第31話⑥ むか~しむかし。
【モテ期】
小学校六年生の時、初めて告白された。
仲が良かった男の子で、顔はかなりカッコよかった。
でも、顔の傷痕に猛烈なコンプレックスを持っているから、告白されても実感が湧かなかったというのが正直なハナシ。
以前、転校した直後だったか、美咲や澪がからかい半分(?)で「可愛い」みたいなことを言ってくれたものの、傷痕のせいで自分に言われた気が全くしなかった。
告白されたことで頭の中が真っ白になった桃代は
「考えさせて?あとで返事するから。」
その場しのぎの言葉で誤魔化してしまう。
家に帰って酷く落ち込んだ。
でも仲の良い友達だから、ちゃんと考える。
良いヤツなのは十分わかっている。でも、ただそれだけ。好きになるとか付き合うとかは全く想像ができない。
なぜなら。
好きな人はとっくの昔に決まっているのだから。
仲良しだし、どうやって断ろう…。断ったらこれまで通りのカンケーじゃいられなくなるよね?
仲の良い友達が一人いなくなる。
そのことが桃代を大いに悩ませた。
結果、一人で抱え込むことになる。
初めてのことで、美咲達に相談するなんて考えが全く思い浮かばない。
結局この日の夜は眠ることができなくて徹夜。
で、次の日の放課後、
「挟間さん、帰ったら公園に来て?」
返事を求められることになったのだった。
詰んだ…。
もう誤魔化して逃げることなんかできない。
ここは正直に言うコトにした。
「ワタシ、九州に好きな人いて…それで…ごめん…ホントごめん。」
手を合わせ謝る桃代。
「そっか…残念。じゃあね。」
泣きそうな顔をして去っていく彼。
好きになってくれたことは正直嬉しい。
でも。
どうしようもないくらいユキのことが好きなんだ。
これがきっかけになったのかどうかは分からないが、中学二年の夏、帰郷するまでの間、10回くらいは告られた。
勿論ユキがいるので全て断ったのだけど。
女友達からは「この贅沢もんが!」と怒られた。
美咲や澪は、桃代をそこまでさせる「ユキ」なる人物に当然興味を持つわけで。
寂しい思いをしていることがバレバレだから、地元の友達からユキの写メをかなりの数送ってもらっている。照れがあるため待ち受け画面にはできないが、すべて大切に保存してあり、しょっちゅう見ている。
このことは知られているから、一度頼み込んで見せてもらったことがある。
それなのに「え?」というリアクション。
見せたくないものを無理矢理見られた挙句、ビミョー過ぎる顔をされた。
普段優しい桃代も、このときばかりはかなり怒った。
それはないでしょ!失礼すぎるでしょ!
と。
【スカウト】
幸いなことに、髪を下ろすとものの見事に傷痕を隠すことができる。
友達と街に出るときは、視線を集めないように厳重に隠す。
雑貨や服を見てまわる。
人混みが凄い。
故郷の町ではありえない人の多さ。
これだけは何度味わっても慣れることはない。
その人混みの中から、キレイな大人の女の人が現れ、
「ちょっといいですか?」
不意に声をかけられた。
「え?何ですか。」
突然のことに驚いていると、
「私、こういったものです。」
名刺を出された。
芸能プロダクション?っち、何?
「ちょっと話を聞いてもらいたくて。スカウト、と言えばわかりやすいかな?」
この後の展開が読める気がする。
相手側が先に事情を知って去られると流石に凹むので、先手を打つことにした。
「顔、こんなでも大丈夫なんですか?」
髪を上げ、相手の顔を見ると絶句。
完全に言葉を失っていた。
少しの沈黙のあと、
「ごめんなさい!事情を知らないとはいえ本当に失礼いたしました!」
すごい勢いで謝られる。
こちらとしてもしょうがないことなので、愛想よく
「いいえ。」
笑って答えると、去って行った。
「すごいね、桃。私、スカウトって初めて見たよ!」
「前にも可愛いって言ったじゃん!それが桃の実力なんだよ。」
美咲と澪は大騒ぎである。
桃代は、
「え~…ウチ、分からん。」
混乱し始める。
「も~、桃は~。」
呆れられ笑われる。
街に遊びに行くときは、顔の左半分を隠すため、毎回とは言わないまでも、あり得ない確率で声をかけられた。
【ニューリール】
中学一年の夏。
本屋に行き、バス釣りの雑誌を立ち読みしていた時のこと。
って…何と色気のないこと!
女友達に、
「女の子なんだからオシャレに興味持とうよ!スタイルいいんだし、絶対可愛くなると思うよ!」
何度同じことを言われたか。
正直言うとセンスが無いわけじゃないし、オシャレに興味がないわけでもない。
もし顔に火傷の痕が無かったら、こんな服着てみたいな!とか、この服可愛いな!とかは普通に思う。
でも、いざ買うとなると躊躇してしまう。
オシャレするのが怖いのだ。
つるんでいる二人はとてもオシャレでセンスもある。で、服を買いに行くときは、必ず桃代を連れて行く。というもの桃代は色白で背が高くスタイルがいい。だから何を着せても映えるのだ。桃代しか似合わないと思われる服を選んでは、着せて弄ぶ。これがまた楽しかったりする。
この日も色んな服を着せられ弄ばれていた。
照れながらもまんざらではない桃代。
そんな時、大事件は起こる。
実は前々から気になっていて、桃代的には火傷の痕以上に触れてほしくないことがある。
そこについに触れられてしまったのだ。
着替え終わり試着室のカーテンを開けると、二人がニヤッと笑い、
「う~ん、これもなかなか!」
いつもの如く満足している二人。
と、この時二人の視線がある一点に集中していることに気付く。
イヤな予感がすると同時に、
「って、桃…前々から思ってたけど…胸、無いよね。」
言いやがった!
「ホントね。」
しかも納得された!
!!!!!!!!!!
それまで明るかった桃代の顔が、みるみる絶望に染まってゆく。
自分でも十分すぎる程にわかっていたし、気にはなっていた。
日に日に成長していく友達が、この上なく羨ましかった。
だからこそ、なおさらそっとしといてほしかった。
なのに、コイツらときたら!
数瞬の間を置き、
「もーっ!」
顔を真っ赤にして大激怒。
プーッと膨れて怒る仕草がものすごく可愛らしいのだが、今それを言うとさらに怒るから言わない。
「あはは、ごめんごめん。」
「うるさい!お前ら、ゆーていーことと悪いことがあるぞ!」
「そんなに怒んなよ。」
「まあまあ。怒んない怒んない。」
「ふーんだ…」
ふて腐れている。
これがまた可愛い。
胸に両掌を当て、
「で…いつから気付いちょったん?」
ついつい方言が出てしまうほどに動揺し、落ち込んでいる。
「ん?そーだねー…小六の時かな?」
「そぉなん?」
「うん。って桃、言葉戻っちゃってるじゃん。」
「戻っちょった?」
「うん。ちなみにそれも方言。」
「………バカ。」
「そんなに落ち込むなよ。」
「人それぞれだし、いーんじゃない?」
全く心のこもってない言葉。
悲しみが増してゆく。
「だってウチ、こっち来てからずっと変わってない気がするんよ?」
「ん~…確かに。」
「どーしたらおっきくなると思う?」
深刻な顔して聞いてみると、
「ん~…好きな人に揉んでもらうとか?」
超絶メジャーな答えが返ってきた。
「じゃ、あんたら揉んでもらったん?」
「ううん。私まだ好きって思える人いないし。」
「私も。」
「揉んでもらってないのに、なんで?」
「なら、牛乳飲むとか?」
「ウチ、毎日飲みよるよ?」
「マッサージとかあるじゃん。」
不毛なやり取りは続く。
美咲も澪も年相応な膨らみはちゃんとある。
そして、年々確実に育っていっている。
置き去り感がハンパないのだ。
この日をきっかけに、小さいことを大っぴらにいじりまわされるようになってしまう。
かなり絶望的な桃代なのだった。
といったことがありつつ、立ち読みの場面に戻る。
目についた話題のタックルの記事。その中でもあるリールとサオの記事に目が留まる。
このリールとサオいい!欲しいな。
一撃でそう思える程インパクトがある記事だった。
リールの方はというと。
新い技術と素材を惜しみなく投入し、軽さを求めることが今の流行。だから、必ずと言っていいほど、軽さを更新した機種が紹介される。この記事の中にもそんな機種が目白押し。今や自重150g以下なんてベイトリールも珍しくなかったりするわけで。確かに、軽いと疲れない、キャストの正確さが増す、といったメリットは出てくるし、多くの人がそれを望んでいる。にもかかわらず、今回デビューしたのは300gに迫ろうという自重。ほぼ2倍だ。
素材は昔ながらのアルミニウム。では何に拘ったのかというと、精度。頑丈さと巻き心地の良さ、巻き上げ力に焦点を当てた機種だったのだ。
その名はリョウガというらしい。
ギヤ比が二種類で右巻きと左巻きがある。
欲しくなったのは低いギヤ比の右巻き。
サオもいいのが出ていた。
ブラックレーベル。
飾り気が殆ど無い真っ黒なブランクス。ウレタングリップかコルクのグリップというベーシックなデザインだった。
ブランクス、ガイドといった基本部位にのみ力を入れた性能重視モデル。
目を付けたのは、巻きバーサタイルのFM7102MHRB。ロングロッドで、重いプラグやスピナーベイトもぶっ飛ばせる。
これに決まりだ!
目標は正月のセール。お金は今の時点で足りているはず。服なんか買わず、無駄遣いもせずに貯めてきた。
ここで使わないと!
そしてついに!
念願のニュータックル!
いつもの三人組で初売りへ。
まずはデパートで二人の服やアクセサリー、雑貨などを見て回る。例の如く桃代は着せ替え人形。そしてまた胸について色々突っ込まれ、キーッとなりブーたれる。
桃代はまたもや服を買わなかったため、いー加減オシャレしろ!と怒られる。
ここら辺は既にお約束のセットと化している。
散々街を歩き回り、昼ご飯を済ませるとやっと釣具屋。
今日はいつもお世話になっている中古屋じゃなく新品売っている方。
ショーケースを見ると…
あった!
正月セールで割引の率が大きくなっていた。
浮いた分、別のモノにも回せる!
嬉しさが爆発する。
とりあえず小物を見てまわる。
ルアーも一部を除き普段より安い。
お気に入りのワイルドハンチ。
持ってない色を買い足した。
スピナーベイトも何個か追加。
サオを見る。
思ったよりもゴツい。グリップが外れる2本継だ。ロッドスタンドには1本しかないから、レジに預けることにした。
そしてリール。
店員に頼んでお目当てのモノを出してもらう。
ずっしりとした重量感。
クラッチを切り、スプールを指で弾いてみる。スムーズに回るが、ここまでは至って普通。
ハンドルを回し、クラッチを戻す。そして普段巻く速さで回してみると…
!!!何これ!
今まで味わったことのないシットリ感。
衝撃的だった。
中古のTD-Xとは比べ物にならない。
「すげー!美咲、回してん?」
美咲に渡す。
そのまま巻いてみた。
「なにこれ?めっちゃ滑らかなんですけど!」
「何?そんなにスゴイの?」
澪が聞いてくる。
「やってみな。」
「ほ~、私でも分かる。これ、すごいね。」
絶賛していた。澪は親から禁止されているためマイタックルは持ってない。よって素人より少し上手い程度。
そんな彼女でも分かるほど極端に違う。
断然気に入った!
早く使いたくて、会計を済ます。
嬉しさいっぱいで帰宅する。
家にて。
箱から出し、その上に置いて、記念撮影。
サオを横に置き、さらにもう一枚。
セットしてさらにさらにもう一枚。
早く使いたいので、すぐに糸を巻く。
ナイロン20ポンド。
奮発して少しいいボビン巻きの300mを買った。
巻き終わり、サオのグリップ部分についている熱収縮チューブを外す。
総重量はかなり重い。
ガイドに糸を通し、スナップを結び、おろしたてのワイルドハンチをつなぎ、そのまま釣りに行く。
真冬。
元旦の午後。
そこそこ寒い。
いつもの水門にて。
流石に誰もいない。
記念すべき第一投!
カチッ!
クラッチが切れる音に特徴がある。説明はしにくいが、一発でリョウガと分かる音。
マグブレーキは「10」。
サオを振り切ると、
ヴ――――ン…
バックラッシュの気配皆無。
ハンドルを回し、
カチッ!
クラッチが戻り、リトリーブ。
ワイルドハンチの多少キツイ水圧が全く感じられない。
サオとリールのパワーに余裕を感じる。
それにしてもこの巻き心地!
絶品だ。
一気に6までブレーキを緩め投げてみた。
突然の逆風で一瞬糸が浮いたがすぐに収束。ブレーキの性能も素晴らしい!
流石に寒すぎた。
ノーバイトでその日は終わる。
釣果は期待してなかったからダメージはない。
ニュータックルの使い心地を試したかっただけだから。
完全にお気に入りになった。
冬休みも残り少なくなった頃。
いつもの二人は都合がつかなくて、一人での釣行となる。
今日は晴れていて、真冬の割に暖かい。
もしかして。
ついつい期待してしまう。
釣り場について約30分。
ルアーはハイピッチャーのナチュラルカラー。
沈ませ、底を取った後、ゆっくり巻き始める。
手前数メートルにはゴロタが入っている。
ゴロタに当たり、バランスを崩した瞬間、
ゴッ!
サオ先がひったくられた。
食った!
すぐに魚だと分かった。
サオをあおり、フッキングすると大きく絞り込まれる。
バットのパワーがすごい!
リールのトルク感がまるで違う!
一気に巻き寄せる。
かなりの重量感。
意外とデカい?
なのに一気に寄せられた!
強引に抜き上げる。
丸々肥えた40up!
1kg近くある。
何とゆーか…サオとリールのパワーに感動。
スゴイ安心感だった。
増々好きになる。
記念撮影。
勿論、タックルも並べる。
フックを外し、そっと逃がしてあげる。
ゆっくりと深場に戻っていった。
ありがと!バイバイ!
心の中で礼を言う。
大満足の結果だ。
少し温いとはいえ今は真冬。
やっぱし寒いので撤収することにした。
帰って菜桜と千春に写メを送る。
やったやん!
祝福の言葉が返ってきた。
美咲と澪にも写メ。
美咲からは羨ましがられ、澪からはやはり祝福された。
純粋に嬉しかった。
ホントは真っ先におしえたい人がいるけどまだケータイ持ってない。
残念でしょうがないけど、そこは我慢。
早く帰りたいな。んで、一緒に釣りしたい。
そんな思いが年々強まってきている。
いつになったら帰れるのだろうか?
もうじき5年経とうとしている。
お母さんが忙しく、引っ越してから一回も帰っていない。
そもそも本当に帰ることができるのか?
一生こっちに住むことになるのでは?
そんなことを考え出すと、不安の波が押し寄せ涙が出そうになる。
この後、関東での生活は特にドラマチックなことも起こらず、平々凡々な日々が続く。
釣りに行って、街に出て遊んで、たまに告られて。
そして、中二の七月。
期末考査も終わり、夏休みを意識しだす月半ば。
ついにその時はやって来る。
お母さんが帰ってくるなり、
「前の部署に異動が決まった。帰れるよ!2学期からは向こうの中学校。」
夢かと思った。
ユキくんに逢える!
帰れる!
嬉しさで胸が一杯になる。
帰郷するまでの一カ月余り。
そんな状態だから、帰れることを幼馴染に言うのを完全に忘れていたため、二学期の始業式、サプライズみたいになってしまう。
それとは別に、美咲や澪たちとはお別れになってしまうから純粋に寂しい。
距離が距離だけに、気軽に会うこともできなくなる。
もしかすると一生会わない可能性だってある。
せっかく友達になれたんだ。
繋がりは大切にしないと!
彼女達がいたことで、寂しいはずの関東での生活が楽しいものとなった。
そう思える友達を持てたことを心の底からよかったと思えた。
だから。
連絡は常に取り合う。
どちらかが近くに来た時は必ず一声かけ、できることならば会う。
そんな約束を彼女たちと交わし、帰郷。
ユキとの再会に繋がっていくのだった。
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