第3話 二学期

 今日から新学期。


 同じ小学校だった友達は元気かな?

 街の方の小学校出身の人とは、うまくやっていけるかな?

 傷痕は、どれだけ衝撃与えるかな?

 慣れてくれるのに時間かかったら、チョイきついな。


 色んなことを考える。



 そして、ホームルーム。


「今日は、皆さんに転入生を紹介します。どうぞこちらに。自己紹介をお願いします。」


 担任に振られ、教壇の真ん中に立たされる。

 緊張しながらも、クラスの顔ぶれを確認してみる。

 同じ小学校は1/3ぐらいか。

 これから通うことになる中学校は3クラス。

 関東と比べると生徒数ははるかに少ない(関東の中学校は10クラスあった)。仲の良い友達と同じクラスになれる確率は関東と比較したら圧倒的に高くなる。


 仲良しは誰がおるかな?

 まずは…ユキくん発見!

 これは嬉しいぞ!

 そして千尋くんと菜桜発見!あと千春と渓も!環と美咲は…おらん。海くんと大気くんもおらん。

 でもまあ、かなり幼馴染率高し!


 一気に気が楽になった。

 2年と3年はクラス替え無しだから、この顔ぶれのまま卒業まで一緒ということになる。

 楽しくなることを願うばかりだ。


 それにしてもワルソ(ヤンキー)多いな。いまだにボンタン!ソリコミ入ったヤツも!


 昭和のヤンキー漫画のような光景がここにはある。関東とは大違い。


 面倒なことが起きませんように。


 なんてことを考えていると、街の方の小学校出身の男子たちが、「でったん可愛いやん!」といった類の言葉を発し、色めき立つ。

 そう。今は髪を下ろして傷痕を隠しているのだ。

 喜んでくれるのは嬉しいが、傷をあらわにする勇気がいっぱいいるからハードルを上げないでほしい。

 隠さなければいーのでは?とも思うけど、このようなシチュエーションではついつい隠してしまう。

 ビミョーな心境だったりするわけで。

 まぁ、どう頑張ったってすぐに分かってしまうから、この場で公開することにするのだけれど。


「今日からこのクラスの一員になる狭間桃代です。以前こちらに住んでましたので、このクラスにも知ってる人が何人かいます。その人たちはもう知っているのですが、私の顔はこんな風です。」


 髪をあげた瞬間、街の方の人達が絶句。

 予想通りの展開。

 さらに続ける。


「こんな私ですが、どうかよろしくお願いします。」


 さてさて。

 このあとはみんなどう接してくれるかな?


 不安半分、期待半分で席に着く。



 そして、休み時間。


「桃!久しぶりやね!元気しちょった?」


「いつ帰ってきたん?」


「なんで、帰ってきちょーのに連絡くれんの?」


「東京っち、どげなとこ?」


 等々。

 同じ小学校の友達からの質問攻めがすごい。

 それらに応えながら、今日初めて自分を知った人たちの方を見る。

 みなさん絶賛警戒中っぽい。

 別のクラスの環と美咲も情報を聞きつけてやってきた。

 近況を報告しあう。


 幼馴染女子、全員集合!


 年賀状とか、メールのやり取りはしょっちゅうしていたが、母親が忙しく、5年間全く帰ることができなかった。

 懐かしくて嬉しすぎる。そして、帰ってきたことを知らせてなかったため怒られる。



 自己紹介での傷痕の暴露。


 街の小学校出身の人たちはどう思ったかな?


 あまりにも衝撃的だったらしく、今のところ遠目にこちらを見ているだけ。

 だが…

 明るく話すその姿を見て、大丈夫と思ったのだろう。

 一人が近づいてきて、


「ねえねえ。顔、どげしたん?なんでそげなっちょん?」


 おずおずと話しかけてきてくれた。

 嬉しい瞬間だ。

 素直に答える。


「これ、すげーやろ?赤ちゃんの頃のことやったき、ウチ全然記憶にないんっちゃ。お母さんから聞いた話なんやけどね、生れてすぐね、病院から家に帰る途中ね、クルマの事故で燃えてこげなったげな。その事故のせいで、お父さん焼け死んでおらんのよね。」


 あまりにも壮絶な過去に言葉を失う。

 話しかけた子は、リアクションに困り、オロオロしてしまっている。


 やっぱ、そげなリアクションになるよね。


 思わず苦笑。

 で、


「ごめん!なんか、聞いちゃいかんこと聞いた!ホントごめん!」


 謝られる。

 これも想定内。


「いや~、いーんよ。流石にこの傷じゃ気になるやろぉし。もう慣れちょーき大丈夫ばい。初めての人からはゼッテー聞かれるっちゃ。ウチにとっちゃ、恒例行事みたいなもんやき、気にせんで!それよか仲よくしてね!よろしく!」


 できる限り明るく笑いながら、今までがどうだったかを話し、安心させてあげる。

 その子もぎこちないながら、笑顔を作る。

 他の人も、それを機に集まってくる。

 転入生への質問攻め再開。


 よかった。

 ビミョーな空気のまんま、見て見ぬふりされる方が、何倍も辛いもんね。


 桃代は仲良くなるためなら貪欲になる。自虐ネタですら平気で使う。


「実はね!みよってんよ。」


 鏡を出し、無傷な顔になるように、顔の真ん中に縦に当てる。


「ほ~ら!無傷なあ・た・し!もし、こーやったら隠さんでもいいのにね。困ったもんだ。」


 そう言って笑うと、


「!!!」


 周りにいた女子はもちろん、少し離れたところにいる男子も、それを見て驚愕する。

 可愛いどころの騒ぎじゃなかった。

 左半分のインパクトが強過ぎて、無傷の右側は印象が薄くなりがちだが、もしも傷がなかったとしたら、今が旬の大人気アイドルですら霞んで見えるほどのレベル。

 本人はその可愛さに、イマイチ気付いてないのだけど。


「ちょっと待って!」


 写メられた。


 うん。いい傾向。


 これで、ある程度の人たちはウチのことをどんな人間か分かってくれたはず。


 掴みはいい感触だったので、なんとかなるだろう。

 この分だと、髪を上げっぱなしにできる日も近そう。

 傷がある方の目は、うっすらとしか開いてないけれど、幸いなことに視力は正常だ。視界は良いに越したことはない。

 クラスに馴染めたら、後ろで一纏めにするつもり。


 そんなやり取りがありつつ、転入一日目終了。

 幼馴染と下校する。

 帰り道の店で駄菓子を買って、途中の公園で駄弁る。


 関東での話。

 自分がいなかった5年間の話。

 誰が誰を好き的な恋バナ等々。


 やっぱこっちが一番!


 関東も楽しいと思えたが、どこかで「帰る」という意識が心にブレーキをかけていた。

 でも、今は違う。

 もう、どこにも行かないだろうから、抑制する必要なんかない。

 夢にまで見た日常が戻ってきた。

 また、たくさんの思い出を幼馴染達と、新しくできるであろう友達と作ろう!




 慌ただしかった始業式から既に何日も経ち、新しい友達も順調にできて、仲良くなってきている。

 だからこそ、派閥とか妬みなどからくる負の感情には気を付けておかなくてはならない。普段からそれとなく気を付けている。

 今まで嫌な目に何度も遭っていて、自然とそのようなクセがついているのだ。

 愛想悪くならないように、明るく優しく接することができるから、男女問わず慕われる。

 が、しかし、それを気に食わないと思う連中が存在するのもまた事実。

 クラス内にも、どうやらそんなヤツがいるらしい。

 そんな視線をちょいちょい感じるようになってきていた。


 ガラの悪い地区出身の二人の女子。

 いつもつるんでいて、学校に来なかったり途中で抜けたりしている。

 他の女子より腕力が多少強いせいか、気に入らない者を呼び出しては滅多打ちにする。

 生徒たちからの評判はすこぶる悪い。

 そんな彼女らは、転入早々人気者っぽくなっている桃代が心底気に食わなくなっていた。イライラが日に日に溜まっていき、ついに爆発。

 面倒事には巻き込まれたくないと思っていた矢先の出来事だった。


 休み時間。

 新しくできた友達の席に行って、幼馴染を交えお喋りしていると、


「おい!転校生!ちょー、こっち来い!」


 呼ばれる。

 粗い言葉から既にボコボコにする気満々だということが分かってしまう。

 一緒に喋っていた新しくできた友達の表情が心配の色に変わる。


 ここで一つ。

 桃代は鍛えた男子に匹敵する程力が強い。しかも、ものすごくケンカ慣れしている。幼馴染はそのことを知り過ぎるほど知っているため、「いっそ叩き潰してくれればいいのに」と、内心ニヤニヤしている。

 勿論ユキも止めない。


 マイッタな~…こいつ等とケンカになるんかな?できるだけ穏便に。


 とか考えつつ、


「なん?」


 愛想よく返事すると、


「『なん』やねーちゃ!お前、何調子乗っちょーんかっちゃ!たいがい気に食わんったい!」


 いきなり理不尽なことを言われた。

 がしかし、あえて


「別にウチ、調子やら乗っちょらんよ?」


 優しい口調は崩さない。

 この受け答えがまた気に食わないらしく、爆発的に憎悪の感情が高まってゆく。


「うるせーっちゃ!」


 怒鳴ると同時に胸倉を掴み、引き寄せたかと思うとグーで殴り始める。

 顔も身体も関係なしに。

 顔面を両腕でガードしてうずくまり、


「やめて!お願い!」


 無駄だとは思うけど頼んでみる。

 勿論演技なのだが、やつらはこの攻撃が効いたと思って満足げ。

 益々調子にのって殴り、蹴る。

 周囲がドン引いている。

 最近知り合った女子たちは、もはや直視できなくなって怯えていた。


「気色悪い顔して誰にでも媚びやがって!男買収するためにさせまくったっちゃろーが!あ~?おい!腐れサセコ!なんかゆーてみーや!」


 髪を掴んで振り回される。


「ごめんなさい!」


 負けるが勝ち。


 丸く収めるための手段。

 聞いてくれないだろうが、とりあえずは謝ってやる。

 でも。

 やはりというかなんというか…手を止める気配なんか一向にない。


 言いたか放題、やりたか放題やな。これ、明らかに穏便に済まんパターンよね?たいがいいー感じで殴らせてやったし、好きな人がおる前で、グラグラすることも言いやがったし…ボチボチブチクラシてもいーよね?

 訳:ぶちのめしてもいいよね


 そんな考えが膨らみ始める。

 散々殴らせてやったので、相手の力量は把握した。

 大した力じゃない。


 反撃する?この弱さなら二人相手でも全然楽勝やし。


 そう思ったときスイッチが入り、


 反撃しちゃおっかな~♪


 なんだか楽しくなってきた。

 一際大きい蹴りが脇腹辺りに入ったとき、同時に力を逃がす動きをした。

 幼馴染たちはその動きに気付き、スイッチが入ったことを確信する。


 あ!桃、キレたな。あ~あ、これ、反撃しだしたら相手ただじゃ済まんぞ。ゼッテー半殺しやん。知らんっちゃ怖いことやね~。


 今後の展開を考えたとき、幼馴染たちに自然と笑みがこぼれた。

 そんなこと知るはずもない隣町の小学校出身の女友達が耐えられなくなって、


「ヤバいっちゃ!ウチ、センセー呼んでくる。」


 駈け出そうとした。

 菜桜はニヤッと笑いながらその子の腕を引っ張り、


「ちょー待ってん。心配せんでいーちゃ。桃、でったん強いっちゃき見よってん?せっかく今から楽しいショーが始まるのに止めたらいかんちゃ。あのバカ達、秒で半殺しになるよ。」


 席に座らせる。


「え?そーなん?」


 信じられない!という表情で同小の友達の顔を見まわす。


「うん。見よってん。」


 千春と渓がニヤケながら頷く。


 次の瞬間。

 無表情で立ち上がると突如顔面へと放たれたパンチを払い除けた。

 力を逸らされよろける相手。桃代の身体に寄りかかるような体勢になる。すると側頭部を両手でガッチリ固定し、勢いよく振り下ろしながら右膝をフルパワーで顔面にめり込ませた。

 一瞬の出来事だった。

 してはいけない鈍い音がした。

 顔面を押さえ、床にうずくまる。

 床には血痕。

 鼻の軟骨が砕け、大量に出血していた。

 にもかかわらず桃代の攻撃は終わらない。

 うずくまる相手の顔面をフルパワーで蹴りあげる。

 呆気なく床に転がった。

 もう一度蹴って仰向けにしたところで頭を踏んだ。頭部のみの集中攻撃。万遍なく踵が入る。


「痛っ!ちょ!待っ!ごめ…」


 謝ろうとしているのだろうが時既に遅しである。全く聞き入れてもらえない。

 起きあがろうとする度頭に踵が入るから起きあがらせてもらえない。

 掌で顔面を守ろうとするとそれを足で払い除け、力の限り踏みにじる。

 またもや鈍い音。

 完全に指が折れていた。

 あり得ない方向に曲がってしまっている。

 それでも頭部をガードしようとするが、その都度蹴られてまた踏みにじる。

 ガードすらさせてもらえない。

 ノーガードとなった頭部のみに、フルパワーで踵を落とす。

 再び踵と床による尋常じゃない衝撃が頭部を襲う。

 意識が朦朧となり、沈黙。


 一丁上がり。


 あまりの壮絶さにクラスの人たちは茫然としている。


「うわ~…痛そ。死んだんやない?」


「ざまないね。」


「桃の攻撃、久々に見たね。」


「ウチもあいつ好かんやったきスッキリした。」


「桃ちゃんっちでったん強いんやね。すご~い!」


 さまざまな言葉が飛び交っているが、誰一人としてやられた人間を心配するものはいない。

 むしろ喜ばれている。


 どんだけ悪人なんよ?嫌われ過ぎやろ!


 強いと思っていた相方が瞬殺でやられ、放心状態になっていたもう一人が激情し、


 「死ねちゃ!こらー!」


 イスを持ち上げ襲い掛かってくる。

 動きが大きいので避けやすいが、とりあえず軽く掠らせて滅多打ちにする口実を作る。

 振り下ろされるイスの軌道から僅かに外れ、浅い角度で左腕に軽く当てさせる。

 当たった瞬間、それを払い除ける。

 真面に当たらなくて大きく体勢を崩した相手。イスを放り投げ体勢を立て直し殴りかかろうとした刹那。

 手が出る前に懐の内側まで踏み込んで、恵まれた体格を目いっぱい利用し倒れこみながらグーで殴りかかると見せかけて、肘でいく。

 顎にまともに食らって頭部が大きく振り子のように揺れ脳震盪を起こし、一瞬意識が飛んだっぽくなりその場に崩れ落ちた。

 すかさず顔面を蹴って仰向けにすると、またもや頭部を狙う。

 顔面に万遍なく入る踵。

 鼻や口から大量に出血している。

 白いものがいくつか転がっている。折れた歯だった。

 それでも攻撃は止めてもらえない。動けなくなるまで蹴り続け、踏み続け…こちらも沈黙。


 はい!もう一丁。


 反撃しだしてからは一方的。完全な圧勝だった。


 ホントはこんなことしたくなかったのになぁ…


 後口がものすごく悪い。

 終わった直後は唖然とされていたが、みんなこいつらによほど鬱憤が溜まっていたのだろう。喜ばれてしまった。


「おつかれ。」


 ユキが近寄りそっと絆創膏を貼ってくれた。


「あ…ありがと。」


 嬉しくて照れる。


「…?なん?あんたら付き合いよぉん?」


 それに気づいた新しくできた友達から冷やかされる。

 好き好きオーラ出まくりだった。

 考えがダダ漏れで恥ずかしい。

 笑って誤魔化した。



 このあと二人は病院送りとなった。

 先生からは相談室に呼ばれ注意を受けたが思ったより怒られなかった。

 このことからもよほど問題を起こす生徒だったということが見て取れる。

 こいつらのケンカはまあまあ日常茶飯事だったみたいで、親が出てきて問題になったりすることもなかった。


 向こうじゃ考えられん。


 やられたヤツらはしばらく入院していた。

 後日、教室で再会したものの、完全にビビッて目すら合わそうとしない。


 なんとかなったかな?


 そうであってほしい。

 仕返ししてくれば身を守るために動くが、できればケンカなんかしたくないしもう二度と関わり合いたくない。


 あまりにも理不尽な仕打ちだったので滅多打ちにしてしまったけれど、これでも友達の大切さは分かっているつもりだ。

 今後の学生生活に支障が無ければいいのに、と切に思う桃代だった。

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