第119話 膝枕
―墜落―
高所から不意に足場を無くし、重力に逆らわず落下していく。
俺は意識が闇に落ちる瞬間、あの時の墜落感を思い出していた。
いつぞやの墜落。
アレは何だっけ?
ガンガンする頭痛に妨害されながらも、必死に記憶を辿る。
そんな前じゃないだろ?
パンチ喰らった直後の記憶が無いなんてよくある話だが、少し前の事も、しかも大切な事を忘れるにはまだ若すぎるだろ?
そうだ、アレは……
―アンタ死にたいんだろ?―
金髪のポニーテールを風に靡かせた美少女が、俺に抱き着きながら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
―そうさ……死にたいさ!―
―いいぜ。一緒に死んでやるよ―
一瞬の浮遊。そして墜落。
金髪の美少女ヤンキー美夜受麗衣……麗衣が俺と一緒に死んでくれたあの時の墜落感。
……もしかして、あの時の墜落がまだ続いているのか?
実はあの時、墜落中に気を失い、夢を見ていたという事か?
今まで麗衣や勝子、姫野先輩たちと過ごした時間は全て夢だったのか?
オイオイ待ってくれよ。
夢オチなんてネタとしては最悪の部類って言われているだろ?
そんな出来の悪い、初心者の創作物みたいなオチだけは勘弁してくれ。
いや、でも苛められっ子の俺が二ケ月かそこいらで暴走族の幹部を倒せるぐらいの実力になっていたし、年下に男の娘含め、モテてていたのは出来過ぎだよな?
そろそろブームの終焉迎えそうなチート物程じゃないけど、ちょっと都合よく行き過ぎじゃないか?
やっぱり、この浮遊感はあの時の墜落の続きだよな?
待てよ……浮遊感?
墜落しているのに浮遊する何ておかしいぞ?
浮遊感も暫くするとすぐにおさまり、俺は身を横たえさせられていた。
墜落していない?
じゃあ、夢ではないという事か?
……ん、さっきまでゴツゴツして痛かった後頭部に触れる感触が突然柔らかくて気持ち良くなったぞ?
この感触は記憶がある。
―ああ。やっぱり思い出さなくていいよ……というか、目が覚めたならどいてくれないか?―
墜落中に俺に掴まれ、ワイシャツとスカートを破かれた金髪の美少女が赤面しながら胸元を隠した。
◇
「麗衣ゴメン!」
ガバと俺は身を起こすと、僅かな街灯が照らし出す暗い公園の物寂しい風景に、現状と自分の認識が一致していないことに気付いた。
「あ……れ?」
「何デカい声で叫んでいるのよ? 耳がキンキンするよ」
俺は声の主の方に振り向くと勝子が片目をつぶりながら耳を塞いでいた。
「あっ……勝子?」
「あっ勝子? じゃないわよ。まさか私を麗衣ちゃんと勘違いしていたの? だったら残念だったわね」
俺は現状をもう一度確認しようと周囲を確認すると、俺はベンチの上に寝かされていたみたいだ。
そして、位置的に勝子はベンチの上で座って俺を見守れる位置だったようだが、まさか……。
「もしかして、勝子、膝枕してくれたの?」
俺が聞くと、勝子は夜目にもわかる程顔を赤くして、暫く何かを言おうとパクパクと口を動かしても言葉が出てこない様だったが、やがて俺からそっぽを向くと答えた。
「いっ……嫌だったけれど仕方なくね。麗衣ちゃんにお前の事を頼まれていたから、幾ら下僕相手でも少しは優しくしてやんないとね。あっ……ありがたく思いなさいよね!」
ナニコノテンプレミタイナツンデレ?
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「というか、まさかベンチまで運んでくれたのも勝子なの?」
「そうよ。中学生に可愛いって大人気の小碓クンを御姫様抱っこしながらベンチに運んだのよ」
何か棘のある言い方で勝子は俺に言った。
あー……さっきの夢の中の墜落感は失神した時の感覚を引きずっていたんだろうけど、浮遊感は勝子にお姫様抱っこされていたからなんだね……。
って、待てよ。
俺、女子に、しかもこんな小さな子にお姫様抱っこされていたって事?
「うわぁーっ……超格好ワル……」
俺が頭を抱えると、勝子は調子を取り戻したのか? バンバンと俺の背中を叩きながら笑った。
「あはははっ。麗衣ちゃん達には言わないであげるから安心しなよ」
「ヘイヘイありがとうございます……ってそうだ! 麗衣と恵は大丈夫なのか!」
不意に二人の事を思い出し、今はどうなったか気になったが、勝子は俺を安心させるように微笑みながら答えた。
「ええ。さっき連絡したら二人とも軽傷だったみたいで家に帰れるみたいだね。姫野先輩が送って行ってくれるそうだから安心してくれって、言っていたよ」
「そうか……良かった」
取り合えず俺は一安心すると、目の前に勝子が居る事に対して疑問がわいた。
「何で勝子が麗衣と一緒に居ないの? 何時もなら麗衣が怪我をしたら絶対心配で側から離れないだろうに」
「さっきも言ったけれど、麗衣ちゃんに頼まれたのよ。武を頼むって」
「俺を頼む……どうして?」
「環先輩の事を信用しきれていないんでしょ? 位置情報アプリでこんな所に居るからまさかとは思ったけれど、やっぱりアンタはボコボコにされていたし……」
勝子の話を聞き、肝心な事を失神と共に記憶が吹き飛んでいた事に気付いた。
「そうだ! 環先輩は! あの人は一体何処へ!」
あの人は麗衣をシメて喧嘩も格闘技も出来ない体にしてやると言っていた。
今すぐにでも止めないと駄目なのだが、勝子は至って冷静だ。
「あの人は帰ったよ。もしかして、麗衣ちゃんをシメるとかそんなこと聞かされた?」
勝子はまるで俺達の会話を聞いていたかのような口ぶりだった。
「ああ。あの人は二度と喧嘩も格闘技も出来ない体にしてやるとか言っていた……如何しよう! 環先輩を止めなきゃ……イテテテッ!」
俺は立ち上がろうとすると、激しい頭痛と眩暈が俺を襲い、足元がふらついた。
「馬鹿ねぇ……少し大人しくして居なさい」
勝子はハンドバックを漁り、ロキソプロフェン配合の鎮痛剤とペッドボトルの水を取り出した。
「これを飲んで、少し寝て行きなさい。30分位様子見て痛みが治まったらアンタを家まで運んで行ってあげるから」
「え? ……でも?」
「ハーフキャップが嫌なんでしょ? でも極力安全運転するし、今日は我慢しなさいよね。今度アンタ用にメット買うから、次からは私の後ろに乗りなさい」
「あ、でもメット代すぐ払えないけど……」
「中級クラスの練習用の防具買う必要があるんでしょ? 私が立替ておくから、返せるときに返してくれれば良いよ」
勝子ってこんなに優しかったか?
この優しさはまるで麗衣と接しているかのようだ。
「ありがとう……って、そうじゃなくて、環先輩は如何するの?」
「如何もしないよ……いや、もう如何かしたからあの人が麗衣ちゃんに手を出す事は無いよ。何を言われたか知らないけど、あの人が言う事は一切耳を貸さなくて良いから」
「如何かしたって……何をしたの?」
「さぁね。そんな事より、さっきも言ったでしょ? 環先輩はシスコンなんだって」
俺の質問をはぐらかすように勝子は言った。
そういえば、
「もし環先輩が麗衣ちゃんをシメたりしたら、環先輩が姫野先輩に制裁される事になるから。だから、あの人が幾ら私達の事を嫌っていても敵対する事は無いの」
うへー……それは想像したくないな。
「まぁ、それ抜きに暫くは私の顔も見たくない様に刻み込んで置いたけれどね。これでもまだアンタや麗衣ちゃんに手を出すようなら、あの人の方こそ二度と格闘技が出来ない体になるから」
勝子は不敵な笑いを見て、環先輩に何をやったのか何となく想像が付いた。
俺は肌が粟立つのを押さえる事が出来なかった。
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