第39話① 帰郷(異動)

 シアンガスが発生した事故。


 社員が一人犠牲になり、数日間全国版のニュースとして放映された。

 今の時点で分かっていることは、当時シアン処理の契約をしていた業者は工事中だったということ。そしてその際、工事業者が各廃液の回収容器を一時的に移動させたということだ。

 回収容器が入れ替わっていたとのことだが、その過程は只今究明中である。

 

 

 

 本社では人事についての話し合いが行われていた。

 早急に朝代の代わりをどうにかしないと、九州事業部の業務が滞ってしまっている。

 関東事業部は全事業部中最大の規模であり、人数に若干の余裕がある。

 というわけで、関東事業部との相談になる。

 朝代が凄腕の技術者だったから、これに見合った実力を持つ人間をそこに投入しなければならない。

 そこで候補に挙がったのが桃代であった。

 入社当初から既に即戦力として活躍し、ある程度の成果も上げている実力派だ。

 それに加え、出身地が本社の近所。というのも少なからず異動の候補の理由になっている。

 

 異動を言い渡された次の日から桃代の引き継ぎが始まった。

 前年度入社した自分の後任となる社員に大まかな流れ、様々なノウハウ、機械の癖、得意先の特徴等といった業務全般のことについて教え込んでいく。

 思ったより物覚えが良く、驚くほどすんなりと事が進む。

 一週間もすれば、一人でほとんどすべての業務を難なくこなすことができるほどに成長した。あとは周りのフォローが少しだけあれば何とかなる。

 一安心だ。



 業務時間内に役所に行き、転出届を取ってきた。

 あとは異動の日を待つだけ。



 異動を言い渡された日。

 帰って有喜に引越しのことを話す。

「九州に行くことになった。今度から婆ちゃんと曾爺ちゃん、曾婆ちゃんと一緒に暮らす」と言ったら素直に喜んだ。

 有喜は3歳ながら保育所に少なからず友達がいたので、正直もっとグズるものだと思っていたから、とりあえずホッとした。

 帰郷すれば幼稚園から中学までは確実に自分の後輩として通うことになる。

 そのことがなんとも嬉しいと思えた。


 引っ越しの準備を始める。

 ワンルームのアパート暮らしなので大した荷物はない。

 数日で全て片付き、送れるモノは全て送った。

 二週間ある引継ぎ期間の大半は、普段通りに過ぎていった。




 異動日の前日。

 事業所全ての課に挨拶して回る。

 桃代は関東事業部の有名人で、評判はすこぶる良かった。

 みんなからお別れの言葉を貰い、別れを惜しまれた。

 可愛がられていたことを改めて実感する。

 その日は終礼が行われ、みんなの前で挨拶。

 最後に花束を貰った時、涙が頬を伝った。



 澪のところに行って個人的に挨拶したら、今日は飲もうと言われOKした。

 何もなくなった部屋でちょっとしたものを買ってきて、有喜と澪と美咲とで乾杯した。


「二回目のお別れやね。二人とも元気しちょかなばい。」


「そーだね。桃もね。」


「桃、もう筑豊弁。」


「あはは。今度からはずっとこの言葉。」


「小学校の頃思い出すよ。」


「うん。一番最初会った時ウチこげな喋り方やったもんね。」


「懐かしいね。今度こそユキくんとうまくいくといいね。」


「不謹慎だけどよかったね。この頃桃、少し明るい。」


 拒絶された時のことを考えるとやっぱり怖いけど、ユキとまた会えることが桃代の脆い心の支えになっている。


「うん。そーやね。でも、今の時点でウチが行くこととか何も知らんっちゃない?多分誰か代わりの人が行く、ぐらいにしか伝わっちょらんめぇし。」


「直属の上司的な位置付けだよね?仕事場じゃずっと一緒なんじゃないの?」


「うん、まぁそぉなるよね。なんとかうまくやっていくよ。九州来ることあったら連絡しーよ?」


「うん。分かった。」


 何でもない話で盛上り、関東最後の夜は更けていく。

 それなりに遅い時間になったのでおひらき。

 最終電車の時間になった。


 最寄りの駅にて。


 列車が入ってくる。

 いよいよ最後。


「じゃ桃、元気で。」


「ユキくんとうまくいけばいいね。」


 有喜が「ユキくん」という言葉に何度も反応していたことを桃代は知らない。


「そーやね。じゃ、気を付けて帰らなよ。」


「桃、ユーキ、バイバイ。」


「おねーちゃんもバイバイ。」


 美咲と澪は電車に乗り込み、手を振った。

 有喜が小さな手を一生懸命振っている。


 二度目の関東生活が終わった。

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