第4話② 涼と海の物語

 それから数か月。

 釣りにも何回か一緒に行ったりして、ユキ達とも釣り仲間になった。


 そんなある朝。

 いつもの如く、遅刻ギリギリで涼が教室に入ってきて席に着く。

 そして海を見て、


「おはよ。っち、なんかそれ!どげしたんか?誰にうっ叩かれたんか?」


 気怠そうだった態度が豹変する。

 アザや擦り傷多数。


「…いや…その…」


「この前のあいつらか?」


「……」


「お前、電話せぇっちゆったやんか!」


「……」


「ゼッテーぶち殺しちゃる!」


「ちょ!お願いやき無茶せんで!」


「あのクソ!ゼッテー許さん!」


 完全にブチ切れていた。

 涼はこの前と同じくらいの時間にあの場所に居ると予測し、学校が終わるまでいた。

 で、終わりのチャイムと同時に居なくなる。

 止めようとしたが、間に合わなかった。

 電話しても出ない。

 もう嫌な予感しかしない。

 絶対に一人で報復しに行っている。

 この前助けてもらったとき、相手は複数だった。

 タイマンな訳がない。

 袋たたきに遭って半殺しは免れない。

 急いで後を追いかける。

 おそらくこの前のスーパーだ。


 遠い。


 何かアシがないと走ってもたかが知れているし、そもそも走りきるだけの体力もない。

 こんな時「チャリでもあれば…」なんて考えるけど、無いものはどうしようもない。

 全く追いつく気配がないところをみると、朝は途中まで原チャで来ていたのだろう。

 途中、救急車とすれ違う。


 終わった…絶対町田さんやん。


 直感がそう告げている。

 同時に涙が出てきた。

 息も絶え絶え予測した場所に辿り着くと、パトカーと人だかり。

 恐る恐るそこにいた人に尋ねてみる。

 若い者同士のケンカだと言われた。

 ワルソの女の子が一人と二人の男が病院に運ばれていったのだそうだ。

 無力さを痛感し、目の前が真っ暗になる。

 運ばれていったので行先もわからない。

 というか、気が動転して何をどうしたらいいのかわからない。

 ひとまずその場を離れ、家に戻ってきた。

 何も手につかない。

 心配で心配でたまらない。

 何か強い圧力で圧し潰されそうだ。


 現実逃避に走る。


 もしかしたら涼じゃないかも。うん!そうに違いない。明日学校に行ったら、チャイムギリギリで眠そうに教室に入ってくるよね?ホントにそうであってほしい! どうかお願いします!


 そして朝。


 結局眠れなかった。

 取り越し苦労であってほしい。

 学校に行く。

 涼はまだいない。

 でも…チャイムギリギリには…来ない。

 ホームルームで一発目。その話題になった。

 やはり昨日すれ違った救急車は涼だったようだ。

 全身の打撲と数カ所の骨折。

 命には別状ないものの、しばらく入院とのこと。

 病院名は言わなかったから放課後担任のところに行って無理矢理聞き出した。


 隣町の総合病院だったので、その足で見舞いに行く。

 手続きを済ませ病室へ。

 ベッドの傍らには涼の母親らしき人。

 軽く会釈。

 ベッドの上に上半身を起こした包帯まみれ、ガーゼまみれの涼がいた。

 その姿を見た瞬間、眩暈がした。

 入口に海を確認した涼は、


「ごめん…全員はぶちくらせんやった。敵討ちできんやったばい。こげなかっこわりー姿、お前に見られたむなかったや。」

 訳:叩きのめすことができなかった


 精一杯の笑顔で話しかけてくる。

 ベッドのすぐ横まで歩み寄った時、涙が止まらなくなる。

 涼は、予想外の展開に焦るものの、そっと海の手を引っ張り、姿勢を低くさせ、頭をなでる。


「おいおい…泣くなっちゃ。男やろーが。」


「もー…無茶ばっか…してから。マジで…死んだかっち思ったやん…二度と…こげなこと…せんでよ?約束してよ?絶対…絶対…」


 男に泣かれた。


 そのことが酷くショックで…これから先、海だけは絶対泣かせるようなことはしない!と心に誓った。

 と、同時に、少し前くらいから感じていた心の奥底の温かな何か。

 今回の出来事を機に、また少し膨らんで、さらにポカポカする気がする。


 しばらく泣いた後。


「はよよぉなって学校こなばい?」


「ん。釣りも行かないかんの。」


「うん。」


「今、ふと思ったっちゃけど、呼び方『お前』じゃいかんね。ちゃんと名前で呼ばんと。ねっ!海。」


「うん。涼ちゃん。」


 ヤバ!恥ずかしいことゆった!そういえば親おったんやん!


 ゾッとして周りを見まわす。

 お互いちょっとだけ頬が赤くなる。

 母親は、いつの間にか気を利かせて外に出て行ってくれていた。


 入院している間の何日かは見舞いに行った。

 そして、それから幾日かして退院。

 顔のガーゼがとれるまでは学校を休んだ。

 その間も、海は授業が致命的に分らなくならないように家に行き、取ったノートを写させたり宿題を教えたりした。

 涼は勉強が嫌いだが、これを機に少しでも分るようになりたかった。

 そうじゃないと、ここまでしてくれた海に申し訳が立たない。


 悪い仲間とは完全に縁を切ろう。


 自らそう思えた。




 そして学校に復帰。

 クラスメイトとは今まで誰とも接してきてなかったせいか、何の言葉もかけられない。

 普段となんら変わらぬ雰囲気。

 それが逆に有難い。

 海だけが、


「おはよ。」


「ん。」


 いつもの、学校内でのわずかなやり取り。


「おかえり。」


「ん。」


 これでいい。


 心の荒んだ生活とは縁を切った。

 ホントよかったと思える。

 あの時海を助けて、そのあといろんな面で救われた。

 感謝だ。

 産まれて初めて「感謝」というものをするのではないだろうか。

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