第28話① イタイオモイ(目イボ編)

 無事、全員3年生に進級できた。


 クラスの内訳は1・2組が理系、3~5組が文系、6組が文系数学受験クラスとなっている。


 桃代とユキは…同じクラスになれた。

 2年生の時の寂しさがウソのように無くなった桃代。

 現金なものである。


 幼馴染達は理系を選んだ者のみ初めて全員同じクラスになれた。

 クラスは1組。

 文系はバラバラだ。

 具体的には菜桜とミクが3組。

 千春と環が5組。

 舞と美咲と渓が6組だ。




 進級直後の慌ただしさも一段落。

 連休も明けて通常運転が始まったそんなある日のコト。


 授業中、ユキは右目の瞼の違和感に気付く。

 なんか重い感じ、というか外側から押さえられているような感覚。

 休み時間トイレに行き鏡を見てみるとうっすら腫れている。

 触ってみると瞼の縁付近にコロコロした硬いものがある。

 直径は2~3mmといったところだろうか。

 気色悪いな、と思いつつもそのまま放置。

 すぐに忘れた。




 次の日。

 朝起きたら痛くはないものの右目が開かない程腫れている。

 鏡を見ると、マジで「えらいこっちゃ!」なことになっていた。

 う~ん…学校に行くべきか。休んで眼科に行くべきか。

 悩んだ。

 が、授業についていけなくなるのも困るため、とりあえず学校を優先した。



 桃代を呼びに行く。


「桃ちゃ~ん。」


「は~い。うわっユキくん何それ?どげしたん?」


「なんか起きたらこげなっちょった。」


「病院行きーよ。」


「ま、帰りまでに腫れが引かんやったら行くよ。」


「大丈夫なん?休んだがよくない?」


「大丈夫やろ。」


「も~…無理せんとばい。」


 非常に心配されているが、あんまし大したこととして捉えてない。

 クラスで目立ってないことをいいことに、隠そうともせず登校する。


 幼馴染全員と合流し、瞼のことを女子チームからは心配され、男子チームからは笑われまくる。


「ユキ、エライことになっちょーやん。」


「あ~あ。何でそげなったん?」


 菜桜と環が心配している。

 千春は


「…」


 無言で顔を見て、深刻な表情。


「痛い?」


 渓が触りながら聞いてくる。


「それがあんまし痛くないんよ。」


 男はというと、

 

「スゲーね!四谷怪談みたい。」


「お岩さん?」


 あまりの腫れっぷりを大笑い。


「もぉ!千尋くんも海くんも笑わんと!」


 桃代が庇う。

 苦笑いするユキ。


「地味な顔が今日は派手。」


 千尋が酷いことを言う。


「もぉ!言わんと!」


 朝っぱらから大騒ぎだ。



 学校に着くと、ミクがちょうどバスから降りたところだった。

 こちらに気付き走ってくる。

 ユキを見るなり、


「おはよー!うわっ!目ぇ、どげしたん?大丈夫?」


 心配してくれる。


「大丈夫。帰りまでに腫れがひかんやったら病院行くき。」


「無理せんごとせな。今日休めばよかったんに。」


「うん。ま、痛くないきね。ありがと。心配してくれて。」


 微笑んで礼を言う。

 桃代はミクの心配具合と表情を見て、好きの大きさを実感する。

 少し嫉妬しつつ、二人のやり取りを見ている。


 ユキは思ったより心配してくれる人がいて、内心嬉しいと思っている。




 教室に入る。

 特に何も言われない。

 高校から仲良くなった友達だけが


「目、どげしたん?」


 とか、


「大丈夫?」


 とか、そんな類の言葉をかけてくれた。

 付き合いが長いほど心配の度合いが大きい。


 そう考えると幼馴染っちゃいいもんやな。





 昼休み。

 いつものたまり場にて駄弁る。


「ユキくん治らんね。」


「帰ったら病院行かなばい。」


「さっきよか腫れてない?」


「ありがとね。どーも治らんっぽいき、帰って眼医者行くよ。」


 これ以上心配させないように、病院へ行く意思を見せた。




 帰宅すると、母親がパートから帰ってきていたので眼科に乗せて行ってもらう。

 もう遅い時間。

 患者は少ない。

 すぐに呼ばれる。


「小路さ~ん。」


 診察の順番が来た。

 座るなり、


「目薬効かないので切開しましょう。」


「はい。」


 って…え~~~!切開?マジで?


 恐怖心がじわじわと大きく膨れ上がってゆく。

 歯医者みたいな治療台に寝かされるとキレイなオネイサン看護師が


「麻酔します。」


 と言って目薬を差した。


 コエ~…目ん玉に注射されるんかと思った。今、こんないいモノあるんやな。


 心の中でつぶやくと、ドップリ安心する。


 15分くらいして先生が看護師を引き連れやってきた。

 そして、


「麻酔しますね。ちょっと痛いですよ。」


 え?ウソ!さっきの目薬っち麻酔の注射するための麻酔?


 完全に油断していたためショックがデカい。

 戦慄した。

 複数の看護師から顔を固定され、先生から目を押さえられる。


 マジで?


 強く押さえられているため何も見えない。というか、緑一色に見える。

 瞼をひっくり返され、


 プスッ!


「っ!…はぁ~~~…。」


 声すら出なかった。

 最初の一撃はかなり堪えた。

 二発目、三発目と痛みは鈍くなる。

 10カ所近く撃たれただろうか。

 その頃には針が刺さるとき一瞬圧力を感じるだけで、痛みは無くなっていた。

 押さえられ続けていて、未だに視界は緑一色。

 ごそごそしているのは分るが、それが何かは分らない。


 そのうち皮膚を切って絞り出している感触。


 あー…今、目イボ切ったわけね。で、膿を絞り出したんね。


 音と感覚で全てが分かってしまった。

 それからまた少しごそごそして、


「はい。終わりました。起きていいですよ。」


 目にガーゼ&眼帯。

 中二病みたいだ。


 カッコいーポーズで「闇の炎に(以下略)」的なことゆったらウケるかな?


 しょうもないことを考えていると、


「風呂に入るときはあんまし濡らさないようにお願いします。」


 風呂入れるんやな。すげーな。


 素直に感動しているところで説明が終わる。


 会計を済ませ、処方箋を受け取り調剤薬局へ。

 目薬と化膿止めと頓服を貰った。


 帰り着いて庭に車を止める。

 部屋に入ったタイミングですぐに桃代が来た。


 心配しよったんやな。


 嬉しい。


「ユキくんは?」


 勝手口で桃代の声がする。


「あ。桃ちゃん。部屋におるき上がり。」


「はーい。お邪魔しまーす。」


 廊下を歩く音。


「入るよ。」


「どーぞ。」


「わ!眼帯!痛い?」


 心配そうに覗き込んでくる。

 いちばん近付いたところで不意打ちのキス。


「もぉ。」


 ビックリしていたが怒ってはいない。


「病院どげやった?」


「麻酔がでったん痛かった。目薬が麻酔かっち思って油断しちょったら、麻酔の注射のための麻酔やった。」


「マジで?目に注射?」


「うん。正確には瞼やけどね。」


 自分のことのように顔をしかめ、痛そうに聞いている。


「明日目立つね。ぎょーらしーき好かんね。なんか言われるかもね。」


 実際クラスマッチの時以来、野球好きの人間からは毛嫌いされている感じがするから理不尽な反感を買うかも。


「しょーがない。ヤなことゆってきたらウチが許さん。」


 頼もしい限りである。


「ごめんね心配かけて。ありがとね。」


 微笑むと抱きしめてきた。

 抱きしめ返し、髪を撫でる。

 グリグリと胸に顔を押し付けてくる。

 しっかりと抱きしめる。

 しばらくそのまんまだったが、顔を上げチューの催促。

 そのまま唇を重ねた。




 次の日の朝。

 みんなと合流して。


「なんか大変なことになっちょーやん。」


 と環が言う。


「なんかね~。」


「目、痛い?」


 と菜桜。


「痛くはないけど皮膚がたるんだ感じがして気色悪い。あと、視界狭い。」


「でったん危ないやん。で、どげな事された?」


 と渓が聞く。


「目に注射された。」


「うわ~!聞くだけで痛いね。」


 美咲が身を震わせる。

 千春は耳を塞ぎ、イヤイヤをしている。

 男はというと、


「目になんか宿った?」


 と千尋。


「封印?」


 と大気。

 海は横向きにピースした指を目に当て、中二病のポーズ。

 男と女はこうも違うのか?

 男はホント、バカばっかりだ。


「また…なんで男は心配せんの?」


 桃代が呆れている。




 学校に到着。

 いつも大体同じ時間に着くので、そこにバス通学のミクが加わる。

 駆け寄ってきて、


「うわ~痛い?大丈夫?見せてん?」


 見やすいよう、少し前屈みになると、躊躇いもなく顔を近づけ、心配そうに覗き込んでくる。

 息がかかるほどに近い。


 うっ…可愛い!いい臭いする!!


 思わず照れる。

 桃代は「顔が近いよ!」と思いながらも心配してくれているので我慢する。

 しかし、ユキが最も近づいたところで口をチューの形にし、瞼を閉じた瞬間我慢の臨界点を突破し、


「こら!なんしよーんか!」


 怒られる。

 ミクは満更でもない様子。

 笑っている。


「小路ならしてもいーっちゃけど。」


「またっ!ダメやきね!」


 ミクも怒られる。




 そして教室。

 結構な人数注目はしたものの、あとは見て見ぬふり。

 それなりに仲がいい友達だけが昨日と同様喋りかけてくる。


 片目になって分かったこと。

 遠近感がつかめず、路面のビミョーな凹凸とか段差、タイルの継ぎ目でよく躓く。

 何回か人前でコケて恥ずかしい思いをした。

 つくづく目の大事さを実感したユキだった。




 一週間足らずで、元通りになった。

 目イボの原因は汚い手で擦ったとか、まつ毛が抜けたとこにバイ菌が入ったとか、そんな感じらしい。

 今度からちゃんと手を洗おう。三日坊主にならないように。

 もう二度とあんな痛い思いはしたくない。




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