第39話③ 帰郷(初出社)

 翌朝。

 支度をして会社に向かう。

 今日は朝礼で挨拶が最初の仕事なので、あえて30分程遅い出社だ。

 有喜は祖父母が見てくれるため、幼稚園に行く年齢になるまでは家にいる。


 会社はクルマで10分ぐらい。

 爺ちゃんの軽トラを借りた。

 しばらく使っていいことにはなっているが、ずっと借りっぱなしというのは流石に気が引ける。


 早目にクルマ買わないかんね。


 近々探すことを決意する。



 駐車場にクルマを入れるとき、ユキのクルマを見つけた。

 心が壊れ、関東まで来てもらったときのクルマ。

 懐かしく思う。


 クルマを降り事務所へ。

 ドアを開けると顔の傷痕に一瞬注目されたが、それだけで終わる。

 社会人ともなるとその程度だ。


「おはようございます。」


 明るく挨拶。


「あ!狭間さん、おはよう。もーちょいしたら朝礼やき、とりあえずこっちきて自己紹介よろしく。」


 第一印象で働きやすそうな職場環境だと感じた。

 面接のときの人もいる。

 事務所の人たちに自己紹介。


「あ、どーも。狭間桃代です。これからよろしくお願いします。」


 拍手される。

 ちょっとだけ緊張した。



 この後、朝礼。

 全員の前で自己紹介。

 かなり緊張する。というか、ユキの反応が怖い。

 朝礼の進行役幹部社員がミーティングルームに入って行き、連絡事項を伝えている。

 そして、


「先日お伝えしていたとおり、関東事業部から穐田さんのあとを継ぎ、分析課に配属される方がこられています。それじゃあ自己紹介お願いします。狭間さんどうぞ。」


 出番だ!


 緊張がピークに達する。

 部屋に入ると一瞬ざわめいた気がした。おそらく顔の傷痕のことだろう。今は髪を後でひとまとめにしている。

 中央まで歩いて行き、みんなの方を向き一礼。


「狭間桃代と申します。本日より九州事業部の一員となります。担当は原子吸光です。みなさんどうぞよろしくお願いします。」


 拍手される。

 全社員の中にユキの姿を確認した。

 それまでボーっとして俯いていたが、名前と声に反応し、弾かれた様に顔を上げた。

 みるみる驚愕の色に変わるのが手に取るようにわかる。

 恐れていた嫌悪や拒絶の表情ではない。

 少しホッとする。


 よかった…悪い方の反応じゃないみたい。


 目が合う。

 自然と微笑んだ。



 進行役の社員が今日の予定などを伝えたあと、分析課の課長から詰所兼作業場へと案内される。

 分析課でも挨拶。

 まずは課全体に。


「原子吸光の担当となります狭間桃代です。これからよろしくお願いします。」


 拍手。


 そしてパートナーの元へ。

 今日一番の緊張。

 傍に立つ。

 懐かしい距離感。


 あれ?なんか少し違う…。


 違和感。

 でもすぐに原因が判明。


 そっか!目線が少し高くなったんやん。背が伸びたんやね。


 知っているユキは若干見下ろす感じだったが、今はほんのわずか自分よりも高い。

 未だにどうしていいか分からないという表情をしているユキ。


「今日からよろしくお願いします!」


 わざとらしくなるギリギリのラインでできる限り可愛く挨拶する。


「あ…うん…桃ちゃん…一緒の…会社やったって…知らんやった。」


 テンパっているのが丸わかりで超絶ぎこちない。

 こういうところ、全く変わってない。

 妙な安心感が生まれる。


「うん。ウチもちょっと前知ったっちゃ。久しぶり。」


「…うん。」


 前みたいに上手く会話できない。

 先輩社員が、


「なんか?お前ら知り合いなんか?」


 聞いてくる。


「はい。幼馴染です。」


 桃代が答える。


「へ~。関東から異動してきた人が幼馴染とか、なんかスゲーね。ドラマみたいやな。」


「ははは…。」


 引き攣った笑いのユキ。

 なんか呆けてしまっている。




 ユキに業務内容を聞き、ここでの仕事をなるべく早く覚えるようにする。

 前の仕事場とやっていることは全く同じ。違うところは地域の特性とか得意先だけ。

 問題なく引き継げそう。

 早速業務に取りかかる。

 ユキは穐田先輩の技術をキッチリ身に着けていた。

 滞りなく作業が進む。



 10時休み。

 二人で飲み物を買って屋上に出る。


「でったんビックリした。」


「ウチも。結婚の記事社報で見た時、初めて同じ会社っち分かったっちゃ。でったんショックでね。おかしくなりかかった。」


「そっか。オレ、さっきの朝礼で知った。」


「詳しい話、いっちょらんやったみたいやね。澪っち覚えちょー?」


「ん~っと…関東の小学校?」


「そ。あの子がね、あっちの事務員でね。入社した時からユキくんおったの知っちょったげな。社報の人事欄ちゃんと見ちょったらもっと早く分かっちょったのに…。」


 悲しそうな顔をする桃代。


「でも、また会えたね。」


 ユキが微笑む。


「うん、よかった。そぉいや電話で何回も喋ったよね?」


「そーやね。おるっち知らんもんやき全然気付ききらんやったけどね。」


「ホントっちゃ。そーいやユキくん…穐田さんのことは?」


 聞きたくないけど気になること。


「まだショック。」


「そぉよね。やっぱ好きやったっちゃろ?」


「どーやか?」


 肯定でも否定でもない言葉。

 しかし、


「オレね…別れた時からずっと桃ちゃん忘れきらんで…」


 そのあとに続いた言葉で胸が張り裂けそうになり、泣きそうになった。


「ここに入社した時、告られて…桃ちゃんのこと忘れられんき、っちゆって断ったら…それでもオレがいいっちゆってくれて…いっぱいよくしてもらって…」


 途切れ途切れのユキの言葉。

 想像していたよりもはるかに重い。


「で、一生懸命好きになろうとして…傾きかけた矢先の出来事やったっちゃ。」


 一言一言が鋭利な刃物のように心に突き刺さってくる。

 発作的に切り出した別れによるユキの苦悩が痛々しくて、罪の意識を再認識させられる。


「そーやったって。」


 そう言うのが精一杯だった。

 大きな後悔が桃代を襲う。

 今更「好き」とか言えない…気がした。

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