第122話 姫野先輩の卒業式(2)

「おっ……織戸橘がやった代表の挨拶良かったよなって話していたんだよ。なぁ小碓?」


 動揺を隠す様に亮磨先輩は無意味にポンポンと俺の肩を叩きながら言った。


 何を言っているのか理解が出来ず、一瞬頭の中が空白になったが、意図を察して答えた。


「えっ……ええ。とても良かったですよ」


「フーン……それは嬉しいね。でも、どんなところが良かったと思うのかい?」


 姫野先輩は微笑みながら聞いてきた。


 俺はあの時麗衣に絶賛弄られ中だったので、どんな内容だったのかほぼ聞いていなかった。


「えっと……ご来賓の皆様って言った時の話のトーンが良かったですね」


 俺は必死になって冒頭の部分だけ思い出すと、亮磨先輩も話に乗り、大袈裟に声を上げて言った。


「そうそう! あの声良かったよな!」


「ありがとう。あの時、僕は演壇から少しだけ見えたけれど、赤銅君が反り返って大きな口を空けながら、いびきを掻いていているのが見えてね、椅子から落ちないか冷や冷やしていたよ」


 このタコおやじも聞いてなかったんかい!


 告白前にわざわざ印象悪くしてどうするんだよ!


「いや、その、アレだ……まっ……前の日バイト入れていて疲れていてな! ……ハハハハッ!」


「ふうっ……まぁ良いさ。僕が卒業式の挨拶で何を話していたのかなど長い人生では大したことではあるまい。それよりか、僕に何か用事でもあるのかい?」


 姫野先輩は(多分)怒りもせずに微笑んでいた。


「えっと、多分昨日、麗衣から姫野先輩の卒業旅行についてざっくりと話があったと思いますけど、日にち空いてますか?」


 卒業旅行については麗衣が昨日になって突然言い出した事で、具体的なプランはまだ何もなかった。


「そうだね……4月にすぐ入学式があるし、引っ越しの準備もあるから、あまり日程に余裕は無いけれど、来週の月曜日あたりに1泊2日ぐらいならば……」


「ハイ、分かりました。麗衣に伝えておきます。その事の相談を含めてあとで女子会に来て貰えますか?」


「申し訳ない。今日は同級生にカラオケに誘われていてね。プランは任せるから日程と場所が決まったら車は僕が出すから連絡してくれと伝えてくれないか?」


 姫野先輩にも麗衣だけ構っていられない事情があるだろう。


 麗衣達だけじゃなくて同級生や後輩、教師と今後どれだけ逢えるのか分からないし、色々と積もる話があるだろう。


「分かりました。麗衣には伝えておきます」


「女子会に出れなくて悪いね」


「いいえ。そもそも麗衣に計画性が無いのが悪いんですから」


「まぁまぁ。あの子なりに考えてくれているのは分かっているから。で、赤銅君は何の用だい?」


 話を振られた亮磨先輩は目を白黒させながら答えた。


「えっとな……そうそう! 俺もその旅行に付き合って良いか? って事を小碓と話していてな」


 オイ! タコおやじ!


 そんな話聞いてねーぞ!


「成程。だから僕の名前を出して相談しようとしていたんだね」


 姫野先輩は勝手にそう解釈してくれた。


「そっ……そういう事だ! なぁ! 小碓!」


 タコおやじ……ではなく亮磨先輩は俺に目配せをしてきた。


 やむを得ず俺は亮磨先輩と話を合わせる事にした。


「ええ。只、麗衣や姫野先輩に聞いてみないと駄目かなって話してました」


 勝手に話を進めたら怒られるかも知れないので麗衣の名前も出しておく事にした。


「僕個人としては歓迎したいのだけれどねぇ……正直麗衣君はどう思うか分からないね。君の試合も観に来てくれたようだし、もう麗衣君個人としても君の事を嫌っているという事は無いと思うけれどね」


 亮磨先輩はデビュー戦で鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの連中だけでなく、俺や麗衣と勝子にまで観戦チケットをくれたのだ。


 麗衣は途中で帰ってしまったとは言え、本当に嫌っていたら最初から来なかったに違いない。


 だが、旅行に一緒に行く程の仲では当然の事ながら無いが―


「その話、私も乗った!」


 さっきまで号泣していた美鈴先生が元気よく話に割り込んできた。


「オイオイ一寸待ってくれよ美鈴ちゃん。生徒の卒業旅行に何で教師がついて来るんだよ? 卒業してまで引率とか勘弁してほしいわ」


「別に良いじゃな~い。君達は卒業生として、一人の大人になるんだから、先生も生徒も無い、平等な立場になるよ。だから友達かと思って連れて行ってくれればいいから」


 現役教師がここまで緩いのもどうかと思うが……。


 本当に生徒の事を生徒と見ずに友達感覚で接しているから、美鈴ちゃんと言われても全く気にしないのかも知れない。


 幾ら親しくても教師と生徒の間に一定の距離はあるべきだと思うが、この先生はそう言った意識が希薄すぎる。


「いやいや、麗の連中も来るとしたら美夜受達1年や来年ここに入学予定の中防連中も着いて来るだろうし、やっぱり教師が混ざるのはおかしいだろ?」


 亮磨先輩は既に自分は一緒に旅行に行くつもりでそんな事を話していた。


「別に良いじゃない。休暇中ぐらい教師としての立場を捨てて生徒と平等でも」


 美鈴先生はプクーっと可愛らしく顔を膨らませながら言った。


 これが社会人の表情と考えると痛々しいのだが、この長身の美人教師がやると何処か憎めなく、愛嬌がある仕草に見えた。


「僕は構わないよ。美鈴先生が小碓君や麗衣君達とヤンチャをしに行った話を聞いていたから、失礼ながら仲間みたいな意識もあったからね」


 半グレを潰した事をヤンチャという言葉で済ませ良いものだろうか……。


 まぁ、玖珠薇くすびさんを助けられたのは美鈴先生の功績で、幾ら勝子とは言え一人で半グレの事務所に乗り込んだら危なかっただろう。


 勿論、報復を封じる為にあの後、猛に知恵を絞って貰い半グレの防犯カメラの盗聴をさせてネットに流出させたり、通報させたりで色々借りを作ってしまったが……。


「アレ? もしかして知っていたのかな……あははははっ。他の先生には内緒だよ?」


「美鈴ちゃん……コイツ等とヤンチャって一体何しでかしたんだよ?」


 半グレを潰したという具体的な事は分からずとも、俺達が関わっている事でどんな事をしたのか、何と無く亮磨先輩は察しているような感じだった。

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