第32話① 菜桜とユキとでお買いもの

 二学期も始まり、体育祭も終わった。

 受験勉強が本格的に忙しくなる。

 あと一カ月もすれば推薦試験が始まる。

 

 釣りにはちょいちょい行っているが、回数はかなり減っている。

 いい時期なのに。

 巻き祭をやったのはちょうどこの時期。

 

 そんなある日の学校帰り。

 文系理系に別れてからというもの、時間割や課外の都合でなかなか一緒に帰れない。

 久しぶりに幼馴染の文系組、菜桜が合流する。


 合流するなり、


「ユキ!スピニング買うきついてきちゃってん。」

 

「おっ!ついに?いーねー。自分が買うんやないでもテンション上がるね!」

 

「そぉやろ?桃~、今度の土曜、ユキ借りるぞ。」

 

「いーよ。でも、いらんごとせんでよ?」

 

 ビミョーに警戒していた。

 ちょっと前、ユキにトンデモなことをやってくれて、不安にさせられたばっかりなのだ。

 この日、桃代は母親と買い物。そして父親の実家に顔見せ。

 一緒に行けないことを知った上で、わざと誘っている。

 

「せんせん。」

 

 軽く流した!

 意地悪い顔でニヤッと笑う。

 

「なんか、その笑い?やっぱ一緒行かせん!」

 

「な~んもせんっちゃ!」


 全く説得力がない。

 

「ホント?なんか、全然信用できん。」

 

「せんっちゃ。」

 

 する気満々だ。

 

「でったん心配になってきた。ちょっとお母さんに電話する。」

 

 母親に電話中。

 

「お母さん?土曜、お父さんとこ行かんでいー?」

 

『お父さんの家、その日やなからな誰もおらんっちゃが。他の日じゃ、あんたが行かれんめーが。』

 

 絶望的な回答。

 ついていくしかなくなった。

 

「あ~あ…やっぱ行かないかんっち。」

 

 落ち込む。

 

「いってらっしゃ~い!」

 

 手を振っている。

 悪い笑顔がモーレツに憎たらしい。

 

 

 

 こんな時に限って以前、入院中に環が言ったコトを思い出す。

 

 ―――ウチら全員、一回はユキのこと好きになっちょーぞ―――


 紛れもない事実だった。

 そして、菜桜も例外じゃない。

 桃代から見ても好きの程度までは分からないが、確実に意識している。

 接する態度や言葉遣い、仕草を見ているとなんとなく分かってしまうのだ。

 だから、尚更気が気じゃない。


 ミク、環に続き菜桜までもが告白。そんな事態になったらどげんしよ。


 菜桜は幼馴染の中でもバツグンに可愛い。

 これが全てだ。

 校内の同学年で見てもかなりいい線いっている。

 桃代の様な幼さの残る可愛系じゃなく、正統派のキレイ系で可愛系。

 そして何よりスタイルがいい。桃代にはない大人の色っぽさが満載なのである。

 よって、男ウケはすこぶる良い。

 内面を重視するタイプで、ユキのホントの優しさを知っている数少ない人間の一人でもある。そこに惹かれているため、言い寄ってくる男はどうしても比較してしまう。未だユキを超える男には出会ったことがないため、ことごとく断っている。

 そして性格もいい。

 桃代に意地悪ばかりして、泣く寸前までいじり倒しているイメージが強いが、それは愛情表現の裏返しで、実は優しい。

 普段はオイサン臭いけど、バッチシ女の子っぽく振舞うこともできる。

 リーダー的存在なので頼りになる。

 といった理由で、女としてかなりハイレベル。

 今のところそんな兆しはないが、本気で行動に移したら恐らく最大級の脅威になることは想像に難くない。と、桃代は思っている。


 そんな彼女と二人で買い物…つまりはデートなのだ。

 手放しで安心できるはずがない。

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