第45話 最強の女を見直したのも束の間、あまりもの最狂っぷりにソッコーでドン引きした件

 俺の手を振り払った勝子は顔を背けながら言った。


「そんな事言って……本当は麗衣ちゃんの事が好きな私を気持ち悪いと思っているんでしょ?」


 正直言うと少しはそう思っていた事もあったけれど、勝子の本心を聞いてからはそんな考えは無くなっていた。


「そんな事は無いよ。それよりか……そうだ。昼飯とか何時もどうしているの?」


 脈絡もなく関係の無い話を振られ、勝子は戸惑いながらも答えた。


「何でそんな事聞くの? まぁ……購買でパン買って、適当に人目のつかないところで食べているね」


「……友達と食べないの?」


「私、麗衣ちゃん以外友達居ないし……変だと思うでしょ?」


「いや、俺も同じだよ。今まで、まともな友達が一人でも居たら俺は自殺しようなんて思わないさ。麗衣がこの学校で初めて出来た友達かも知れない」


 勝子は溜息をついて小さな声で呟いた。


「……やっぱり、お前は嫌になるほど私と似ているよね」


「似てはいないだろ? 少なくても勝子みたいに強くない」


「私も弱いよ。私がどんなに弱かったか……そのせいで麗衣ちゃんが何を失ったのか知らないから……ううん。この話は止めておくよ」


 やはり過去に、麗衣と勝子の間には普通の交友関係では有り得ないような出来事があったのだろうか?

 だが、誰にだって触れられたくも無い過去の一つや二つはあるだろう。

 本人が話したくなるまで、こちらからは興味本位で聞かない方が良い。

 俺は脱線しかかった話題を元に戻す事にした。


「まぁ、ぼっち同士という事で、最近麗衣と一緒に雨の日以外は大体ここで昼飯を食べているんだけれど」


「知っているよ。だから、ここに来たんだけど、麗衣ちゃんとご飯食べれているって自慢でもするつもり?」


「いやいや、そうじゃなくて、良かったら勝子も一緒にご飯食べないか? どうせ今度から昼の練習に付き合ってくれるんだし」


 俺の提案に勝子はいぶかしむ様な表情で反論した。


「何言ってるの? 折角の二人で過ごす時間に私なんか居たら邪魔でしょ? だから今まで遠慮していたんじゃない」


 勝子はそんな事を思っていたのか……。

 俺は勝子に対して怖がったり麗衣との関係でライバルとしか思っていなかった事に自己嫌悪を感じていた。


「ゴメン勝子。何か俺、色々と君の事を誤解していたみたいだ」


「何で謝るのか意味が分かんないんだけど?」


 流石の勝子も心までは読めないのだから俺の真意など分かろうはずも無い。


「あ、いや、俺が悪いから謝りたくて謝ったんだ。気にしなくて良いよ」


「何かよく分からないけど……、とにかく私は良いから」


「でも、勝子が居てくれた方が麗衣も喜ぶと思うよ。それに勝子は俺の事なんか遠慮しなくていい。麗衣が好きなら俺に遠慮しなくて良いよ。同性だからって馬鹿にしたりしない。君は君らしく思うように振舞えばいい」


「えっ……」


 俺の返事が想いも掛けぬものであったからなのだろうか?

 勝子は驚愕の表情で目を見開いて俺を見つめている。

 その視線を真っすぐ見つめ返すと、勝子は顔を背けた。


「私が居ても良いのかな? ……本当に嫌じゃないの?」


「嫌じゃないよ。俺も勝子とは友達になりたいしね」


「そ……そうなんだ。下僕君の癖に生意気だけど……、ま……まぁ、悪くないかもね……」


 勝子はちょっと照れ気味に言った。


「仕方ないなぁ……。そこまで言うなら仲良くなってあげても良いんだからね!」


 これはまさか巷では死語と化しつつあるツンデレとかいう奴だろうか?

 正直、コイツにはヤンデレの方が似合いそうな気がするが、まぁ良いか。


「じゃあ、今度から昼飯は一緒にしよう」


「うん。宜しく。小碓武。ところで……私の事気持ち悪くないって本当だよね?」


 同性愛である事をそこまで気にしているのか?

 同性婚に値する証明書を発行する自治体もあるらしいし、昔に比べると随分世間の目もフラットになって来たと思うし、個人的に百合ならOKなんだが。


「ああ。寧ろ百合なら尊いと思うよ」


「うわっ……何その言い方! キモっ!」


 ……俺なりに気を遣ったつもりが、却ってこちらの方がキモイ扱いをされてしまった。

 いや、確かにキモイ言い方であるのは間違いないが……。


「まぁ、そのキモイ武君に聞きたいんだけれど……」


「ハイハイもう何とでも呼んでください。百合勝子師匠」


「……本気で殴らせてってお願いして良い?」


「冗談です。勘弁してください」


「なら……ちょっと耳を貸してくれない?」


 勝子は俺を手招きした。


「まだ授業中だし、俺たち以外居ないから別にそんな事しなくても……」


「ま……万が一の為だよぉ! 良いから耳貸して!」


 止むを得ず耳を寄せると勝子は片手を当てて、小声で聞いた。


「ええっと、その……、友達として真面目に聞くけど、麗衣ちゃんとは何処まで進んでいるの? A? B? まさかCまで行ってないよね?」


「はぁ?」


 俺は思わず呆れたような声を出しながら勝子から離れ、その顔をまじまじと見つめてしまった。

 それが今友達になったばかりの相手に聞く事か?

 ところが勝子は至って真面目な様子でイラつきを露わにしながら俺に突っかかってきた。


「だから! 何処までしたの! あれから、ちゅーしたの? それともHまでした?」


 今度は耳打ちではなく、大きな声で聞かれて、俺は人が居ない事を分かっていながらも周囲を確認してしまった。


「いやいやいや。ちょっと待て! 待ってくれよ! そもそも付き合ってすらいないのに何でそんな事するんだよ?」


「だってだって! 初めてお前と会った時、麗衣ちゃんの服を脱がしてHしかけていた上に、キスまでしていたじゃないの!」


「だからあれは不可抗力だし、キスしてきたのは麗衣からだよ! 勝子も見ていただろ?」


「でもでもぉ! あたしだって麗衣ちゃんと、ちゅーしたいのに!」


 本音はそれかよ!

 俺は気のせいか、眩暈に襲われる気分になった。


「汚物武の癖に生意気だよ! 別に麗衣ちゃんと付き合っても良いから、せめてちょっとぐらい私にも別けてよ!」


 とうとう名前が汚物武になった。

 それはとにかく、この女の言う意味が全く理解出来なかった。


「別けるって何だよ! 麗衣は物じゃないんだ」


「そういう意味じゃない! 分かんないかな?」


 勝子は不意に俺の襟とワイシャツの袖を掴んだ。


「全然意味が分からないよ……って何? うわあっ!」


 勝子は巧みに俺の軸足に脚を掛けると、大外刈りで俺を地面に倒した。

 受け身もとれず背中を地面に強く打った俺は少し息が詰まった。

 コイツは柔道まで使うんかい!

 あるいは姫野先輩に日本拳法を教わった事があるのかも知れないが、それはとにかく、倒される意味が分からなかった。


「なっ……何するんだよ! って……なっ!」


 倒れた俺に勝子は覆いかぶさり、両肩を押さえつけ俺に顔を寄せてきた。

 前髪から覗く目は据わり、荒々しく息を乱しながら俺に尋ねた。


「はぁはぁ……ねぇ……小碓武。本当に麗衣ちゃんと最近はちゅーしてないの?」


 ひいいいっ!

 目が怖いんですけどおっ!


「してない! してない! 決してしてないです!」


 俺の六感は、麗衣と屋上から飛び降りた時以上の命の危機を知らせてきた。


「本当に? でも間接ちゅーぐらいはしたんじゃないの?」


 麗衣にパンチを教わった時は確かにしたけれど……昨日ジムで麗衣から渡されたボコリスウエットはどうだったんだろう?

 間接キスじゃないとは思うけれど、あの後、麗衣の態度がちょっとおかしかったのは気がかりではあったけれど……。

 俺が答えに窮していると、勝子は俺に瞳位の大きさの小さな唇を寄せてきた。


「友達としてのお願いだけど、もし下僕君が麗衣ちゃんとちゅーしたら、あたしにお前をちゅーさせてくれる? 友達だからいいよねぇ?」


 何言っているんだ?

 頭湧いているのかコイツ?


「いやいやいや。失礼ながら仰る意味が全然分からないんですけど……」


「だって、下僕武君ばかりずるいじゃん? 麗衣ちゃんが、ちゅーしてくれるなら私だって麗衣ちゃんの下僕勝子になりたいぐらいなのに。でも麗衣ちゃんは優しいから私を下僕勝子にはしてくれなさそうだから、せめてお前で間接ちゅーして我慢するって事だよ」


 勝子の事を気持ち悪くないって言った発言を撤回します。

 心の中で俺は宣言した。

 気持ち悪い通り越して、むしろ怖い。


「俺なんかに関接キスするぐらいなら、麗衣に直接キスすれば良いだろ? よく分かんないけど女子同士ならそんなにハードル高くないだろ? 例えばプリクラ撮る為に、よく仲良しの女の子同士がふざけてキスしたりするらしいし、そう言うのを口実にすれば良いんじゃないかな?」


 本当はそんな事をする女子が実在するか知らないし、昔読んだ百合漫画に載っていた知識という事は黙っておこう。


「なななっ……麗衣ちゃんと直接ちゅーなんて恥ずかしすぎるよぉ……」


 勝子の頬に両手を当てて、ふるふると首を振りながら恥じらっているさまを俺は白目で見ていた。


「いや。普通は男にキスする方が恥じらうところじゃないの……」


「駄目! やっぱり駄目! 麗衣ちゃんにちゅーして、もしガチガチ歯でも当たっちゃったら悪いし……そうだ! 下僕武君! 私の練習台になって!」


 一体何をどう頭を拗らせたら、こんな発想に結び付くんだ?

 誰かこの変態女を埋めてきてくれ!

 そんな事出来る人物が果たしてこの地球上に存在するのか怪しいものだけれど……。


 この時、終礼の鐘が鳴り響いたが勝子は俺の上から退く気配も無かった。


「はぁはぁ……これを下僕武君じゃなくて麗衣ちゃんの唇だと思えば……でも麗衣ちゃんとちゅーしてるし、実際麗衣ちゃんの唇みたいなものだよね♪」


 勝子の息遣いが荒く、激しくなり、俺の唇を指で何度も撫でまわす。

 まるで肉食獣に捕食される前の草食動物の状態だ。

 このままでは穢されるうぅぅぅっ!


 ―お願い! 麗衣助けて!―


 心の中でそんな風に念じると――


 終礼の鐘が鳴り終わった直後、まるで蹴破るかの如き勢いでドアが開かれ、一人の少女が屋上に出てきた。


「変態武居るか! て、やっぱりここに居たか!」


 俺の願いを聞き届けるかのように、本当に麗衣ヒーローは絶好のタイミングで現れたのだ。


 というか、今度は変態武ですか。

 生粋の変態なら今俺の上に居ますが……。

 それはとにかく、麗衣は屋上のコンクリを激しく踏みしめ、ウサイン・ボルトの如く力強いストライドでズドドドと音を立てながら俺の元へ駆け寄って来た。

 麗衣は授業が終わると全速力で走って来たのか?

 息を乱したまま、俺に詰め寄った。


「はぁはぁ……なななな……なんだあのメールは! その時って何だよ! その時って! ……あれ?」


 俺の上に乗っかる勝子と俺の両方を三回見比べて、現状を確認したつもりなのか? 麗衣は冷めた声でポツンと呟いた。


「ふーん……。何時の間にか、お前達ってそういう仲になっていたんだ……わりぃな。邪魔しちまって」


 目を細めた麗衣は背を向けると振り返りもせず、屋上の出入り口のドアを開けて去って行った。


「まっ……待ってくれ! 麗衣! これは誤解だ! というか助けてくれーーーっ!」


 この世にヒーローなんて都合がいい存在は居ませんでした。


 どんな状況にあっても自分の身は自分で守らなければいけないという重大な教訓を師匠しょうこが実践して俺の体に叩き込んでくれました。

 この後、慣れないグランドの攻防……というか一方的な攻撃に晒されながら俺は自分の貞操くちびるを守る為に昨日の練習以上の体力を消耗した事は言うまでも無い。

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