第28話② イタイオモイ(ウオノメ編)

 目イボはイレギュラーの中のイレギュラーで、実は左足の薬指と小指の間にできたウオノメが治らずにデカくなっていた。


 気付いて数か月。

 中心からイガイガが生えていて、かなりグロい。

 たま~に気になって、ピンセットで摘まんで引きちぎったりしていたが、どーもよくならない。

 変な体重の掛け方をすると痛いことがある。


 どうしたもんかな?


 と、考えていたところに今回の目イボ騒動。

 しばしウオノメのことは忘れていたのだった。




 目の方は一週間もせずに治って眼帯も外れ、不自由な思いもしなくなった。

 そしたらヤツのことを思い出す。

 何日ぶりかに見てみると、真ん中にあるイガイガが増えていた。


 凶暴さを増している!


 もぉこれは病院いかんと治らんやろ。


 流石に観念した。




 学校から帰って近くの整形外科に歩いて行った。

 受付を済ませ、しばらく待つと


「小路さ~ん。」


 呼ばれる。



 診察室に入り足を見せる。

 すると先生は選択肢は二つ。


「削りますか?それとも切開しますか?」


「ゑ?」


 なんですと?


 不穏なワード。


 切開?

 また切開?


 思わずワ行の「え」になってしまう程、身体が拒絶した。

 痛いのはイヤやなー、と思いつつ


「どう違うんですか?」


 聞いてみると、


「削るのはあまり痛くないけど、再発する可能性が若干高くなります。確実に治したいなら切開をお勧めします。」


 ということらしい。

 一瞬考えた。が、再発してまた今みたいな思いはしたくない。

 勇気を出して、


「確実に治る方で。」


 選んでしまった!切開を選んでしまった!!


「分かりました。じゃ、しばらく待合室で待っていてくださいね。」




 しばらくして呼ばれる。


「はい。じゃ、ベッドにうつ伏せに寝てください。」


 寝転がると、


「麻酔しますね。かなり痛いですよ。」


 って…ゑ?今…何ち?「かなり痛い」っちゆった?フツーここは、「ちょっと痛いですよ」っちゆーところやないん?


 再び体が拒否反応。


 アルコールで患部を拭かれる。

 そして。

 金属製シリンダーの注射器の針がユキを貫いた!

 ブッ刺さった瞬間、


「~~~~~っ!!!んは~~~…」


 声すら出ないほどの激痛が幹部を襲う。

 伏臥上体反らしで70cmの記録を出したかの如く、仰け反った。


 何じゃ、この痛みは!


「かなり」どころの騒ぎじゃない。


 でったんスーパー痛い!


 そう思った時には鼻声になっていた。

 高三にもなって注射で泣きそうになるとは思いもしなかった。

 というか。

 これはもう、泣いていると言っても過言じゃない。

 涙こそ出てないが、八割五分がた泣いている。

 こんな痛い注射、多分生まれて初めてだ。

 マジでビックリした。


 二発目、三発目と貫かれるユキ。

 刺す回数が増えるにつれ麻酔が効いてきて、痛みが弱くなっていく。

 一発目の痛みを100とすると、二発目が75、三発目が50といった具合。

 目の時と同じで、やはり10発くらい撃たれた。

 最後に近くなるほど圧力しか感じなくなる。

 少し待って、完全に効いたところで摘出手術が始まる。

 身を切る音が聞こえ、圧力を感じる。

 うつ伏せていて見えないため、何が起こっているのか全く分からない。

 しばし、ゴソゴソとしている感があり、ツーっと引っ張るような感触と、糸を結んでいる感触。


 あー…縫いよーっちゃね。


 数えると5回。5針縫ったことになる。

 結構な密度で縫っている。

 それが終わると、


「はい、終わりました。これが今摘出したウオノメですね。こんなに根が深かったですよ。」


 見せてもらった。

 色的には鶏肉?

 そんな感じだ。

 にしても、足の裏の肉がこんなにも厚いとは。

 深さが1cmくらいあることに心底驚いた。

 人間の身体は不思議でいっぱいだ。


 とか、感心している場合じゃなかった。

 待合室に行くのも大変なくらい足が不自由になった。

 左足に体重をかけると痛むため、両足に均等な力をかけて立つことができない。

 庇うため、ヨロヨロしながら歩くことになってしまった。


 しばらく待つと、名前を呼ばれ薬を貰う。

 この病院は調剤薬局じゃなく、窓口でくれる。

 また化膿止め。

 今度は強い薬らしく、胃薬まで一緒に貰った。

 そして痛さが我慢できないときの頓服。

 今は麻酔が効いているけど、夜には切れるだろう。


 どうか痛くなりませんように!


 祈りつつ会計を済ませ、帰る。




 帰り道。


 チャリ乗ってくりゃよかった。


 後悔。

 かなり大変だ。



 足といえば環を思い出す。


 たったこんだけの治療でもでったん大変なのに…環ちゃん、もっと大変なんやん。今でも不自由やし、治るかさえもわからんし。


 考えるとまた涙が出そうになった。

 環はだいぶ歩けるようになった。

 でも、まだまだ痛々しい。

 頑張って歩く姿は涙を誘う。


 ウオノメの治療くらいで大騒ぎしないようにしよう。


 自分の中での決め事。





 やっとの思いで家に辿り着く。

 桃代にはそれとなく病院のことは話していたため「今、帰ったよ。」とメッセージ。

 送信した後「しまった!」と思った。

 絶対に心配させてしまう!

 後悔してももう遅い。

 案の定、すぐに、


「おばちゃん、ユキくんは?」


 勝手口から声がした。


「部屋におるき上がんなさい。」


「はーい。お邪魔しま~す。」


 部屋に入り、足を見るなり、


「ユキくん?何があったん?」


 投げ出された包帯グルグル巻きの左足に目をやると、顔が一気に心配の色に変わる。


「切開したきこげなった。5針も縫ったよ。また、麻酔の注射がオニのよーに痛かった。半泣きこいたき。」


 安心させるために笑ってみせる。


「大丈夫?痛くない?」


「何もせんやったら今んとこはね。麻酔きれたら疼くかもね。」


「あ~あもぉ…こんな目に遭ってほしくないなぁ。」


 今にも泣きそうだ。


「そげな顔せんと!ちゃんと治る手段選んだきこげなったん。後々のこと考えたらこっちの方が良かったんよ。歩いて帰ったき環ちゃんの苦しみが分かった。ちょっとだけね。足、大事。」


「もぉ!」


 抱きついてきた。

 そっと頭を撫でる。




 次の日。


 こんなに激しいなら病院行くの金曜日にすればよかった。


 完全に失敗だ。

 家の中を移動するにも一苦労。

 後の祭りである。



 普通に歩けないから早めに家を出る。

 先に出ることを桃代に連絡し、包帯を巻いた方の足にサンダルをつっかけ、なるべく体重をかけないように歩く。

 家を出て何分もしないうちに、


「ユキくん!」


 桃代が追付く。


「バタバタ用意してきた!」


 走ってきたため息が荒い。


「はい!つかまって。」


 肩を貸す桃代。

 純粋に嬉しい。

 かなり楽だ。

 一人、また一人と幼馴染達が合流する。


「おす!っち、ユキ大変なことになっちょーやん!」


 前回は冗談ばかり言っていた千尋がビックリしている。


「うわ!ユキくん何があったん?」


 海も心配している。


「何?どげしたん?」


 菜桜も心配そうに声をかけてくる。


「いや~マイッタ。ウオノメで病院いったら切開か削るか選ばされて。ちゃんと治る方選んだら切開で。こげなった。」


「ヤベーね、ウオノメ。そげん激しいことなるって。」


「うん。昨日の寝がけ疼いてね。頓服飲んだ時は良かったっちゃけど…今もまだ少し脈打ちよぉ。」


「マジで?いかんね。」


「しょーがないね。オレもここまで激しくなるとは思わんやったもんやき。心配かけるね。」


「桃おらん時は言いーよ?肩ぐらい貸しちゃるき。」


「ん。ありがと。そん時は頼むね。」


 嬉しくて涙が出そうになった。

 環は、


「ウチの足みたいになっしもーたね。不自由やろ?」


 心配そうに言う。


「うん。でも環ちゃんのが大変やもんね。だいぶん経つんに、まだ前みたいに歩けんもんね。キツイやろ?」


「キツイね。もうチョイ普通に歩けるごとなりたいね。」


「そぉよねぇ。あんまし役に立たんずく、こげなごとなって…ごめんね。エラそうにおんぶして釣り行くとかゆった人間がこれじゃダメダメやん。治ったらまた手伝うき、チョイ待ってね。」


 力なく言い訳すると、


「そげなことない!お前にはいっぱい助けてもらった!」


 少し強い口調で答える。


「役に立てちょった?」


「うん!おんぶ、嬉しかったよ。」


「それならよかった。」


 その言葉を聞くことができてホッとした。


 ユキは学校で会った時でも、帰った後でも、休みの日でも、チョイチョイおんぶしてくれたり、肩を貸してくれたりするので、本当に助かっている。だからあんまし悩んでほしくない環だった。




 やっと校門まで辿り着く。普段よりもだいぶ早く出たのにいつもと同じ時間。

 その頃ちょうどバスが着く。

 ミクはバスの中から大変なことになっているユキを発見してしまう。

 今でも好きだから心配せずにはいられない。

 ドアが開くなり、運転手に定期券を見せると猛ダッシュ。


「小路!」


 振り向くユキ。


「あっ。長谷さん、おはよ。」


 手を振って平静を装うものの、変に力を使ったので既に疲れ気味。


「どげしたん?交通事故?」


 心配そうに問いかける。


「ううん。ウオノメ切った。」


「マジで?ウオノメっちそげ激しいん?」


「うん。切開したきね。見せてもらったよ。深さ1cm以上あった。」


「何それ!大手術やん。小路、この頃ついてないよね。」


「ははは。そやね。オレもこげなコトなるっちゃ思いもせんやった。病院いってビックリちゃ。」


「目の次はウオノメ。散々やん。」


「実はこっちの方が前から悪かったっちゃ。目イボは急にやき。」


「ふーん。じゃ、どっちみちこげなっちょったって?」


「そーなるね。」


「手伝えるときは手伝うき、ゆってね。」


「ありがとね!じゃ今、お姫様抱っこして?」


「ウチ、そげ力無いき抱えきらんよ?ちゆーか桃に怒られるよ?」


「バカ!ホントにもぉ!」


「ほらね。怒られた。」


「ごめんなさい。」


 素直に謝った。



 下駄箱にて。

 桃代がユキの上靴を出して、下履きを片付ける。


「ありがと。」


「どーいたしまして。大人気やん。」


 しまった!ウチ、ヤな女やん。


 ユキが自分以外の女子から優しくされまくり、少し不機嫌になっている。


「あんまし不機嫌にならんで。ね?お願い。」


 申し訳なく手を合わせ笑う。


「だって!」


 焼きもちを焼いているのは分っている。

 それでも割り切れないものがある。

 特に環とミクの好意はユキ本人が知っている。

 菜桜も昔から怪しい。

 環が入院中言った「ウチら全員一回はユキのこと好きになっちょーぞ」という言葉は、とても現実味の溢れているものだと思った。

 いつか盗られてしまうのではないかと、すぐに心配になる。

 二人が告って以来、完全に自信を持てなくなっていた。




 授業が始まる。

 体育は見学。

 便所に行くにも苦労しているが、一人でなんとかやれている。


 学校にいる間は少し照れがあるので、積極的に力になれない桃代。

 もどかしい。

 たまに、申し訳なさそうにユキを見る。

 目が合うと「いーよ」と口パクし、笑って答える。


 ダメな彼女…こんなんじゃいかんし!


 帰りはちゃんと恥ずかしがらずに手伝う!と心に誓う。




 そして放課後。

 ユキの席に行き、


「帰ろ?」


「ん。」


 肩を貸しゆっくり歩く。

 クラスの男子から注目されて恥ずかしいが、気にしないことにする。



 廊下を歩いていると、気付いた菜桜と環と美咲と渓が合流した。


「疲れたよ~。」


 ユキはグッタリして桃代と肩を組んで、かなりの割合の体重をかけて歩いていた。

 桃代は嫌がりもせず、どちらかというと嬉しそうに歩いている。


「ンあ…こらー!」


 バシッ!


「あ痛ぁ!ごめんっちゃ!」


 たまに乳を触られ、エロい声が出た瞬間ぶっ叩きながら。


「お前ら何しよーん?完全にバカップルやねーか。」


 美咲が呆れている。


「ユキ、いっとき帰ったらガーゼの張り替えやらあるっちゃろ?釣り行かれそうにねーな。」


 渓は残念そう。 


「そーなんよ。一日中足引き摺って、帰ってそれから病院とか…でったんキチィき。はよクルマ欲しいね。そしたらケガしちょっても行けるんに。」


「ホント。免許欲しいね。ウチ、4月生まれなんに学校は年明けんと取り行ったらダメとかゆーし。誕生日早いメリット全然ねぇっちゃ。」


「そっか。菜桜ちゃんもぉ取れるんよね。あと環ちゃんも。」


「年明けまでに足どげかせなミッション乗れんやん。焦るばい。」


 既に18歳になったヤツらは増々現実味を帯びるため、免許が欲しくて仕方ない。


 自分のクルマかぁ…行動範囲広がるな!はよ免許取ってクルマどげんかしてーな。釣り仕様にしちゃろ!


 夢が膨らむ。




 帰り道。


「桃ちゃん、ごめんね。重いやろ?」


 かなり体重をかけているのが自分でもわかる。

 申し訳ないし、情けない。

 でも、


「いーんよ。彼女やき当たり前。病院も一緒行っちゃーね。」


「ありがと。助かる。嬉しいね。」


 全く苦にしてなかった。

 本当に助かる。

 そして他の幼馴染も気遣ってくれる。

 こんな時、心から自分は幸せ者だと思う。

 思えるから、他の仲間達に本気で親身になれる。

 ユキの優しさの原動力の一つだったりするのだ。




 家に着き、制服を着替え、いつものだらしないスウェットに変身。

 桃代も着替え、ユキを呼びに来た。


「ユキくん、行ける?」


「行けるばい。」


 足を庇いながら部屋から出てくる。


 肩を借り、悪い方の足に体重がモロにかからないようにしながら、乳を触って叩かれて、病院に向かう。

 歩く事10数分。

 病院に到着する。

 庇って歩くからマジで疲れる。


 受付を済ませ待合室にいると、すぐに呼ばれ処置される。


「あら~。血がだいぶん出ちょーね。」


「歩いて学校行ったきですかねぇ?」


「そーよ。あんまし無理せんごとしちょかな。治りが遅くなるよ?」


「はい。」


 血が固まり、ガーゼがくっついて取れない。ピンセットで挟んだ消毒液付きの丸い脱脂綿で湿らせながら徐々に剥いでいく。

 たまに傷口が引っ張られ、


「いでっ!」


 あまりの痛さに声が出る。


「くっついちょーき、ちょっと痛いもんね。」


 数分間、拷問が続いた。

 再度消毒し、ガーゼを貼り付け、包帯を巻いて、


「はい。終わりました。お大事に。」


 やっと終わった。

 意外と痛かったのでグッタシだ。


「終わった…ひっついちょったき痛かった。」


「大丈夫?」


 桃代が心配そうに声をかけてくる。


「何とかね。」


 待合室で待つこと暫し。

 名前を呼ばれ、会計を済ます。




 帰り道。

 桃代にぶら下がるような格好で歩いていく。


 情けないな。


「ごめんね。はよ治るき。」


「でも、これも嬉しいよ?」


「ずっとくっついちょかれるもんね。」


「うん。」


 いつもの倍かけて短い距離を必死に歩く。



 やっとのことで家に辿りつく。

 まだまだ明るい。


「ちょっと上がっていく?」


「うん。」


 そのまま部屋へ。


「ふ~。やっと着いた。」


 ベッドに桃代と共に倒れこむ。

 そのまま髪をかきあげ口づけ。

 舌を絡ませ…


「ずっとくっついちょったらムラムラするよね?」


「バカ。スケベ。」


「する?」


「ん。」


 そのまま手を滑り込ませ、探り当てる。

 普段とは違う足の感覚。

 そして痛み。

 どうしても庇うので、体制を変えるのに手間取る。

 そのことに気付いた桃代。


「ウチ、上になっちゃろっか?」


「あ、うん。ありがと。」


 下も全部脱ぎ、ユキに跨り腰を動かす。

 その気遣いがたまらなく嬉しくて、思わず下から抱きしめた。


「ありがとね。」


「ん。」


 そして…口づけ。

 二人だけの大切な時間。




 一週間後。

 今日は抜糸だ。

 化膿もせず、キレイに塞がった。

 傷口を消毒し、輪になった糸を切り、一気に!


「いでっ!」×5。


 思いの外、痛かった。

 でも。

 これにて一件落着!

 普段の生活に戻ることができた。

 正味一週間だったけど、やたら長かった。

 長く感じた。


 でも、環はもっと大変なんだ。

 元通りとはとても言い難い左足。

 未だに苦労している。その不自由さも少しだけ分かることができた。

 これからはもっとたくさん力になろう。




 立て続けに二回、身体にメスが入った。

 こんなことは滅多にない。

 おかげで健康の大切さと身体の機能が欠けることの不自由さを実感できた。

 心配し、気を使ってくれた幼馴染と友達。

 この上なく嬉しかった。

 だから、


 みんなには何らかのカタチで恩返しがしたい!


 そう思うユキだった。

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