第4章 ヤンキー女子高生の下僕は先輩の卒業旅行に着いて行きました

第121話 姫野先輩の卒業式(1)

「本日はご来賓の皆様、保護者の皆様、お忙しい中、わざわざこの卒業式に参列して頂き、誠にありがとうございました。卒業生を代表させていただきましてご挨拶を申し上げます―」


 3月某日。


 立国川高校では卒業式が行われた。


 成績は首席で、教師達の間では優等生という事で通っていた姫野先輩は演壇に立ち、卒業生代表の挨拶を行っていた。


「ったく真面目な奴だぜ。あたしなら卒業式なんかソッコーでブッチするけどな……」


 麗衣は隣の席で座る俺に顔を向けて不満げに言った。


「……でも今日は麗衣もちゃんと学校に来たじゃん」


「仕方ねーだろ。姫野がサボればアイツを連れてお別れスパーリングでもしようと思っていたのによぉ……」


 姫野先輩は地方の名門大学の薬学部への入学が決まっており、引っ越しの準備などもある事からスパーリング出来るのは最後の可能性がある。


 もしかして、昨日は俺が麗衣と激しいスパーリングをしてしまい、当初呼ぶつもりだった姫野先輩とのスパーリングが流れてしまったから怒っているのだろうか?


「昨日は俺が麗衣とスパーリングしちゃって時間が無かったからね。俺が悪かったよ」


「いや……昨日のスパーは楽しかったぜ。それとこれとは話が別だ。つまんねー事気にすんな」


 コイツなりに気遣っているつもりなのか? 気安く俺の頭をポンポンと叩いた。


「……姫野先輩の挨拶真面目に聞こうよ」


 だが、姫野先輩の挨拶中、麗衣は俺の脇腹を突いたり脇をくすぐったり、終始小学生男子の様なしょーもない悪戯を仕掛けてきたので姫野先輩が何を言っているのか全く耳に入って来なかった。



 ◇



 卒業式が終わると、俺と麗衣、勝子、恵は姫野先輩に逢いに行ったが―


「うわあああああん! 皆と別れちゃうのが寂しいよおおおおぉっ~!」


 衣通美鈴そとおしみすず先生こと「美鈴ちゃん」は三年生達の前で号泣しており、姫野先輩がまるでお姉さんの様にその頭を撫でていた。


「衣通先生。泣かないで下さい。笑って僕達を送ってくださいよ。じゃなきゃ安心して卒業出来ないじゃないですか」


 あたかも生徒と教師が逆になったかのようだった。


 姫野先輩が差し出したポケットティッシュを受け取ると、美鈴先生はチーンと子供の様に可愛らしく鼻を噛み、少し落ち着いた様だ。


「う……うん。御免なさい。でも……だって……寂しいんだもん。やっぱり卒業しちゃやだぁ~わああああんっ!」


 ……少しも落ち着いてなかった。


 この先生、大学まで決まっている生徒を留年させる気かよ。


 先生が姫野先輩の胸元で泣き出すと、嫌な顔一つせず姫野先輩は美鈴先生の頭を撫でた。


「よしよし……まだ教師になられて一年目だから慣れてないかも知れませんが、先生が教師を続けていく限り、毎年卒業生を見送り続けるんですから、幾ら寂しくても泣いちゃダメですよ」


「だってだって! 寂しいものは寂しいもん! きっと毎年泣いちゃうよ! うわあ~ん!」


 これが半グレに売春させられそうだった空手部の玖珠薇桜桃くすびははかを俺や勝子達と一緒に助けに行った時、元力士を締め落とした日本拳法の使い手と同じ人物とは思えなかった。


「これじゃあどっちが先生なのか分からないよな……あれ? 麗衣?」


 麗衣は心なしか不機嫌そうな顔をしていた。


「あ? どうした下僕?」


「いや……何か機嫌が悪そうだったからどうかしたのかな? と思って」


「べっ……別に何でもねーよ! それよりか茶番劇も終わった事だし帰るぞ」


 麗衣が背を向けたので慌ててその背を追った。


「ちょ……一寸待ってよ麗衣! 姫野先輩に挨拶しなきゃ」


「別に構わねーだろ? 例の話についてはお前からしておいてくれ。あばよ」


 麗衣がそう言い残すと、恵と勝子を連れてこの場から去って行った。



 ◇



 俺が姫野先輩に声を掛けようとした時、その場に亮磨先輩が現れた。


 挨拶がしたかったので丁度良い。


「亮磨先輩。卒業おめでとうございます」


 俺はそう言いながら頭を下げた。


「んだよ。そう改まるなって。お前とはまたスパーや練習を一緒にやりてーしな」


 亮磨先輩との出会いこそ最悪であり、麗衣に怪我をさせたのは最低だと思ったが、付き合ってみれば熱く仲間想いで気の良い先輩である事はよく分かったし、天網との喧嘩の際には仮想岡本忠男としてスパーリングしてくれたし、今でもたまにスパーリングや練習を通じて交流を続けている。


 部活動に所属していない俺にとって、

姫野先輩以外では唯一お世話になった先輩と言っても過言は無い。


「はい。その際は是非呼んでください」


「おう。あとお前、いっそのことボクサーに転向しねーか?」


「ボクサーですか?」


「ああ。お前はボクサーとしても才能あるぜ。インハイ出場の元ボクサーをパンチでブッ倒した時は本当に驚いたからな」


 亮磨先輩は俺がアマチュアキックの大会Cクラストーナメント決勝戦の試合の事を言っていた。


「ありがとうございます。でも、俺が元々どんなモンだったか知ってますよね? 俺が強くなれたのはキックのお陰なので、当面はキックに専念すると思います」


 折角の提案だが先日、麗衣とのスパーリングを終えて、真のキックボクサーを目指すと誓ったばかりだ。

 練習でボクシングを取り入れる事はあっても、今のところボクサーに転向するつもりはない。


「確かに棟田とタイマンしていた時は話にならないレベルだったが、それ以降の成長は凄まじいものがあったからな……悪かったな。変な事を言って」


「いいえ。誘ってくれて嬉しかったですよ」


「まぁ、今度一緒に飯でも食いに行こうや。ところでよぉ……お前、美夜受とは何処まで仲が進んだんだ?」


 唐突にそんな話を振って来た。


 この人の事、見た目で硬派っぽいイメージを勝手に抱いていたけれど、付き合ってみると割とこういう話が好きっぽいんだよな。


「相も変わらずですかね……弟扱いがペット扱いに降格しました」


「何だよそれ……もし脈が無さそうなら澪と付き合う気は無いか?」


「はぁ? 何でですか?」


 思いがけぬ提案に俺は思わず聞き返した。


「いや、アイツの考えが全然理解できなくてな……美夜受に惚れたって言うのがレズ的な意味なのか憧れ的な意味なのか、どっちとも取れるし、本当に女に走るぐらいならお前みたいな信頼できる男に任せたいしな」


 えらく信頼されているようだが、澪に関しては俺に対して痴漢行為を繰り返す困った妹ぐらいの認識しかない。


「いや、折角ですが麗衣以外の女を好きになるとは思えないので」


「そうか……。それは残念だが仕方ないな」


「それよりか、亮磨先輩こそ姫野先輩にはきちんとコクったんですか?」


 亮磨先輩は渋い顔で答えた。


「まっ……まだだぜ。それがどうかしたか?」


「それがどうかしたか? じゃありませんよ! 姫野先輩が大学に行ったら暫く会えなくなるかも知れないんですよ? それに、大学でカレシが出来るかも知れませんよ? それでも良いんですか?」


 亮磨先輩は警備保障会社への就職が決まっており、東京勤務の為、地方の大学へ進む姫野先輩とはあまり会えなくなるのだ。


「たっ……確かにそうだな! 何か良い案が無いか?」


 今までこんな事にも気付かなかったのかよこの人。


「良い案って……俺だって分かりませんよ」


「いや、お前やたらモテるじゃねーか! タラシなんだから色々詳しいだろ!」


 それ本気で言っているのか?


 それとも麗の中学生組にやたらと懐かれている事を言っているのか?


 アレは女だらけのチームの中で(ほぼ)男子が一人なので揶揄からかっているだけだろ?


 そもそも、クラスカースト最下位でいじめられっ子だった俺が急にモテだすはずがない。


「そんな事詳しかったらとっくに麗衣と付き合ってますよ!」


「謙遜するんじゃねーよ! とにかく織戸橘に……」


「僕が如何したんだい?」


 姫野先輩の声に俺と亮磨先輩は身を竦ませた。


 ◇



 美鈴先生の活躍は短編小説「美人教師は教え子が売春させられそうだったので半グレを潰しました」で読めますので、宜しければご覧ください!


https://kakuyomu.jp/works/1177354055206346943

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