第51話① バスボート(下流側)

 遠賀川。

 福岡県北部を南北に流れる一級河川で、かつて産炭地として栄えていた頃は、船による運搬の要として機能していた。

 日本国内において、水質の悪さがトップクラスであり、常にワースト10以内。それも上位をキープしていて1位に輝いたことも一度や二度じゃない。原因の一つに下水道の普及率の低さが挙げられるが、それとは別に地質の問題がある。余所の川と比べて硫酸根が多いらしいのだ。だから、流れているというだけで汚染されてしまう。硫酸根は硫酸イオンとも呼ばれ、美味しくない水の目安の一つでもある。水に含まれるカルシウムと反応し、スケールを生成する。ユキの大学でも蒸留水精製装置がしょっちゅうアラームを鳴らし、スケールの除去を要求してきていた。遠賀川の水を水道として使用する地域の家庭の多くは、これを取り除くために浄水器で対処している。

 ちなみにユキ達の住んでいる地区は、遠賀川本流ではなく支流の流域になる。水源が遠賀川ではなく井戸で、水道水が名水100選に選ばれるほどの水質だったりする。

 余談だが、遠賀川流域、それも特に上流から中流にかけては筑豊地区と呼ばれ、何といいますか…ガラがあまりよろしくない(ように見られている。実際住んでいる人間に言わせると、単なる田舎なのにと思うワケだけど…)。

 今現在、特に目を引くような特産品などもなく、寂れていく一方の筑豊地区だが、バス釣りに限って言えば(極端過ぎか?)、遠賀川は支流も含めかなり有名で評価も高い。その理由としては、「コンディションのいい魚が数多く釣れる」とのことだが、実際は…。


 県内で唯一ボートを使用してバス釣りができるフィールド(ダムや野池は条例によりボート禁止。勝手に出すと怒られます!マナーは守りましょ!)としても知られていて、休日ともなると県内は勿論、他県からも遠征してきて大賑わいとなる。

 JB(日本バスプロ協会) TOP50の会場にもなっており、年一回大きな試合が開催される。その時は大勢のファンが押し寄せ完全にお祭騒ぎだ。

 他にもローカルのプロが経営するショップや、釣具店の開催するトーナメントがしょっちゅう行われていて、その度大きな盛り上がりを見せている。

 有名なプロの方々でも遠賀川が好きな人は多く、テレビのロケもちょいちょい行われている。

 

 そんな素敵な遠賀川に、神憑り的再会を果たしたお二人様がボートを出すことになりましたとさ。


 それではどーぞ!




 桃代が帰郷してから少し経った時のコト。

 ユキの家の庭にて。

 

「ユキくん、これバスボートやん!遠賀に出そーや!」

 

 ボートを発見し、いきなしやる気満々だ。

 最近出してなかった。一緒に行く相方がいなくて用意が面倒臭かったのだ。

 

「うん。いーばい。んじゃ、バッテリー充電せないかんな。次の休み雨降ってなかったら出そうね。」

 

「やった!楽しみ!」


 出船が決まった。

 

 納屋で桃代と一緒に必要なモノを確認する。

 エンジン。

 フットコン。

 バッテリー。

 パドル。

 ガソリンの携行缶。 

 ライジャケ。

 

 OK!

 全部揃っちょー!

 

「いるもん全部揃っちょーごたー。あとはバッテリーの充電だけ。」

 

「でたん楽しみ。ウチ、ボート初体験なんちゃ。」

 

「そっか。ところで桃ちゃん、船酔い大丈夫?」

 

「う~ん…分からんけど…大丈夫やない?っちゆーか、そげ揺れるん?」

 

「まーね。風の強さによっちゃ白波立つき、そげなときはヤバい。」


「マジで?」


「うん、マジ。オレの船、10フィートでジョンやき全く安定性がないっちゃ。Vハル買えばよかったち後悔しよる。」

 

「なんで?」

 

「Vハルのが揺れんげな。端っこに立ってもあんまし傾かんとっちばい。」

 

「へ~。ユキくんのは?」

 

「端っこに立ったらマングリ返る。」

 

「スケベ。『でんぐり返る』の間違いやろーが。」

 

「いや。オレは桃ちゃんをマングリ返したい。」

 

「もぉ、バカ!そげなことしたらマン●にシュポっち空気入る。そして体勢変えたらマン屁が出る。」

 

 昔を想像して顔が赤くなる。

 

「そーいや何回もそげなったね。」

 

「だいたいボートのハナシやろ?なんでエロい話になるかな。」

 

「ん?溜まっちょーき。」

 

「ホント、バカ…お願いやきユーキの前でゆわんとばい?すぐ興味持つっちゃき。」

 

「分かった分かった。」

 

 笑いながら了承。

 返事が軽い。

 

「心配やなー。ポロッと言いそうやし。」

 

 あまり信用されてなかった。

 

 

 早速コンセントに充電器をつないで充電し始める。

 かなり久々に充電したので二日ほどかかった。




 出船当日。

 ミニカをボートに寄せる。

 ルーフキャリアに乗せ、ベルトで固定。

 先ずは大きいモノを積む。

 デッキ、フットコン、エンジン、バッテリー、予備のガソリン等々。

 最後にタックルを積んで準備完了!

 軽自動車なのでとてつもなく満載だ。

 張り切ってスロープへ。


 途中、スタンドに寄って携行缶にガソリンを入れ、コンビニで昼飯とお菓子と飲み物を買ってトイレを済ます。


 スロープに到着。

 ちょうど出船する人がいた。他のクルマはいない。どうやら今のが最後の人らしい。とはいえ、できるだけ早く用意する。いつ次が来るかわからない。後がいるというのは急かされなくても嫌なものだ。


「6分スタンバイ!」


「何でバーニング帝国?」


「バレた?」


 そんなしょーもないやり取りをしつつ、ボートを下ろし浮かせる。

 流されないようケツ半分は陸に上げ、なおかつ桃代に持ってもらう。その間に要るモノを全て降ろす。そして組立。エンジンを着けて前後入れ替える。自作のデッキを取り付け、フットコンを固定。バッテリーを積んでフットコンを接続。動作確認。予備燃料とパドル、タックルを積んだら出船だ。クルマを邪魔にならないところに止めて、桃代に先に乗ってもらい、川の中に入りながら押して自分も乗る。


「6分以上かかったね。」


「あれは人数おるきね。」


「でも、何すればいいか分かったき、次はウチも手伝う。6分近くまで短縮できるばい。」


「そらーありがたい。さ、いこっかね。上流がいい?それとも下流?」


「下流!あっこの中州やってみたい!」


「りょーかい!」


 エンジンをかけ、マッタリと進む。

 免許不要の2馬力エンジンでの二人乗り。アクセルを全開にしても人の小走りくらいのスピードしか出ない。それでもバッテリーのみの時とは安心感が違う。バッテリー切れになるとエレキが使えなくなり、手漕ぎになってしまうのでそれはそれは大変だ。ユキもエンジンを買う前、何回かやっちまっていた。

 それにしても天気がいい。

 時たま吹く風が心地よい。

 初夏だというのにそんなに暑くないのはかなりありがたい。

 ボートの前部には大好きだった人。

 事故で大切な人を失ってひと月とちょっと。まだ心の傷は癒えないが、桃代の帰郷を機に早いこと立ち直ることができればと思っている。



 10分ほどして中州に到着。

 少し前でキルスイッチを抜いてエンジン停止。前後入れ替わり、フットコンで進む。

 まずは中洲の上流側、流れが分岐する辺りの岸寄りの深場を撃つ。

 超がつくほどド定番の人気スポット。

 朝から何度撃たれただろう。そんなことを考えつつも、居たら勝負が速いので挨拶程度に撃ってみる。ルアーはフットボールジグ+ゲーリーツインテールグラブ。

 桃代は反対向いて浅場狙い。ところどころに流木が点在しているポイントを信頼のクランク、ワイルドハンチで探る。タイプはサイレントSR、色は黒金だ。


 ボートで二人乗りの場合、巻き係と撃ち係に別れてやるとパターンが掴みやすい。これで、どちらかが釣れるまで頑張ってみる。


 流石に人気スポットだけあって、魚からの応答が全くない。

 10分ほどで諦めた。



 移動。

 中洲の本流側。旧護岸跡がブレイクとなっているポイントに入る。

 ここは充分な深さもあり大場所なので、他の人間の取りこぼしがあるかもしれない。

 期待して探ってみる。

 ユキはOSPのドライブスティック3.5インチ、7gヘビーダウンショット。

 桃代はラッキークラフトのCB250。

 しばらく探っているとユキにアタリ。

 護岸跡に沿って引いてきていたら、違和感。モッ…とした重さがサオに乗った。


「ん?食った?」


「マジで?」


 桃代がユキのサオを凝視する。

 聞いてみると、


 グッグッグッ…


 サオ先をゆっくりと絞り込んでいった。


「おっしゃ!やっぱ食っちょった!」


 ジョンボートは不安定なので、イス代わりに置いている低い脚立に座ったまま、足を踏ん張り、仰け反るようにアワセる。


「乗った!」


「わ~、いーなー。」


「デカいかも。」


 6.3フィートMHアクション、サイラスが弧を描く(釣りビジョンのナレーション風に!)。

 今日は7フィート超えのロングロッドは積んでいない。ボートが小さいから、あまり長いと取り回しが不便なのだ。

 ボートとは反対に走る。

 僅かだがボートが魚に引っ張られる。フットコンで向きを変え、魚の方へボートを進ませる。

 首を振る感触が伝わってくる。

 さらに巻く。

 徐々に寄ってくると、今度はボートの下に入ろうとする。


「うわっ!ボートの下さい行きよぉ!」

 訳:~さい=~の方へ


 糸は14ポンドフロロでリールはT.D.ジリオン100H。

 そこそこ強引なやり取りはできる。掛けてから、何かに巻かれたり擦られたりはしていないはず。

 下をくぐらせないようにボートを移動させ、強引にこちらを向かせ、巻き取っていく。

 なんとかボートの際まで寄せることができた。

 かなりデカい!40upは確実だ!


「せーの、よっ!」


 抜き上げた。

 バタバタとボートの中で暴れる。

 脚立からそっと立ち上がり魚の元へ。

 取り押さえフックを外す。

 記念撮影し、測定すると44cm。

 丸々と肥えたいい魚。

 口を掴み、そっと水中へ。


「いーなー。ウチもガンバろ。」


 撃ちで釣れたので桃代もチェンジする。

 リグは4インチグラブの7gテキサス。

 護岸跡をユキのキャスト位置から予測し、似たようなポイントを探っていく。

 少し遠投気味にキャスト。

 オカッパリの要領で引いてくる。

 エレキで徐々に移動しながら撃っていると、


 コン!


 サオ先を弾くようなアタリ。

 桃代の記念すべき一本目!


「食った!」


 小さくつぶやき、一呼吸おいてシャープにアワセる。


「やったー!乗ったばい!」


 バロウズ64Hが見事な弧を描いた。

 リールはミリオネアHL-SLC凛牙103。

 千尋に影響されて&ロングハンドルの使いやすさに惚れて買った。

 以前買ったミリオネアCV-Xのハンドルを凛牙のモノに交換した時、使いやすさに感動したのだ。

 強引に巻き取っていくと、みるみる重さが失われていく。


「ヤベッ!飛ぶ!」


 急いで糸を巻くと、


 バシャバシャッ!


 豪快なエラ洗い。


「うひょー!コエー!でたんデケーし。」


 サオ先を水中に突っ込んで、跳ねさせないようにする。すると、またもやボートの下に入ろうとする。


 なんで?人気スポット故に、魚が学習した?


 そんな気になってくる。

 ユキは、自分のルアーを巻き上げ操船に集中する。

 なんとかボートの下に潜られずに済んだ。ボートの下に潜られると、エレキのペラに絡んでバレることがある。船縁に当たってラインブレイクすることも。とにかくボートの下に潜られるとよろしくないことしか起こらない。

 魚とほぼ一直線。強引にリールを巻く。ロングハンドルなので力が入れやすい。一気にボートの際まで寄せ、右手を出しハンドランディングの体勢へ。

 口に親指をねじ込んでアゴを掴み、


「取った!」


 見事である。

 測ってみると43cm。

 傷のないキレイな魚だ。


「よかったね!これで二人ともボーズは無し!ウチ、ボートでの初フィッシュ!」


「桃ちゃんの初体験がまた見れた。温泉以来やね。」


 エロい顔してニヤケる。


「バカ!あれ、でったん痛かったっちゃきね!」


 思い出し、恥かしくなってしまう。

 ともあれ初フィッシュは嬉しいモノだ。

 しばし喜びを嚙締め、測定&記念撮影を済ませたあと釣り再開。


 流石大場所だけあって魚のストック量が多い。

 同じタックルで桃代はさらに2本、ユキは1本追加した。

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