第35話① 子供(妊娠)

 ユキと別れた。

 

 連絡を取ることは一切なくなった。

 悲しすぎて、寂しすぎて、時折巨大な圧力で圧し潰されそうになる。

 夢を見て泣くことも多い。


 女の恋愛は上書き。


 漫画や雑誌でしばしば目にする言葉。


 そんなのウソだ!


 上書きなんか、とてもじゃないけど出来やしない。

 未練しかない。


 今でも死ぬほど好きなんだ!


 これから先、全く恋愛なんかする気になれない。


 すぐにでも謝って、よりを戻したい。

 でも。


 謝って、拒絶されたとしたら?


 間違いなく完全に立ち直れなくなる。

 それを考えるととてつもなく怖い。




 別れておよそ半月。

 なんか普段とは違う感覚に気付く。

 具体的には分らないけど、明らかに何かが違う。


 大事なことを忘れている!


 しばらく考えるが、どうにも思い出せない。

 一旦考えることを保留した。


 それからさらに半月ほど経って。

 突如、その「何か」に思い当たる。


 今月、まだ生理来てない…なんで?


 予定の日を数日前後することは割とよくある。

 でも、今回に限ってはこれまでにないほど遅れている。

 ユキの件で精神的に打ちのめされていた。


 ストレスが影響したかな?


 このときはそういう考えに至ったのだが、さらに数日経って身体に劇的な変化が起こる。

 夕方、寮の食堂に美咲と渓とで向かっていた時のこと。

 調理室から漂う油の匂いを感じた瞬間、吐き気。


「ちょっと便所行ってくる!先、行っちょって。」


 返事も聞かずにダッシュした。


 なんで?胃が悪い?おう吐下痢症?それとも…


 トイレに駆け込む桃代を目で追う二人。

 部屋を出て食堂に向かう際、みんなでトイレには寄った。


 なのに。


 なんか様子がおかしい。


「渓っちゃ。」


「ん?」


「ふと思ったんばってんがくさ?桃、アイツ…妊娠しちょーっちゃない?」


「あ~…やっぱ?美咲もそげ思った?」


 鋭い幼馴染たち。


 少しして戻ってきた。

 何事もなかったかのように振舞い食事をする。

 普段、割とガッツリ目の食事をとるのに今日は軽め。


 やっぱしなんかおかしい。


 美咲と渓は、桃代から話してくれるだろうと思い、あえて妊娠の話題はフらなかった。

 食事を普通に済ませ、いつも通り駄弁り、部屋に戻る。

 結局、桃代は何も言わなかった。


 この日から吐き気が毎日続いている。

 胃薬を飲んでみるが、一向に治まる気配がない。


 生理は相変わらず来ない。

 吐き気はする。


 なんで?これっちやっぱり…妊娠?


 夏休みに帰った時、ユキとはいっぱいした。

 でも、ゴムは着けていたはず。

 ナマでした覚えなど一度もない。

 しかし、他に思い当たる節などある訳がないから、妊娠が本当ならばユキが父親なのは確実だ。


 それにしても…不思議やね。



 実際のところ、ごく稀にゴムにピンホールが開いていることもあるみたいだし、扱い方が雑で穴が開くことだってある。

 裏表逆に着けようとして気付き、着け直したため妊娠した例もあるらしい。

 精子が指に着いたまま性器を触って妊娠、という例もなくはないみたい。

 いずれにせよ今はそんなことが問題じゃない。

 なぜ妊娠したのかではなくて、妊娠しているかどうかが問題なのだ。


 今すぐ妊娠検査薬を買いに行こう。


 近所のドラッグストアに行き、早速検査。

 これでもか!と、言わんばかりに陽性が出た。


 そっか。


 意外にも、結果を冷静に受け止めることができた自分に軽く驚く。

 実は少し期待していただけに、純粋に嬉しいと思えた。


 間違いだったら嫌なので、明日は念のため病院に行こう。

 もし妊娠がホントなら、来年は子連れ女子大生。


 悪くないかもね!




 次の日。

 産婦人科にて。


「おめでとうございます。妊娠二カ月になります。」


 ビンゴだった。

 エコーの画像を貰うと、扇形の中心に豆粒みたいなのが写っている。

 来年の6月が予定日。


 やった!ユキくんの赤ちゃん!ウチ、お母さんになれる!


 子供がいたら、ユキを忘れることができるかも。そしたら別れのツラさが消える日が来る?


 そんな考えが湧いてくる。

 ユキに会うのがツラくて怖いから、帰郷しない理由を探していた。


 これなら正当的な理由になる…のかな?短絡的と思われてもいいや。


 逃げの人生でも構わない。

 ただ、ユキの知らないところで勝手に子供を産むことだけは、ホントに申し訳ないと思う。


 ユキくん…ごめんね。ウチのわがまま許してね。


 心の中で謝った。




 数日後。

 産むことを決心したのはいいが、かなりお金がかかるコトがわかった。

 病気ではないから定期健診と出産は保険がきかないのだ。


 仕送りだけじゃ無理やん。


 しばし考える。が、どうしようもないことだけが分かった。


 観念し、母親にホントのことを言うことにした。


 勇気を出して電話すると、まず電話口で烈火のごとく怒られた。次の日母親が寮に来て、また怒られた。相手は誰かを問い詰められたけど、絶対に口にしなかった。まぁ、考えたらすぐにわかるのだけど。

 名前も具体的に出された。

 正解だったけれど、それでも認めなかった。

 決心は変わらない。


 子育てをしながら大学もちゃんと卒業する。


 その意思をハッキリ告げた。

 しばし言い合いが続く。

 そしてため息。

 許してはないだろう。納得もしてないだろうけど、最後には諦めた感じでお母さんは帰って行った。

 学校にもその旨を伝え、退学する意思も休学する意思もないことを告げ、納得してもらった。



 12月。

 友達には誰にも何も言ってない。


 どうするかな?


 少しお腹が出て、胸も膨らんできた。

 ちっぱいなことを弄られるのがイヤで、普段から緩めの服を着て身体の線が出ないようにしているため、まだまだ気付かれる気配はない。

 吐き気は治まった。

 酸っぱいものが好きになるというのは本当みたい。

 カリカリ梅や酸っぱい飴をいつも隠し持っている。


 冬休みになったが、相変わらず怖くて帰省する勇気がない。


 もし、ユキくんがこのこと知ったらどう思うかな?もっともっと嫌われるかな?


 今でもユキのことが大好きだから、考えると酷く悲しくなった。




 冬休み明け。

 後期試験が始まる頃、美咲と渓にバレた。というか、この二人には最初からバレていた。

 夕飯のとき二人で部屋に呼びに来ると、ドアを開けるなり怒られた。


「おい、桃!お前、いつになったら話すつもりなんか?」


 こんな調子で。

 いきなりのことで焦りまくるが、すぐになんのことで怒っているのか分かってしまう。

 とりあえず、


「へ?何を?」


 とぼけてみるものの、


「しょーもない芝居はいーっちゃ!お前、妊娠しちょろーがっちゃ!」


 許してくれそうにない。

 追及は続く。


「え?なんで」


「まだトボケるんか?これはなんか!」


 歩み寄ってきて、お腹を触り、


「ほら!もぉ、こげ大きなっちょーやねぇか!」


 さらに怒られる。

 あまりの鋭さである。

 本当にビックリした。


「えっと…これは…ね?」


 ビクビクしながら言い訳を考えるものの…無理だった。

 観念して、情けない声で、


「…ねー?いつから分っちょったん?」


 聞いてみると、


「最初っからたい!バーカ!」


 だそうで。

 そしてさらに、


「お前が最初に便所に駆け込んだ時からたい!分からんとでも思ったか!」


 と、付け加えた。

 彼女たちには妊娠初期の段階、具体的には最初に吐き気でトイレに駆け込んだとき、既にバレていたらしい。


 隠せていたつもりだったのに。鋭すぎる!流石、幼馴染!


 とでもいうべきなのだろう。

 本気で感心してしまう。


「ユキの子やろ?」


「…うん。」


 当然のことながら、相手のことも即バレ。


「は~~…お前…まぁ、お前が産みたいっち思って産むっちゃき、そのことについては何も言わんばってんがくさ。でも、なんで一言ゆってくれんのか!これじゃウチら、お前から信じられちょらんとと一緒やんか!」


「そーて!一人で溜め込みやがって!バカ桃!」


 隠していたことに対してのみ、でったん怒られた。


「ごめんなさい!ホント、ごめんなさい!」


 オロオロしながら土下座する。

 でも、内心嬉しかった。

 不甲斐ない自分を心配して、しっかり見ていてくれた結果がコレなのだから。

 これを機に、仲がいい人たちにはおしえた。父親のいない子供を産むことについて、素直に賛成してくれる者は誰一人としていなかったが、それでも最終的には応援してくれることになった。


 甘えてばっかしだ。



 試験も無事終了。

 結構頑張った。

 いい点数取れたっぽい感触はある。

 甘えたんだから、せめて成績ぐらいは「優」がいっぱい取れたらいいけどな。

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