第34話③ 崩壊(危機)

 桃代の病みが確実に進行していることを美咲と渓は敏感に察知していた。

 そしてついに


 限界が近い!桃代の心が危ない!


 と、判断した。


 ユキに、


『桃がピンチ!会いに来ちゃらんやか?』


 電話すると、


『分かった。次の週末行く。』


 躊躇なくOKしてくれた。


 サプライズで喜ばせちゃろ!


 このことはユキにも言ってある。

 到着したら美咲と渓に連絡が入ることになっている。

 その夜、美咲×2、渓、澪で打ち合わせ。




 そして待ちに待った金曜日の夕方。

 ちょうど四限目終了の時刻。


『今から出る。休憩の度、連絡する。』


 美咲と渓に同じメールが入る。


「渓っちゃ。休憩っち…ユキ、クルマで来るつもりやか?」


「そぉやない?すげーね。桃が羨ましい。」


 桃代のことをどれだけ好きか実感する。

 同時に、


 ウチもユキの彼女やったらな…


 二人の心が痛む。


 数時間おきに連絡が入る。

 軽自動車で向かっていることは分かっていた。

 しかも一人で。

 ここにいる誰もがスゴイと思った。



 土曜日。

 学校は休み。

 ユキが徐々に近付いてきている。

 幼馴染と友達とで、昼前辺りから桃代の部屋にたむろする。

 寮は女子寮じゃないから男の出入りは特に問題ない。

 家族の面会などが可能なため、泊まってもお咎め無しだ。その点はすごく助かる。


 昼過ぎ。


 ガロロロロ…バオンバオン…ガロロロロ…


 来客用の駐車場から凄まじい音がする。

 ユキにはそこに止めるようにと指示していた。

 まさかこの音が…とか思っていると


『着いたよ!』


 と、美咲と渓にメールが着信。

 どうやら間違いなさそうだ。

 渓がわざとらしくならないように部屋の窓から外を見る。

 一階なのではっきりと確認できる。


 来た!


 寮の来客用駐車場に田舎者丸出し、ベッタベタシャコタンで斜めに跳ねあげたでっかいマフラー、ガラスは真っ黒、ビミョーにはみ出したアルミを履いた、えげつないワインレッドの、初心者マーク付き筑豊ナンバーの軽自動車が止まっている。

 中に乗っている人はガラスが黒すぎて確認できない。


 おばちゃん乗りよった軽があんなことに!


 それはいいとして。


 サプライズ開始。

 美咲が渓に指示。


「渓、飲み物買ってきて。」


 これが合図だ。


「OK。みんな何がいー?」


「テキトーでいーよ。じゃ、これ、金。ここにおる人間全員分。」


 美咲が渓にお金をわたす。


「りょーかい!お前も来い。一人じゃ持てんき手伝ってくれ。」


「うん。わかった。」


 渓が桃代を連れ出す。

 桃代の部屋に待機している美咲がユキに電話する。


「そっから寮の出入り口見えるやろ?」


「うん。」


「そこ見よって。今から渓が桃連れてそっち行くき。」


「わかった。」


「確認したらクルマから出てやってね。」


「りょーかい!」


 間もなくユキは、自販機スペースにやってきた桃代を確認する。

 桃代がアイドリングしているやかましいド派手な筑豊ナンバーの軽自動車を見て固まった。


 ユキくん!!でも…なんで?


 考えが追付いてない。


「どした、桃?」


「…なんで?」


「なんが?」


 ニヤッと笑い、とぼける。


「あれ…」


 指をさして震えている。

 涙が溢れてくる。

 そして、頬を伝ったその時。


 ガチャ。


 ドアが開き、


「…あ。」


 部屋でくつろいでいるときのままのカッコ。

 派手なダボダボスウェットの上下に便所サンダル。

 見送りの時より少し伸びた髪は、ボサボサで小汚い。

 その髪はところどころ金色になっている。

 オシャレのつもりだろうか?

 全く似合ってない。


 逢いたくて逢えない大好きな人。

 田舎者丸出しのユキがいた。


 涙をポロポロ溢しながら、フラフラと裸足のまま力なく歩み寄っていき…そっと抱きしめる。


「逢いたかったぁ…逢いたかったよぉ………」


 掠れて聞き取れないくらいの細い声。

 泣いてそれ以上言葉にならない。


 この光景を近くで見ていた渓。

 感動とは程遠く、むしろ痛々しいと思った。

 可愛そう、という表現の方がシックリくる。


 ユキを確認した瞬間、一目散に駆け寄って、いつものような元気で可愛らしくて残念な桃代に戻るとばかり思っていた。

 が、実際は…。

 こんなはずじゃなかった。


 これ…ユキ帰ったらどげなるん?


 渓は恐れる。


 もしかしたら、このサプライズはやっちゃいかんかったっちゃないんか?


 後悔したけどもう遅い。

 病んだ心が悪化しないことをただただ祈った。


 クルマの中でひとしきり泣いた後、友達に紹介するため、桃代の部屋にユキを案内する。

 僅かな時間も離れたくないのだろう。手はつないだままだ。



 桃代の部屋にて。

 ドアを開けた瞬間、全員がユキに注目。

 あまりのダサさに言葉も出ない。

 見ている方が恥ずかしくなってくる。

 ビミョーなテンションだ。


「ども。小路有機です。」


 軽く会釈するユキ。


「噂の…ユキくん?」


 関東の美咲が聞く。

 以前、桃代が関東にいた時、写メで顔は見たことがあった。

 面影がある…ような気はする。

 制服姿だったため、そこまで残念な印象は受けなかったが、実物はどうだ?

 田舎者丸出しの、あまりにもダサダサなカッコ。

 強烈な残念臭が漂う。

 苦笑しか浮かばない。


 桃、こんな男のどこがいいの?


 これが第一印象だった。


「そ!」


 嬉しそうな桃代。

 大学に入学してから今まで、こんな幸せそうな笑顔を見たことがない。

 病みの激しさが強烈に伝わってくる。



 幼馴染の方の美咲は額に手を当て、


「ユキ~…お前、もぉちょいマシなカッコで来いよ~。あん時選んじゃった服、どげしたんか?」


 渓は、


「クルマから出てきてビックリちゃ。お前、家ん中やないんぞ?そげなカッコじゃ、これから外行かれんめぇが。飯食い行くとき、どげするつもりなんか?」


 容赦なく突っ込み呆れ果てる。

 彼女たちの問いに対し、


「家帰らんずく、直で高速乗ったきね。」

 訳:家に帰らないまま


 律儀に答えるユキ。

 それがまたあまりの答えでますます呆れ果てる。

 頭をかきながらヘラヘラしているユキ。


「マジで?家帰らんずくっち、お前…そのカッコのまんま学校行きよん?恥ずかし過ぎ!少しは考えな。桃が恥ずかしいぞ。」


「高校よか悪化しちょーやねぇか。高校は制服があっただけまだマシやったの。」


 あまりの言われようである。

 ユキは申し訳なさそうに、


「そっか。このカッコっちおかしいんやね。分からんやった。ごめん、桃ちゃん。恥ずかしかった?」


「ううん。そげなことない!二人とも言い過ぎ!」


 責められている彼氏を一生懸命庇う。

 澪は聞きなれない方言のやり取りを目の前にして、焦る。

 心配そうに、


「ねぇ、美咲?渓?怒ってんの?ケンカしちゃだめだよ。」


 思いもよらない質問をされたため、


「へ?なんで?」


 思わず変な声が出る。


「だって…口調が怖い。」


「マジで?そぉなん?これ普通ばい。桃も普段こげな感じやし。」


「そーなんだ…よかった。ケンカ始まったのかと思っちゃったよ。」


 筑豊弁は普通に喋っていても怒っているように聞こえるらしい。


 ユキは、お土産の南蛮往来(ラズベリー味12個入り2ケース)を渡す。


「わざわざありがとね。福岡のお菓子?早速食べよ!」


 包みを開け、全員にお菓子を配る関東の美咲と澪。


「うっは~、ユキ。ド定番過ぎ!まぁ好きやけど。」


 美咲が懐かしがりながらダメだし。


「今、何種類か味出ちょろぉもん?クリとかブルーベリーとか。」


 渓もワンパターン過ぎてダメだし。


「そぉいやあったね。でも、関東の人おるやろーっち思って。まずは定番かな~っち。」


「まぁいーや。美咲、澪、食ってみ。これ、結構うまいよ。」


 美咲が食べるよう促す。


「あ!これ私好きかも!」


「うん。いーね!これってお取り寄せできんの?」


「できるっち思うよ。ホームページでなんかそーゆーの見たことある。」


「じゃ、今度しちゃお!」


「うまかったならよかった。」


 評判よかったので安心する。

 とりあえず落ち着いたところで、


「福岡からずっと高速で来たの?」


 質問が始まった。


「うん。」


「スゴイね!どれくらいかかったの?」


「ん~…分からん。向こう出たのは5時前ぐらいやったかの?休み休み来たばってんが、多分20時間まではかかっちょらんめーや。」


 筑豊弁丸出しだ。


「彼氏、すごいね!桃、愛されてんじゃん!」


「へへへ。」


 不甲斐なさを痛感する。

 考えてみると、帰りも同じ時間かけて帰らないといけない。

 事故にも気を付けないといけないし、お金もかかる。

 申し訳なさでいっぱいだ。


 そして。


 離れられるのか?


 最大の心配事。

 今は満たされているが、明日には帰らないと月曜日の授業に間に合わないのでは?

 考えたくない。

 今だけは現実逃避。



 結局ユキを連れて歩くのは恥ずかしいというコトになり、コンビニやスーパーで買い物。

 ちょっとした飲み会みたいになる。

 いろんなことをバラされまくる。

 昔の話や関東での話。

 中学高校時代の話。

 ラッキースケベの話。

 特に、ラッキースケベの話は盛り上がった。

 ユキと桃代に関することばかりなので、二人して照れまくっていた。

 あとは、今学校でやっていることなどの近況報告。

 偏差値的には桃代の学校の方が高いが、ユキの学校はより実践的な感じ。

 話もひと段落ついたところで、


「じゃ、あとは二人の時間!」


 そう言われ、みんなかき消すようにいなくなった。

 その夜は久しぶりにいっぱいギュッとしてもらった。

 抱きしめてもらったまま眠る。


 楽しいひと時は、過ぎてゆくのが特別早い。

 一緒にいるときは満たされていたが、いざ帰る時間が迫ると寂しさがこみあげてくる。

 楽しかった後のリバウンド。

 依存の強さが負の力として働き、桃代の幼くて脆い心を猛烈に蝕んでいく。


 耐えられなかった。

 逢わなければよかったと思った。

 またさらに壊れた気がした。


 しばらく涙もろい日々が続く。

 最悪の展開だ。


 友達全員で慰める。

 そして、やったことは浅はかだったと謝った。

 桃代は感謝こそするが怒ったりしない。

 しかし、見ている方としては相当痛々しい。




 しばらくして。

 泣くことは少なくなったが、ユキのことを連想する言葉が出ると、あからさまに表情が曇る。


 飲み会が結構なペースで催されているが、誘いは全て断った。

 気分を切り替えることができないからだ。

 寂しさを誤魔化すため、勉強を頑張る。

 おかげで前期試験はトップクラスの成績となった。

 でも全く満たされない。




 試験が終わるとすぐに夏休み。

 帰る日が待ち遠しくて仕方ない。

 帰省のための学割をソッコー取る。


 そして帰省当日。

 美咲と渓はバイトで少し遅れるから帰りは一人。

 今回は飛行機で帰る。

 電車に乗って、モノレールに乗って羽田。

 乗り換えで荷物を持って回るのが意外と面倒臭い。


 待ち時間入れたら新幹線と変わらんくない?


 そんな気がした。


 乗り換えが少ない分、新幹線の方がよかったかな?


 飛行機に乗る前、ユキに連絡。

 空港まで迎えに来てくれるらしい。


 やっと逢える!


 空港に着くとユキが待っていた。

 荷物を奪い取られ、手ぶらになった。


 クルマに乗り込んだ瞬間…感極まって抱きついた。

 涙が自然と溢れてくる。

 頭を撫でてもらう。

 凄く落ち着く。

 ずっとこのままでいたい。


 運転しながらユキは空港でのことを考える。

 車に乗り込むなり抱きついてきた。

 その行為自体は嬉しいのだが、大切な彼女のことだ。

 見るだけでわかってしまう。

 最初に上京したときよりもはるかに病んでいる、と。

 心配がこみ上げてきた。

 別離が決定した時から悪い予感がしっぱなしだ。

 

 家に向かう道中。

 バネを2巻き半切ったシャコタンだから突き上げが激しい。

 橋やアスファルトの継ぎ目でCDが飛ぶ。

 超絶悪い乗り心地。でも、それがいい。

 大好きな人のクルマ。

 同じ大学だったら…いつも乗せてもらえたのに。

 考えると切なくなってしまう。

 

 

 夏休みはできるだけ一緒にいてやろう。

 それで少しでも普段の「彼女らしさ」を取り戻してくれればOKだ。


 帰省したその日は家族で食事に行ったらしく会わなかったが、次の日からは一緒に過ごす。


「今すぐ来てほしい。」

 午前のうちに連絡が入る。

 すぐに家に行く。

 甘え方が激しい。

 部屋に入るとすぐに求めてきた。

 性欲を満たすための行為ではないことがはっきりと分かる。

 関東での寂しさを目一杯感じ取れた。

 それを必死にかき消そうとしている。

 応えるため、気が済むよう好きにさせる。


 ここまで依存していたとは…。


 痛々しい。

 心を修復するため、桃代が望むことはできるだけ実行してやる。

 夏休みは幼馴染達全員でも遊んだが、ほぼこんな調子で過ぎていった。

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