第28話 これって、もしかして「背中は任せた」ってヤツ?

 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーの包囲網が狭まる中、麗の三人は疲弊し、絶体絶命の危機だった。


「流石にこれはヤバイかもね……」

「麗衣ちゃんの敵は全員ぶっ殺してあげるから♪」

「いや、勝子。まずは突破口を開く事を考えろ……」


 それぞれ誰の台詞か最早説明する必要も無い。


「武! お前はあたしの背に来い!」


「あっ……ああ。分かった」


 有無を言わせぬ麗衣の口調に従い、俺は麗衣の背中合わせに立った。


「武は別に敵を倒そうとしなくて良い。少し食い止めていてくれりゃ、あたしが倒すからさ」


「……これって、もしかして『背中は任せた』ってヤツ?」


「バーカ。お前一人別の所で袋(叩き)にされても助けられねーからだよ」


 そりゃそうだよな。


 棟田に勝てた(?)のは麗衣が昼に棟田を叩きのめした事や、麗衣の喧嘩を見ていた事が大きい。


「でもよぉ。途中からだけど、棟田ボコったお前を見て、足止めぐらいなら任せて良いと思ったぜ……頼むぜ。相棒」


 ポンと麗衣は俺の肩を叩く。

 麗衣の言葉と、俺の肩に触れた麗衣の手の熱を感じたその時。

 俺の体が震えた。

 恐怖もある。だが、それだけではない。

 あるいは狂喜?

 初めての武者震い?


 苛められ続け、すっかり失われていたはずの闘争心がむくりと俺の中で目覚めるのを感じた。

 やってやる。

 やってやるぞ!

 麗衣は俺が必ず守る!

 俺は手が塞がれない様に麗衣から預かっていた帽子を被った。


 そして、乱戦が始まった。


「んだおめぇは? 男は邪魔だから先に死ね!」


 葛磨はバタフライナイフを大降りに構え、いきなり俺に切りかかろうとしてきた。


「武!」


 麗衣は鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの一人を顔面前蹴りで倒したが、背を守る俺がいきなり葛磨に襲われる事など想定していなかったのだろう。気付くのが遅れてしまった。


 でも、葛磨と姫野先輩との戦いを見ていたせいか?

 初見よりもナイフへの恐怖は薄れており、動きも予測できた。

 葛磨のナイフの振りが隙だらけで、棟田の大降りのパンチと大差が無いと感じた。


 俺は肩を回して左腕を伸ばし棟田の顔面へ力を込めた拳でワン。

 その後、素早く左手を引き、右肩を回し腕を伸ばし力を込めた拳でツー。

 そして、『キレのあるパンチ』を素早く引くと、最後に左ジャブのスリー。


 俺が出来る唯一のワンツースリーのコンビネーションだが、総合格闘技を使う葛磨が万全ならば、恐らく掠りもせず俺の方が倒されていただろう。

 だが、姫野先輩に散々ぶちのめされて半ばグロッキー状態であったせいか、全てのパンチが綺麗に入った。


「この野郎! ぶち殺してやる!」


 俺の与えたダメージなどたかが知れているだろうが、この中では一番弱いとみた俺にコンビネーションブローを決められ、自尊心が傷つけられたのか? 

 葛磨はの目は怒りで異常な輝きを見せた。

 そこに麗衣が凛とした強い声で俺に命じた。


「下がれ、武!」


 麗衣の合図で俺は一歩下がると同時に入れ替わる様に俺の居た場所に麗衣が踏み込む。


「死ねや! このチキンナイフ野郎!」


 身体を斜め前に倒し左手を振りながら、力強く足を高く上げ、勢いよく振り下ろすように麗衣は左ハイキックを一閃!


「!」


 麗衣の足先を打ち込まれ、葛磨の顔面は頬が激しく波打ち、大きく歪む。

 更に足先は勢いを止めずに振りぬかれ、脳を強く揺らした葛磨は意識を飛ばし、前へつんのめる様にして倒れた。


「よっしゃ!」


 麗衣は残身の構えを取り、葛磨が立ち上がってこない事を確認する。

 ほぼグロッキー状態だったとはいえ、麗衣のハイキックはしぶとい葛磨への止めとなった。


「チキンナイフ君は僕の獲物だったのに、横取りされたね」


 言葉とは裏腹に、姫野先輩は大して残念そうでもない表情でそう言った。


「はっ! 姫野があんまりにもトロイから先に頂いちまったよ!」


 一方の麗衣はドヤ顔で得意気だった。

 総長まで倒され、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバー間に動揺が走る。

 だが、彼らにも意地があった。

 リーダーである総長を倒したからと言って収まる訳ではない。

 むしろ手綱を握る者の不在は事態の収拾を困難にしたのだ。

 倒れた総長の仇とばかりに、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーは次々と襲い掛かってくる。

 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロード側からすれば、解散もかかっている為、おいそれと引くわけには行かなかった。


              ◇


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの半数は倒したが、そろそろ麗衣達の本当の限界を迎える頃だった。

 公園に接近するサイレン音が泥沼と化した喧嘩の終焉を告げた。

 これ以上は危なかったけれど、それでも結構都合の良いタイミングだ。

 まさか、ここへ来る前に連絡をしたはこの状況を見ていてを実行したのか?

 だが、スマホは姫野先輩に没収されていて手元にない。

 連絡をしなくても自己判断でやってくれたのか?

 何れにせよ今はそれどころではない。


「オイ! テメーら! これで終いだ!」


 麗衣は喧嘩の終わりを告げる。

 鍾磨との間で決定した約束と勝敗は曖昧になってしまったが、逮捕されてしまえば元も子もない。

 パトカーのサイレンは解散の合図。

 それはチーマーも暴走族も無い共通の不文律であった。

 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーは慌てて単車に駆け寄る。

 赤銅三兄弟を連れ出そうとする者も居たが、今し方、目を覚ました亮磨以外は二人乗ニケツで乗せていくのも不可能な状態なので止むを得ず単車を捨てて、肩を組んで何とか連れ出そうとする。


「麗衣君。君の傷では逃げ切れないだろう。君はしばらく、隣の野球場倉庫の中に隠れていたまえ!」


「あ? あたしは平気だぜ」


 麗衣は努めて強がってみせるが、本来はすぐにでも病院に行くべき状態であり、限界はとっくに超えているはずだ。


「ここは年長者の言う事を聞いて欲しいな。僕の弟はここのクラブチームに所属していてね。鍵を預かっているから使いたまえ」


 そう言って姫野先輩は麗衣にバットのアクセサリーが付いた鍵を握らせた。


「麗衣ちゃん。私も一緒に居るから大丈夫だよ!」


 勝子は麗衣と共に行動する事を望んだが、姫野先輩はやんわりと否定した。


「いや、勝子君。君は僕とまずは逃げて、離れた場所で警察と鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの動向を把握しよう。彼らの退散を確認したら麗衣君に連絡するんだ」


「そんなのこの下僕君にやらせても良いじゃないですか?」


 当然の事ながら勝子は麗衣と引き離される事を嫌い、不満げに言った。


「いや、武君と僕達の連絡先は交換していないからそれは無理だ。その時間的余裕も無い。だから、麗衣君と一緒に武君に居てもらう」


「はあっ! 俺ですか!」


 思いがけぬ提案に俺は素っ頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


「いや。あたし一人でも……」


 麗衣は反論しかけたが、姫野先輩はこれ以上の議論は無用とばかりに、その口を掌で塞いだ。

 そして俺のスマホとワセリンのケースをウエストのポーチから取り出し、俺に渡した。


「すまなかったね。武君にこれは返しておこう。あと、念の為に応急処置用のワセリンも渡しておく……さぁ時間が無い。早く二人で行くんだ! もう時間が無い! 急げ!」


 サイレン音が止まり、遠目にパトカーから人が出てくる事を確認した。


「仕方ないなぁ。小碓武! 麗衣ちゃんの事は一旦任せるけど、麗衣ちゃんにHな事をしたり、危険な目に合わせたらタダじゃ置かないからね!」


 タダじゃ置かないって……ひょっとしたらあのオーバーハンドライトをプレゼントされるんだろうか?

 俺は思わず連れ出すのも諦められて放置された鍾磨の姿を目にやり、先程の武者震いとは別の意味で震えあがりそうになった。

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