第66話② 美咲が!(ケガからの)

 到着し、釣り始めるがどうにもアタリが遠い。

 数年前来た時の感覚じゃ、カタは小さかったがもっと簡単に釣れていたはず。

 ここ数年のバスブームで他のフィールド同様プレッシャーが猛烈に高くなっていた。

 

「来んね。」

 

「移動する?」

 

「そやね。」

 

 クルマで小刻みに移動する作戦。

 ワンドの真ん中に大きな立ち枯れのあるメジャースポット。

 二人とも3.5gのラバージグにそれぞれ3インチグラブと2インチドライブクローを組み合わせ、狙っていく。

 このポイントでは仲良く1本ずつ釣ることができた。

 悠太は歩いて隣のワンドへ。

 美咲はそのまま続行。

 

 その時、事件が起こる。

 

 ぅわっちゃ~…マズった。

 

 糸が風に流され、立ち枯れの枝に引っ掛かってしまったのだ。

 ルアーが枝に巻きつかないようゆっくり糸を巻き取り一気にあおる。が、ダメだった。

 見事なまでに、枝にフッキングしてしまう。

 

「え~くそ…」

 

 切れるやろうな。


 そう思いながら数度サオをあおる。

 やっぱしびくともしない。


 仕方ない…切るか。


 サオとルアーを一直線にし、水平に引っ張る。

 すると、


 バシッ!


 衝撃音とともに、ジグヘッドがぶっ飛んでくる。

 不意の大物に備えた少し太めの12ポンドフロロがこの時ばかりは裏目に出た。

 ハリが糸の強度に負けて折れ、弾丸のように顔面目がけてぶっ飛んできた。

 避ける暇なんかない。

 切るつもりでいたため、全くの無防備。


 直撃した。


 目の辺りに衝撃が走り

 

「いてっ!」

 

 反射的に顔を背け、掌で押さえる。

 そっと離し見てみると…出血。それもかなりの。

 瞼の辺りがドクンドクンと脈打っている。


 その時思ったコト。


 悠太を心配させたくない!

 顔面にジグヘッド直撃げな、恥ずかしい!

 隠さんと!


 ケガの深刻さよりも、そんなことを考えてしまっていた。


 こんなことが起こればすぐにバレるのが世の常。

 絶妙なタイミングで、隣のワンドまで行っていた悠太が戻ってくる。

 見られたくないので反対向く美咲。

 だが、指の隙間から流れる血を見られてしまっていた。

 

「ちょっ!美咲!どげしたん?」

 

 一気に顔色が変わり、駆け寄ってくる。

 

「いや…大したことないき。」

 

「んーなことあるか!でたん血ぃ出よぉやん!ちょー見してん?」

 

 手を退けさせる。

 心配そうに覗き込む悠太。

 深刻な事態にもかかわらず、顔が思いの外近かったため照れてしまう。

 幸いにも眼球ではなかった。眉毛の下辺りが切れている。

 

「よかった~…目ん玉やない。」


 ちょっとだけ胸をなでおろすが、


「でも深いよ?まだ血ぃ出よるし。病院行こ?」


 やはり心配する。

 今までこんな悠太見たことが無い。

 あまりの申し訳なさに、

 

「いーちゃ。迷惑かけるもん。」


 断ったら、

 

「迷惑なことあるか!バイキン入ったり、傷痕が残ったりした方が大変やんか!女の子ぞ!もっと自分を大事にせぇよ!」

 

 怒られた。

 なのに嬉しいという矛盾。

 本気で心配してくれている。

 今までだと、これはユキの役割だった。


 悠太っち優しいんやな。


 ユキ以外の男の優しさが妙に新鮮だ。

 温かい気持ちになる。

 これ以上心配させるのはよくないと判断。

 

「分かった。」

 

 素直に従うことにした。

 出血はだいぶ収まりつつある。

 道具を片付け撤収することにした。


 クルマの中では、

 

「ごめんね、悠太。ウチがケガしたばっかりに。」

 

「そげなことないっちゃ。それよりも痛かろ?」

 

「まだシビレちょーき、そげん痛くないけど…後が怖いね。あっ!ゴメン!血が!」


 まだ少し出血しているため滴っている。

 シートに何滴か落してしまっていた。

 積んでいたティッシュを引っ張り出し、傷口に当てた。


「そげなこと気にせんでいーっちゃ。」


 優しく答えてくれる。


 クルマがあまりバウンドしないよう凸凹をよけながら、橋の継ぎ目はゆっくりと通過する。痛くないように運転をしてくれていることがよくわかる。

 

 すごく嬉しい。

 

 

 

 病院に到着。

 幸いなことにまだギリギリ土曜日の2時前で、受付時間が終わっていなかった。

 受け付けすると傷の具合を確認され、すぐに診察室へ連れて行かれた。

 悠太は、

 

「保険証取ってくるね。」

 

 と、美咲に伝え病院を後にする。



 美咲の家にて、

 

「おばちゃん!美咲、ケガした!今、あっこの病院で治療中。保険証お願い!」

 

「あらあら。ごめんね。迷惑かけたね。」

 

「いえいえ。」

 

 美咲母から保険証とお金を預かり病院へ。

 到着すると既に処置は終わっていて、待合室で椅子に座っていた。

 聞くと3針縫っていた。

 貼り付けられたガーゼが痛々しい。

 

「眉毛剃られた。多分今麻呂みたい。」

 

 恥かしそうに笑っている。

 心配そうに覗き込む悠太。

 顔が近くてイチイチ恥ずかしい。

 

「ホントよかった…目ん玉やないで。何が起こるか分からんね。気を付けりぃよ?」

 

「うん。ありがとね。」

 

 そんな会話をしている間に名前を呼ばれ、会計を済ませ、帰ることにする。



 家に着くと母親が出迎える。

 

「勝守君、今日はありがとね。」

 

「いえいえ。ちょっとビックリしましたけど。」

 

「ゴメンね。ケガ治ったら改めて出直そ?」

 

「うん、分かった。気を付けないかんばい?んじゃお大事に。」

 

 この日はこの言葉を最後に別れた。

 

 

 

 夜。


『今日はありがとね。嬉しかった。』


 お礼の連絡を入れると。


『痛くない?』


『ちょっと痛い。』


『無理せんごと。』


『分かった。』


『傷、残らんやったらいいね。』


『うん。ありがと。』


 本気で心配してくれているのがすごく嬉しい。


 

 ケガから数日。

 悠太とは毎日連絡を取り合っている。



 ふと気づくと、ユキのことを考えてもツラくなくなっていた。

 というか、考える回数自体減っていた。


 その分…

 悠太への思いが増していることに気付く。

 

 あれ~?

 

 もしかして、これっち……好きになったんかな?うっひゃ~!

 

 思わず恥ずかしくなり、しばらくベッドで悶え、転がりまくる。

 初めてユキ以外の男の人を意識した瞬間だった。

 


 10日程して抜糸が済んだ。

 幸いにも目立たないトコロだった。

 鋭い切り口だったため、気になるほどの傷痕にはならなそうだ。




 改めて釣行。

 このケガを境に、二人で出かける回数が飛躍的に伸びることになる。

 そして悠太との心の距離が徐々に縮まってゆく。


 渓に追いついたかな?

 

 

 

 再開してから数か月。

 二人での釣りは完全に定番化していた。

 いわゆる「釣りデート」というヤツだ。


 並んで釣っていた時のこと。

 美咲が何やら遠くを見つめ難しい顔をしている。

 悠太はそんな美咲の横顔を見る。

 気付くとこちらを向き、目が合った。

 

「?」

 

 首をかしげると、美咲は一旦目を逸らし、目を瞑って大きく息を吸い込み深呼吸。

 再度目線を合わす。

 

「あんね、悠太…」

 

 声が震えていた。

 顔がいつになく赤い。

 

「ん?どした?」

 

 優しく先を促す。

 

「実は…悠太のこと…好きになったみたいで…っち…メーワク?」


 途切れ途切れの言葉。

 不安そうな顔をして目を合わせてくる。

 

「ううん。っちゆーか、ユキのこともう大丈夫なん?」


「へっ?なんでそのこと?」

 

 思わず変な声が出てしまう。


 結局ここでもそうだ。

 幼馴染女子チームの面々は、核となっている幼馴染以外の幼馴染から、ことごとく看破されている。

 少し距離のある者の方が分かりやすいみたい。

 

「よーと見よったらわかるよ。で、もういーと?」


「うん。悠太が良くしてくれたき。」

 

「よかった。じゃ、これからもずぅっとよろしくね。」

 

 優しく微笑む悠太。

 

「うん。ありがと。」

 

 ホッと胸をなでおろす美咲。

 その目には涙。


 釣りを再開しながら、

 

「実はね。」

 

 と、悠太。

 

「ん?」

 

 俯きながら照れくさそうに話しだす。

 

「最初っからね…こげなること期待して電話したっちゃ。」

 

 種明かしが始まる。

 計画的犯行だった。

 

「小学校で仲良くなった時からずっと好きやったん。テレビで久しぶり美咲の顔見たら、あ~やっぱ今でも好きなんやな~っち。ホントはオレから告ろうかっち思いよったん。」

 

「マジで?なんかそれ…あとで知ったら余計うれしい。ごめんね?今まで気付ききらんで。」

 

「いいくさ。結果がこれなら全部報われる。」

 

 そう言って微笑んだ。


 直後、そっと抱き寄せられる。

 勿論その意味が分からない美咲ではない。

 目を閉じると吐息を感じた。


 そして…


 一瞬触れるだけの優しい感触。

 26歳を目前にファーストキス。

 美咲は思わず涙を溢す。

 一瞬焦る悠太。

 

「断りもなしにゴメン!もしかして嫌やった?」


 謝るが、

 

「ううん。嬉し涙。柄にもなく感動してしまった。へへへ。ありがとね。」

 

 はにかんだ笑顔がとても可愛い。

 

「そっか…よかった。」


 涙の訳を聞いて悠太は安堵する。

 

「ウチ…この年まで誰とも付き合ったことないでからね…今のがファーストキスなんちゃ…ドン引く?」

 

「ううん。そんなことない。逆に嬉しいよ。こっちこそ初めてやないでごめん。」

 

「普通そーやもんね。ウチがユキしか見きらんやったきこげなっただけ。悠太は別に悪くないよ。」

 

「オレ、美咲のことがどうしても頭から離れんでくさ。今まで全然長続きせんやったっちゃんね。」


 苦笑する悠太。

 

「そーやったん?それっちでったん嬉しいっちゃけど!」

 

「やっと辿り着けた。ずっと大事にするき!」

 

「ありがと。期待する。」

 

「結婚まで辿り着けたらいいね。」

 

「うん!絶対しようね。」

 

 そして再度キス。

 今度は涙無し。

 笑顔だけ。




 やっとユキへの思いから解き放たれ、新しい第一歩を踏み出すことができた美咲。


 しかしまあなんというか…呆気なかった。


 こんなに早く楽になれるなら、もう少し早目に外に目を向けるべきだったと反省。


 そして、今日も悠太と順調に愛を育んでいる。

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