第42話① パンツ(トランクスが好きな理由)

 休日の午後。

 

 ユキの部屋にて。

 手を合わせ、


「ユキくんパンツ頂戴!」


 なんか、とんでもお願いキター!

 男から女にこれゆったら単なる変態だ。

 って、逆でも同じやな。

 

「…へ?」

 

 意味が全く分からない。

 が、桃代の真剣な表情に気圧される。

 

「パンツ!」

 

「なんで?」

 

「ウチのトランクス、ゴムがね、全部ビロンビロンなん。穿いて手ぇ放したら落ちるんよ。あと、歩きよったらズボンの中で勝手に脱げる。」

 

「桃ちゃん…まだ穿きよったと?」

 

 多少の驚き&呆れの声で問う。



 小四から中二まで桃代は関東に住んでいた。

 女二人の生活は何かと物騒。ということで、洗濯物に男の気配を醸しだすため、カモフラージュ用としてトランクスを一緒に干していた。

 しばらく干すためだけに使っていたが、買って全く使わないのは勿体ないと考え、試しに穿いてみるとこれがなんとも解放感があって心地よい。

 部屋着として愛用することにした。

 特に夏場暑かったりすると、上タンクトップ、下トランクスというカッコで家の中をうろつく。

 よって、ポロリ率が急上昇するわけで。

 乳首なんかは下手すると日に数回。

 マン●も週一以上のペースでポロリする。

 幼馴染女子チームには散々「見えるからやめろ!」と言われていた。

 それでもなお警告を無視するものだからついには罰が当たり、転校した直後、最愛のユキに大事な部分をモロに見られてしまうことになる。

 


 そして今現在。

 その習慣は全く治ってなかったりする。というか、逆に悪化している。

 学生の頃より社会人になっての方が他人から下着姿を見られる場面が少なくなっており、完全に油断しまくっている。

 分析課では、白衣の下は基本私服でよいため着替える必要がない。会社に着くと上着だけを脱ぎ、その上から白衣といった具合なので、着替えの際、下着を見られることがない。

 

 家じゃ暑い時期はいまだにタンクトップ&トランクス。

 ユキを呼んだ時と外出する時だけ、その上に何か着る。

 有喜を産んで胸が少し大きくなったため、ブラは忘れなくなった。が、これも時が経つにつれ着実に小さくなっており、近々ノーブラ生活に戻る予定だ。

 それがまた、ダメダメ桃代を加速していく原因だったりして…。

 残念さが結構深刻なレベルに達している。

 それに加え、帰郷してから一度もユキとえっちしてない。

 なので色っぽいパンツの出番はない。

 

 えっちと言えば、ちょっと恥ずかしいのが妊娠線。

 有喜を妊娠した時、急激にお腹周りが大きくなり、ひび割れがいっぱい入ってしまっている。元々細かった桃代。妊娠すればそれはもうエライことになる。その名残がクッキリとお腹に刻まれていた。

 脱いだら確実に見られてしまうため恥ずかしい。

 これも女パンツから遠ざかる原因の一つ。



 現在の桃代の残念さはさておき、トランクス。

 今のところ調達が難しい。

 関東で母親と二人暮らしをしていた時なら理由を付けて買ってきてもらえたが、今となってはその必要がない。

 女ばかりの家族。男は爺ちゃんだけ。有喜はまだ小さいので問題外。

 頼むのが恥ずかしい。

 学生の頃よりも穿く頻度が飛躍的に増えたため、早くボロになる。

 恥ずかしいツボを変なところに持っている桃代は買い物ついでに買うことができない。

 そこで考えついたのがユキなのだ。トランクス不足は桃代にとって深刻な事態なのである。


 声を大にして言おう。女パンツよりトランクスの方が断然快適だ!(桃代談)


 というわけで、


「うん。」


「女パンツは?」


「女パンツ、ピチッと引っ付くき、なんか気色悪い。トランクスの方が解放感があっていい。」


「ふぅん。そげなもんなんやね。分かった。」


 そう言ってタンスから出してくるユキ。


「これをやるには一つ条件がある。」


 まるで人質を取ったかのようなイヤラシイ笑い。

 あからさまに警戒する桃代。


「なん?」


「今、女パンツ?」


「そぉやけど。」


「桃ちゃんが今穿いちょーパンツとこれを交換…」


 バシッ!


 ぶっ叩かれた。


「バカ!スケベ!なんちゅーことを言いやがる!」


 顔を真っ赤にし、恥ずかしがりながら叩きまくっている。


「ごめんごめん。ちょっと臭いたかったもんで。今ここで脱い…」


「うるさい!バカ!」


 さらに叩く。

 ユキは笑いながら、嬉しそうに攻撃を受けている。


「ウソウソ。はいこれ。」


 素直に渡した。

 納豆のパッケージ柄。「穴があったら入りたい」と書いてあるヤツ。「ナマモノ消費期限今すぐ」と書いてあるヤツ。チ●ポの辺りを指す矢印で「暴れん棒将軍」と書いてあるヤツ。「イカ臭い」と書いてあるヤツ。

 なんか、匂ってきそうなのが多い。


「『ネギの臭い』っちゆーのがあったらよかったよね?」


 しょーもないことを言う。


「ウチのマン●、そげネギの臭いする?」


 心配な顔して聞いてくる。


「どぉやか?この頃匂ってないき分からんね。」


「前はしよったっちゆーこと?」


「さぁ?どーやったやか?忘れたき思い出そ。ちょっと脱いでん?」


「もぉ!スケベ!」


 また叩かれる。

 しばらくじゃれ合ったあと、


「ありがと。こんだけあれば、洗ったら一週間ローテーションできるよ。ちょっとなおしてくるね。」


 無事トランクスを手に入れることができて嬉しそうに微笑んでいる。

 内容を知れば残念な構図だが、相変わらず可愛い。


「これ全部洗ってないパンツ。精子付いちょーき穿いたら妊娠するかもよ。」


 咄嗟に臭いを嗅ぐ。

 洗剤のいー匂いがした。


「そげな臭いせん!ちゆーか、さっきタンスから出しよったやん。」


 そう言いながら部屋から出て行った。

 女パンツの出番がますます減っていく今日この頃だ。




 桃代がパンツを貰う一週間前の週末。

 飲み会があった。

 メンバーは、前回桃代いじりに味を占めた分析課と総務課の仲良したち。

 今日は、それプラス施設課とドライバーもいる。

 全員で15人。

 以前、全員揃ったミーティングルームで、朝っぱらからじゃれ合ってしまっているため、桃代の好き好きオーラダダ漏れと、可愛らしい取り乱し芸は既にほぼ全員に知れ渡ってしまっている。

 計画された時からメンバーでいじる気満々ということは分かってしまっているが、小規模な飲み会はそれも含め楽しいのでユキも桃代も躊躇せずに参加する。

 今日は、気分を変えて別の居酒屋。いつもの店とは逆方向。


 店に入り、予約していた座敷に上がる。

 串モノの盛り合わせと刺身の盛り合わせ、生ビール飲み放題のコース。

 全員に生ビールがいきわたる。

 はじめの言葉なんかはない。


「みんないきわたった?じゃ、お疲れ様!カンパ~イ!」


 始まった。

 既に暑い季節。

 仕事終わり。最初の一杯は格別だ!

 みんな一気に飲み干す。

 食べて飲む。

 そしてジャンジャン頼む。

 どんどんできあがっていく。

 食べるペースは落ち、飲むのがメインになってきている。

 生、酎ハイ、カクテル、焼酎、日本酒…。

 ユキは寝転がり、ん~っと伸びをしてまた起き上がる。その際シャツが捲れ上がり、腹がおもいっきし出てパンツのゴムが見える。

 横書きで「イカ臭い」と書いてあることにツッコまれまくる。


「イカ臭いっちお前…。」


「男らしいでしょ?」


「知るか!臭かったらダメやろ。ちゃんと洗わんと。」


「ユキ!キタネーもん見せんな!目が腐れる!で、桃とイカ臭いコトしよん?」


 総務の先輩、風香がツッコんでくる。男性社員は勿論、女性社員もかなりツッコみがエグイ。菜桜や環のいじり方に通じるものがある。


「はい。毎日やってます!今日も帰ったらします。」


 と、真面目な顔でサムズアップ。


「バカ!なんちゅーことを!」


 桃代からは怒られ、他の社員からは笑われる。



 体内のエタノールがかなり高濃度になってきている。

 寝ている社員もちらほら。

 寝ていて復活した人もいる。

 桃代は先輩達から拉致られ、いじられっぱなしでさっきからずっと赤面中。

 先輩が連れションに行った隙をついて逃げてくる。


「あ~たまらんやった~。ユキく~ん、ただいま~。」


 隣に座った。なかなかに近い距離。


「いっぱい飲んだ?」


「う~ん、まぁね~。」


 ヘラヘラと笑う。

 そこに先輩が戻ってきて、


「あ~!桃、きさん、何逃げちょーんか?こっち戻ってこんか!」


 手招きをする。


「勘弁してくださいよ~。恥ずかしいで耐えれませ~ん。」


 イヤイヤをしながら断った。

 言葉がいつもよりかなり緩い。

 既にベロンベロンに酔っていらっしゃる。

 顔は真っ赤で目は虚ろ。

 おそらく記憶は遥か昔に飛んでいる。


「何か飲む?」


 とりあえず聞いて、メニュー表をわたす。

 受け取って、


「う~ん…そぉやね~…」


 しばらく考え閃いた。


「そうだっ!」


 イメージ的には、頭の上に電球が三つぐらい灯ったような感じ。

 ものすごくいいことを思いついた時の表情だ。

 とてもキラキラしている。満面の笑顔。


「決まった?」


「うん!ユキくんを飲む!」


 と、言ってからがとても速かった。


「はい?」


 という間もない。

 突然ユキの方を向いたかと思うと、みんながいるにもかかわらず思いっきし抱きつき、押し倒し、


 チュッ!


 !!!


 みんなが一斉に注目した。

 ついに社員の前でやってしまった!


「お前ら!」


 桃代はGC-MS担当の先輩、ヒカルから頭をはたかれる。



 GC-MS(ガスクロマトグラフィーマススペクトル)。

 通称ガスマス。

 有機物が混合した物質の組成を検討するのに、きわめて有力な分析装置。

 GC(ガスクロマトグラフ)は、混合物の分離能力に優れるが、定性能力が低い。

 MS(質量分析計=マススペクトル)は、純品の定性能力に優れるが、混合物の定性、同定は困難である。

 両者をうまく結合して、GCによって試料中の混合物を分離し、GCの出口から直接にMSに導いて、分離した多数の成分を順に測定すれば、微量の成分を無駄なく汚さずに、便利に高感度に分析できる。

 例えば、生体からの抽出物、食品中の成分、薬品中の微量成分、工業製品の中の不純物、環境汚染モニター試料、などの分析では、たくさんの有用、無用物質が混じり合った中のキー物質や共存物質を、確実に探索し、同定し、定量する事が求められる。

 これらの試料を、いきなりGCに注入することはできない。気化しない成分を除去し、望む成分はGCのカラムの中で(いくらか温度を上げれば)気化するような誘導体に変え、などの「前処理」操作を加える。また、GCに装着する分離剤や検出器などを選定し、運転条件を試行しながら整え、などの準備や事前事後の検討を織り込んで、分析が行われる。かなり専門的な知識と経験を要する過程である。

 ※モノを調べるコンピューターの話より引用。



「あはははは。ユキくん嬉しかろ?」


 バカ笑い。

 全く懲りちゃいない。


「桃、お前キス魔やったんか?」


 ヒカルと風香から呆れられている。


「は~い。そぉで~す。」


 手を上げて答える。

 超ご機嫌だ。


「じゃ、オレもしちゃらんやか?」


 ユキ達の同期、大卒プラントオペレーター、昌巳が口をタコのように尖らせて「ここへどーぞ」と指さす。


「ダメ~。ウチはユキくん専用なんやき!」


 酔っていて記憶は曖昧でも、こういうのはちゃんと断る。

 人差指を立て、チッチッチッとしてまたキスをする。


「なんでユキばっか?こすいぞ!」 ←こすい=ケチ


「オレに言われても!でもつまらん!オレ専用!」


 酔ってなら堂々と言えるのに…。

 抱きしめて反対を向く。


 と、その時総務の二つ下の後輩、美智が桃代達のキスを見て泣き出した。

 新入生歓迎会の時、調子こいて飲み過ぎ、ユキの隣でゲロゲロになり、終わるまでずっと背中を擦られたり、抱えられてトイレに連れていかれたりして介抱された経験があった。

 桃代の歓迎会の時、少しだけ話題に上がっていた、「ユキのことがいい」と言っていた社員の中の一人だ。

 吐きまくって、キツイ思いをしたのがよっぽどトラウマになったらしく、それ以来ペースを守り、ダウンしないよう心がけている。

 どうやら泣き上戸のご様子。

 ポロポロと涙を溢し、鼻をグスグスすすり、


「小路先輩…狭間先輩…」


 しゃくりあげ、それ以上言葉にならない。

 桃代が、申し訳なさそうに


「ごめんね。ユキくんはウチの大事な人なんよ。お願いやき盗らんで。ね?」


 そう言うと、ますます泣く。

 オロオロしだす桃代。

 そして、キッと睨み、


「またユキくんは!ウチの知らんところで!バカ!アンポンタン!女の子の心を弄んで楽しいんか?女の敵!鬼畜!」


 怒られる。

 酷い言われようだ。


 隣で吐かれたらフツー放っておけんよね?


 言葉にする寸前で思いとどまった。

 口に出せば追加で怒られるから、心の中で言い訳した。

 情けないユキである。


「ごめん。」


 そしてヘタレなのでついつい謝ってしまう。

 龍が、


「地味な顔してこげなコトだけはしっかりやりやがる!この女泣かせ。」


 ニヤケながらユキを肘で押して倒す。


 ツッコんでいる人あり。

 ツッコまれている人あり。

 桃代の他にもいじられている者がいる。

 寝ている人も一人ではない。

 なんだかとてもカオス。

 龍が苦笑しながら、


「なんかもぉ訳わからん状態になっとるな。ボチボチおひらきにしよっか?」


 と言うと、


「は~~~い。」


 間の抜けた調子で返事をする。

 会計を済ませ、タクシーを呼んでもらい店の外へ。

 近頃このメンバーで飲みに行くと、必ず収拾がつかなくなり強制終了となっている気が…。

 タクシーが来るまで駐車場で駄弁る。

 何かが吹っ切れたのか、桃代は人目があるのにやたらキスをしようとしている。

 寸前のところでヒカルが羽交い絞めにし、ユキから引き離す。

 そして、


「こら!桃!」


 怒られた。


「あ~!ユキく~ん!」


 手を伸ばし、ユキを掴もうとするところに風香が割って入る。

 耳元で、


「月曜日、ミーティングルームで言いふらかす!」


「それは!」


「言いふらかされたむないなら大人しくしちょけ!」


「は~い。」


 流石に困るらしく、大人しくなる。

 こんなやり取りがあっている中、タクシーが到着する。


「お疲れ様でした~。」


 今いる歩き組はユキと桃代だけ。他は待たずに帰ってしまった。


「お前ら帰り道、セックスすんなよ?」


 風香が釘をさす。


「は~い。帰ってからにしま~す。」


「こら!バカ!何いーよんか!」


 ユキのしょーもない返答に桃代が怒る。


「じゃ!月曜日!楽しみにしちょけよ。」


 ヒカルが悪い笑顔で二人を不安に陥れる。


「あ!ちょ!先輩!さっき言わんっちゆったやないですか!」


「考えちょく。じゃーおやすみ。」


「あ!先輩!」


 タクシーの窓を閉め行ってしまった。

 桃代は手を伸ばしたまま固まっている。

 手を下ろし、ユキの方を向き、


「ユキくんどー思う?言いふらかされるやか?」


 心配している。


「う~ん…言いふらかされるっちゃない?」


 それはもう確実に言いふらされるだろう。

 月曜日からが大変だ!


「は~…どぉしよ。」


「オレは嬉しいけどね。」


 酔っているから本音が出る。

 桃代は落ち込む。


 ヨロヨロしながら歩き出す。

 ユキにぶら下がるようにしがみつき、歩きながらキスをしまくっている。

 さっきの心配事はどこへ行った?




 ようやく帰宅。

 いつものように、桃代の家の勝手口をノック。

 ドアが開く。


「また!ホントこの子は!ユキくんごめんね。部屋に上げちょって?」


 桃母が呆れている。


「はい。」


 コケて階段から落ちないよう支えつつ昇らせ、部屋のドアを開け、電気を点けると、


「…おかいり。お母さん、ねんね?」


 眠い目を擦りながら有喜が起きる。


「お、ユーキ。ごめんの。起こしたね。タオルケット捲って。」


「はーい。」


 そっと下ろし、タオルケットを腹にかけた。

 既に爆睡だ。


「ユーキ、おやすみ。」


「おやすみ。」


 どうにかこうにか寝かせ、桃代の家を後にする。




 タクシーの中では。


「桃、キス魔やったんやね。」


「ね。スゲかったね。」


「いーネタできたね。」


「うん。」


 最も知られたくない二人に知られてしまった。月曜日からが大変である。




 翌日。

 10時頃。


『昨日のことおしえて』


 桃代から連絡。

 すぐに部屋に行く。

 最早飲み会の翌朝恒例行事。

 部屋に入るなり、


「ウチ…昨日も記憶が…」


 顔面蒼白になっていた。


「どの辺から?」


「先輩達にいじられながら飲みよったトコロしか覚えん。」


 昨日は最初からハイペースだったので、記憶は早い段階で無くなっていた。


「先輩から逃れてきたところは?」


「へ?そげなことあったん…ヤベー…全く覚えちょらんばい。キス魔にはならんやったよね?」


「あ~…それ。ついに全員の前でやってヒカル先輩から頭はたかれたよ。」


 ユキは一向に気にしてないようだが桃代は青ざめる。


「うっわ~マジで?どげんしよ…ゼッテー言いふらかされるよね?」


「まぁ…そぉやろーね。」


「あ~あ…ウチ何しよるんやろ。」


 ガックリと肩を落とした。




 待ちに待った?月曜日。

 雨が降っていて憂鬱さが加速する。

 大きい方のミーティングルームに入る。

 特に何も変わった様子はない。


 まだバラされてない?


 とりあえずホッと一息…できなかった。


「オッス、桃!」


「おはよ、桃。」


 ヒカルと風香が桃代を見つけ、悪い笑顔で寄ってきて肩を組む。

 既に嫌な予感しかしない。


「おはよう…ございます…。」


 声が小さい。


「その顔は何やらかしたか知っちょる顔やな?」


「いや…その…」


 目を逸らす。


「この、キス魔。」


 耳元でボソッと言われた途端、


「先輩!お願いですから!」


 悲鳴にも似た桃代の声。

 真っ赤になっている。

 そのやり取りを近くで見ていた他の社員から、


「狭間さん、この前の飲み会で、また何かやらかしたん?」


 既にやらかしキャラは決定しているらしい。

 やった前提で聞かれ、


「何もしてません。」


 気まずそうにそっぽ向く。


「ね!桃。」


 ヒカルの悪い笑顔。


「あ~あ…」


 泣きが入っていた。


「お前、ホントオモシレー。また近々飲もうの!」


「飲みますけど…も~。」


 俯いてしまう。

 その場では辛うじてバラされずに済んだ。

 朝礼も終わり作業場へと向かう。

 ドアを開け、入るなり龍が話しかけてくる。


「桃?」


「はい?」


 桃代は既に警戒色。


「自分スゲーな。なかなか面白かったぞ。」


 ただでは済まないらしい。


「も~。」


 顔を真っ赤にしながら下を向く。

 それを聞いていた課長。

 飲み会の日は分析の講習で福岡まで行っていて、遅くなったため参加できなかった。

 興味津々で聞いてくる。


「狭間さん、またなんかやらかしたん?」


「いや!別に何も…」


 とても何もなかった表情ではない。


「ホント?」


 ニヤケる課長。


「桃っちゃ。吐いて楽になろうや。」


 ヒカルが楽しんでいる。

 この状況を打破するのは難しそうだ。


「何もない…」


 そっぽ向いた。


「ウソゆーな!」


 笑ながら圧力をかける。


「なん?そげ激しいコトしたんね?」


 課長から聞かれ、


「自分は知りません。」


 そう答えると、


「自分『は』ね~。お前、記憶なかったんかね?」


 ヒカルが分かっているくせして問いかける。


「はい…」


「で?何があった?」


「コイツ、キス魔です!あはは~。ゆっちゃった!」


 呆気なくバラし、満面の笑み。


「もー!先輩!」


「マジか?そらー次は是非参加せないかんな!」


 課長が張り切った。


「しませんから!」


 叫ぶ桃代。


「そっか。ユキだけか。」


 現場に居なかったのに、誰にしたのかまで言い当てられ、恥ずかしくなってしまう。

 真っ赤になって俯き、


「も~…ヒカル先輩の意地悪ぅ~…」


 小さくなってしまう。

 始業時間になり業務を開始するが、作業しながらもお喋りは続く。

 今日から数日間、このネタで引張られそうだ。

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