第50話② 巻きシバリ(祭り)
次に沈黙を破ったのは桃代。
流石、巻きのスペシャリストだ。
信じて投げ倒していたブリッツ。ワイルドハンチと同じくらい信頼しているクランクベイト。水深1m前後のゴロタ場で石にわざと当て、ヒラを打たせながら引いてきていたら食ってきた。
大きめのゴロタに当たり、姿勢を崩した瞬間、サオ先が激しくひったくられる。
反射的にアワセを入れると、重さが乗って横方向に走りだす。
「おっしゃー!食ったぁ!」
一児の母とは思えないほどのハイテンション。みんなが一斉に注目する。
8フィートに迫るMHのロングロッドが大きく弧を描く。
腕力はものすごくある。ゴリ巻きだ。激しく暴れてはいるものの、水面をサーフィンの如く滑ってきて、あっとゆーまに抜き上げられた。
「もーちょいハンドル長い方が力入れやすいね。でもよかった。リールに魂込めれた。」
安心して微笑んだ。
いい魚だ。
スケールを当てると43cm。
記念撮影。
ファイトの様子を見ていた美咲から、
「なんで40upがそげなことなるん?お前、力強すぎ!もっと楽しめっちゃ。」
苦笑されていた。
「だってぇ~。はよ魚に触りたいっちゃもん。」
そう言って無邪気にはしゃぐ。
写真を撮った後、いつもの「ありがと!バイバイ!」をやって逃がしてあげた。
それからしばらく沈黙が続く。
そして。
「きた!ユキ!どぉしたらいい?」
ミクだ。
完全にテンパってしまっている。
ジグ・ワームロッド寄りのバーサタイルロッドなので若干硬い。トレブルフックは弾くかもと思い、一本釣れるまではスナップを使用せず、スピナベの直結と決めていた。
スピナベ直結の利点としては、回って飛んでも糸が絡みにくい。
色んなレンジを色んな速さで探っていたら、底近くで食ってきた。
「そのまんま巻いて!強く引かれたら、巻くの止めてサオ立てて耐えればいい。」
ミクは腕力がそんなに強いわけではない。
魚に翻弄されながら、テンパって、必死こいて、リールを巻いている。
返事する余裕すらない。
「いーよ!そんまんまそんまんま!足元まで寄せたらオレが取込むき!」
幸いなことにエラ洗いしない。
もしかして別の魚?
あと数mのところまで寄ってきたところで反転。
白い魚体が見えた。
バスだ!
さらに巻くと、水面に顔が出る。
川口直人プロが言う100点のところ。ど真ん中にガッチリとフックが貫通していた。
大丈夫!
ユキが取り込みの体勢になる。
足元まで寄せて、口に親指をねじ込み…取った!
「やったー!ウチ、初めて釣りきったばい!ユキ!ありがと!」
思わず抱きつくミク。
むぎゅ~っ!と抱きしめられ、嬉しそうな表情のユキ。
超絶軟らかい圧力を堪能していた。
こうなることは予想できていたため、桃代はミクが掛けてすぐ教育的指導をする為、隣に来ていた。
抱きついた瞬間、
「こらー!また!離れろ!バカミク!」
容赦なく後頭部をはたきまくる。
「いてっ!いーやん。嬉しいっちゃき。」
何一つ悪びれちゃいない。
意地悪い笑いがとても頭にくる。
それだけじゃない。
ユキの幸せそうな顔といったら…。
そりゃ相方がいるのにこんなことになれば、桃代じゃなくても怒るよね。
「ユキくんも喜ばん!バカ!」
イチオー被害者?なのに怒られていた。
記念すべきミクの初マイタックルで初フィッシュ!
いっぱい写真を撮った。
スケールを当てると35cm。ハリの痕が2カ所ほどあるけど、いっぱい餌を食っていてほどよく肥えている。
喉からテナガエビのヒゲが出ていた。
「よかったね!長谷さん。おめでと!初フィッシュっち嬉しいもんね!」
ユキが微笑み、拍手しながら祝福する。
嬉しそうなミク。
悪意増し増しな可愛らしい表情と声で、
「ユキが選んでくれたルアーばい。信じて引いてよかった。」
ユキの目を見つめ微笑む。
なんか二人だけの空間ができていて、気が気じゃない人が約一名いる。
「また、そこ!変な空気作らんっちゃ!」
「なんで?いーやん。ユキ、ウチの彼氏なんやし。」
桃代の顔を見て不敵に笑う。
「うるせー、バカミク!はよ離れて次の釣りやがれ!」
「はいは~い。桃がうるさいき向こう行くね。」
そう言って、ニコニコしながら少し離れた場所に入るミク。
「しっしっ!あっち行け!」
ホント、ハガイタラシイっちゃき!と桃代は思っている。
そんなムキになっている桃代を見て、ユキとミクは笑いながら釣りをする。
それからしばらくして、
「きたー!」
渓だ。
バイブレーションからボーマーの名作クランク、モデルA黒金にチェンジしていた。
底を叩きながら泳がせ、障害物に当て、巻くのを止めて浮上させたらひったくられた。
渓が入ったポイントは消波ブロック帯。あまり走られると潜られるので、気を付けなければならない。
巧みなサオ捌きでブロックに突進されないよう、慎重に巻き取っていく。
すんなり寄ってくるところを見ると、そこまで大きくはないようだ。
手前まで寄せると魚体が見える。
さらに巻くと水面を割って顔が出た。
ハーモニカ食いしているのでバレない。
ブリ上げて取り押さえ、ペンチでフックを外す。
そして記念撮影。
32cmだけど、丸々肥えたいい魚。
もう一度持って写真を撮り、そっと逃がす。
「バイバ~イ。」
今日はなかなかのペース。
もしかしてこれは、巻き祭成立なのでは?
初心者であるミクは釣った。もう一人の初心者、舞には是非とも釣っていただきたい。
「やっぱ、ニセモノ食わすのっち難しいね。」
舞がしみじみ言う。
桃代も心配なので、
「釣れん時っちホント釣れんもんねー。ルアー変えてみよっか?何持っちょーか見して?」
タックルボックスを見ながら考える。
そして、
「これにしよ!スピナベ。」
暗い色のブレイドと紫のヘッド。OSPの名作スピナーベイト、ハイピッチャー。
ミクはチャートのケバケバシイ色で釣ったが、他の者はある程度地味だった。そのことを考慮しての選択だ。
早速投げてみる。
着水後、僅かにカウントダウン。
中層を引いてくるイメージ。
巻き始め、杭のようなものの横を通過する時、
ゴッ!
衝撃を感じた。同時に右の方に軌道が逸れ出す。
「ん?何が起こった?」
反射的にアワセていた。
「舞、それ魚!」
一部始終を見ていた桃代が叫ぶ。
生命感はあるが軽い。
何かな?
巻けば巻くほど寄ってくる。
そのままの勢いで抜き上げた。
20cm程の可愛らしいバス。
ルアーチェンジが見事にハマった。
「やった!初フィッシュ!ちっこいけど嬉しいね!ありがと、桃!」
「どーいたしまして!よかったやん。」
「こげ嬉しいっち思わんやった。釣れたらやっぱ感動するね!」
「そやろ?」
「うん!」
「よかったね、鶴原さん!初フィッシュ、いーよね!オレも直で初を見れて嬉しいばい。」
後で駆けつけたユキ。
自分のことのように喜んでくれていた。
舞は「あー…こげあるき、みんな小路のコト好きになるっちゃね。」と納得する。
速やかにフックを外し、口に指を入れ、バス持ち。
記念撮影。
もう一度、自分出演で撮る。
思い出に残る魚となった。
涼の方でちょいちょい魚が跳ねる音がする。
見る度にサオが曲がっていた。
一つのパターンはまたしてもノーシンカー。
恐らくかなりの数釣っているモノと思われる。
桃代が走って行く。
「涼ちゃん、また釣ったん?完全にパターンやね!」
「なんかそぉみたい。なかなか楽しんじょーばい。」
嬉しそうに微笑む。
「最初からずっとシュリンプ?」
「いや、何種類か試した。3ファット(3インチファットヤマセンコー)も釣れたばい。」
「そっか。今日も相変わらずノーシンカー強いね。」
「うん。巻きで頑張りよぉみんなには悪いけど、でたん楽しい。」
「いーくさ!楽しいの大事。頑張ってね!ウチももう一個は釣りたいね。」
「頑張れ、桃。」
「おぅ!頑張るぜぃ!!」
気合マンチクリンで元の場所に戻っていった。
しばらく沈黙の後、川の流心あたりで、
ガボ!ガボ!ガボ!
かなりデカい魚の跳ねる音。
ボイルだ。
数秒後、
「食った!」
ヒットを告げる声。
海だ。
何も無い、単なる深場。
ボイルした付近をトゥイッチしていて止めた瞬間、グッと持っていった。
同時に、
「おっしゃー!やっと来た!」
ユキだ。
ダブルヒット。
このハイプレッシャーの中、かなり珍しいケースだったりする。
「ユキくんも?」
ファイト中の海が尋ねる。
「うん!ゼッテーバラさんごとしよーね!」
「それ!しかし、ヤベーぐらいツエー!さっき跳ねたの見えたけど、多分50ある。」
「マジで?いーなー。こっちも強いけど、いーとこ40upかな?」
二人とも、必死こいてファイト。
徐々に魚が寄ってくる。
海の方が先に寄せ、口を掴んで引っ張り上げた。
グーが楽勝で口に入るほどの魚体。
フェイス87が丸飲みされていた。
しかも丸々肥えている。2kg超えは確実だ。
スケールで測ると55cm!
涼がゆっくり歩いてきて、
「は~…スゲーね!50upとか久々に見るばい!」
興奮気味に観察して、スケールと一緒に置かれた魚を記念撮影している。
「海?持ってん。撮っちゃーき。」
両手で抱えさせ、写真を撮っていた。
なかなかの夫婦っぷりだ。
「いーなー…海くんと涼ちゃん。新婚さん丸出し、羨ましすぎ!」
桃代が二人を見てキラキラしていた。
「桃もはよ結婚せな。」
涼から言われ、
「うん。近いうち絶対する!してみせる!」
握りこぶしで気合を入れていた。
ユキは、ちょっと離れて未だファイト中だから聞かれなかった。なので取り乱し芸は発動しない。
ボチボチファイトが終わりそうなので、
「ユキくんとこ行ってくる!」
ユキの元に走って行った。
ユキが抜き上げる。
海のを見たあとなのでしょぼく感じるが、ちゃんと餌を食っている40up。
測定すると41cmだった。
ヒットルアーはラッキークラフトの名作、CB-50。カラーはライムチャートだ。
真横に投げて、護岸に当てながら引いてきていたら食ってきた。
暴れるのを押え付け、ペンチでフックを外す。
バス持ちして、
「ん~!いー魚!」
「ユキくん、ここはやっぱビクトリークロスかね?」
「研究所?藤沢所員と久保所長?」
「うん。そげな感じ。」
テレビのマネして互いに魚を持って腕を絡ませ写真を撮っている。
男はアホだ。
「なんかそれ見たことあるばい。シーバスのヤツやろ?」
桃代にツッコまれた。
「バレた?白衣着てポンポン持って、レッツダンシング!無いけどね。」
踊るだけ踊る。
「ぐわ~!取り残された!ウチだけ釣れん!」
美咲が焦りまくっている。
「ユキの、明るい色やね?それでくるならこれでもくるはずよね?」
ワイルドハンチSRのクラウンカラーをずっと引いている。
「でも、気分変えるためにローテーションもありやない?」
「う~ん…悩む~。」
「何投かずつで変えてみるのもありやない?」
「やっぱ?ウチも思いよったっちゃ。それやってみよ。」
明るいの、暗いの、深く潜るの、浅く潜るの、ミノー、クランク、スピナベ…どんどんローテーションしていった。
そして、その時はくる。
オイカワカラーのノーマルワイルドハンチにチェンジして数投。
着水して、巻いた瞬間サオ先がひったくられた。ほとんど落ちパクのような状態だった。
食う瞬間、反転してできた波が見えた。
「やっと来た!でも、あんましおっきくないかも。」
そう言いながら巻いていると、いきなり引きが強烈になる。
「うわ!ちょっ、何なん?急に強くなったばい!」
ヒットして反転した直後方向を変え、こちらに向かって泳いできていた。だから軽かったのだ。
横に走った後、逆方向に走り出す。
巻くのを止め、サオの弾力でやり過ごす。
突進をどうにか躱し、再びリールを巻き始める。
徐々に寄ってきた。
が、まだ姿が見えない。深くまで潜っているようだ。
そして数回の突進をやり過ごすと、ようやく足元へ。
魚体が姿を現す。
これまたいい魚。長さもかなりあって太い。2kg近くありそうだ。
フックの掛り具合を見る。前後のフックがガッチリ上下のアゴに掛かっている。
「せーの!よいしょ~っ!」
豪快に抜き上げた。
「おぉ~!でけ~!」
桃代が感動している。
「これで全員釣れたね!」
海も喜んでいる。
測定すると47cm。しっかり餌を食って丸々と超えた魚だ。
記念撮影をしてそっと逃がす。
「まだまだ時間あるね。数を伸ばそう。」
ユキが言うと、みんなが思い思いの場所に散らばっていく。
注)ここで…作者より言い訳を一つ。
一話からこれまでのファイトシーン、表現がどれもほぼ同じ。
表現同じでも、実際は違いますよ!
食い方も、走り方も、跳ね方も。
だから面白いんです!
とかゆってみても説得力無かったかな?
黙々と投げては巻き、の繰り返し。
いちばん端っこでまたもや水柱が上がる。
涼だ。
相変わらず釣っていて、確実に数を重ねている。
既に10本近いのではなかろうか?
全く場所を替えず、座りっぱなしで釣っているが、ルアーのチョイスとローテーションが効いているのだろう。スレていない。ホントに安定している。
そして涼が釣った数分後。
「おっしゃー!食ったぁ!」
桃代だ。
ノーマルのフェイス。ウエイトを貼り、サスペンドチューンを施したワカサギカラー。
トゥイッチさせ、止めた瞬間鈍い重みで持っていった。
アワセたら生命感。
8フィートに迫るサオが、一本目の魚の時よりも大きな弧を描く。
流石にゴリ巻きできない様子。
突進された時は巻くのをやめて耐えていた。
「デケーばい!」
突進を躱すと巻き取りに入る。
ハンドルが短くギア比が少し高いため、巻き上げトルクがリョウガよりかなり細い。
こんな時、リョウガの有難味を実感する。
流心付近でエラ洗い。
まだまだ距離があるのにとんでもなくデカいことがわかる。
「なんか、今の…」
見ていた全員が唖然となる。
間違いなく50upだ!というか、60cm近いのでは?
どうにか足元まで寄せてくると、真ん中とリアのフックがガッチリ掛っているのが確認できた。
ひとまず安心だ。
糸は擦られてないから切られはしないだろうが、口切れが心配だ。
即座にドラグを緩め、不意の突進に備える。
何度となく足元の深場に突進する魚。
糸を出し、落ち着いてやり取りする。
「ふぇ~、強ぉ~…。」
珍しく慎重になっている様子。
流石にあの大きさを見てしまうと…ね。
「お願い!バレんで!」
緊張のやり取りが続く。
引かれては出し、止まれば巻く、を繰り返す。
普段より長い時間かけて、再度足元まで寄せた。
改めて驚愕。
「何これ?こげなデカいのおるって。」
ミクが感動している。
足場は水面まで50cm程の護岸。
抜き上げるとき口が切れそうな気がしたため、仰向けに寝転がる。
右手にサオを持ち替え、左手を水面へ。
さらに右手に力を入れ、高く上げて寄せ、アゴを掴み…取った!!!
「は~…すごいね。」
あまりの大きさに声も出ないと言った感じ。
スケールを当てると…なんと58cm!
重さは3kg超えたかも。
写真を撮りまくる。
やっぱここは出演しなきゃでしょ!
というわけで、ゴムを外し髪を下ろす。
傷が隠れた顔は、もはや完全なアイドルだ。可愛さがいっそう強調される。
スマホをユキにわたし、撮ってもらう。
他のみんなからも撮られまくる。
「ウチ、記録更新ばい。」
嬉しそうな表情。
満足ゆくまで写真を撮ったので、弱らないうちにリリース。
「ありがと!バイバイ!60超えたらまたウチに来て!」
そっと水に浸け、手を離すと何事もなかったかの如く悠々と泳いでいった。
「いっときはこのネタでニヤニヤできる。」
良い笑顔である。
夕方。
日が暮れるのもだいぶ早くなってきた。
この後はお疲れ様飲み会が待っている。
ボチボチ終わりにしよう。
「そろそろ終わって買い出しいこっか?」
「そやね。全員釣ったし。」
「秋は巻きの季節」は見事証明された
今まで幾度となく大勢で釣りをしてきたが、全員に釣れたことなどあっただろうか?考えては見るものの、思い当たらない。恐らく初めてだ。
充実した釣行だった。
今回最も釣ったのは涼。
ワームではあったものの、全部で10本。しかも良型揃い。全て35cm以上だった。
全員がノーシンカーにしていれば、すごい数釣れていたのかも。
次いで桃代。
このタフな状況下である。巻きでの2本は素晴らしいと言えるのでは?
しかも、1本は自己記録更新の58cm!
他は全員1本ずつ。
タフコンディションにより、フィネスしか食わないと思われていた場所で見事にハメた。
ヒットシーンを他の釣り人数名から見られた。
恐らく明日からの数日で一挙に流行ってしまうことが予測できる。そして、それが原因で釣れなくなるだろう。
ある意味釣り場の宿命ともいえるのだが…もうちょい自分らだけで楽しみたかったな。
今回の釣行ではドラマチックな場面が多かった。
初心者の二人に初フィッシュ。
ユキと海のダブルヒット。
50upが2本!
そしてボーズ無し。
ノーシンカーで爆釣。
しばらくニヤニヤできそうだ。
一切フィネスに頼らなかったことが今後の自信につながってゆく。
巻き祭成立!
良い一日でした!
今日のお酒は美味しいぞ!!
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