第2章 ヤンキー美少女の下僕は格闘技とチーマーを始めました。

第6話 地に転がされる下種

*今回以降、暴力的な描写が含まれるため、注意してください。


 昨日は眠れなかった。


 人生初の自殺。

 人生初のキス。

 人生初の恋――


 あとは煩悩を刺激されるような事故が多々あったが、それはとにかく、人生初の経験がこれだけ重なれば眠れる訳がないのは当たり前だった。


 昨日からずっと、あの口が悪いが強く、優しさを秘めた褐色の美少女の事が頭から離れない。

 今までは交わるはずのなかった、何もかも自分とは正反対の麗衣という少女と繋がりを得た俺は、人生の意義を初めて見出していた。


 学校へ行けば美夜受麗衣みやずれいいに会える。


 こんな単純な目的だけですら、昨日までは行くだけで吐き気を催していた通学路でも足取りが軽くなっていた。


 そしてHRが始まる10分前。そわそわしながら席に着く。

 まだ麗衣は来ていない。

 まぁ、来るかどうか分からないのは何時もの事だけれど、麗衣の『一緒に生きて行こう』という言葉を思い出した。

 あんな事を言ったのだから今日は必ず来るはず。

 だっ……だから責任取ってよね!

 ……なんかキモイな俺。

 それはとにかく俺が今日も自殺をしないか、気変わりしないか確かめるはずだ。

 俺は今日、麗衣が登校する事を確信していた。


              ◇


 ……授業の終了を告げる鐘が鳴った。

 3限目の数学の授業が終わり昼休みになったが、相変わらず麗衣が登校する気配が無い。

 毎日授業をサボって一体何をしているのだろうか? 保健室で寝ているというタイプでもないだろうし麗衣の行動は謎だった。

 俺を助けたのは本当に只の気まぐれで本音ではどうでも良かったのだろうか? 

 不安を覚えていると、俺の前に棟田等クラスの不良グループ3人が俺の席の前に立っていた。


「よう。サンドバッグ♪ ちょっとツラ貸せよ」


 天国から地獄とはこの事か?

 最悪の展開だった。


              ◇


 文字通り、昨日死ぬ程の目にあった屋上に俺は連れていかれた。

 昨日の恐怖を思い出したくないので、出来れば屋上になんか行きたくなかったけれど、そんな事情は棟田等にとって、知っていたとしてもどうでも良い事だったろう。


「今朝はご機嫌そうだったな? 何か良い事でもあったのか?」


 棟田は相変わらずニラ臭い息で顔を近づけ、俺に言った。


「いや……別に……」


 下手に昨日の出来事なんか喋ったら如何なる事か。

 ますます苛めが激しくなるだけに違いない。俺は余計な事は言わずに口を噤んだ。


「あん? 怪しいな? というかテメー昨日自殺するんじゃなかったのかよ?」


 確かに自殺はした。正確に言えば未遂ではあるが。

 でも、未遂とはいえ俺はあれで死んで、生き返ったのだ。


「テメーに死ぬ勇気なんてねーよなぁ! ~そうだよなぁ~ぎゃはははははっ!」


 俺は棟田を見上げる。

 昨日までだったら恐ろしく感じた棟田の表情だったけれど


(『死にたいと思ったら今日の事を思い出せ』)


 麗衣の言葉と昨日を思い出すと、棟田の表情など只醜悪に見えるだけだった。


「五月蠅い……黙れ!」


 俺は棟田を怒鳴りつけると、思わぬ抵抗に驚いたのか? 棟田は一瞬竦む様な表情を浮かべた。


「冗談でもそんな事を言うな! 俺がどんな気持ちだったか解るか!」


 自分でも思いがけない程、強い口調で棟田を責めた。

 だが、この程度で苛めを止める様な奴であれば、そもそも俺が自殺を決意するまで追い込まれるはずもない。


「ああっ? サンドバッグのくせにチョーシくれてんじゃねーぞ?」


 ささやかな抵抗など逆効果でしかないのか? 棟田の仲間達は棟田を煽った。


「てゆーか、コイツ、何粋がってるんだ?」


「棟田……やっちまおうぜ?」


 不良の意地とかいう奴だろうか?

 俺如きに舐められるのはメンツが潰されたと感じたのだろう。


「ああ。二度とそんな生意気な口きけねーようにしてやんよ!」


 また、同じ事の繰り返しか。

 以前もコイツ等に抵抗して何回もリンチされたな。

 やはり昨日本当に死んだほうが良かったのか?

 後悔の念が頭を過る。

 これ以上は問答無用とばかりに振り上げられた棟田の拳が振り下ろされる。

 棟田の拳が俺の顔面を殴打する直前――。


「――なっ!」


 俺の襟首を強く後ろに引かれ、同時に棟田の拳は褐色の掌に叩き落されていた。


「な……お前は!」


 棟田と不良グループは一斉に俺の肩越しに視線を向け、驚愕の表情を浮かべていた。

 俺は視線の先を見ると――


「随分面白そうな事してるじゃねーか?」


 いつの間にか登校していたのだろうか?

 俺を棟田の拳から守ったのは麗衣だった。


「美夜受……テメーどういうつもりだ?」


 叩き落された手の甲を抑えながら、棟田は戸惑い気味に尋ねた。


「それはあたしの台詞だ。武はよぉ……」


 麗衣は俺をシュシュを巻いた腕で引き寄せて頬を寄せる。

 先ほどの棟田の口臭とは正反対の麗衣の甘い良い香りが俺の鼻腔を擽る。

 密着した柔らかい起伏の感触がモロに俺の背中に感じた。


「武はあたしの下僕なんだ。だからテメーラの汚ぇ手で触るんじゃねぇよ」


 棟田達はベースボールキャップから覗く、麗衣の鋭い眼光に気圧されていた。


「その腐った脳みそで理解したら、この場から消えうせろ。目障りだぜ?」


 散々な言われようだが、ギリギリのプライドで女には手を出せないのか?

 棟田の仲間たちは棟田を促した。


「……オイ! 棟田! こんなビッチほっといて行こうぜ!」


「美夜受の頭おかし-んだろ? 関わってたらこっちまで馬鹿になるぜ?」


 仲間の手前という事もあり、少し冷静になったのか? 棟田は下卑た言葉を吐いた。


「ハッ! どーせこのサンドバッグ野郎とこれからヤルつもりだろ?」


 棟田の台詞に対し、麗衣は笑いながら言い返した。


「はははっ。本当は武がうらやましいのか? 童貞野郎が」


 麗衣は俺の背後から両手をかけ、棟田を更に挑発した。


「確かに、お前らみたいな女から相手にされる見込みも無いクソ童貞とヤルぐらいなら武とヤった方がマシかもな!」


 麗衣はニヤニヤしながら俺の顎の曲線を指先でギリギリ触れるか触れないかという感触でゆっくりとなぞった。

 はたから見れば、その仕草は挑発的で妖艶に映るだろうが、俺は内心冷汗が止まらなかった。

 ……ここはそんな冗談を言ってる場合じゃないだろ?

 棟田は怒りに満ちた表情で黙り込んでいた。


「じゃ、さっさと失せな。武、いこーぜ」


 麗衣が俺から体を離し、棟田達から背を向ける。

 その時だった。


「このクソアマァーーーーっ! チョーシに乗るなよぉ!」


 棟田の声で振り返ると、肩を掴まれた麗衣の頬が棟田の拳で叩きつけられていた。


「くっ!」


 麗衣は受けた拳の勢いで首を傾け、ベースボールキャップを地面に落とした。

 棟田はさらに追い打ちをかける為、麗衣の髪を掴んだ。


「や……やめろ! 彼女は女子だぞ!」


 幾ら麗衣が不良とはいえ、女子を殴るなんて正気じゃない。

 俺は棟田を止めようとするが――


「ウルセーっ! こいつをボコったら次はテメーだ!」


 棟田は俺の胴を蹴り、突き放した。


「おい! 棟田!」

「そいつは幾ら美夜受だっていっても女だぞ!」


 流石に棟田の仲間も止めようとしたが、棟田は止めるようとしない。


「あっ? 良いだろ?」


 麗衣の髪を引っ張り、無理やり顔を引き上げる。

 麗衣は殴られ、切れた唇から血を流しながら歯を食いしばり、強く両目を瞑っている。


「散々チョーシこいてくれたからな……どうせ女だから手出しできねーと思ってるんだろ?」


 棟田は醜く欲望にギラついた表情で話を続けた。


「だからよぉ。ボコったらよぉ、ヤッちまおうぜ?」


 棟田の提案に対して流石に不良仲間は引き気味だった。


「ちょっと、それヤバくねーか?」

「もしバレたら停学じゃすまねーんじゃ……」


 だが、棟田は今更二人の言う事など聞くつもりは無い様だ。


「いいか? 今は俺達しか居ねーんだ。小碓さえ黙らせりゃ、このビッチは写真でも撮って黙らせりゃいい」


 欲望に火が付いた棟田は最早仲間の忠告すら聞く耳を持たなかった。


「それに美夜受、どうせヤリマンだから良いだろ? 本当はそういうの好きなんだろ? 男なら誰でも良いんだろ?」


 そして、棟田は髪を引っ張り押さえつけるように美夜受の腰を折り、顔面に膝蹴りを打った。

 一体どういう神経をしていたら女子相手に顔面膝蹴りなど出来るのだろうか?


「やめろ!」


 腸が煮えくり返った俺は、棟田に掴み掛かろうとした――


 その時だった。


 骨を打つ重い音と共に棟田が尻もちを付き、そのまま上半身が勢いよく仰向けに倒れると、激しく頭を地面にぶつけた。


「があああああっ……」


 倒れた棟田は痙攣し、腕をビクつかせ、眼の光は色と正気を失っていた。

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