第39話② 帰郷(到着)
異動当日。
この日は移動時間が長いので出社しなくても出勤扱い。
午前中、大家さんに鍵を返し、アパートを後にした。
飛行機は飛んでいる時間こそ短いが、待ち時間や乗換が多く、子供には酷だと思ったから移動手段は新幹線。
今回は平日なので誰も見送りはない。
列車は走り出す。
有喜は新幹線の速さに驚き、そして楽しんでいる。
が、しばらくすると飽きたのか疲れたのか、寝てしまう。
結局小倉まで起きなかった。
夜、寝らんやったらどげんしよ。
そんなことを考えつつ起こし、手を引いて故郷へ向かう列車のホームへ。
電車に乗る。
平日の午後3時過ぎ。
乗客の少ない時間だから2両編成。
「お母さん、電車ちっちゃいね!」
「そーやね。ユーキはちっちゃい電車初めて乗るもんね。」
関東では人が多いので長い電車ばかり。
有喜は初めて見る2両編成の電車に大はしゃぎ。
シートを二人乗りに倒し、他の乗客の迷惑にならないようにする。
電車が出発する。
外を眺める。
北九州を走っているときは関東のような都会の風景と工業地帯だったが、折尾を過ぎたあたりから徐々に田舎になっていく。
懐かしい景色。
朝までいた関東とはまるで違う田舎の景色。
途中、牛小屋があってはしゃいだり、川にバスボートが浮いているのに興味を示したり、広い田んぼ地帯があったり。
劇的に変化していく景色を有喜は興味深げに見ている。
到着したため電車を降り、駅舎を出るとバス停へ。
田舎には似合わないオシャレな赤いバスに乗る。
20分程走り、懐かしの我が家に到着。
4年ぶりだ。
大して変わってなかった。
なんかやっぱしホッとする。
「ただいま。」
「おかえり~。キツかったやろ?着替えて休んどきなさい。ユーキはお菓子たべるね?」
「うん!」
婆ちゃんがお菓子と飲み物を用意してくれた。
一息ついて自分の部屋。
平日やき、ユキくんはまだ会社のはず。会いたいけど…怖いな。緊張するな。どげな挨拶しよ?
髪を後ろにまとめ、傷痕は隠さないことに決めている。
そこだけは大人になったんかな?
ベッドでゴロゴロしながら、しばらくそんなことをボーっと考えていた。
そして、引っ越し荷物を眺めていたら、
そうだ!今から前の川に釣りに行ってみよう。
思いつく。
まだ片付いていない引っ越し荷物の中からサオとリールを引っ張り出す。
お気に入りのリョウガと巻き用のサオ。
関東事業部にいるときは何回か使っただけ。
忙しくて、というか、心に余裕が全くなくて、ほとんど使っていなかった。
近所の野池で小さいのを釣った時以来やね。久しぶりに出したな。
思い出に浸りながらタックルを組む。
有喜が横でじっと見ている。
「ユーキ、川いこっか?」
「うん。」
有喜の手を引きサオを持ち、土手をゆっくり歩く。
そよ風が吹いていて気持ちいい。
中二の時、ユキと再会したポイントへ。
5月の終わり。
まだ草はそんなに激しく蔓延っていない。
と、やはり川岸に辿り着くための道ができている。
これ、ユキくんが作った道かな?
そんなことを考えながら進む。
水際に立つ。
あの時と同じ水位。
同じタックルに同じルアー。
同じところを狙って…着水。
後ろを振り返る。
誰もいない。
ウチ、何を期待しちょーっちゃろ…。
有喜が不思議そうな顔で桃代を見上げる。
目を合わせ微笑む。
やっぱまだでったん好きなんやな。っちゆーか前よりさらに好き。怖いけど早く会いたい。
有喜は葉っぱにとまったテントウムシをじっと見ている。
指にとまらせ、
「お母さん!こぉ!」
桃代に見せる。
「あ、ホント。テントウムシやね。」
パッと羽を広げ飛んでいく。
のどかだ。
必死にユキを忘れようとして、それでも全然ダメで、がむしゃらに仕事をしていた気がする。
バタバタやったなぁ…心の余裕全くなかったし。
そんなことをボーっと考えながらルアーを引いてくる。
結局その日は釣れなかった。
心がここにないとき。
異常に釣りたいオーラが出ているとき。
半信半疑なルアーチョイスをしたとき。
こんな時は不思議と釣れない。
こちらの気配が伝わるのだろうか?
そんな気がしてならないことがある。
「よし。ユーキ、帰ろ。」
「うん。」
手を引いて帰る。
ゆっくり風呂に入って夕食を終わらせ、何もすることがなくなった。
遠くの方から軽自動車の爆音。
庭の方に入ってきて止まった。
ユキくん帰ってきたな。でったん残業やん。
何もしてないと考えるのはユキの事ばっかり。
そんな自分に苦笑する。
寝る時間になった。
有喜と一緒に布団に入る。
帰郷一日目が終わった。
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