第13話① 夏の釣り(ちゃんとした釣りのお話)

 今は梅雨。

 

 大雨が降った。

 水害になるほどではなかったが、まあまあ増水した。

 具体的には土手の真ん中の段まで。


 コーヒー牛乳みたいな色の水。

 広くなった川幅。

 流れてゆくたくさんのゴミ。

 渦を巻く。

 いつもとは全く違う表情の川。



 雨が止んで丸一日。

 元の水位より少し上、な感じか?おそらく30~40cmぐらい。濁りも取れて水色もいい。


 これは出撃しなきゃでしょ!


 というわけでユキと桃代で出撃。

 今年は三年生。

 受験生だから勉強しっぱなし、という訳ではない。

 釣りには行っている。ただ、今までより回数が減っただけ。


 幸い先行者はいない。


「よかったね!誰もおらんばい。」


「ま、帰った後かもやけど。それでも待ったら回ってくるんやないやか?」


「それ期待しちょこ。」


「桃ちゃん、先撃っていーばい。」


「マジ?」


「どーぞ。」


「やった!」


 実釣開始。

 水門は門から本流までの間がコンクリートで、ごく緩い傾斜がついている。

 合流部だけがほぼ垂直で、滝壺みたいに深い。

 この水深は大水のたびに変化する。

 ルアーを沈めてみた感じだと、今は1.5m程度だ。

 下流側の足元付近に反転流ができていて、見た目流れてない個所もある。

 いかにもエサが溜まる一級ポイントだ。

 

 桃代は5・3/4インチカットテールのストレート掛け。ハリのシャンク部に板オモリを巻いてフォールスピードを速めたモノを使用する。

 少し水際から離れ、サオの長さ分の糸を出し、延べザオでの送り込みの要領で振り込ん。

 護岸を転がして落とす作戦だ。

 数10cm沈んだ辺りで一気にサオが絞り込まれ、沖に向かって走られた。


「うお~!いきなし食った!」


 アワセる間すらなかった。

 図太いトルク。


 ギ―――ッ!


 締付力6.5kgのドラグが躊躇いもなく引き出される。


「マジ?ドラグ、フルロックばい。これゼッテーバスやねーやろ!」


 確かに。

 50cm超えのバスを掛けてファイトし、抜き上げてもリョウガのドラグは出ない。

 それほど強いのに今、引き出された。

 結構な恐怖を感じる。


「なんやか?コイ?ライギョ?」


 しかもかなりデカいと思われる。


「まぁそげな感じやね。」


「マジでツエ~!」


 ユキの腕力をも上回る桃代がのされかかっている。

 弱る気配がまるで見られない。

 尚も流心に逃れようと抵抗する。

 サオを立て、ドラグを緩めてやり過ごす。

 突進が止まるとドラグを締め、こっちを向かせ巻き寄せる。

 これを幾度となく繰り返す。


 凄いスタミナである。

 やっとのことで寄せることができ、手前数m。

 反転した時一瞬魚体が見えた!


「でけ~!金色やったね。」


「うん。色鯉やね。いっつもここでエサ食いよぉヤツやん。」


 コイは晴れた日、近づいて逃げなくてもしっかり警戒はしているらしく、目の前にルアーを落としても見向きもしない。しかし、雨が降って水が濁ったりすると、ルアーを食ってくることがある。


 激しく抵抗し、思うように寄せられない。

 さっき魚体が見えたが70cmぐらいはあった。

 糸は20ポンドナイロンだから、傷が入ってない限り相当無茶が効く。ヒットしてから今まで、何かに擦られたような感触はなかったから大丈夫のはず。

 でも、取込むまで用心しなければ。


 糸はどのような種類であっても傷が入ると極端に弱くなる。切れたらルアーが口に付いたままになり、最悪エサが食えなくて死んでしまう。

 途中で切れると長い糸を引き摺ってまわり、障害物に絡んで溺れて死んでしまう。

 だから必ず取込みたい。


 しばらくやり取りが続く。

 やっとのことで弱ってきた。

 こっちを向かせ、一気にリールを巻き足元まで寄せた。

 水面に顔が出る。


 デカい!


 抜き上げることは不可能。

 しゃがめばなんとか手が届く。

 ユキがしゃがんで手を伸ばす。


「落ちんごとね!」


 桃代は以前溺れたことを心配する。


「多分大丈夫。」


 最後の抵抗を見せる。

 一旦やり過ごし再度足元へ。

 手を伸ばし、エラに手を入れ…抜き上げた!


「うわ~…でったん金色。」


「なんかコエーね。」


 色が色だけにとんでもなく神々しい。

 なんか罰が当たりそうだ。

 二人してドン引く。

 ハリを外し、指を広げ測定。

 3回分でまだ余る。75cmぐらいか。

 糸を結び直すとき魚の長さに合わせて切る。帰って測ろう。

 記念撮影し、


「ありがと!またね。」


「いや~、デカかったね!」


「うん。よー引いた~。」


「コイ、強いよね。」


「うん。狙って釣れたら引き強いき面白い魚なんやけどね。」


「ホントちゃ。普段、目の前にルアー投げたっちゃ食わんくせに。」


「そーちゃね。」


「でも面白かった。次、ユキくんの番。」


「オレもガンバろ。」


 リグは4インチシュリンプのリーダーレスダウンショット。

 流れ込み上流側。桃代が掛けた場所の対岸。ここも反転流はないが、流れが弱くなっている。

 いいところに入ったがアタらない。


 さっきのファイトで警戒していなくなった?


 再度打込む。

 アタらない。


「う~ん。おらんか?」


 狙う場所を変えてみる。

 滝壺状にえぐれた深みの際から手前をダウンヒルに狙うことにした。

 本流から深みに避難してきた甲殻類を演出する。

 深みのエッジの部分。

 そこからコロリと落とす。

 フワッとした感触が伝わり…


 トンッ!


 着底。


 チョンチョンチョン…


 食わない。

 少し角度を変えて投げ込み、


 コロッ…フワー…トン…チョンチョンチョン……コンッ!


「食った!」


 一呼吸おいて、のけぞるようにアワセる。

 サオが弧を描く。

 さっきのコイほどじゃないが強い。


「今度は何かの?」


 リールを巻くと突如軽くなる。


 跳ねる!


 思った瞬間、


 バシャバシャ!


 エラ洗い。

 バスだ!


「おぉ~、ユキくん!」


「やったね!」


 強引にリールを巻き、流心に持って行かれないようにする。

 足元まで寄ってきて抜き上げる。

 大きさの割に軽い。

 腹がうっすら凹んでいるような感じ。

 尻びれの下側が欠けている。血は出ていない。


「アフターの魚やね。だいぶんエサ食って回復しちょーね。」


「ホントね。腹と尻尾の形が変。」


 アフターとは産卵を終えた雌のこと。

 腹がベッコリ凹んで頭でっかちに見える。

 特に産卵直後はどアフターと呼ばれ、尾びれではたいて産卵床(ネスト)を作るため、血だらけになっていることがある。


 ルアーを外すのに口を開けたらテナガエビのヒゲが喉から出ていた。

 写真を撮って測定。

 ちょうど40cm。


 逃がして再開するもアタらない。

 小場所なだけにプレッシャーに弱い。

 反応がなくなったため帰ることにする。


「誰か先にきちょったんかね?」


「かもしれんね。」


 こういった場所はエサが確実に流れてくるため魚が付きやすく、5~6本連続で出るほどの爆発力を持つ。ただ、小場所の場合が多く、プレッシャーがかかりやすい。釣れなかったり本数が出なかったときは先入者が入った可能性がある。

 とは言え夏の水門での釣りは激熱なのだ。



 数日後。


 今度は橋を渡って対岸に来た。

 この日も桃代とユキ。


 他の幼馴染達は委員会で遅い。

 菜桜は親からの指令で隣町に買い物に行く。

 海と涼はデート。


 曇り空。

 真っ黒い雲で、今にも降り出しそうな感じ。


 桃代はトップウォーターで出したいらしく、いつものクランク入れは持ってきてない。

 ワームはちょっとだけ持ってきている。

 ユキはいつものワームザオでワーム。でもスピナーベイトとトップを持ってきている。


 二人のルアー選択を見ても分かるようにトップ。

 なぜそこまでしてトップかというと。

 温かい時期限定(トッパーと呼ばれ、冬でも意地でトップで出す人もいるにはいるが)だからだ。

 そして、ヒットシーンを直に見ることができる。

 食った瞬間に上がる水しぶきがたまらない。

 朝夕のイメージが強い釣りだが真っ昼間でも出る。

 今日みたいに曇っている日はチャンス。


 それぞれ場所を決め釣り始める。


 風がないので桃代はペンシルベイト。

 対岸の草がオーバーハングしたところにサイドハンドでうまいことねじ込む。

 そしてドッグウォーク。


 クイックイックイッ…


 さすがに一投目では出なかった。

 真横から反対の真横まで扇状に投げる。

 そして。

 川のセンターより少し対岸寄りに、大水で千切れて流れてきたであろう草の塊がある。

 そのすぐ横を通過した時、


 バシャ!


 飛沫が上がりルアーが水面から消える。

 糸が走るのを確認しアワセる。


「よっしゃ!のった!」


 サオが曲がる。

 抵抗はするもの、のすんなり寄ってくる。

 エラ洗いし右に左に走り回ったが、呆気なく上がった。

 そんなに大きくはない。

 33cmのコンディションの良い魚。


 クランクなどの巻きよりもさらに釣れくいトップ。

 なんといっても希少価値がある。

 意味合が違うのだ。

 小さかろうが大きかろうが、とにかく嬉しい。


「うれしー!今年初のトップ!」


 喜びまくる桃代。


「おぉ~、やるぅ!」


 感動するユキ。


「ウチ、写真に出演する!」


 ユキにケータイをわたしてシュシュを外し、髪を下ろす。

 桃代は少し前から髪を後でまとめるようになり、顔を隠さなくなった。

 学校のみんなが慣れて隠す必要がなくなったのだ。

 ケータイの画面を見ながらユキは改めて思う。


 今が旬のアイドルでも敵わんよな…。


 電話を返すと、


「ありがと!またね。」


 下あごを持ってそっと水に浸ける。

 尻尾で水をかけて戻っていった。


「うわ。アイツ!水かけやがった。もぉこんなに濡れてるじゃないか!」


 下ネタ炸裂だ。


「いーなー。オレにもこんかな?」


 羨ましそうなユキ。


「がんばれ!」


「ん。」


 元居た場所に戻り釣り再開。

 ユキはアピール強めのポッパー。


 カポッ…カポッ…カポッ…


 川面に波紋。

 ついに雨が降り出した。

 それだけならまだ続けるのだが、雷が。

 釣り場に来た時からちょいちょい光っていたし、音も聞こえていた。

 そのときよりも光ってから音がするまでの間隔があからさまに短い。

 近付いてきている。

 危険だ。


 サオはカーボン。

 金属と同じで電気をよく通す。

 周りに何も無いところだと直撃する確率が飛躍的に上がる。

 すぐ下流にある橋の下で避難することにした。

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