第97話 総合対決? 小碓武VS吾妻香月(3)乙女のヒ・ミ・ツ♪

 1分間の延長戦が始まった。


 先程のパンチを見ると、やはり純粋なボクシングの腕では吾妻さんの方が上なのだろうか?


 それでも敢えてボクシングだけで勝負するか、キックを使うか?


 麗衣や勝子ならばどうするだろうか?


 そんな風に迷っていると、吾妻さんは左の後ろ足で地面を蹴り、膝のスナップを効かせ、下から上に蹴り上げてきた。


 俺は肘を支点に腕を廻し、足のくるぶし辺りを掴んで横に押し出す様なイメージで、強くではたくと吾妻さんは横を向いた。


 今の防御は捌きというが、初級クラスの受け返しで散々練習した技術だ。


 よくよく考えてみれば吾妻さんは蹴りと言っても前蹴りぐらいしか使えないはずだ。


 古い時代の空手は廻し蹴りの様な技術は無く、回し蹴りと横蹴りは船越義珍の三男である船越義豪により発明されたと言われている。


 柔道の当身が古い時代の空手の影響を受けているとすれば、出来る蹴りの種類は限られているはずだ。


 つまり、吾妻さんの蹴りもハッタリだ。


 『狼香月』とはよく言った物である。


 前蹴りぐらいしか使えないのであればおそるるに足りない。


 ならば、こちらも未熟なりにキックの使い方を見せてやろう。


 俺は左足で左斜め前に一歩踏み込むと左腕を振り上げ、上体をやや左に捻る。


 腰を前方に押し出しながら、膝、脛の順に振り出し、踵が相手に向くぐらいまで軸足を回転させ、右腕を後方に振りながら左手を顔面ガードの為に上げ、足のすねを水平に叩きつけるように右ミドルキックを放った。


「つうっ!」


 吾妻さんは両腕で咄嗟にガードすると低い悲鳴を上げた。

 麗衣のミドルの様に腕を潰せる程の威力は俺には無いが、恐怖心を与えるぐらいの威力はあっただろう。


 俺はもう一度右ミドルを打つ初動のモーションで、前足の左足で踏み込む。


 更に前足を高く上げながら重心を前に移動させる。


 これは吾妻さんの意識を膝に向かせるためのフェイントだ。

 そして、前足を落としながらキックを警戒して動きを止めた吾妻さんとの間を詰め、前足を吾妻さんの外側に移動させながら左ジャブから右ストレートのワンツーを吾妻さんのスーパーセーフに放った。


「くっ!」


 これは効いたのか?

 吾妻さんはよろめきながら後ろに後退した。


 俺は追い打ちをかけようとすると、吾妻さんはすぐさまに体勢を整え、素早く俺の左足の外を取って来た。


 この位置から吾妻さんが右ジャブを打てば抜ける為、狙いは左ボディストレートだろう。


 ボディが弱い俺には結構なダメージになるが、そうはさせない。


 俺は吾妻さんが前に出てくるのに合わせ、前に出した左拳を吾妻さんの右前拳の下をくぐる様に廻し始める。


 そして、肘を開くようにして前拳を吾妻さんの前拳の外側に移動させると、前拳を捻りながら捻じ込む様にして吾妻さんにフック気味の左ジャブを打ちこんだ。


「なっ!」


 外側を取り有利な体勢だったはずの吾妻さんは低い声を上げ、左を打つ前に突き放された。


 そして、今度は俺が左前足を吾妻さんの右前足の外を取る。


 外を取った場合は不用意にジャブを打つとクロスカウンターを喰らいやすい。


 だから左の前拳は極力フェイントか防御に専念し、いきなりの右を打つのがセオリーだ。


 俺は更に外側に出ると、身体を開いた分身体を斜めに傾け、顔面へ右ストレートを放った。


「わあっ!」


 頸椎にかかる推進力に押され、足がもつれ、吾妻さんはマットレスに尻を着いた。


 すかさず姫野先輩はカウントを始める。


「ワン……ツー……ス」


「よっと!」


 吾妻さんはカウント2.5というところで立ち上がった。


「技あり! ……香月君。まだ出来るかい?」


「ハイ! まだへっちゃらです!」


「とは言え、延長戦になってから一方的だね。今度武君の良いパンチを貰ったらダウンしなくても止めるからね」


「ええーっ! そりゃアマチュアボクシング並みに止めるのが早いですよぉ~」


「何を言っているんだい……アマチュアボクシングならとっくに止められているよ?」


 アマチュアボクシングだとダウン一回で止めてしまうケースも珍しくないし、初回のスタンディングダウンですら止めてしまう場合もある。


「ははっ。そうでしたよね~。因みに後何秒残っていますか?」


「30数秒ってところだよ」


「なら時間は充分ありますね……小碓先輩! さっきの答え分かりましたか?」


 突如吾妻さんは俺に話を振って来た。

 初めて俺と出会った時から騙しているという内容の事だろうか?


「いや? 分からないなぁ……」


「そうでしたか。じゃあボクが勝ちを頂きますね♪」


 吾妻さんは追い込まれた立場にも関わらず、嬉しそうに言った。


「君達。遅延させたので二人とも注意」


 二人とも注意1が与えられた。


 注意2で減点1になり、減点2で失格になるが、残り時間30秒程度ではそれ程影響はあるまい。


 だが、こちらが優位にも関わらず、吾妻さんの台詞で不安に陥れられた。


 そんな中でもよく考える暇も与えられず、スパーリングが再開される。


 俺は吾妻さんの術中に嵌る前にもう一度ダウンを取って終わらせてしまおうと思い、前に詰めようとしたがその足を止めた。


 今度は吾妻さんはオーソドックススタイルに構えており、予測していなかった為、思わず俺は動きを止めてしまったのだ。


「どういう事だ? あたしみたいに左右どっちの構えでもできるのか?」


 外野の麗衣がそう呟くと、勝子も不思議そうに言った。


「本来はオーソドックススタイルなの? 残り30秒程度でやっと本気を出したって事? もし、そうだとしたら遅すぎるし下策じゃない?」


 これも狼香月のハッタリではないのか?

 俺が攻めるのを躊躇していると吾妻さんが挑発する様に言ってきた。


「攻めてこないんですか? あと20数秒逃げ切れば小碓先輩の勝ちですもんねぇ。そりゃ守りに徹した方が良いですよねぇ~」


「良いぜ! 安い挑発に乗ってやるよ!」


 我ながらフラグが立つような台詞だったが、勢いでフラグをへし折って見せよう。


 俺は右足で大きく踏み込むと、左ミドルを放つと、脛でカットする術を知らない吾妻さんは両腕を上げてガードしてしまう。


「いてっ!」


 ガードでキックを受けて吾妻さんは苦痛の表情をする。


 だが、斜めに踏み込まず、正面に立ち脇腹を蹴る様にキックを打ったのは間違いだった。


 吾妻さんの斜めに踏み込み、横に立ち正面に当てるようにキックを打てば吾妻さんの突進を止められたが、脇腹に目掛けて当てた為、殆ど勢いを止められずスルスルと間を詰めてきた。


 吾妻さんは引かずにすぐに前へ出てきた為、ミドルを打つために踏み込みながら切り替えた足の前後を元に戻すタイミングが遅れた。


 つまり今の俺はサウスポースタイルになっているのだが、前足になっている右足の外を吾妻さんが取り、左足で足払いを仕掛けてきた。


「ちいっ!」


 踵に慣れない痛みが走り、俺は足元に注意を向けざるを得なかった。


 すると、下に注意が向いた俺の不意を突くように右ストレートが飛んでくる。


「しまった!」


 至近距離からフォロースルーが効いた重いパンチが俺の顎を跳ね上げた。


 オーソドックススタイルに切り替えた吾妻さんの利き腕による右ストレートはサウスポースタイル時の左ストレートとは威力が違うだろう。


 『狼香月』のハッタリかと思ったが、まさか本当に両方のスタイルで戦えるとは思わなかった。


 ここで、倒れてしまえば技ありでポイントが並んでしまう。


 だが、俺はよろけながらも倒れず持ちこたえた。


 ―俺の勝ちだ!―


 きっとオーソドックススタイルにスイッチしてからの右ストレートは吾妻さんの切り札だったのだろう。


 残り十数秒。


 流石にこれ以上吾妻さんに付き合うのは辛い。


 ティープ(前蹴り)で突き放して時間を稼ぐか?


 だが、それは甘い考えだった。


 吾妻さんは右ストレートを打ちながらも踏み込んで、俺の外を取りながら左手でスパッツのベルトラインを掴んでいた。


「ふふふ~。このままスパッツ降ろしちゃいましょうか?」


 吾妻さんに嬉しそうに聞かれ、俺はスーパーセーフの奥で冷汗を掻いていた。


「いや……女子の前でそれは勘弁してください……」


「この状況分かっていながら返事できるなんて余裕ですねぇ~」


 こんな事を間抜けな受け答えをしながら、冷汗を掻いていたのはスパッツを降ろすという脅しに対してではない。


 柔道使いに衣類を掴まれた事で、俺は既に詰んでいる事を悟ったのだ。


「歯を喰いしばって、出来れば受け身を取って下さいね~」


 言い終わる前に吾妻さんは左前足で俺の右前足を刈りながら、スパッツのベルトラインを掴んだ腕を後方に押し込むと、俺は容易くマットレスに倒された。


 俺が出来る事はせいぜい出来るのは背中が付くと同時に両手掌でマットレスを叩き、受け身を取ることぐらいだった。


「技あり!」


 姫野先輩の凛とした声で吾妻さんと俺のポイントは並ぶ。


 が、これは一瞬の事であろう。


 吾妻さんは素早く横に廻ると、俺の左腕は吾妻さんの太ももに挟んで絞められ、吾妻さんの両手で俺の腕全体を伸ばして極めようとした。


 腕ひしぎ十字固め


 終わった。


 姫野先輩に受け身と手を使わずに立ち上がる膝立ちぐらいなら教わったが、関節技を凌ぐ手立てなど教わって無い。


 そう思った時だった。


「「あと5秒! 耐えろ!」」


 この土壇場で麗衣と勝子が俺の応援をしてくれた。


 初めから素直に応援しろよと言いたかったが、残り時間を教えてくれたのは助かる。


 思ったよりも残り時間が少なかったらしい。


 ならば残り時間を耐えるまでだが……。


 俺は抗うべく腕に力を入れた時、吾妻さんは股間で挟む力を入れてきた。


 ふにっ♪


 ……ん?


 何か腕に柔らかいものが当たっているぞ?


 女子の股間部って


 これってまさか……。


 嫌な予感が脳裏に怒涛の如く押し寄せ、耐えられるものが耐えられなくなった。


「ギブギブギブっ!」


 俺は謎の物体の確認をする数秒が惜しく、また、これ以上触れられているのが嫌で、腕をバシバシと何回もタップしてしまった。


「やったあーっ! 憧れの小碓先輩に勝てましたぁ~!」


 飛びあがって喜ぶ吾妻さんのある部分をガン見して、俺はクラクラと眩暈がしそうになった。


「えっと……なんか膨らみがあるみたいだけど、股間に何か詰めているの?」


 周囲はクスクスと笑いを押さえるのに必死な様子だが、俺は拙い想像にすがり、一縷の望みに賭けるしか精神を保つ術が無かった。


「いいえ。詰めていませんよ?」


 パンドラの箱の最後に残ったものは希望ではなく絶望でした。


 スーパーセーフを外し、額にかかった髪を上げながら、すっきりとした表情で微笑みを浮かべた美少女(?)に俺は尚も食い下がった。


「だって、さっきはだろ!」


 やや激高気味の口調になってしまったが、たいして気にした様子もなく吾妻さんは恥ずかしそうな表情を浮かべると不自然にもじもじとしだした。


「もおっ♪ 小碓先輩のエッチ♪ 乙女のヒ・ミ・ツをそんなに聞きたいんですか?」


「聞きたくねーよ! ……いや、聞きたいです」


 一層聞かないで気が付かなかったフリでもした方が精神衛生上良い様な気もしてきたが、結局怖い物聞きたさに勝てなかった。


「じゃあ、特別に教えちゃいますね♪ さっきまでサポーターを重ね着していたんですよ♪」


 何じゃそりゃ? そんなモンで隠しきれるのか?


 駄目だ。


 この子が言う事は全て信じられない。


「ところで小碓先輩は柔道の道場で柔道着を着る時、下着を履かせない道場もあるってご存じですか?」


「ああ……そんな事聞いた事がある様な……」


 俺は上の空で答えた。


「ボクの道場は下着履かないんですよ。だから、柔道をやる時と同じ気分にする為にサポーターも下着も脱いだんですよ」


 つ・ま・り


 薄いスパッツ越しに触れていたのは女子の股間ではなく、野郎のだったという事か!


「「「「ぎゃはははははははははははははははははっ!」」」」


 堪えきれなくなったのか?


 堰を切った様に皆が笑い出した。


 麗衣と勝子は俺を指をさしながら笑い、澪まで腹を抱えて笑っており、恵はせめてもの情けなのか?

 背中を向けて痙攣しているかの如くブルブルと肩を震わせていた。


 静江と香織は遠慮がちに、だがクスクスと可愛らしく笑っていた。


 唯一人、姫野先輩だけ笑わず、俺を憐れむ様な目をしている。


 スイマセン。


 一層笑い飛ばしてくれた方がスッキリするッス。


『狼香月』は文字通り『狼』だった。


 3人娘の1人は、娘は娘でも『男の』というラノベみたいなオチだったとさ。


 こんなにも精神的なダメージ与える切り札隠されていたらそりゃ勝てんわな……。


 今日喰らったどんなパンチよりも初めて喰らった腕ひしぎよりも、俺の心に与えられた傷は深いものであった……。



 ◇


 実は吾妻さんには実在のモチーフが居ます(爆)勿論名前は違います。


 流石に男の娘じゃないですが、アニメの世界から飛び出してきたような女の子みたいな美少年で、高校中退後、16歳の時に2ヶ月程オ●マバ―でバイトしていた経歴があります。当方の父親は20歳の頃の彼の声を電話で聞いて女子と勘違いしていました。


 彼自身はヘテロでしたが、20代半ばのいい歳の大人にもなってからも、一年余りの間で男子5人女子3人から告白されたりした事もあったそうで……。

 しかし、彼らは彼がプロライセンスを持ったボクサーで、柔道もやっていた猛者であるという事を知らなかったようですね……。

 因みに柔道着履くときに下着を脱ぐという話も彼から聞きました……。今でもそう言う習慣が残っているか不明ですし、知りたくもありませんがw


 ……というか、彼のノンフィクションでも書いた方がこの小説より人気が出そうなorz

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