第27話① 釣具屋デート(釣具屋にて)

「ユキく~ん。」

 

 勝手口から桃代の呼ぶ声がする。

 

「上がりぃ。」

 

「は~い。お邪魔しま~す。」

 

「戦力増えるね!」

 

 ニコニコ顔である。

 

「うん。やっと買える。千春ちゃんに極意おしえてもらお。」

 

「そやね。アイツ上手やもんね。」

 

 今日は、少し前から計画していたメインで使えるスピニングタックルを二人で買いに行く。



 今は年明け。

 一月の半ば過ぎ。

 三学期が始まり普段の日常が戻ったところ。

 ユキと桃代が別々のクラスになり、既に一年が過ぎようとしている。

 隣のクラスなのに校内で全く会わない日も結構ある。

 お互い寂しい。

 特に桃代はギリギリだ。ユキに会えないとどんどん弱っていく。だから、この頃二人きりの時の甘え方が激しい。

 部屋に入るなり抱きついてキス。そのあと即えっち、な展開が定番化している。

 学校から帰るとどちらかの部屋に籠り、イチャイチャすることでユキ成分を補うことが多くなった。おかげで最近では挿入でイクことも覚えたし、アヘ声の堪え方のコツも掴んだ。家族が隣の部屋にいてもバレない自信がある。

 で、そのえっちついでに釣具屋デートを提案したのが事の成り行きだ。

 

 

 ここ最近、テレビ放映の影響なのか、雑誌に掲載されたためなのか、以前にも増して釣り人が多く、プレッシャーが高くなってきた。

 休みの日なんか見たこともないナンバーのクルマがいたりする。


 ベイトタックルだけじゃ手に負えない!

 

 マジで食わない。

 で、千春が一緒にいったとき限定で、彼女だけなんとかなったという状況が数回続いた。


 小さいルアーならまだなんとか食わせられる。


 そう思った時、パワーとの両立でベイトフィネスを考えたのだけど、さらに小さいルアーじゃないと食ってこない場面というのが確実にある。ベイトフィネスも必要だけど、その前にスピニングという考えに至ったのだ。

 

 特に桃代は巻きがメインなので、そこに拘ると魚に出会える確率が極端に低くなることを身を持って知っている。ユキと再会した時には躊躇いもなくワームをおしえてもらったし、小さいリールとミディアムクラスのサオによる、少しライトなタックルもメインで使うようになった。


 これほどまでにプレッシャーが高まった今、まずは「出会えること」を最優先する。

 別にスピニングを嫌っていたのではなく、これまでベイトだけで何とかなっていたから出番がなかっただけなのだ。

 桃代は一応スピニングタックルを1セット持っているのだが、あくまで様子見だったため中古。メインで使うには少し不安が残る。

 今回は安心してメインで使える品質のモノを買う。


 ユキは今までスピニングの出番が少なかったため、必要な時父親のを借りて使用していた。しかし、ここまで出番が増えると借り辛い。というか、イチイチ頼んで出してもらうのが面倒臭い。だから、自分のタックルを持つようにした、というワケだ。




 只今隣町の中古も扱っている規模の大きい釣具屋に来ている。

 交通費が勿体ないので、行きは桃母に送ってもらった。

 帰りは小遣いの残り具合で考える。




 釣具屋に着いて早速物色開始。


 まずは中古。

 ここ最近のバスブームで在庫が乏しくなったため買い取り価格を上げ、大量に入荷したらしい。

 とはいえ人気の機種は既に売れてしまっており、程度の悪いヤツしか残ってない。

 そんな中、何故か叩き売られるボロいリールのワゴンに少し古い「ステラ(シマノの最上位機種)」の2500番があった。飛びつくように手に取ると、有り得ないほど安い。秒でお買い上げしそうになったが、ハンドルを回してみてガッカリ。スプールが上下するときに引っかかる感触があるのだ。しかも我慢できないほど酷い。みんなハンドルを回してみて諦めたのだろう。それでも「ステラ」である。部品だけ取り寄せて、自分でバラし、組み直そうかとも考えたが、以前、説明書なしで分解し酷い目に遭ったことを思い出した。スピニングの内部構造というのはベイトよりもはるかに複雑だから、分解すると元に戻せなくなる可能性があるのだ。そして、たとえ戻せたとしても症状が改善しない可能性だってある。そうなるとメーカーに修理に出す羽目になってしまい、膨大な工賃を払うというオチが待っている。下手するとリールの値段よりも高くなる。それでは完全に安物買いの銭失いだ。

 後ろ髪を強烈に引かれつつ諦めた。


「この値段でちゃんとしたステラとかあるわけないよね。」


「うん。残念。」


 他を探すことにした。




 中古のリール選びは案外難しい。

 回転する精密機械だから、駆動部分にどうしてもガタとか異音が現れる。それが気に食わなくて売る人が多い。

 単に飽きて売ったと思われる品を根気よく探す。


 ワゴンの中と解放された棚のヤツは、すべて買うのを躊躇う品質だった。具体的には、サブで使うのなら大丈夫だがメインで使うには不安が残る、という感じの品質だ。

 今日はメインで使う機種を買う。

 できれば社会人になるまでは頑張ってほしい。

 となると、最低あと5年。

 この条件を満たすのは、中古なら新し目の最上位機種かそれに近いヤツ。

 新品なら中の下から上の機種である。

 できれば中間以上の型落ちの新品。定価50%off、というのが望ましい。このような条件で只今絶賛探し中、というわけなのだ。


 ワゴンと棚によさげなのはなかったので、ショーケースの方へやってきた。

 前にしゃがみ込み、お目当ての機種を探す。

 最上段にはステラの一つ前の型と現行型があるが、かなりマシな機種の新品と同じくらいの値段がついている。

 却下だ。

 隣にはイグジスト。ダイワの最上位機種だ。これもステラと同じ状況だったのでこいつも却下。

 ショーケースの中は割高なものが多い。中段までは中古を買う意味がないほどに。下段にはたしかにお得な機種があるのだが、みんな同じ考えらしく、欲しいものが無い。


 どうしたもんかな?


 詰んだ。




 仕方なく新品のショーケースに移動すると、ド派手な外観が目に飛び込んでくる。


 レボネオス…ありやな。


 プロ監修のモデルはかなり高額だけど、ノーマルだったら新品でもイケる。

 桃代が、


「あ!これ渓が使いよーやん!聞いてみよ。」


 愛用しているコトを思い出し、早速メッセージを送信。


『今、スピニング買いにきちょーっちゃけど、レボネオス、どーよ?』

『なかなか使いやすいよ。』

『買い?』

『うん。』


 やり取りが終わる。


「何ち?」


 ユキが聞いてくる。


「ん?使いやすいげなばい。セール中やき今日買えば2万かからんよね?」


「そっかー。ありやな。」


「そげ思うやろ?」


「うん。お得感あるしね。」


 レボネオスは他社の同じ価格帯のモノと比べてボールベアリングの数が多く、12個も入っているのだ。

 それより少し高いルビアスでも8個なのに。

 シマノやダイワの最上位機種に匹敵するほどの個数。

 多くても違いが分かるほどうまくないけど、この数はそそる。

 ただ、ドラグが5kgというのが少し気にかかるが…。


 まぁ、緩めれば問題ないやろ。もう少し中古見てみて、いいのなかったらこれにしよ!




 再び中古コーナーに戻り、見てまわる。

 が、値段と品質のバランスを考えるとイマイチ欲しいと思えるものが無い。

 中古は入荷直後じゃないと意味が無い、ということが分かった。




 廉価版の新品を展示してあるコーナーに行く。

 短いリールシートに取り付けられたリールが壁に多数掛けてあり、それぞれ手に取って巻いた感じを確かめられるようになっている。

 色々試してみる。

 いいと思えたのは、シマノだとバイオマスターとアルテグラ。ダイワだとカルディアKIXとフリームスKIX。

 どれも値段以上の巻き心地。


 新品ならレボかこいつらやな。


 考えがほぼ固まってきたところで、


 ん?コレ何?


 ショーケースの上に置かれている一つのリールに目が留まる。

 04ルビアス2004の型落ちの新品だった。


 04ルビアス2004。

 ダイワの軽さが売りの汎用スピニングリール。ボディとローターがマグネシウムでできている。2004は2000番の大きさで、4ポンドラインが100m巻けるという意味。バス用のフィネス仕様だ。現行型はカーボン繊維入りプラスチックのボディとローターに上位機種並みのギヤとかドラグが組み込まれていて、現実味がある値段の機種の中では最も高性能の部類に入る。これをメインで使っているプロもたくさんいることから性能は間違いないはず。

 名前は異なるが、同じ基本パーツを使った派生モデルが多数存在することから、性能の良さを知ることができる。


 数か月前、フルモデルチェンジが行われ、安くなっていた。

 レボにときめいていたが、こちらの方がさらに安い。一つしかなかったので桃代に譲ることにした。

 レボネオスの2000番はユキが買うことにした。




 次はサオ。

 できれば中古で済ませたい。

 サオは中古でもリールほど品質に差が出るコトはない…ような気がする。

 ダイコーのアグレシオンAGS66Lと662Lを発見。

 同じ長さで1ピースと2ピース。

 使用ラインが4~8ポンド、ルアーの使用範囲は1/16~1/4oz。

 撃ちも巻きも使えるバーサタイル仕様。

 修理歴なし。

 ブランクスに小傷はあるものの、性能には影響しないレベル。


 こっちは即決。

 ユキが1ピース、桃代が2ピースを買うことにした。


 以前、ラインはどれくらいの強さがいいか千春に聞いていた。

 その時の話によると、5ポンドフロロか6ポンドナイロンを使っているとのこと。強さと太さのバランスでこの太さに落ち着いたらしい

 高校生だし稼ぎがあるわけじゃないので、そこそこのグレードの6ポンドナイロンにした。もちろんお徳用の500mボビン巻きだ。


 あとはルアーと小物。

 

 フィネスといえばスモールラバージグ!

 ということで、早速スモラバコーナーに移動する。

 見て回るけど、完成品は高い。下手したら一個でプラグが買えるくらいする。

 自作することにした。

 色々な大きさのジグヘッドとラバースカート、ステンレスの針金を買った。


 スモラバ用のトレーラーは…3インチグラブ、2インチドライブクロー、3インチシュリンプとい定番を選んだ。


 そしてトレーラー以外のワーム。

 2インチヤマセンコーは必須。

 シャッドシェイプ、カットテール3.5&4インチ、ネコ用に5インチプロセンコーとネコストレート、ワッキー用に5インチスリムヤマセンコー。


 あとはライトリグにつかう小物。

 ハリ各種、オモリ各種、ワッキーチューブ、ジグヘッドワッキー用ジグヘッド等々。


 プラグも数種類買った。

 バンクシャッド、想流シャッド、スーパースレッジ、ハイカット。




 陳列してあるルアーを見ていて所々に写真があることに気付く。

 見てみると、ここの釣具屋の店員がそのルアーを使って釣った魚を誇らしげに抱えていた。写真の下には詳細(日時、気温、場所、コメント)が付けてある。

 それを見た桃代は、


「…何よ、これ?ウチの近所ばっかしやん…こげなごとするき人間が多いっちゃが。」


 驚くとともにがっかりする。

 桃代の見ている写真を見るユキも、


「は~~~…だけんかぁ~(訳:だからか)…こげなことすんなよなぁ。」


 同じような反応をしてしまう。


 まぁ、店としては商品を売らなくてはいけないから一生懸命宣伝する気持ちも分からないではないが、そこに住む人間にとっちゃ釣り人が増えて迷惑でしかない。

 近頃やたら釣り人が多い原因の一つはここの釣具屋だった。そんな知りたくもない事実を知ってしまったのだった。




 会計を済ますとえらいこっちゃ!な事実が判明した。

 二人とも交通費まで使い果たしていた。

 歩いて帰ると数時間はかかる。

 それは流石に嫌なので、桃代は


「ねぇ、お母さん?釣具屋まで迎えに来てくれん?」


 母親に電話する。

 すると、


「なんね?使いすぎたんね?あんだけ交通費は残しちょきなさいっちゆったのに、ホントにあんたはもぉ…」


 怒られたので、


「…ごめんなさい。」


 謝った。


「しょーがないね。迎え行っちゃるき途中まで歩いて来よきなさい。」


 ということになったので、駐車場を出て家に向かって歩き始める。

 しばらく歩いていると後ろから、


 プップッ!


 クラクションの音。

 振り向くと桃母のクルマがいた。

 二人して乗り込むと、


「ちゃんと計算しながら買い物しなさいよね!」


 説教。


「「ごめんなさい。」」


 二人で謝った。


 帰りのクルマの中、色々想像が膨らむ。


 これでボーズが減るといいな!


 釣具屋デート。

 なかなか楽しかった。


 また行こうね!


 次の約束した。


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