第63話 救出

 今現在、ユキファミリーの所有するクルマはレジアスエース、グロリアワゴン、ミニカの3台。そのうち、2台がFR(フロントエンジン・リアドライブ)。


 今回はその2台のFR車のうち、特に残念なレジアスエースの走破性にまつわるお話。


 買ってから、かなりの頻度でJAFの世話になっている。

 理由は…イボるから。←ぬかるみにハマるコト。

 元々荷物を積むことが前提の仕事車なので、アタマが極端に重くケツが極端に軽い。重量配分は前1200kg、後600kgな感じ。それに加え、駆動方式がFR(※ミッドシップ?)なので、空荷だとトラクションがかからなくなり走行不能に陥ることがある。例えば、雨の日バックで坂を登るといったシチュエーション。舗装してあったとしても、かなりの確率で登れない。乾いていても登れない時があるし、横方向にも傾斜しているとなおさらだ。

 舗装してある道ですらこの有様。これが舗装されてなくて、土がむき出しの地面だとしたら…それはもう哀しいくらいに呆気なくイボる。イボらなくても表面が柔らかいと滑りまくってトラクションが掛からないため脱出不能になる。

 荷室に何かしらの重量物を積めばだいぶマシになるのだろうが、乗用として買ったのだからそんな使い方はしない。積む可能性のある重量物といえば精々バスボートくらいだ。それでも総重量は100kgにも満たないだろう。

 なので、これから先も脱出不能になること必至だ。


 ちなみにグロリアもFRだから似たようなものだけど、レジアスエースよりは重心がだいぶ低いため、同じシチュエーションならば若干強い。


 ※)キャブオーバーのワンボックスは、ドライバーがエンジンの真上に座るため、ミッドシップと表記される場合がある。でも、ミッドシップといえばNSXやMR2みたいに横置きのエンジンを背中に背負ったレイアウトのスポーツカーを想像してしまって…違和感が凄いのですよ。縦置きエンジンで、プロペラシャフトを回してリアタイヤを駆動するならFRの方がシックリくるかと思うんですが…どうでしょう?




 ユキが初めて走破性の低さを実感したのは、納車されて間もない何度目かの雨の時。

 本通りに対して鋭角で合流するタイプの交差点での出来事。

 まあまあキツイ上り坂で、横方向にも傾斜している。土手のスロープ的な交差点だ。

 右後ろが低くなるカタチでナナメって信号待ちしているときのことだった。頻繁に通る道だったため、別に気にも留めていなかったのだが、いざ信号が青に変わり発進しようとしてブレーキを離しアクセルを踏み込むと…、


 ガォ―――ン!


 前にはほとんど進まずに、虚しくエンジンの回転だけが上がる。


 …へ?何が起こった??


 思いもしなかった出来事に焦るユキ。

 ATのセレクトレバーを「N」に入れて空吹かしした感触に似ていた。

 考える。


 オレ今、無意識のうちに「N」に入れちょった?


 しかし、ブレーキを離しても下がらないからそれはあり得ない。

 そもそもユキは、よっぽど長い信号待ちでもない限り、セレクトレバーを「N」に入れることはないのだ。


 なんで?新車なのに故障?まさか…。


 念のため警告灯を確認するが、何一つ点灯していない。

 正常である。

 スピードメーター横のセレクト位置も「D」を示している。

 再度アクセルを踏んでみる。

 すると左のリアタイヤが白煙を上げながら、ゆっくり、ホントにゆっくり進みだし、やっとのことでグリップを取り戻し、本道に合流できた。


 何これ?坂道でったん弱いやん!


 あまりの限界の低さに驚かされた。




 限界の低さは釣り場においても遺憾なく発揮される。

 クルマで釣りに行く場合、一般人の通行に支障を来すのが嫌だから、極力路駐しなくていい釣り場を選ぶ。川ならばスロープがあり、河川敷まで降りられる釣り場だ。

 このような場所は遠賀川流域だとたくさんあるのだけれど、かなりの確率で河川敷は舗装されてない。スロープだけ舗装で下は砂利が敷いてあれば上等なのである。ほとんどが土剥き出しで、踏み固められただけ。スロープですら舗装無しといった場所も少なくはない。そんな場所に雨が降ると、それはもう木端微塵にドカドカになる。このような場所にレジアスエースやグロリアで浸入しようものなら一発終了だ。平坦な場所でも危うい。平坦とはいっても厳密にはうっすら凹凸や傾斜がある。盛り上がった部分に片足が乗ったり、傾斜しているところだったりして重心が偏れば、確実に走行不能に陥ってしまう。

 その点、FFであるミニカは強い。かなりドカドカでも立派に走破してくれる。



 JAF(日本自動車連盟)。

 故障したり立ち往生したりすると救出してもらう、青と白で塗り分けられた車両でお馴染みのアレである。

 愛車がミニカだけの時は加入していなかった。

 お下がりだったということもあり、存在すら知らなかったというのが本音。

 レジアスエースを購入する際、ミクに勧められ入会することになった。


 少し下流の大規模越冬場のスロープを降りたところでJAFデビュー。

 交差点で走行不能になりかかった日から数週間後のこと。

 越冬場とは言うものの冬だけしか魚がいない訳じゃない。底はかなり変化に富んでいて、年間を通じ魚影が濃い。

 この日桃代は家の用事。有喜は爺婆に連れ去られた。幼馴染や他の友達も見事に用事。

 ユキ一人、寂しく釣行となったのだ。

 天気は晴れ。

 晴天続きで地面も乾いていたので特に気にせず乗り入れる。

 ここのスロープは土手を下り終るまでアスファルトだが、それより先は砂利の道になる。メジャーなポイントなので砂利道の脇の泥が踏み固められ、駐車スペースらしきものができている。珍しく他に釣り人がいないため、平坦な場所のド真ん中に止めることにした。

 釣り始めて一時間ほど過ぎた頃、突風が吹き始め、みるみる曇りだす。そして間もなく雨が降ってきてしまう。

 夕立にも似た大粒で強い雨だった。

 即座に車に駆け込み、


 なんか不安定な天気…寒冷前線通過中かな?


 そんなことを考えつつ雨宿り。

 川面を叩く雨。

 すごい勢いで降っていて、クルマの周辺にはあっという間に水たまりができていく。

 しばらくすると雨は徐々に弱くなり、やがて雲の切れ間から日が差してくる。

 さらに回復すると虹。なかなか幻想的な光景だ。

 すかさずカメラを起動させ撮影。

 桃代に送信。


 キレイね!


 と返信。

 そして釣り再開。

 寒くない雨は魚の活性を上げることがある。この日の雨はまさにそれ。いつも以上の釣果にご満悦のユキ。

 順調に釣果を伸ばしている最中に再び雨。

 先程と同じような降り方だ。


 うわ!また!


 慌ててクルマに逃げ込む。

 愛車に辿り着くまでの地面はかなりぬかるんでいた。靴の底にゴッテリと泥が付着して重たい。

 このままクルマに乗ると車内が泥まみれになってしまう!

 スライドドアを開け、後部座席に座り、足を投げ出した状態で靴を脱ぐ。そして、パンパン!と泥を落とし、靴箱に入れた。

 二回目の雨宿り。

 ユキは、この時点でクルマが曝されている致命的な状況に気付いていない。既にクルマの周囲の地面は雨を含んで相当柔らかくなっている。

 なのに…。


 雨、上がったな。今の雨でポイントも休まった。警戒心も更に緩くなったはず。もっと釣ってやる!


 的なことを考えながら、今まで釣っていたポイントへと戻る。

 そうしている間にも地面に水が浸み込み、来た時とは比べ物にならない程ぬかるんでいる。スライドドアを開け、外に降り立ったとき気付かなくてはいけなかったのに…。


 再び釣り。

 案の定、釣果は伸びる。嬉しい限りだ。挙句の果てに50upまで出る始末。

 これだから釣りはやめられない!

 とか思っていると、やめざるを得なくなるのが世の常。

 桃代から電話。


「醤油切れたっちゃ。今ご飯作りよるき手が離せん。急いで買ってきて。」


「わかった。すぐ帰るね。」


「気を付けて帰ってきてね。」


「はいよ~」


 このやり取り。もうイヤな予感しかしない。


 釣具を片付け、クルマに積み込み、エンジンをかけ、セレクトレバーを「R」へ。

 アクセルを踏むと、


 ガオ―――――ン…。


 へ?


 あの時の交差点と同じ感触。

 エンジンが唸るだけで、車体は進まない。

 平坦だと思って駐車した場所は、実際のところ僅かだが傾斜していて前が下がっていた。

 この傾斜、レジアスエースには十分すぎるほどに致命的なのだ。

 再度アクセルを踏むと、今度は泥を派手に巻き上げながらケツが横に流れ出す。


 うわ~…マイッタ。


 強めにアクセルを踏むとますます横を向く。

 タイヤのグリップ感皆無。


 これじゃダメだ。


 前方の地面がまだ固いことを期待して「D」に入れた。下りなので辛うじて前進できたものの…


 ドスン。


 車体が一段落ちた気がした。


「!」


 さらに柔らかいぬかるみに落ち込み、完全に動くことができなくなっていた。降りて見てみると、接地しそうな勢いでイボっている。


 終わった…最悪だ。あ~あ。最初の雨で帰らないかんやったなー…。


 後の祭りである。

 何か方法は?

 一生懸命考えた。

「R」に入れたまま押してみるというのは?

 早速実行。


 しかし、2tほどあるボディは人間の力じゃびくともしない。


 石をリアタイヤに噛ませれば抜け出せるのでは?


 その辺を探すもそんな都合のいいモノが落ちているわけがない。


 手で掘って平らに…できるか!ホント、なんかいい方法ないと?


 愛する桃代さんからの頼まれごと。早く実行に移したくて気だけが焦る。電話のやり取りからかれこれ30分は頑張っているが、一向にいい考えが思いつかない。

 こんなことになっていなければ、ボチボチ買い物を終えて帰り着く時間。


 オレ、何しよっちゃか?


 情けない気分になり、途方に暮れていると不意に声をかけられた。


「あの~…もしかしてイボって出れんくなったとか?」


 見ず知らずのオニーサンが声をかけてきてくれた。


「あはは。実はそーなんです。」


 イボった直後であろうおかしな挙動を土手の上から目撃し、用事を済ませ戻ってきたらまだその場にいたので心配して声をかけてくれたんだとか。

 恥かしかった。が、しかしこんなふうに親切な人もいるんだな。


 世の中まだまだ捨てたものじゃない!


 とちょっと暖かい気分になれた。


「ハイエースって弱いですもんね。知り合いも乗っていて、何度かこういった危機に直面したことあるんですよ。」


「そうだったんですか。」


 恥かしさと情けなさでとてつもなく居心地が悪い。

 と、オニーサンが


「あなた、JAF入ってないんですか?」


 そんなことを言ってきた。


「!!!」


 なにか靄が一気に晴れていく感じがした。


「そうでした!入ってました!」


 会員証は財布の中に入れた記憶がある。


「じゃ、大丈夫ですね。」


 オニーサンは去って行った。

 早速会員証を見てJAFに電話。

 詳しい状況を聞かれ、場所を説明すると、


「40分ほどで到着します。」


 と言われ待つことに。

 15分ほど経ったとき、桃代から電話。


「ユキくん?なんかあった?」


 ユキがあまりにも帰ってこないため心配になったのだ。

 焦りまくって伝えるのを完全に忘れていた。


「あ!桃ちゃんゴメン!電話すんの忘れちょった!今JAF待ちなんよ。」


「は?JAFっち何?事故?」


 一瞬で声色が変わる。

 申し訳ないと思った。


「いや、ちがー。実はクルマがイボって…」

 訳:違う


 体裁悪そうに真実を述べると


「は~…よかったよぉ、事故じゃないで。」


 泣きそうな声で安堵の言葉を漏らす。


 電話している最中にJAF到着。

 なんかもう…救世主様に見えた。


「あ!来た来た。今から救出してもらうき!またあとで!」


 思わず明るい声になるユキ。


「分かった。醤油はもういいばい。家に借りた。」


「ホントごめんね。心配かけて。」


「いーよ。気を付けて帰ってきてね。」


「はーい。」


 電話を切ってJAFの職員の元へ。

 スロープによく見るレッカーの付いたJAF車を止め、歯止めをし、ワイヤーを伸ばしてウインチで引っ張ってもらうと呆気なく脱出。バックじゃスロープを登れないので砂利の上で方向転換。土手の上の道まで上がるのを確認し、書類にサインをすると職員は「大丈夫とは思いますが、一応引っ張ったのでディーラーに持って行って足回りの点検しといてくださいね。」と言って去っていった。

 JAFのオイサンに感謝!


 改めてクルマを見てみると、それはそれは悲惨な姿になっている。下半分が泥の色のツートンになっていた。

 帰り着くと有喜が、


「おとーさん!クルマどげしたん?」


 聞いてくる。


「イボったんよ。」


「あ~あ、汚くなったね。洗おうや!」


 そう言ってノズルの付いたホースを引っ張ってくる。

 既に遅い時間なので水洗のみ。下回りもザッと流す。タイヤハウスの中からは、尋常じゃない程の泥が出てきた。

 後日、ネッツに持って行き点検してもらったが異常なし。


 よかった。


 イボった日、下回りを見える範囲でキレイにしたつもりだったが、点検の時、大量に泥が出てきて驚かれた。

 ミクからは、


「何があったん?」


 と聞かれ、素直に答えたら笑われた。




 2回目は数か月後。

 既に冬といってもいいくらいの季節。

 手が悴むようになってきた。

 今回は桃代も一緒。

 この日の天気は晴れ。

 安定した天気があと数日は続く、と予報では言っていた。

 やはりあの越冬場で頑張っていたが、ウンともスンとも言わないので移動。

 家の近所で川が大きく曲がるポイント。

 アウトサイドが深くなっている。

 ここはワームよりも巻きへの反応がいい。ディープクランクが効くのだ。

 過去、ワイルドハンチやファットAでいい思いをしている。

 巻きには少し寒いかもとも思ったが、もし釣れたら嬉しいのでここを選んだ。

 スロープも河川敷も砂利。河川敷まで下りると普通車がなんとか方向転換することができる程度の平坦な場所がある。

 到着し、ゆっくりとスロープを下りる。

 下りきった瞬間、


 ドン!


 一段下がった気がした。

 そして停止。


「ゲッ!」


 サーッと青ざめるユキ。


「どげしたん?」


 桃代が聞くと、


「多分イボった。」


「マジで?」


 試しにアクセルを踏む。

 回転は上がるが動かない。


 バックは?


「R」に入れてアクセルを踏んでも微動だにしない。

 前にも後ろにも動くことができなくなった。

 降りると、地面がフワフワしていて5cm程足が沈んだ。

 クルマはというと…またもや腹が接地しそうな勢い。

 最悪だ。


「何これ?なしこげなコトなっちょーん?前来た時はなってなかったよ?」


「これ、イノシシじゃない?」


 見てみると、足跡多数。

 イノシシがエサを探すために河川敷を掘りたくっていた。

 そういえば、少し前親に聞いたことがある。今年は山の中にエサが少ないらしく、イノシシが度々人里まで下りてきて、畑を荒らす被害が続出している、と。

 畑だけではエサが足りず、河川敷にまで進出してきていた。


 既になんとかする気は無い。

 素直にJAFを呼んだ。

 やはり「40分ほど待ってください。」と言われた。


 このセリフ、なんか決まり事でもあるんかな?


 待つ間、釣りをする。

 護岸沿いにクランクを通す。たまに底の凹凸にルアーが触れヒラを打つ。護岸のブロックにも接触する。

 何投かすると


 ゴン!


 ひったくるようなアタリ。


「食った!」


 こんな寒い時期でも巻きに食ってくれたことが純粋に嬉しい。

 いつもの如くエラ洗いし、突っ走り、川バスらしい元気な引きを見せ、しばしのファイトの後上がってくる。

 ジャスト40cmのキレイな魚。

 記念撮影し逃がすとほぼ同時にJAF到着。

 またもや板サスにスリングをかけ、ワイヤーで引っ張り救出してもらった。

 河川敷では方向転換できないため、土手の上まで引き上げてもらう。かなり時間がかかったため、その間土手の上の道路ではJAF車が原因で、片側通行となっている。夕方の帰宅ラッシュも重なって大渋滞。

 超絶ヒンシュクものである。

 上げ終ると広い場所に移動していつもの如くサインをし、作業完了。


 こんな時、JAFの職員は神に見える。

 前回同様足回りの検査。

 ネッツに行くと、ミクがクルマを確認し走ってくる。


「なんね?またイボったんね?」


 ニヤケながら出迎える。


「うん、ごめんね。また点検して。」


「分かった。コーヒー飲も。中入り!」


 1時間ほどミクと駄弁り、次の飲み会の約束をして帰った。




 あれから1年。

 着実にJAFを呼ぶ回数が増えていっている。

 その度に点検。

 その度にミクに笑われる。



 声を大にして言おう。


 釣りでFR車を使っている人にJAFは必須だ!



 会員はタダで救出してもらえるので、近頃イボることに躊躇しなくなった感がある。


 こんなことでいいのか?


 JAFの方、毎回毎回ごめんなさい!そして、ありがとう!

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