第42話② パンツ(バレたお話)

 朝の通勤時間帯は結構な雨だったが、今は小康状態。

 しかし雲は黒くて厚い。

 今にも降りだしそうだ。

 こんな時に限って廃酸が大量に搬入されることになっている。

 廃酸の回収容器はカートリッジ式で、プラントにそのままセットできるタイプ。フォークリフトですくえる構造になっている。

 なので、トラックが着くとフォークリフトで降ろし、処理プラントのある建屋まで持っていく。

 大型トレーラーでの搬入なので個数が結構あり、それなりに時間がかかる。

 今日の荷役係はヒカルと桃代。二人ともフォークリフトは扱うことができる。


「桃、トレーラー来たよ。降ろし行こ。」


「はい。」


 二人は白衣を脱ぎ、作業服の上着をTシャツの上に着て、ヘルメットをかぶり出て行った。

 この日はヒカルが立ち会いで、桃代がフォークリフト。

 ロングのトレーラーに10個の回収容器が積んである。

 3個目を降ろし終えたところでついに降ってきた。

 大粒でかなり激しい。

 暑いのでカッパを着てこなかったため、あっとゆーまにずぶ濡れになる。


「ふぇ~…雨激し過ぎ!」


 雨が目に入り痛い。

 空を見ると一面真っ黒い雲。止みそうにないので、諦めてそのまま作業を続行した。

 全部降ろし終えても勢いは治まらない。木端微塵にビショビショだ。

 割とよくあることだが、毎度のことながら服が素肌に引っ付きかなり気色悪い。早く着替えたい。

 作業を終え、ようやく測定室に戻ってくる二人。


「着替えよ。風邪ひくばい。」


 外仕事なら、暑い時期なので着替えなくても乾くため問題ないのかもしれないが、測定室は空調が入り、一年中25℃に調整してあるため濡れたままだと身体が冷え切り風邪をひく。

 なので、更衣室に行って着替え。

 何の躊躇いもなくジーンズを脱いだ桃代。


「お前…なんでトランクス?」


「いや!これは!」


 しまった!と思った時には遅かった

「イカ臭い」トランクスを穿いてきてしまっていた。

 飲み会の時、ユキが穿いていたパンツだ。


「っちゆーか、なんでユキのパンツ?だいたいお前らっちどげなカンケーなん?パンツ貸しあう仲?」


 新しいネタを手に入れキラキラしている。

 桃代は、


 なんで先輩がユキくんのパンツ知っちょーわけ?


 別の意味で焦りだす。

 心配になって聞いてみる。


「先輩…なんでこれ、ユキくんのっち分かったんですか?」


 心配そうな表情が読まれ、


「ん?ユキとしたときそれ穿いちょった。気持ちよかったぞ。」


 からかわれる。

 真に受けてしまい、


「…え?ホントなんですか?」


 さっきより格段に絶望度が増している。

 あまり寝盗られ方面でいじると真に受けて泣いてしまうのですぐに種明かし。

 実はそのネタで何度かウルウルさせてしまっているから引くタイミングは分かっている。


「ウソよ。お前、この前の飲み会どの辺から記憶ないん?」


「えっと…結構早い段階から。」


「ユキが伸びしてそのパンツ見えたんよ。お前が心配するげなコトはしちょらん。そもそもウチ、今度龍と結婚するし。」


「そっか。そーでしたね。」


 安心する。

 でも、


「なんでユキのパンツ?どんなプレイ?もしかしてとっ替えっこ?ユキが女モン穿いちょーとか?」


 話しが変な方に向かい始める。


「そーじゃなくて…」


 しばし考えるものの、適当な言い訳が思いつかない。

 素直に経緯を話すことにした。


「へー。それでクセになったん?」


「はい。」


「そらーいーばってん、もぉちょい色気ださな呆れられるぞ?」


「でも…。」


「分からんけど。あ~そっか!ガバガバやったら穿いたまんまされるもんね!アッタマい~!考えたね!特許取る?工法特許。」


 意地悪い笑顔でからかうヒカル。


「何ですか、それ!私、帰ってきてまだ一回もしてませんよ!」


 またもやボロを出す。


「ん?まだ?帰ってきて?前はしよったっち事?」


 質問をされ、


「~っ!」


 やっと気付いた。

 いつもの自滅だ。

 焦った時、反射的に自滅する言葉を選択し、発してしまう癖。

 昔と全然変わっていない。

 困ったものだ。

 赤面して俯く。


「その話、詳しく!」


 詳しくっち…。


 詳しく話すと悲しい過去を思い出す。


 話しよるうちに泣いてしまうかも。そしたら何ち誤魔化そう…。


 今日は朝から困ってばっかしだ。

 そんなことを考えていると、知らず知らずのうちに悲しい顔になってしまっていた様で、


「…桃?」


 ソッコー、気付かれる。


「昔、ユキと何かあったん?」


「あ…いや…。」


「言いにくいこと?」


「ん~…ちゆーか…」


 なんとも煮え切らない。


「実は何年か前…ユキくんと付き合っていて…」


「そぉやったんか。」


「はい。で、私、依存が激しくて…大学別々になったのがすごく悲しくて…壊れて…発作的に別れてしまって…へへへ。」


 頭をかきながら力なく笑う。


「そげなことがあったんか。」


「はい。そのあとすぐに冷静になって、とんでもないことやらかしたって…謝る勇気もなくて…抱え込んでもっと壊れて…今に至るって感じです。」


「そらまた…でも、端から見よったらお前ら完全に両想いぞ?彼氏彼女っちゆーか新婚さんみたいやし。」


「怖いんです。ユキくん、穐田先輩の件で落ち込んでいて…好きっちゆって、もし拒絶されたら…多分一生立ち直れません。考えたら怖くて…。」


「そーなんか。」


「はい。このこと絶対ユキくんに言わんでくださいね?自分で何とかしますから。」


「ん。分かった。頑張れよ?」


「はい。ありがとうございます。すみません。変な話聞いてもらって。」


「いいくさ。」


 そう言ってヒカルは優しく微笑んだ。

 一人で抱え込んでいた不安。

 あまり相談できてない。

 聞いてもらえて少し気が楽になった。


 着替え終わり仕事場に戻る。

 すると、


「桃、ユキのパンツ穿いちょった!」


 早速バラされていた。


「は?なんかそれ?」


 部屋にいた全員が興味を示す。


「も~、先輩!なんでゆーんですか?」


「あ?ゆったらいかんやったんか?」


「も~!」


 ユキは聞かなかったふりをして作業を続けている。


「じゃ、ユキは桃のパンツ穿いちょーっちゆーことか?」


 龍が尋ねると、


「はい。なかなかいー感じですよ?こうキュッと締め付けられる感じで。ピンクの可愛いスケスケパンツ。見せましょっか?」


 真顔で応え、立ち上がってチャックを開けようとする。


「いや、見たむない。遠慮しとく。」


「こら!ユキくん!ウソばっか言わんと!」


 そして桃代からは怒られる。



 分析課は毎日がこんな感じ。

 みんなが仲良し。

 バカ言いながらも助け合いながらやっている。



 職場の環境は余所の会社と比べるとかなりいい方なんじゃないだろうか?

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