第41話③ 渓(酔って気持ちをぶちまけたお話)

 再会から一カ月とちょっと。

 いつもの居酒屋で飲み会。

 いつぞやの約束を実行していた。

 今日は少人数なので座敷ではなく個室。

 メンバーはユキ、桃代、渓、美咲だ。

 美咲だけは会社の用事で少しだけ遅れて到着。


「ごめ~ん!最後の最後で仕事入って。バタバタやっつけてきた。」


 ユキも桃代も美咲と会うのは、かなり久しぶりである。

 桃代は大学ぶり。ユキに至っては、関東まで車を走らせ桃代を元気付けに行った時以来だ。

 渓はチョイチョイ会って飲んだりしている。

 大人っぽくなっていた。

 屋内での仕事をしているためかすっかり色白になり、髪も伸ばしていてかなり可愛い。

 体育会系女子と間違われていた頃とは大違いだ。


「美咲ちゃん!久しぶりやね!大学二年ぶり…よね?」


「そうなるね。お前、まだそれ着よーって?」


 高校の時、服が無いのでみんなで一緒に選んで買ったヤンキー服。


「うん。オレの一番大事な服。」


 こういった一言でイチイチ嬉しくなってしまう。

 桃代は、


「髪型変えちょーし!でったん可愛くなっちょーやんか!羨ましー。」


「お前も大人っぽくなっちょーやんか、乳あるし。大学ん時膨らんだの、まだ残っちょーやん。」


「これねー…どんどんちっこくなりよーっちゃが。また元に戻りつつある。」


 残念そうな顔をする。

 そのタイミングで生ビールが来て、とりあえず乾杯。


「「「「お疲れ~!」」」」


 串モノ盛り合わせ、刺身盛り合わせ、唐揚げ、その他一品料理。頼んでいたものが続々とやってくる。

 桃代は、嬉しそうにユキの世話を焼いている。やっていることが会社での飲み会と全く変わらない。

 みんな徐々にできあがっていく。


 話しているうちに、今日ここにいない幼馴染女子チームの話題になった。

 菜桜は福岡にある機械メーカーの事務。

 環は本社が福岡にある食品会社に就職し、販売促進として広島の営業所に赴任された。

 千春は卒業した大学の図書館で働いている。

 環は広島なので、長期の休みがないと帰れないから仕方ないとして、あとの二人はどちらも自宅通勤なので、いつでも会えるらしい…のだが。


 菜桜と千春はユキが桃代と別れた際、感情的になってユキにかなりキツく当たってしまい、それが原因で気まずくてあわせる顔が無いないとのこと。

 二人ともものすごく後悔していて、ユキに会いたいと言っていた。


 その話を聞いて、


「そげなこと気にせんでも…オレは全然大丈夫なのに。会ってもらえん方がツラいよ?」


 残念そうな顔をする。

 でも、彼女ら的に大丈夫じゃないのだろう。

 こんな感じで、今ここにいない幼馴染の話は終わる。




 酒の量がかなりのモノになっていた。

 ユキと桃代に視線を移す。

 雰囲気的には付き合っていた頃のままだ。

 非常に仲が良い。

 改めて中に入れる余地などこれっぽっちもないことを思い知る。

 今、目の前で起こっている出来事に加え、桃代はユキの子供を産んでいる。

 妊娠が発覚する前までは心のどこかに、


 なんとかなるのでは?


 的な気持ちが確実に存在していた。

 が、今となっては既に手遅れだ。


 期待をするのはおしまいにしよう。


 そう決めた渓は、この場でユキへの好意をなかったことにした。

 のはいいが…諦めきれるのか?



 さて、酒もかなりの量に達した。

 みんなはどう変わった?

 エタノールにて理性がかなり溶解。

 便所に行くたびに体外に放出され、本能の濃度が高くなっていた。

 桃代は炭酸が入ったのが好きみたい。

 果実の入った炭酸系ばかり頼み、


「ゲップでアイウエオしちゃーね!あ゛・い゛・う゛・え゛・お゛…ね?」


 バカなことをやっていた。

 実に得意げだ。

 子持ちなのに、幼い頃と全く変わっちゃいない。


「お前、キチャネェっちゃ!ユーキ嫌がるぞ?」

 訳:汚い


 美咲から怒られる。

 しかし全く聞いちゃいない。

 さらに、


「一回のゲップでアイウエオはでったん難しいっちゃが。見よってんよ?」


「吐いても知らんぞ!」


 一旦飲み物を飲んで、


「大丈夫。あ゛い゛う゛ぅおぇ~~~」


 失敗し、吐きそうになって涙目になっている


「あぶね~…食ったの全部出るとこやった。出たらお金勿体ないばい。」


「なら、すんなよ!吐いたら自分で片付けれよ?ユキ?桃になんかゆっちゃれよ。」


 ユキは顔を赤くしてデレッとなり、微笑んだまんま、


「あと少しやったね。惜しい!もっかいチャレンジだ!」


 サムズアップしていた。


「頑張る!」


 そして


 チュッ!


 キス魔が発動していた。


 ダメだ、この二人。



 このとき渓は。

 そのキスを見て、顔がますます真っ赤になって…


 …?


 まつ毛が濡れている。


 涙?


「おい、渓?どげしたんか?大丈夫か?」


 美咲が尋ねると、その問いには答えず、


「…グス…好きやったのに…グス…」


 これまで抱いてきた気持ちをぶちまけた。


「は?お前、何いーよん?」


「好きやったっちいーよん!」


「渓ちゃん?大丈夫?はい、水。」


 ユキがお冷をわたす。

 少し飲んで、


「お前のこと好きやったんぞ?気づけよ、バーカ!」


 ユキに向かって言い放つ。

 それまでヘラヘラしていたユキ。

 真顔になっていた。

 突然の告白に、


「え?マジで?」


 驚愕の表情のユキ。


「ウソでこげなことゆーか!」


 この言葉からも本気度の大きさがうかがい知れる。

 桃代は茫然として、口を押え固まっている。

 美咲は、


「お前、今、この場面でそれゆーか?ウチもずっと我慢しちょったんに。」


 うっかり口を滑らせ告ってしまっているが、気付いていない。


「お前ら、二人してユキくんに何、告りよんか!ユキくんはウチのんぞ!」


 酔った時限定で、桃代は自分の気持ちをハッキリと言える。

 その言葉を聞き、何を言ってしまったか自ら気付いてしまう美咲。

 口を押え、大赤面していた。

 飛びかかりそうな勢いの桃代。

 ユキは焦る。


「店の中やき!落ち着こ?ね?」


 ユキが言うと、


「お前がゆーな!ラノベの鈍感主人公か何かか?」


 美咲から酷いことを言われていた。


「ごめん!気付ききらんでホントごめん!謝るき!許さんでもいいけど、ケンカはダメ。オレが悪者でいーき。お願い!」


 土下座して必死に謝る。

 その姿を見て、


「お前ら、ユキくんに土下座やらさせるな!」


 怒っている。


「桃ちゃん!いーき!」


 ユキに言われると素直に大人しくなる。


 とりあえず収まった。

 渓も美咲もすぐに大人しくなった。

 それまで騒がしかったのが、水を打ったような静けさ。

 静寂が痛い。

 気まずいことこの上ない。

 まさか、再会を祝うための飲みの場が、こんなことになろうとは…。


「ホントごめんね。二人ともありがとね。こげなヘタレ好きになってくれて。」


 礼を言う。

 しかし、そこはヘタレ。

 その先が言えないのだ。


 桃代が好き。だから二人の好意は受け取れない、と。


 そんな自分に嫌気がさす。


「いや…悪かった。こげなことゆーつもりやなかったっちゃけど…ホント申し訳ない。」


 ちょっとだけ我に返った渓が謝る。


「酒の勢いとは言え…すまん。」


 美咲も謝った。

 なんとか丸く収まった…のかな?

 桃代の警戒レベルが最高値に達しているのが分かる。

 ユキにくっつき離れない。

 かなりブスクレている。


「さ。飲みなおそ?ね?ま、オレがゆーことやないかもやけど。」


 申し訳なさそうに注文を取ろうとするユキ。


「何か頼も?ね?」


 メニュー表を渡す。

 しばしの沈黙。


「決まった?」


「ん。」


「んじゃ、店員さん呼ぶよ?」


「ん。」


 呼び出しのスイッチを押す。


 ピィンポォン


 店員さんが来た。


「注文、どーぞ。」


「んじゃ、揚げだし豆腐。」


「ウチは山芋鉄板。」


「あとは?」


「ウチ、ミックスピザがいー!」


「飲み物は?」


「カシスオレンジ。」


「スクリュードライバー。」


「モスコミュール。」


「梅酒。あとはいい?」


「ん。」


「以上で。」


「繰り返します。揚げだし豆腐が1、山芋鉄板が1…」


 すぐに飲み物が来る。

 それを口にしながら、


「暑いけど、鍋、頼もっか?」


 ユキが提案。


「いーね。なんにしよっか?」


「もつ鍋?それとも寄せ鍋?」


「もつ鍋がいーね。」


「次、店員さん来たら頼もうね。」


 ピザが来たタイミングで、もつ鍋を発注した。

 先程の騒ぎがウソのように収まっていた。

 今は、出来てきた料理をみんなで突いているところ。

 さらに飲む。

 そして、さらにできあがっていく。

 桃代は…ユキにキスをしていた。

 美咲は…半分寝ている。

 渓は…泣いていた。

 なんともグダグダな状態になっていた。

 丁度食べるものもなくなった。

 これ以上飲むと色んな意味で危険なので終了だ。


「すいませ~ん!」


 指でペケをした。

 店員が


「お愛想!」


 レジに行き、全部ユキが払う。

 沢山食べたといってもそこは女の子。

 いくらガッツリ食べる桃代でも、ユキよりは少ない。

 そんなにかからなかった。


「ユキ~…なんぼ~?」


 眠そうな美咲が尋ねる。


「今日はいいよ。次は割り勘ね。」


「そーなん?じゃ、有難くゴチになっときま~す。」


 渓はまだ泣いている。


「渓ちゃん、泣き上戸やったんやね。」


「うぅ~…ユキ…ごめんね。」


 先程のことを思い出し謝っている。

 涙目でジッと見つめてくる表情がかなり色っぽい。

 

「い~くさ。また一緒、飲もうね~。」


「ヴん。」


 桃代はまたもや足にきていて、フラフラで危なっかしい。

 ユキに支えてもらっている。

 美咲も半分以上寝ているので、渓が泣きながら支える。

 そして歩き出す。


 みんな同じ方向でよかった。



 帰り道。

 桃代はずっとキスしまくっている。

 それを見た渓が


「桃!きさん何しよーんか!」


 泣きながら突っ込んでいる。


「な~んも。」


 知らん顔して尚もキスする。

 美咲は支えられ、辛うじて自力で歩いている。眠気に支配され、他の者が何をしているのか関心を持つ余裕すらないみたい。



 美咲の家に着く。

 玄関のピンポンを鳴らすとお父さんが出てきたので引き渡す。

 そのまま抱えられ、


「ありがとね。おやすみ。」


 礼を言われ、家の中に消えていった。



 渓の家。

 別れ際、


「また飲もうね。おやすみ。」


 ユキが言うと、


「うん。おやすみ。」


 渓は泣きながら家に入っていった。



 そして桃代。

 勝手口をノックする。


「また!ユキくんごめんね~。部屋まで連れてっちょって。おばちゃん重たいき抱えきらんっちゃ。」


「はーい。」


 部屋を開けるとユーキが出てくる。


「おかいり!お母さんまたねんね?」


「おう。ちょっと布団いい?」


「はい。」


 有喜が布団を捲る。

 そっと寝かす。

 何も言わず深い眠りに落ちていった。




 次の日。

 朝10時頃桃代はユキにメッセージを送信していた。


 少し前、ユキは釣りに行って愛用のケータイを水没させた。

 今まで機種変した全てのケータイを必ず水没させている。気にしなさすぎなのが原因だが、今回は酷かった。この機種は既に数回水没させていた。釣りしていて座った瞬間ポケットから出て、深場に沈んでいってしまったのだ。一旦家に戻り、小学校時代使っていた虫捕り網を持ってきて救出。その間約30分。これが致命傷となり二度と電源が入ることがなかった。

 完全に息絶えたため、桃代と一緒に機種変しに行き、スマホにしたというわけだ。

 桃代はそれなりに使いこなせているが、ユキは電話に興味がないため、辛うじて検索したり、メッセージのやり取りができる程度。使い方が、前のガラケーと何ら変わらない。

 周りの人間に急かされて、仕方なくスマホにしたわけだが、機種変直後、弄っているうちに勝手に電話をかけてしまったり、エロい動画を見ていて桃代が部屋にきて、咄嗟に切ることができなくて、怒られたりで怖くなった。ある種のトラウマを植え付けられたのだ。あまりの高性能っぷりについてゆけてなくて、しかも恐ろしい思いをしたので、近頃はあまり触っていない。

 宝の持ち腐れになっていた。

 他の幼馴染達はだいぶ前にスマホにしていて、ジャンジャン使いこなしている。

 といったそれぞれのスマホ事情はさておき。


 また、前回の会社飲み会の如く記憶がないといった内容だ。

 しかし、今回のはちょっと気まずい。


 二人からの告白。


 桃代は覚えているのだろうか?

 部屋に行く。


「ウチ、なんかやらかした?」


「何処から記憶ない?」


「ん~っと…菜桜たちが今どげんしよぉかっちとこの辺りからない。」


「あ~…。」


 渋い渋いユキの表情。


「なん?そのあとなんかマズイ展開とかあったん?」


 表情を読んで、猛烈に心配になる。


「マズイっちゆーか…オレ的に申し訳ないっちゆーか…そげな感じ。」


「アイツら何ゆったん?」


 ヒジョーに言い辛い。


「正直に答えて!」


「マジ?そっとしちょったがいいっち思うけど。」


「なん?そげ言いにくいこと?」


「うん。実際言いにくい。」


「でも知っちょきたい。怒ったりせんきゆって?」


「そやね…ん~っと…どげゆえばいいんかな…う~ん。」


 言葉が詰まる。しばしの間を空け、


「渓ちゃんと美咲ちゃん、同時に告られた。」


「はぁ?何それ?それどげな状況?」


「まぁ酔った勢いで、っち感じ?」


「でも、酔ったときの言葉っち本心っちゆーよね?」


「まぁね~。だきホント二人には申し訳ないっち思って。」


「で、何ち答えたん?」


「ありがと、っち。オレ情けないき、そげしか答えきらんっちゃ。ごめんね。」


 申し訳なさそうに謝るユキ。


「うん。まぁ…そげなるやろうね。あ~あ…ホント、環が言いよった通りになっていきよるし。」


 渋々納得して、この場は何とか収まる。




 目が覚めた渓。

 落ち込んでいた。

 泥酔して泣いていたけど全て覚えていた。気まずいやり取りさえも全て。


 なんであんとき告ってしまったっちゃろ?アルコール入る前、自分で諦めよぉっち決めたやんか。それなんに…次、ユキと会う時気まずいな。これからも仕事でちょいちょい会わないかんのに。


 とりあえず、詫びの言葉を送信してみるとすぐに、


『気にせんで。それよりも気付けんでごめん』


 という内容の返信と、


『好きになってくれてありがと』


 という内容の返信が立て続けに来た。

 分かっていた。

 予想通りの反応だ。


 自分はそれを味わいたかったのか?


 多分そうだ。

 断れないのがなんともユキらしい。

 ついつい愛おしくなってしまう。

 桃代以外見るはずもないのに。

 二人の様子を見ていると、イヤでも入れる余地がないことが分かってしまう。

 断られてないのに失恋。

 諦めようとは思っている。が、なかなか難しい。




 その後。

 ユキと桃代とは薬品を納入する度に顔を合わせる。

 2人とも普段通りに接してくれる。

 何回か一緒に飲みにも行った。

 桃代は何かのキッカケで僅かにぎこちないときがあるが、ユキは如何なる場合でも告る前の態度を貫いてくれる。

 何もしないという優しさ。

 昔からそういうヤツだ。

 それがなんとも嬉しくて…。



 新しい恋やら…できるんかな?

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