第41話② 渓(再会したお話)
一通り場内での研修が終わり、いよいよ外回り。
得意先を覚えるのだ。一応、営業車にナビはついているが、覚えてしまうとセットするのさえ面倒になり、使わなくなるとのこと。
そこは個人の自由。
本社は筑豊全域と遠賀川流域、宗像、福岡の一部を受け持つ。
先輩に同乗し、実際にルートを覚え、得意先に顔を覚えてもらうことが最初の仕事。
数日後、自分の受け持った会社全てを回り、実家の近くの産廃処分場。
受け持っている会社はこれで最後。
近くを通ったことは何度もある。
発注が上がれば結構な量取ってくれる大規模なお得意先。
ここは、桃代が就職した会社の本社工場でもある。
桃、出張でこっちにきたら会えるかな? 地元やし、誰か同級生おったりして。
ちょっと期待して、先輩と挨拶に行く。
直接関係あるのは処理施設と分析課の人。
どちらも技術部で、窓口は分析課になる。
技術部長と両方の課の課長に名刺を渡し、顔を覚えてもらう。
結局、他の社員に会う機会はなかったため、同級生がいるかどうかの確認はできなかった。
まぁそのうち分かるでしょ。
何回も行くうち、穐田朝代さんという分析担当の人と仲良くなった。でったんキレイな人で羨ましくなるレベル。できる女感が溢れ出し過ぎている!理系女子の地味さがまるで感じられない。
この会社では分析課の課長か穐田さん、施設の方の課長か主任が対応してくれる。
例外がないので、他にどんな人がいるか全く分からない。
だから、ユキがいるのに気付くのはずっとずっと先のこと。
入社して丸二年。
3回目の春の出来事。
年度初めのごたごたもようやく落ち着いた頃、得意先の産廃屋で悲惨な事故が起こる。
この日は別のルートだったため、家に帰ってテレビを見ていて知ることとなった。
会社から帰って風呂や夕食を終え、やっと落ち着きぼんやりテレビを見ていたら、身近な地名と馴染みのある会社名が聞こえてきた。事故当時の風景がテロップ付きで流れている。
ハッとなり、テレビにかじりつく。
内容は、何らかの手違いで廃液の回収容器が入れ替わっており、知らずに処理したところ猛毒ガスが発生。社員1人が犠牲になった、というものだった。
犠牲者の名前を聞いてびっくり!
いつも、よくしてくれていた穐田さんではないか。
聞き違いであってほしいと思ったが、顔写真まで出たため本人だと納得せざるを得なくなった。
どうしてあんないい人が!
思い出してしまうため、次回から行くのがツラい。
流石に施設の方はしばらく稼働できず、いつもほぼ定期的に納めていた酸やアルカリの発注が上がってこない。
事故から一カ月と少し。
久しぶりに酸の発注が上がってきた。
いつものように電話があった後、FAXが送られてくる。紙を確認すると、送信者の欄に「小路」の文字。
今までは穐田さんか両課の課長の名前が書いてあった。
一瞬、
ユキ?
そう思ったけど、そこまで珍しくもない名前だし、その会社に在籍しているなんて思ってもいないから偶然の一致だと理解し、すぐに忘れた。
数日後、専用容器に入った酸1000リッターをトラックで運搬することになる。
到着し、搬入口にて手続きを済ませ、酸を使用するプラントへ。
いつものプラントのオペレーターが、既にフォークリフトで待機してくれている。
立会的な意味で、今までは穐田さんか施設の主任、どちらかの課長がついていた。最も多いのは穐田さんだったが、今日の立会人は若い男性。
そっか、穐田さん…。
事故を思い出し、現実を再認識した。
近づいてくるトラックに気付き、その男性がこちらを向いた。
顔を見て、一瞬固まってしまう。
とても見覚えのある人だったからだ。
…ユキ?なんで?そういえばFAXの送信者!
小路と書いてあった。
居ても立っても居られなくなりトラックの窓を開け、
「ユキ!」
大声で呼ぶ。
呼ばれてこちらを向くが、訳が分かってない様子。
もう一度。
「ユキ!」
窓から顔を出し、手を振る。
顔をじっと凝視され、
「渓ちゃん?」
ものすごく驚いている表情。
「久しぶり!」
「ビックリしたぁ!ホント、久しぶりやね!元気しちょった?髪下ろして大人っぽくなっちょーき、誰か分からんやったばい!」
ツインテールからのイメチェンは大成功だったようだ。
「うん。ちょっと降りるね。」
フォークリフトから取ってもらいやすい位置にトラックを止め、降りる。
ラッシングを外し、荷台のドアを切る。
久しぶりにユキの傍らに立つ。
思っていたよりもビミョーに目線が高い。
少し背が伸びた?
そして、
「事故、大変やったね。」
世間話的に口に出したワード。
それまで微笑んでいたユキの顔から笑顔が消えた。その変わり様から只事じゃない雰囲気を感じ取る。
「ユキ?どした?」
一瞬の沈黙の後、重々しく口を開く。
「穐田先輩…彼女やったっちゃん。んで、近々結婚するんやったっちゃ。」
知らないところで、思いもしない事が起こっていた。
完全に話題の選択を誤った。
「え?ごめん!ホントごめん!」
慌てて謝る。
それなのに、
「ううん。いーよいーよ。こんなことはオレから言わんと分かるわけがないもんね。」
渓の反応を見てすぐさまフォロー。
言葉を失い黙ってしまうと、
「渓ちゃん?そげな顔せんの。」
逆に心配されてしまう。
必死に微笑んでくれていた。
その笑顔には猛烈に痛々しさが滲んでいる。
悲しいのは自分のはずなのに相変わらず優しい。
触れてほしくない話題をフッたのはこちらだというのに。
「渓ちゃん悲しんでくれるんやね。ありがとね。」
「ユキ…ごめんね。」
泣きそうになった。
ツラさに耐えきれなかったのだろう。
「いーよいーよ。気にしたらダメ!もぉこの話はおしまい!それよりも。」
話題を切り替えてくる。
「チョイ待っちょってね。会わせたい人がおるき!もぉ前処理キリが付いたやか?」
そう言うと建屋の中に駆け込んで行ってしまった。
何事かと思い待っていると、すぐに白衣を着た長身の女性社員を連れてくる。
顔を確認して心底驚いた。
「…へっ?桃?」
「渓~っ!久しぶり!」
大学卒業以来だ。
「お前、東京の事業部やったやろーもん!」
「うん。事故でこっちの人足らんで。仕事が回らんくなってね。異動になった。」
「いつ、こっち戻ってきちょったんか?」
「ん?まだそげ経っちょらん。多分10日とか二週間とか?そんぐらい。」
「なし一言もねーんか?」
「ごめん。バタバタやったっちゃ。ホントごめんね。」
「まぁいーや。ユーキは元気?」
「うん、元気。でったんユキくんに懐いたばい。」
ハッとなり、
「ちょっと耳貸せ!」
ヒソヒソ声で、
「ユキにホントのことゆったんか?」
「いやまだ。怖いで言いきらん。」
「そっか。ま、焦らんで。頃合を見計らって。」
「うん。そのつもり。」
「近いうち一緒飲もぉや!美咲も呼んで。」
「わかった。」
使用済みの容器を積んでもらい、伝票に受領印をもらい、トラックに乗り込む。
「ここ、得意先やき、これからもちょいちょい来る!」
そう言って、手を振りながら工場を後にした。
帰り道。
運転しながら考える。
ユキ、相変わらず優しかったな。
桃、帰ってきたんか。
これで、あいつら引っ付くな。
と。
何も行動に移さないまま終わってしまった初恋。
また会えて、会話できたことは心から嬉しかったが、なんとも言えない寂しい気分になる。
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