第34話② 崩壊(悪化)
病みに病んだ大学生活が始まる。
入学式。
朝、目が少し腫れていた。
昨日は遅くまで一緒にいた。
その時は泣いてなかったから、別れたあとで泣いたということになる。
二人から慰められながら、式の会場である体育館へと向かう。
全学部全学科での入学式。
キャンパス内の最も大きな体育館で行われた。
式が終わり、それぞれの学科に別れ説明会。
指示のあった教室に移動する。
教室に入り、見渡した。
工学部なので女子は圧倒的に少ない。
一割いるかどうか。
ただでさえ背が高いから目立つ桃代。今は火傷の痕を隠すため、髪を下ろしている。そのため、教室の中にいる女子の中でもずば抜けて可愛く見える。
男たちの視線がどうしても集まってしまう。
うわ~…男ばっか。しかも、でったん見られよぉし。好かんなぁ。それにしても女子少なっ!っち、当たり前か。工学部やもんな。一緒の学校のモンもおらんし、とりあえず女子の集まりに混じっちょこ。
男の視線を避けながら、女子の集団の方に歩いていく。
と、その中から一人、驚きと喜びの混じった表情でこちらに向かって小走りで近づいてくる女子がいる。
「桃っ!」
名前を呼ばれた。
懐かしい声。
とても見知った顔だった。
「…美咲?」
関東にいた頃の仲良し三人組の一人、磯村美咲が同じ科にいた。
当時からキレイ系で可愛い子だったが、この数年ですっかり大人っぽくなっていた。
面影が菜桜とモロにカブる。
美咲、こげん菜桜に似とったんやな。
そんなことを考えつつ。
「久しぶり~!」
「…うん。」
感動的な再会…のはずなのに、心から喜ぶことができず、中途半端な受け答えしかできない。
ぎこちない態度になってしまっていた。
本来なら嬉し過ぎてバカ騒ぎするキャラなのに、あまりの寂しさから本来の自分が出せないでいた。
それほどまでに酷い病みを感じる。
でったん重症やな。このまんまじゃいかんな…。
とか思っているのだけど、表情は曇ったまま。
再会の嬉しさで、
「たまに電話とかメールしてたじゃん!ここ決まったんなら連絡ぐらいしろよな!」
テンションMAXな美咲から、冗談っぽく責められる。
この大学に合格した頃は、入学するなんて全く思っていなかった。保険的な気持ちでしか考えちゃいなかったのだ。
度重なるハプニングで、やむを得ず入学してしまった学校。
行くつもりなんか全くなかったので、おしえるわけにはいかなかったのだ。
その後、起こった不運でユキと同じ大学を受験することができず、落ち込み過ぎて連絡することすら忘れていた。
「ごめん…」
またユキを思い出し、あからさまに泣きそうになってしまう。
当然の如く、
「ん?どした?なんかあった?」
心配する美咲。
この何年か、離れてはいたけど桃代の普段の様子はある程度知っているつもり。
異変を一撃で見破ってしまっていた。
「…。」
言葉に詰まる桃代。
「何があった?」
優しく問いかける美咲。
「いや…その…なんでもない。」
心配されるのが嫌で、有耶無耶な受け答えをしてしまった。
説明会が始まる。
これからすべきこと、時間割の組み方の注意、上級履修、単位についてなどの説明を受ける。
二時間ほどで終わり、美咲と二人、学校を後にする。
帰る途中、
「キャンパス内の寮に住んでるんでしょ?一旦帰って荷物置いたらすぐ部屋に行くよ!」
先程の様子がものすごく気になっていた。
「…うん…わかった。」
約束し、部屋の番号をおしえる。
寮に戻り、部屋の片付けをする。
ある程度の人数がくつろげるスペースは確保した。
細かなところはまだだけど、とりあえずいつでも人を呼べる広さにはなった。
ちょうどその頃、美咲(幼馴染の方)にドラマチックな事件が起こっていた。
大きな体育館で大学全体の入学式を終え、指定された教室に向かう。
桃代と渓は別の学部だから、これより先、知り合いはいない。
教室に入り全体を見回す。
女子は3~4割といったところか。
ひとまず女子の集団へと紛れ込むことにした。
様子をうかがっていると、
「~ばい。」
ん?
聞いたことのある方言が耳に入ってくる。
「~しよったったい!でね…」
「~ば、せんといかんとかいな?」
あ、これ…多分博多の方の言葉やん。ちょっと喋りかけてみよ。
すぐにどこ出身の人か分かったため、
「あの~。」
話しかけると、
「「ん?」」
ふり返られた。
「自分ら…博多の方の人よね?」
聞いてみると、
「うん。そっちも福岡県民?」
ビンゴ!
「うん。ウチ、筑豊。」
「出たっ!ヤクザとヤンキーの町の人!」
エライ偏ったイメージを持たれているみたいだが、そこにイヤさは感じられない。正直少しホッとする。
「筑豊っち博多の方じゃそげな認識なんて。」
「うん。クルマ運転するとき筑豊ナンバーのクルマには軽でも近寄ったらいかんて親から言われとぉよ。で、自分、名前なんてゆーと?」
「横溝美咲。よろしくね。」
明るく自己紹介。
同じ県出身ということもあり、早速打解けそこから輪が広がってゆく。
「福岡からっちゆーことは、寮に住んじょーっちゃろ?」
「うん。」
「んじゃ帰っても一緒やね。」
「寮でもよろしく!部屋遊びおいでね。」
「おぅ!ところで二人はもう免許取った?」
「取ったよ。女では珍しい(?)ミッション。目指せ走り屋!AE86買う!って、こっちじゃクルマいらんけん、卒業してからやね。」
「ワタシもミッションばい!せっかく免許取るんなら、どっちも乗れた方がいーよね!」
「そーなんて!ウチもなんちゃ。自分だけかっち思ってエバり散らすとこやった。あぶねーあぶねー。」
「あはは。でも珍しーと思うよ。ウチらの周りて、みんなオートマやし。」
「そうそう。女でミッションてウチらだけ。」
どうでもいいことで盛り上がっていると…偶然、この会話を近くで聞いていた者がいた。
友達と喋りながらもついつい聞き耳を立ててしまう。美咲の言葉の語尾の、「~ちゃ」とか「~ち」とか「~ちょー」がやたらと耳につくのだ。
あれっ?この方言…聞き覚えあるぞ。えーっと…そうだ!これ、桃の喋ってた言葉だ!懐かしいな。もしかしてこの子、桃の知り合いだったりしてね。ってゆーか、知り合いだったらいーな。
まさかそんな都合の良いことはないだろうと思いつつも、少しだけ期待して会話中のグループに接触を試みる。
「あのっ!ちょっといいかな?あなたの言葉って筑豊弁だよね?」
茶髪ロングでオシャレな、いかにも「関東な人」が超マイナーな方言を知っていることに心底驚いた。
考えもしなかった展開。
「へ?自分、なんで筑豊弁やら知っちょーん?」
逆に興味を示す美咲。
「ごめんね、突然。あー、懐かしーな、その響き!私、桜井澪って言います。」
「自分は横溝美咲。」
相手のテンションに若干戸惑いつつも自己紹介。
「マジで?私のつれも美咲だよ?」
「そーなんて。この名前、ホントに多いんやな。」
「みたいだね。でね、あのね、すっごい仲良しで筑豊出身の子がいたんだよ!」
「なるほどね。筑豊の人間に知り合いがおるんなら、ウチの言葉聞いたらすぐ分かるよね。納得。」
「で、その子のハナシの続きなんだけどね。小四の一学期だったかな?こっちに転校してきたんだよね。」
既に知り合いだと決めつけ、嬉しそうに話す澪の言葉に、
ん?小四の一学期?関東に転校?
何かが引っかかる。ものすごく引っかかる。
引き続き話を聞いていると、
「見た目も性格もめっちゃ可愛いの!可愛いんだけどその子、顔の左半分に大きな火傷の痕が…」
今度こそ本当に驚いた。
顔の左半分に大きな火傷の痕がある女の子なんて、そうはいない。
話している最中なのに、
「はぁ?それっち桃やないん?」
思わず叫んでしまう。
美咲の劇的な反応を見て、
「えっ?…え?やっぱ、あなたって桃の知り合いなの?」
爆発的に上がるテンション。目がものすごくキラキラしている。
「知り合いもなんも、幼馴染やが!」
「マジで!すご~い!話しかけてよかったよー!桃、今どこで何やってんの?」
「ここの学校におるよ。工学部の環境化学コース。」
「え?そーなんだ!って、その学科、つるんでたもう一人の友達いるよ!さっき言ってた美咲。じゃ、今頃会ってるんじゃないかな?」
「そうかもね。そっか~。なんかすげーね!」
あまりのドラマチックな展開に、両者感動すら覚えていた。
「福岡から来てるってことは、敷地内にある寮に住んでるんでしょ?今日、終わったら遊び行ってもいいかな?」
「勿論!で、桃に会ってやって!あいつ彼氏と離れ離れになって、でったん落ち込んじょーんっちゃ。かなり深刻な事態やき、慰めにきてやって?」
「そーなんだ。それは是非とも行かなきゃだ!」
こうして美咲と澪は友達になったのだった。
説明会が終わり、渓と合流。
「渓ぃ~、おつかれ~。」
「おぅ、美咲。なんか、お前。いきなし友達できたんか?」
「そーばい。っちゆーか、スゲーっちゃが。この人、桃がこっちにおった時の友達げなばい。」
「どーもー。桜井澪といーまーす。いや~、ホントビックリしたよ~。これからよろしくね!」
「マジで?でったんスゲー偶然やね。ウチは河内渓。こちらこそよろしく!」
澪を紹介すると、そのまま三人で寮へ。
桃代はというと。
部屋の片付けも粗方終わり、飲み物で喉を潤し中。一息ついた頃、ドアをノックする音。
「開いちょーばい。入りぃ?」
返事をするとドアが開く。
「よっ!桃。」
美咲と渓の姿。
「お疲れ…ん?」
…の他にもう一人いる。
誰?
とか、思う間もなく。
「オ~ッス!桃ぉ~!久しぶり~!」
部屋に駆け込み、抱きついてきた。
「へ…澪?」
「正解!」
感動の再会第二弾。
澪登場!
今ここに、関東時代の仲良し三人組が再結成だ。
「なんで?」
混乱しまくる。
なんで幼馴染と一緒に関東の友達が?
考えていると、その考えを読んだように
「ウチと同じクラス。福岡県民同士で喋りよったら声かけてきてくれた。」
知りたかったことをおしえてくれる。
「そーなんだよ!言葉が桃と同じだったから、関係者だったらいーなって思って。期待して声かけたら大当たり!」
嬉しそうに事の成り行きを説明。
感動の再会で盛り上がっているところに関東の美咲がやってくる。
「桃~っ。きたよ~って、澪…何でもぉいんの?一緒に桃ビックリさせるつもりだったのに。」
「ん?桃の幼馴染と友達になってね。桃もこの学校にいるよってハナシになって。ついてきた。」
「そーだったんだー。スゴイ偶然!電話出ないと思ってたらそーゆーことだったんだ。」
「ホントだよねー。って、え?電話したの?」
バッグからケータイを取り出し着信時間を見る。
「あっ!ホントだ!ごめんごめん。気付かなかった。これってちょうどそのことで盛り上がってた時間だ。今度からまた一緒だね。楽しくやってこーよ!」
「うん。」
「んじゃ、二人が桃の幼馴染ってこと?」
「そーでーす!ウチ、横溝美咲。」
「え?あなたも美咲なんだ!どんな漢字?」
「ん?『美しい』に『咲く』。」
「全く同じだし。W美咲だね!これからよろしく!」
「こちらこそ!」
「ウチ、河内渓。経済学部。よろしく。」
「うん!仲良くしようね!」
「うん。」
明るく自己紹介をする幼馴染。
それとは逆に桃代は…。
寂しさを拗らせて、うまいこと感情がコントロールできなくなっていた。
普段の桃代がどういったキャラか知っている関東の友達二人。
必死に明るく振舞おうとしていることが呆気なくバレる。
「桃、元気出そうぜ!」
事情を聴いていた澪が早速励ます。
みんな優しいので一気に慰めモードに変わってしまう。
「コイツ、彼氏と同じ学校行けんで。今、ダメダメなんよ。」
関東の美咲に渓が説明する。
「あ~。だから教室で会った時、寂しそうな顔してたんだね。そっかそっかぁ。それは悲しいね。」
「吐き出して楽になっちゃいなよ!聞いてあげるから。」
そして、ことのアラマシを洗いざらい吐いたらやっぱり泣いてしまう。
「そっか。そんなことあったんだぁ。それは悲しいよ。落ち込むなとは言わない。目一杯落ち込んだら、そのあとは元気出しなよ!」
明るく元気付ける。
初日から慰めてもらってしまった。
楽しくなければならない場を盛り下げてしまい、申し訳ない気持ちになった。
「なんか…ごめんね。ウチのせいで。」
自覚はしている。
泣きながら謝る。
「ううん、そんなことないよ。来れるときは必ずここ来るから!落ち込んでも大丈夫!」
相変わらずいい友達だ。
美咲と渓も少し安心する。
少しは気が紛れるやか?
期待する。
4年間持ち堪えてほしい。
心からそう願った。
それがユキとの約束だから…。
ゴールデンウィーク前。
全学年で、科の新入生歓迎パーティーが行われる。
誘われ参加すると、またいつもの如く顔について聞かれる。
聞かれるたび経緯を話す。
気の毒がられたり、無傷の方を褒められたり。
歳を重ねれば、心の中ではどうか分からないが、表面上はみんなウマいこと流してくれる。
先輩から酒をすすめられるが、未成年なので一応断る。
グルッと見回すと、所々でいい雰囲気になっていたりする。
みんな楽しそう…
見ていると余計に気分が滅入る。
場に馴染むことができない。
沢山声をかけてもらえるけど…。
好意的に接してもらえるけど…。
何もかもダメだ。
気持ちの切り替えができなくなってしまっている。
普段のバカ騒ぎが全くできない。
どんどん「らしく」なくなっていく。
あまりにも辛くて、
今後、二度とこのような場には参加しない。
そう心に決めた。
こんなふうに考えてしまうとは…かなりの重症だ。
雰囲気に耐えられず、ユキに現状をメールする。
すぐに返事が来て少し気が楽になる。
ユキは釣りの他にもクルマが趣味になったらしい。
母親の乗っていた軽自動車(4速MTのH42V型ミニカ、ド初期モン)を貰い、友達といじっているみたい。
写メが送られてきた。
なんか楽しそう…。
今すぐ帰りたい。
帰って抱きしめてもらいたい。
そう思っていたら、最後にユキが「寂しい」と言ってきた。
同じなんだ…。
ユキも我慢している。
寂しいけどウチも我慢!
そう自分に言い聞かせ、納得する…フリをした。
ツラい。
心が軋み、壊れ、悲鳴を上げているのが分かる。
「重症だね、桃。早く元気になんなよ?」
美咲が表情を見て、気遣ってくれる。
「うん…。」
ずっと側にいてくれていてホントに助かった。
ゴールデンウィーク。
帰省したら、大学を辞めてしまいそうなので、でったん我慢した。
幼馴染二人はバイトを始めたため、こちらに残っていた。
いつもの四人のうち、誰かが必ず慰めに来てくれた。
ありがたい。
けど、心配かけ過ぎだ。
こんなんじゃダメだ。
予想外だった。
ここまで木端微塵に病むとは思いもしなかった。
依存し過ぎているのには気付いていたが、まさかここまでとは。
この先、良い方に向かう気が全くしない。
日に日に蝕まれていく心。
同じ境遇の同級生はどうやって割り切っているんだろうか?
不思議でたまらない。
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