度にした立ち方で左中段に構えた。
「実は俺もサイが使えるッス。手首を鍛える為に補助運動具に使っていただけナンで、そんなに上手く無いっスけどね」
澪は二本の50センチほどの真鍮製のサイを持っていた。
親指をサイの
金属なので先で突かれたら致命傷になりそうな結構危険な武器っぽい。
これでこちらは武器の使い手が四人。
相手が剣道でも使わない限り、何とかなりそうだ。
「ボク達は武器を使う相手以外を一杯倒しましょう!」
パンパン! とパンチグローブを両手で鳴らして吾妻君は俺に言った。
女の子みたいな顔をしているが、彼の実力は身をもって知っているので心強い。
「ああ。頼りにしているよ」
俺も敵に向かって構えた。
「コケ脅しだ! テメーラ! 生意気なアマどもをぶち殺せ!」
俺と吾妻君はアマじゃないんだけどな。
それはとにかく、遠津の命令で二十人近い
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