第78話 昔ボンタン狩りっていうのがあってな。……ボンタンっても分かんねーか

 戦いに勝利した俺達には戦後処理が残っていた。


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーは邊琉是舞舞ベルゼブブの連中が抵抗できない様に両手両足をガムテープで縛り上げ、地面に転がしていたが、このまま放置しておくという訳にも行かないだろう。


邊琉是舞舞ベルゼブブの連中はどうするのかな?」


 と、麗衣に聞いたが、聞くべき相手とタイミングが誤っていた事にすぐに気付かされた。


「お……オイ。そんなにくっ付くなよ十戸武……」


 ベタベタ。


「もう一寸だけ美夜受さん成分を別けて貰っていいかなぁ~? 実は私、ローキック受け過ぎて立っているのもやっとなんだぁ~♪」


 イチャイチャ。


 ……これが所謂キャッキャウフフという奴だろうか?


 雨降って地固まるとは言うが……殴り合い後にまるで恋人オーラを発しているのは幾ら何でも極端すぎないか?


 それとも先程殴り合ったのは幻覚だったのか?


 そう本気で自分の記憶違いを疑ってしまう程、麗衣と十戸武のラブラブなオーラが周囲を寄せ付けず、俺の質問など耳に入っていなかった。


 十戸武は麗衣の右腕に縋ると幸せそうに瞳を閉じ、猫の様に頬擦りをしていた。


「しょーがねーなぁー……。支えが居るんならあたしの腕に捕まってて良いからな」


 そう言って、麗衣は左手で十戸武の頭を優しく撫でていた。


 ゴンゴンゴンゴン!


 視界の端で真っ黒な負のオーラを発した勝子がひび割れたコンクリの柱を激しく叩いている姿が目に入ったが、見なかったことにして俺は亮磨に聞いた。


「赤銅先輩。アイツ等はどうするんですか?」


「ああ。一般人パンピーのお前じゃあ不良のケジメの付け方なんか知らねーだろうから教えてやるよ……って、もう澪がやってるな……」


 そう言って亮磨は澪が居る方向に指さすと、邊琉是舞舞ベルゼブブのメンバーの一人が澪に特攻服を脱がされていた。


「昔ボンタン狩りっていうのがあってな。……ボンタンっても分かんねーか。ワタリが広い、裾が細い男子学生用の制服用ズボンの事なんだけれどな、昭和の不良はそれを履いていて、喧嘩に負けた奴はそれを脱がされていたらしいんだよな」


 アラフォーの人達あたりが読んでいた様なかつての不良漫画に出てくるらしいが、実際に当時の不良の間では頻繁にボンタン狩りが行われていたらしい。


「で、ボンタンの代わりに特攻服を脱がしている訳ですか」


「今更特攻服を着ているなんて暴走族でも珍しいんだけどな。コイツ等にとっちゃ誇りなんだろ? それをはぎ取っちまうんだよ」


 まぁボンタンだろうが特攻服だろうが、只のズボンだろうが、脱がされたら誇りもクソも無いだろうが。


 そんな事を考えていると、澪の楽しそうな笑い声が俺の耳に入り、ついそちらの方に視線を向けてしまい、直後に後悔する事になった。


「あはははっ! きったないフランクフルトだね~。真っ黒くろすけじゃん?」


 うん。


 こっちも見たく無い物を見てしまった。


 俺が顔を背けるが追い打ちを掛けるように澪は更に女子らしい残酷な事を言い出す。


「男子って手入れしないって本当なんだね。面倒だからかな? 面倒なら焚火でもしちゃう?」


 聞くだけでこちらまで縮み上がりそうになったが、亮磨は澪を諫めた。


「アホ! そこまでやったら身毛津と変わらねーだろうが! 俺達はアウトローだけどクズじゃねーだろ?」


「へえ~。亮磨兄貴って麗衣サンをボコボコに殴っていたらしいけど、そんな事言うの? やっぱり織戸橘先輩に嫌われたくないからかな?」


 澪がニヤニヤしながら亮磨に聞くと、亮磨は茹蛸になりながら答えた。


「ば……馬鹿野郎! 織戸橘は関係ねーよ!」


 そんなやり取りをしていると、件の姫野先輩が駆け寄って来て、背後から亮磨に声を掛けてきた。


「赤銅君。一寸いいかい?」


「うおっ! ど……どうしたんだ? 織戸橘?」


 亮磨は跳ね上がりながら姫野先輩に振り返った。


「ん? 何をビックリしているんだい?」


「なっ……何でもねーよ?」


 姫野先輩は先程の澪と亮磨の会話を聞いていなかった様だ。


 不思議そうに首を傾げていたので、亮磨も聞かれていなかった事を知り、少し安堵をした様子で姫野先輩に尋ねた。


「それよりか何か用か?」


「身毛津守が見当たらないのだが……まさか逃げられてしまったのではないだろうか?」


 姫野先輩の一言で亮磨の顔色は変わった。


 俺達は慌てて澪に失神させられた身毛津が転がっていた場所を始め、周囲を見渡すが―


「あの野郎! 仲間見捨てて逃げやがったのか!」


 亮磨は激怒して身毛津が乗っていたと思われる一際目立つ単車を思いっきり蹴りつけた。



              ◇



「はぁ……はぁ……」


 身毛津守は息を切らせながら立国川ホテルの敷地内から逃げ出そうと走っていた。


 身毛津は邊琉是舞舞ベルゼブブのメンバーが全員拘束されているのにも関わらず、彼らを見捨てて逃げ出していたのだ。


 澪と麗衣が一触即発だった後の意外な展開や、麗衣と十戸武のタイマンの決着などで注意が削がれ、麗と鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーどちらも身毛津守が逃げ出している事に気付いていなかったのだ。


 身毛津は背後を振り向き、誰も追ってこない事を確認すると足を止めた。


「はあっ……はあっ……へへへっ……ざまあみやがれ! 間抜けどもが!」


 身毛津は安堵すると同時に敗北と自分が受けた屈辱を思い出し、地団駄を踏み悔しがりながら大声で叫び出した。


「クソっ! 麗と天網のアバズレどもめ! あと鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの男女! アイツ等ぜってー許せねー……犯して土手焼きにしたぐらいじゃ気が収まらねー……首絞めながらヤッて殺してやるよ……はははははっ!」


 身毛津が暗い妄想を独り言ちていると、ツカツカという足音と共に一人の人影が彼に近づいてくることに身毛津は気付いた。


「テメーは誰だ!」


 街灯の下、その場に現れた男の姿が明らかになる。

 身長は180センチ以上あり、筋骨隆々、衆目美麗な美男子。


「ヤレヤレ……一度負けた君にはいい加減に退場して貰いたいものだけどね。このゲームに敗者復活戦は無いんだよ?」


 川上猛かわかみたけし


 邊琉是舞舞ベルゼブブと天網を争わせ、その事により天網と麗の争いを仕向けた張本人が現れた。

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