第35話② 子供(もうすぐ)

 三年生に進級。

 専門分野も増え、実験も週二回。

 それに対するレポート提出もある。

 月~金、みっちり4限目まであり、実験の日は17時を回ることもある。

 忙しいが充実している。

 充実はしているのだが、やはりユキの占めていた部分はとてもとても大きくて…そこだけが全く埋まらない。

 妊娠が発覚した頃、「子供ができたらユキを忘れることができるかも」と本気で思っていた。

 が、実際はどうだ?

 未だにでったん寂しい。

 以前と同じように、寝ているとき泣いているらしい。

 全く変わってないということだ。




 5月。

 本格的に温くなってきた。

 ふと考えてみると、釣りに行ってなかった。忙しかったというのもあるが、哀しすぎて行く気分になれなかった。


 久しぶりに行ってみよう!


 美咲×2と渓と澪を誘って近くの川に大きなお腹で歩いて行く。

 両脇に並び、コケないように庇ってくれているのがたまらなく嬉しい。


 いつか彼女たちに赤ちゃんできたとき、お返しできる機会があればいいな。


 そんなことを考えながら歩いていたら、ポイントに到着。

 初めてテレビのロケに遭遇した場所。

 そして、ルアーで初めて釣った場所。

 懐かしい。


「ここで初めてバス釣ったんばい!んで、テレビにも出たっちゃん。」


 美咲と渓におしえ、思わずはしゃぐ。


「そーなんか。」


「釣れそうな場所やね。ウチらもサオ持ってくりゃよかった。」


「ホントやね。」


 幼馴染美咲と渓が言う。


 若い妊婦さんが釣りしているから珍しいのだろう。

 通りすがりの奥様達がジロジロ見ていく。

 たまに声を掛けられたりして妙に恥ずかしい。



 釣りを始める。

 巻きは座ってしにくいし、巻きっぱなしだから疲れる。

 だから今日はワーム。

 選んだのはゆっくり引ける4インチヤマセンコー。リグはノーシンカーで、カラーはプロブルー。

 ユキと再会したあの日。

 巻きしか経験したことなかった桃代が最愛の人からおしえてもらった初めてのワーム。

 思い出のリグ。

 あまり深く考えたら泣いてしまいそうなので、回想はそこで強制的に打ち切った。


 釣れるかな?


 釣り人の多い関東エリアだからプレッシャーもハンパない。

 でも、今日釣りができて嬉しく思う。

 ゆったりマッタリとヤマセンコーを沈める。

 糸が僅かに波を立て、そして止まる。

 着底だ。

 サオをスッと立て、ルアーを浮かせる。

 サオを下げ、余分な弛みを取り、フワッと落とし着底。

 これの繰り返し。

 やり続けること約15分。

 投げて最初のフォール。

 ゆっくり沈んでいた糸が走った!


「食った!」


 思わず口走る。

 腕だけでアワセたが、重さをしっかり感じた。

 ちゃんと掛ったと思う。

 巻くと派手に暴れるけど大して重くない。

 大きくはなさそう。

 エラ洗いした時、魚体が見えた。

 やはりそんなに大きくなかった。

 でも久々の引きで嬉しい。

 沈んでいるゴロタの隙間に潜りこもうとしている。

 お気に入りのリョウガ2020と撃つ方のブラックレーベルのセット。

 糸はフロロの20ポンド。

 かなりヘビーなタックルだ。

 強引に巻いて、抜き上げた。

 指を広げ測定。

 32cmの丸々した魚体。

 写真を撮って、


「ありがと!バイバイ。」


 釣れたということは、先行者がいなかったか単にタイミングが良かっただけか。

 リフレッシュに来ただけだから、釣れなくてもよかった。でも、釣れればうれしい。

 一緒にいった全員で喜びまくる。


 と、その時。

 大学の知り合いが声をかけてくる。

 一年の頃から知ってはいた。

 話したこともあるが、この頃特に頻繁に話しかけてくる同じ科の男子、山崎教之だった。


「狭間さんってバス釣りするんだ。オレも中学ぐらいまでやってたよ。ってか今、釣ってなかった?」


「お~、山崎君。釣れたよ。久しぶりに来てみたら釣れた。あんまおっきくなかったけど。」


「そーなんだ。身体はどう?」


「まぁいー感じ?もうすぐ生まれるからこれがイチオー釣り納めかもね。」


「そっか。お大事に。」


 手を振って爽やかに去って行った。

 関東の美咲は、


「アイツ、一年の時から桃によく話しかけてくるよね。気があるのかな?」


 実際、入学してすぐに催された新歓パーティーの時からそんな気はしていたが、美咲から見てもそうなんかな?

 自意識過剰じゃなくてよかった…のかな?


「ははは、そらぁないやろ。大学生シングルマザーばい。有り得んし。」


「でも、気になる。なんか恋する目しちょったし。」


「そもそも付き合う気ないし。もぉウチ、誰とも付き合いきらんと思う。」


「そんな寂しいことゆーなよ。いっそ彼氏になってもらえば?アイツ、イケメンだし優しいみたいだし。いー物件だと思うよ?」


「寂しくないよ。もーすぐ赤ちゃん生まれるし。」


 そう言ってこの話題を断ち切り、釣りを再開する。


 流石に二本目は難しい。

 こんなところは関東のメジャーフィールドだ。

 一時間以上同じことをやっているが何の音沙汰もなし。


 やっぱ移動しながら釣らんとダメかな?


 帰ることにした。

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