第39話④ 帰郷(相方)
朝代が亡くなって数日。
現実を受け止められず、腑抜けになっている。
それでも業務に支障を来したくないから、悲しみを必死に誤魔化しながら、どうにか業務をこなす。
朝代の存在は偉大で、一人になった持ち場は見る見るうちに業務が溜まっていく。
オレ一人じゃ破たんする!
そう思ったとき、恐ろしくなった。
手伝ってもらいながら、何日か残業して頑張ってはみるものの、分析試料は一向に減る気配がない。
困り果てていた。
会社としてもそこは理解していたらしく、何のお咎めもないが、朝代の名前を汚しているような気がして何とも複雑な気持ちになる。
事故から半月ほど経って。
「ユキ、よかったね!やっと相棒決まったげなよ。詳しいことはよぉ分からんばってんがくさ、関東の方から一人回してもらえるげなばい。」
いつも手伝ってくれるガスクロ担当の先輩社員がそう伝えてきた。
「そうですか。ありがたいです。仕事、溜まる一方で…正直どうしようかと思ってました。」
「穐田さんすごかったんやね。一人抜けただけでここまで変わるとかビックリ。ヤリ手やったもんね。」
「すんません…自分…さばけなくて。」
落ち込む。
「いやいや。お前が悪いんやねーっちゃ。あの人が超人なだけなんやき。」
「ははは…そうですよね。」
「だき、お前が謝らんだっちゃいーと!」
「ありがとうございます。」
といったやり取りの後、溜め込んでしまったサンプルの処理を黙々とやっていく。
相方のハナシが出てから二週間。
業務はそれ以上溜まることはなかったけど、追いつけなくて相変わらず残業が続いている。
今日、関東から相棒がやってくる。
これから朝のミーティングでその人の紹介があるという。
朝代の代わりに来る人だ。間違いなくヤリ手だろう。
男やか?女やか?キツイ性格の人やったらイヤやな。
俯いて、ボーっとそんなことを考えていた。
いつも通り、連絡事項と本日のイレギュラーな業務などの話。
ここまでは普段と同じ。
そして、
「先日お伝えしていたとおり、関東事業部から穐田さんのあとを継ぎ、分析課に配属される方がこられています。それじゃあ自己紹介お願いします。狭間さんどうぞ。」
進行役が促す。
狭間?そーいや関東の原子吸光の担当、狭間さんっち名前の人おったな。その人がこっちきたんかな?しかし、よりによって桃ちゃんと同じ苗字の人が相棒げな。そげな名前の人とこの先ずっと仕事が一緒とか…なんか好かんなー。忘れようとしよるのに、こんなんじゃ全然忘れられんやんか。
なんてことを考えている間に本人からの自己紹介が始まった。
「狭間桃代と申します。」
はい?
耳を疑った。
今、名前何ちゆった?っちゆーかその声!
名前と声を聞いた瞬間、鼓動が一気に跳ね上がる。
声の主を確認するため顔を上げると、
「本日より九州事業部の一員となります。担当は原子吸光です。みなさんどうぞよろしくお願いします。」
お約束なセリフを言い終わり、思いっきし目が合って微笑んでくれた。
桃ちゃんやん!なんで?
理解が全く追いついていない。
予期せぬ出来事にしばし呆然とする。
ミーティングが終わり、詰所に移動。
ここでも挨拶があるはずだ。
少し遅れて桃代が入ってきた。
そして挨拶。
「原子吸光の担当となります狭間桃代です。これからよろしくお願いします。」
拍手。
これからずっと一緒か。
実に感慨深い。
嬉しいけど、結婚の件が引っ掛かって裏切ったような気分になり、かなり後ろめたい。
今後、自分とどんなふうに接してくれるかがとても気になる。
そして自分に挨拶。
「今日からよろしくお願いします!」
礼をした後目線を合わせ、首を少し傾け微笑んでくれた。
可愛い!
最後に会った時より数段大人っぽくなっていて、色気は数倍増しだ。
何処が変わった?
考えてみるが分からなかった。
そして、
お母さん。
何故かそのような言葉が頭に浮かぶ。
10時休み。
久しぶりに会話する。
途中から朝代の話になり、違う人を好きになろうとした自分に罪悪感。
もっと普通に事が進んでほしかった!と心から思った。
最愛の人との再会。
今でも大好きだ。
激しく思い知らされた。
久しぶりに話しをして、朝代への思いを聞かれたとき、桃代はツラい表情をした。
そのことから鑑みて、やっぱり元のように戻るのは難しいのかな?と思ってしまう。
偶然に偶然が重なった「神の悪戯」としか言いようのない出来事。
ここは素直に成り行きに任せることにした。
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