第43話 ずっと

 帰郷した翌日。


 異動のゴタゴタもすぐに落ち着き、桃代にとって本格的な業務が始まる。

 事故の影響で分析待ちになっているサンプルはかなりの件数に達していた。

 なので、よほど急ぎの物件でも入らない限りこれらの分析を古いものから優先的にこなさなければならない。

 初日からハードだった。

 が、それなりに捗った。

 というのも使用している機器が関東と全く同じなのだ。

 操作法を教えてもらうことなく、すぐに扱えるのは正直ありがたい。

 それに加えユキの技術。

 穐田先輩からミッチリ鍛えられただけのことはある。

 何一つ滞ることがない。

 やってほしいことが全てやってあるという状態だった。

 この分だと半月ほどで追いつくことができ、通常業務に戻れそうだ。




 帰宅し、一息ついたところでユキの家に引越しの挨拶をしに行く。

 勝手口をノックすると、


「は~い。」


 久しぶりに聞くユキ母の声。

 ドアが開くと、


「あら、桃ちゃん!久しぶりやね。いつ帰ってきたと?」


 驚いた様子。


「こんばんは~。昨日帰ってきました。で、引越しの挨拶に。今日からユキくんと同じ仕事場です。」


「ホントね。おんなじ会社に就職しちょったとか、なんかすごいね。また仲良くしちゃってね。」


「は~い。」


「ちょー待っちょってね。」


 呼びに行く。

 すぐに、


「お~!お疲れ。どげしたん?」


 相変わらずの小汚いカッコで出てきた。


「引越しのあいさつに来た。」


「そっか。家に来んのも久しぶりやね。」


「うん。」


「上がる?」


「う~ん…今日はいーかな。もぉすぐ晩御飯やし。」


「そやね。じゃ、外でちょっと話そっか?」


「ん。」


 まだ、蚊もいない季節なので庭に出て立ち話。


「サンプル、でったんいっぱいあったね。」


「うん。一人じゃどげしたちゃ追いつかんき途方に暮れちょったっちゃ。残業して先輩に手伝ってもらってやっとあの状態。これ以上コキ溜めんごとするので精一杯やった。」


「溶出試験っち、前処理の時間でったんかかるもんね。」


「それっちゃ。6時間振とうとか…アホやないん?っち感じよね。もぉちょいどげかした試験方法っち無いっちゃか?っち毎回思うちゃね。業務時間内じゃ手伝ってもらえんき、一人で全部せないかんやろ?粒子こまいのやらあったら濾過大変。すぐに濾紙目詰まり起こすきね。でったん暇がかかるのあったりするき、検体数限られてくるよね。」


「そうそう。でも、これからは二人やき、少しは増やせるね。」


「うん。ホントありがたい。破たん寸前やったもん。」


「はよ片付けて楽になろーね。」


 とか、なんでもない話をしていると不意に、


「うん。それにしても嬉しかったぁ。また会える日がくるとか全然思いもせんやったき。」


 どうしようもなく嬉しいことを言ってくれる。表情を見ていると、心から喜んでくれているのが手に取るようにわかる。


「そげ思ってもらえたら、ウチも嬉しいよ。」


 またちょっと泣きそうになった。



 嬉しさに浸っていると、手元に重さが無いことに気付く。


「あっ!そぉいやウチ、お土産買ってきちょったって。用意しちょったんに持ってくんの忘れちょーき。ちょっと取り行ってくんね。」


「マジで?わざわざそげなことせんでもよかったんに。」


 とりあえず遠慮はするものの、気にかけてもらっていたことがこの上なく嬉しい。


 ちょうど家に戻ろうとしたその時。

 庭の方からバタバタと走って近づいてくる足音。


 ん…誰?


 とか思っているところに、


「お母さん!忘れ物!」


 元気な声がした。

 思わずそちらに目線を移すと…まだ幼稚園にも行ってないくらいの小さな男の子が箱を両手でしっかりと抱きしめ走ってくる。

 そして桃代の元へ。

 ユキは、


 今、桃ちゃんのコトお母さんっちゆったよね?なんで?どーゆーこと?


 桃代と男の子の顔を交互に見ながら混乱しだす。

 桃代はというと、


 まさか、こんなカタチで実の父親との対面を果たすとは…。


 思いもしなかった展開に頭を抱える。


「お母さんっち…桃ちゃん、子供おったって…」


 悲しそうな表情のユキ。

 反射的に


「あ…うん…」


 かなりビミョーな返事をしてしまった。

 そのせいで超絶気まずい空気が流れはじめる。

 そして、


「へ~…結婚しちょったんやね。」


 当然の回答に辿り着いてしまった。

 悲しみから絶望の表情へと変わってゆく。


 全く望んでいない方向に誤解されている!違うということを伝えなくては!


 即座に、


「いや、違う!結婚やらしちょらんばい!」


 強く否定した。のだが、そのあとに続くべき言葉が「この子、ユキくんの子供!」以外見つからない。


 困った…。


 完全に詰んでしまい固まった。難しい表情で立ち尽くす桃代。

 沈黙が痛い。



 ユキはというと。

 こういった場合のメンタルは桃代よりもはるかに強い。

 結婚を強く否定したことにより、安堵。

 混乱から徐々に立ち直る。


 そして。


 昨日、朝礼の時に感じた「お母さん」っち、こーゆーことやったんやな。


 謎が一つ解決していた。


 立ち直り出したら早い。

 男の子とのコミュニケーションを取るべく行動を起こす。

 しゃがんで男の子の目の高さに目線を合わせる。すると、男の子も合わせてきた。

 それにしても桃代によく似ている。


 なるほど。桃ちゃんを男の子にしたら、こげな感じかな?


 かなり似ていてとても可愛い…のはともかく。


 ものすごく不思議な感じがする子だった。

 というのも初対面のはずなのにどういうわけか初めて会った気がしないのだ。

 今まで接したことのある子供とは何かが決定的に違う。

 その「何か」を探ってみるのだけれど、シックリくる答えが見つからない。

 この問題は解決しそうにないのでひとまず保留。

 喋りかけてみることにした。


「ボク、お名前は?」


 優しくゆっくり尋ねると、


「ゆーき!」


 元気よく答える。


「何歳ですか?」


「3歳!」


 得意げに指を3本立てて答える。不完全に指を立てたその仕草がとんでもなく可愛らしい。


「おっ!ちゃんと言えた!お利口さんやね。」


 頭を撫でてあげると嬉しそうに微笑んだ。

 この様子を側で見ながら、


 あれ?この子、なんも人見知りしていないやん。しかもこの距離!


 桃代は心底驚いた。

 その距離僅か50cm。

 いくら人懐こい有喜でも、初対面の人だと流石に警戒する。

 それがどんな人であっても、だ。

 今までに例外はない。後ろに隠れてしまうことも多々ある。

 子供同士ならまだしも、初めて会う、しかも大人の男相手に今のこの距離は絶対にあり得ない。


 ホントのお父さんっち認識しちょーっちゃないと?


 そんな気にすらなってくる。


「そっかー。名前、ユーキくんっちゆーって。」


 ゆっくり優しく語りかけ、ニコッと微笑むとコクリと頷いた。


「オイチャンと名前よー似ちょーね。オイチャンはね、ユキ。今度から『ユキオイチャン』っちゆってね。」


 思わずドキッ!としてしまった。


 了承を得ないで勝手につけた名前。

 もう二度と会えないと思ったからつけた名前。


 今の時点では、まだ名前に関する真実を知られたくない。



 有喜はというと。

 名前を聞いてハッとなり、桃代の顔を見る。

 そして、


「ねぇ、お母さん。ユキオイチャンっちユキくん?」


 今、いちばんしてもらいたくなかった質問をされてしまう。

 この時ばかりは心臓が止まるかと思うくらい驚いた。


 なんでこの子…。


 動揺を隠すことで精一杯だった。

 呼吸が乱れる。

 鼓動が一気に跳ね上がる。

 深呼吸する。

 気付かれないように、できるだけ自然に、


「…そーばい。」


 肯定。

 事情を知らないユキは、


「桃ちゃん、オレのこと話してくれちょったんやね。」


 当然の如く聞いてくる。

 すると、


「…まーね。」


 また少し気まずい表情。


 さっきから度々…どうしたんかな?


 なんか引っ掛かるユキ。


 桃代は、


 なんで?ちゃんと話したことっち一回も無いよね?それなんになんでこの子、ユキくんのこと知っちょーっちゃろ?


 疑問に思っていた。


 そういえば…


 関東にいた頃のことだ。

 朝、起きたら泣いた痕跡があった。

 またあの悲しい夢を見た気がする。

 そんなことを考えながら支度していると、有喜が


「お母さん、ユキくんっち、誰?」


 不意に聞いてきたことがある。


 なんでこの子、ユキくんの名前やら知っちょーと?


 胸を強烈に締め付けられるような感覚に陥り、あからさまに表情が曇る。

 有喜は桃代のとても悲しげな表情に気付いてしまっていた。

 読み取られたことに気づいていない桃代は必死に平静を装う。

 そしてどうにか


「…大切な…お友達。」


 こう口にするのが限界だった。

 

 そんなわけない!友達なわけがない!

 

 最愛の人にして、有喜の本当のお父さんの名前なのだから。


 おしえてあげたい。

 でも…もう、二度と会わないと心に決めたのだ。だから、絶対におしえるわけにはいかない。

 改めて悲しい現実に直面し、強烈な寂しさがこみ上げてきて今にも泣いてしまいそうになる。



 以前、有喜との間にはこんなやり取りがあった。

 思えばあのとき既にユキの名前を知っていた。



 どのようにして名前を知ったのかを考えてみる。

 心当たりといえば…やはり友達との会話。

 確かに友達や幼馴染と喋っていた時、有喜のいる前で何度となく名前が出てきてはいる。

 ほとんど女の人の名前しか出てこない会話。その中で「くん」と付けば、当然耳につく。複数回出てくれば覚えることだってあるだろう。


 もしかして、そこから何かを感じ取ってこんなことを聞いてきた?


 そんな結論に至った。


 この考えも全く間違いではない。

 がしかし、直接的な理由はもう少し別のところにあったのだ。

 この時点で有喜は桃代の寝言を何度となく聞いていて、ある程度のことを知っていた。


 お母さんには、「ユキくん」という名前の男の知り合いがいること。

 その人に、「ごめん」と謝っていること。

 そして。

 その人のことが「好き」であるということ。



 有喜は今、この情報に基づいて喋っている。が、そのコトを桃代はまだ知らない。


 時として、子供は大人の考えが及ばないほど鋭いことがある。




 夕方から夜に移る時間帯。

 ボチボチお互いの家で夕飯だ。


「ご飯ば~い。」


 ユキ母の声。


「晩ご飯やね。じゃ、また明日。ユーキ、オイチャンにそれ、『はい』しなさい。」


 促すと素直に、


「はい。」


 笑顔でお土産の箱を差し出す。


「おっ!ありがと。美味しかろ~!」


 若干大げさにリアクション。


「へへへ。」


 笑うとさらに桃代に似ている。


「そしたら明日、会社で。ユーキ、オイチャンにバイバイしなさい。」


「ユキオイチャン、バイバイ。また遊ぼ。」


 小さな手を一生懸命振っている。


「おう。また来いよ~。」


 笑顔で手を振りかえす。

 突然の小さなお客さん来訪にビックリしながらも、あまりの可愛さに癒されてしまった。


 帰り際、


「あ!桃ちゃん。明日から会社一緒行こ。用意できたらウチに来ぃ?」


「え?いーと?」


「いーくさ。今、クルマ無いやろ?ずっと乗ってっていーよ。」


「ホント?助かる。んじゃ、明日からよろしく。なるべく早くクルマ決めるね。」


「うん。じゃ、また明日。」


 明日の約束をして解散した。





 二人が帰ってユキは考える。


 あの子、3歳っち言いよったな…。


 ということは?


 桃代には 4年前、男がいたことになる。


 ん?4年前??4年前の男っちゆーたら…ちょうどオレ、桃ちゃんと別れて…あれっ?


 何かがものすごく心に引っかかる。


 さっきの不思議な感覚…まさかね。


 ユキは真実に辿り着きかける。




 その日から有喜を交え部屋で喋ったり、食事に行ったり、買い物に行ったり、ドライブしたりするようになった。

 有喜は今までに会った誰よりも早くユキに懐いていった。

 出会った次の日には、もう抱っこされていた。

 部屋で一緒にいるとき、ユキの膝の上には必ず有喜。

 帰郷した次の週末には、完全に指定席となっていた。

 本当に驚くばかりだ。


 ユキはとにかく可愛がる。

 頭を撫でてやったり、抱っこしてやったり、おんぶしてやったり、ヒーローごっこの悪者役をしたり。

 ジャレついて甘えている様。

 それはまるでお父さんと子供。

 というか、本当の父と子だけど。



 ユキは抱っこした時ほのかに香る子供の臭いと特有の柔らかさがちょっとお気に入り。

 何故か落ち着いた気分になれるから。

 そんなこともあってか、


 この子が自分の血が繋がった子供だったらどんなに嬉しいことだろう。


 会う度にその思いは強くなっていく。



 有喜はというと。

 血が繋がっていて思考も似ているため、やはり同じことを考える。

 ユキオイチャンがホントのお父さんやったらいいな、と。


 そう考えるようになって、しばらく経ったある日のこと。

 有喜は桃代とお風呂に入っていた。

 不意に桃代の目を見て、


「お母さん。ユキオイチャン、僕のお父さんになっちゃらんやか?」


 子供故の唐突な言葉。

 あからさまに動揺してしまう。

 この動揺は、絶対に知られたくないと思った。

 一呼吸おいて、


「さ~…どぉやかね。」


 肯定でも否定でもない言葉で誤魔化した。

 そして、


「なってくれたらいいねぇ。」


 願望100%の言葉が無意識に口から溢れ出る。

 すると、


「うん!」


 一切の躊躇いもなく元気のいい返事が返ってきた。


 この子、ホントにユキくんのこと好きなんやが。


 見ていてすぐにわかる。


 感情のダダ漏れは親譲り?


 有喜のためにもなんとかして思いを伝えたいという気持ちがこの日を境に急激に大きくなっていった。




 この日を境に、有喜はユキのことについてのみ、少しだけ我が儘を言うようになる。

 例えば会う約束をしてない日。

 寂しがってダダをこねてみたり。

 二人で買い物に行こうとしたら、「ユキオイチャンと一緒に行きたい」と言ってみたり。

 とにかく三人で居たがる。

 ユキと会うまでこんなことは一度もなかったのに。

 近所の奥さん連中に聞いた話と比較しても大変聞き分けがよく、我が儘なんかほとんど言わなかった。

 何というか…大人っぽい?

 言い方はおかしいかもしれないが、そんな感じだった。

 そんな有喜に今、目に見える変化が訪れている。本来の子供らしさを取り戻しつつあるのだ。




 帰郷して約半年。

 季節はもうすぐ冬。

 ユキは、朝代が亡くなったショックから徐々に立ち直りつつあった。

 しかし、桃代の方はというと今一つ割切れないまま。


 告白して拒絶されたら?

 やっぱ穐田先輩のこと、まだ好きなんやろーね。


 この二つ想いがいつも邪魔をして、前に進めないでいる。


 傍から見れば、明らかに両想い。

 夫婦にしか見えないのに夫婦じゃない。


 そんな現実もまた桃代を苦しめる。


 許してもらえるだけでいい。


 そう思っていた時期も確かにあった。

 だが、実際に本人に接すると、これはやはり建前だと痛感する。

 独占欲が顔を出し、自分だけのユキであってほしい!という気持ちが爆発的に膨らんでゆく。


 ずっとこのまま付かず離れずの関係が続いていくんかな?

 そのうち、違う誰かと結婚したりして。


 無いハナシではない。

 一度悩み出すと連鎖的に悲しいことをほじくりだしてしまう。そして、なんともいえない気分になってしまうのだ。

 このようにマイナスの思考に曝され続けると、決まって「あの夢」を見る。


 これまで溜め込んでいた負の感情がピークに達し、また「あの夢」を見てしまい、涙する。


 泣いているとき有喜が起きている確率は極めて高い。というか、すすり泣きと寝言でどうしても目が覚めてしまうのだ。

 当然、お母さんが泣くと子供は心配するわけで。


 深夜。


 …グスッ…グスッ…


 泣いている気配を感じとり、目が覚めてしまう。


 あ…お母さん、また泣きよぉ…。


 しばらくすると、いつもの展開に。


「…ユキくん…」 


 あっ!また、ユキオイチャンの名前ゆった!


 何度となく聞いてきた、悲しげな寝言。

 ユキの名前を覚えてしまったきっかけでもある寝言。


 これ、ユキオイチャンにおしえないけん!

 訳:おしえないとダメだ


 この日、ついに有喜の心配が頂点に達することとなる。




 翌日。

 思いもしなかった方向に事態が動く。


 昼食も済み、ユキを呼んで部屋でお茶しながらマッタリとお喋りをしていた時のこと。


「ちょっとお茶のおかわり用意してくんね。」


 桃代は台所へと向かう。

 

 台所は隣。

 社会人になり、飲み会に参加することが多くなったため、毎回ユキに付き添ってもらい階段を上るのは如何なものかと思い、母親の部屋と入れ替わった。

 一度、有喜が寝ぼけて転げ落ちたのもきっかけだったりする。

 入れ替わった当初は二階の方がいいと思ったりもしたが、なかなかどうして便利がいい。今となっては完全に気に入ってしまっている。


 というのは置いといて。


 有喜はユキに抱っこされたまま、桃代を目で追っていた。

 部屋から出ていったのを確認して、膝の上で振り返る。

 そして目を見ながら話しだす。


「ユキオイチャン?」


 これまで見たことのない真剣な表情だった。

 ただごとではないと察したユキ。


「ん?どげした?」


 先を促すと、心配そうな顔をして、


「あんね、お母さんね、寝んねしちょー時ね、『ユキくん』っちゆってね、泣きよんよ?」


 昨夜起こった出来事を、一生懸命に伝える。

 その瞬間、


 何?それ…。


 強烈に胸を締め付けられた。

 小さな子供故の素直な言葉。

 疑う余地なんかない。

 息が詰まる。


 元気そうに見えていた。でも…まだ、病んでいたんだ。


 気付いてあげることができなかった。


 不甲斐ない自分に嫌気がさした。


「そうなんか?」


「うん。それでね、えっとね…」


 まだまだ幼い有喜。

 知っている言葉はそれほど多くない。

 それでもその中から「今、いちばん大事」と思われる言葉を選び、紡ぎ、伝える。


「ん~っと…お母さん泣くのイヤやきね、ユキオイチャンがね…え~っと…お母さんのお父さんになってください!」


 そう言ってしがみついた。

 必死さが痛いほど伝わってくる。

 少し強めに、けれど優しく抱きしめ返した。


 有喜は真剣にお母さんを心配していた。

 幼い子供の言葉だから、少しおかしかったりもするが、言いたいことは100%理解できる。

 ユキは、


 キッチリと行動で示してあげないと!


 決心する。


 有喜の父親になる!この際、血の繋がりなんかどうでもいい。悲しませないよう育てあげてみせる!


 と。

 だから、


「オイチャンがお母さんのお父さんになるっちゆーことは、オイチャンがユーキのお父さんになる、ちゆーコトぞ?ユーキはそれでいいんか?」


 有喜の言葉を使い、分かりやすくどういうことか説明する。


「うん!僕、オイチャンがいー!」


 躊躇いなんか一切なかった。


「今度から、オイチャンが僕のお父さん?」


「おぅ!」


「やった!」


 和らいだ表情へと変ってゆく。

 嬉しそうな笑顔。


 この子はこの子なりにずっと考えていたんだ。ここは有喜のために、何度拒絶されてもOKしてくれるまでお願いしよう!


 心は決まった。


「じゃ、今からお母さんにそれでいーか聞いてみようの?」


 最終確認すると、


「うん!」


 喜んで頷く。

 ほぼ同時に、


 バタンッ!


 ドアが開き、桃代が部屋へと駆け込んできた。


 もしかして、台所で今のやり取りを聞いていた?


 そう考えるのが最もしっくりくるタイミングだった。


「ユーキ!あんた、オイチャンに何言いよーんね?そんなことゆったらオイチャン困るでしょっ!」


 強烈に狼狽えながら叫ぶ。

 やはり聞いていた。

 頬を真っ赤に染め上げ突っ立っている。


 今、言わなくては!


 心の中ではそう思っているものの、拒絶の恐怖で言葉が出てこない。


 頑張れオレ!そげなモンに負けるな!ユーキと約束したやんか!


 己を奮い立たせる。

 桃代が帰郷してから今までの態度、行動などを思い返してみる。

 その中には微塵の負の感情も感じなかった。


 自意識過剰?否、両想いのはず!


 プラスの思考で勢いをつけるとフルパワーで恐怖心をねじ伏せ、そして口を開いた。


「桃ちゃん?」


「…はい…。」


 突っ立ったまんま震えている。


「ユーキの気持ち…聞いたよ。」


「…うん…」


「あの…オレ…」


 声が震えまくる。

 再び恐怖が勝ちそうになるが、


「ユーキのお父さんになりたいっちゃ!」


 なんとかいちばん大切なことは言えた。


「…うん…」


 涙が溢れそうになっている。


「桃ちゃんともずっと一緒おりたいっちゃ!だき…結婚しよ?」


 震えながらもどうにか自分の気持ちを全部口に出すことができた。



 桃代はというと。

 堪えることができなかった。

 その言葉を聞いた瞬間一気に決壊し、涙が頬を伝う。

 感情が爆発する。


 有喜もろとも抱きついた!

 そして、そのまま唇を重ねる。

 

「うん!もぉ二度と離れん!もぉ絶対間違わん!だき…だき、ずっと…ウチと一緒おって!お願いやき!」


 抱きしめる腕に力が入る。




 互いがこうなることを強く望み、夢見てきた。

 色んなことがあり、一度は諦めようとした。

 それでも全然ダメだった。


 やっと元通り。


 永い道草をしてしまった。

 でも、これからはずっと一緒。

 ただひたすらに嬉しい。

 これに輪をかけて嬉しいのは、既に二人の間には子供までいること。

 心の支えが二つもできた。 




 ありふれた言葉だけど…幸せだ!

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