第54話① 環の帰郷(報告)
島元環。
幼馴染女子チームのリーダー的存在である。
菜桜と二人でずっと女子チームを引っ張ってきた。
福岡が本社の食品会社に就職し、販売促進として県外に赴任されていた。2年ほど前結婚したものの、離婚して近々仕事を辞め帰ってくるらしい。
数日前、ユキにそういった内容の電話があった。
すぐ近くにいた桃代は会話の内容から相手が環だと分かり、以前のこともあってあからさまに表情が曇る。
これまで割とちょくちょく連絡はあっていたのだが、文字だけでの会話でしかも何気ない話題ばかり。だから通話をするのは本当に久しぶり。直前でも1年くらいは経っているように思う。その時は出産がどうとか言っていた。
というわけで、環には子供が一人いる。先輩営業マンである元旦那との間にできた子供で、1歳になる女の子だ。
会うのは大学を卒業して以来ぶり。4年ぶりの再会ということになる。
足はほぼ治っていて、普通に歩けるようになったらしい。
病院とは完全に縁が切れたとのこと。
本当によかった。
それを機に、AT限定免許の限定解除をし、MTにも乗れるようになった。
ちょっとだけ(吸気系、排気系、コンピューター、足回り)チューンしたクルマで山に走りに行っていたらしい。その時の愛車は走り屋さんのド定番180SXで、かなりのクルマ好きになっているっぽい。
挨拶的なやり取りもソコソコに、クルマのハナシで盛上る。
「ユキはまだあのミニカ?」
「うん。あれもまだあるけど去年新車買った。」
「それ聞いてないぞ。そっかぁ…いーね。ウチ、クルマ無いんよね。帰るときは新幹線。子連れで電車乗り換えるのキツイき迎え来ちゃらんやか?」
ホントは電車を乗り継いで帰っても大してキツくないのだが、好きな人の運転するクルマに乗せてもらいたくてこんなことを言っている。
計画的犯行だ。
「いーよ。どこ?」
ユキも二つ返事で引き受ける。
純粋に幼馴染だからという理由なのだが、桃代にとっては第一級警戒人物なので、非常に面白くない。
横でどんどんブスくれていく。
「小倉。新幹線乗る直前に電話する。」
「りょーかい。」
「ところでユキ、新車っち何買ったん?」
「えっとねー…」
ユキのクルマは説明が少々面倒臭い。
クルマの名前を言って一発で分かってもらえる確率は1割弱といったところか。相当クルマに詳しい人にしか分かってもらえない。ほとんどの場合、何それ?とか、ハイエースレジアスとは違うん?といったリアクション。存在すら知らない人ばかりだ。「ハイエース」といえば一発で通じるんだけど、そうは言いたくない。ここは持ち主としてこだわりたいトコロなのだ。
説明の仕方を考えていると、
「やっぱ言わんでいい。ヒントおしえて?」
「ヒント?ヒントねぇ…」
「エンジンは?」
「3リッター。ツインカム『16』のインタークーラーターボ。」
3リッターという言葉から、セダンやクーペを連想してしまっていた。
『16』と言ったのに、先入観で『24』と決めつけてしまっていたのだ。
「ドアの数は?」
「4枚。」
「色は?」
「緑。」
「大体わかった。」
なんとも得意げである。
色んなストレスから解放されて、普段より2割増しぐらいに明るい。
普段はというと、冷静なツッコミを入れたりとか、妙に計算高かったりとかそんなキャラで、比較的大人しく喋る。だから、バカ騒ぎするときのテンションとのギャップがかなり大きい。
ノーマルな状態が明るいのは、かなりのレアケース。
ちょっとだけ新鮮な気がした。
結構長いこと話し、電話を切る。
横でそのやり取りを聞いていた桃代が、
「なんか楽しそうやったやん。」
ビミョーに機嫌悪い顔で突っかかってくる。
「そらー話すの久しぶりやき楽しいよ?」
「へ~…そらーよぉ御座いましたな…バカ。」
困ったものである。
まぁ、大学2年の時の件で複雑な気分になるのも分からなくはない。
なので、素直に謝る。
「ごめん。」
「ふん…」
相手がミクの場合、冗談半分なので怒ったフリするだけで終わるのだけど、環の場合はどうしても別の感情が湧きあがってきてしまう。よって、長引く。
「ごめんね。」
ちゃんと謝った上で、機嫌が自然に治るのを待つしかない。
この日のブーたれは寝るまで続いた。
お迎え当日。
桃代はこの日、急ぎの分析が入って休日出勤となり、一緒に行けなくなってしまっていた。大体いつもこんなふうだ。同行したい時に限っていつも、なのである。もはや神憑っているとしか言いようがない、とは桃代談。
ちなみに原子吸光の前処理なので6時間+α=ほぼ一日かかる。
お守りのため(桃代の安心のため)に有喜を連れて行かせようと思っていたら、ユキの方の爺婆から奪い取られた。
結局ユキ一人で行く羽目になる。
完全にブルーになっていた。
環の子供はまだ1歳になったばかりだと聞いている。
有喜の使っていたチャイルドシートを積み込む。
ユキのクルマは後部座席にシートベルトが無い。
だから、助手席にセットした。
桃代が出社する時、
「くれぐれも気を付けてよ!帰りにラブホとか絶対ダメやきね?」
念を押される。
それを聞いて、
「そげなことするわけないやん。オレら夫婦よ?もっと信じてよ。んで、環ちゃん子持ちよ?子供も一緒おるんよ?そげなんでラブホ行く?」
呆れながら笑って答えたものの、桃代は全く笑っていない。大マジだ。信用していない感がビンビン伝わってくる。
何故ここまで信用しきらないかというと、高校や大学の時の件は勿論のこと、容姿や性格などにも原因がある。大学2年の秋に会ったきりだが、その時点で既に地味さがいい感じで大人っぽさに進化していた。相変わらず目立つ顔立ちではないのだが、高校の時と比べるとキレイさが圧倒的に増していた。服のセンスは抜群。そして爆乳。菜桜と比べると若干身長が低いため、さらにグラマラスさが強調される。よって、見た目のエロさは菜桜以上だ。桃代の持ってないモノだらけで全てが羨ましく思えるレベル。それに加え優しさや包容力もあり、しかもこれを計算したうえで出してくるから、本当に質が悪い。本気を出されればユキを取られるとさえ思えてしまう。
結婚したと聞いて完全に安心しきっていた。「菜桜」という最大級の脅威が千尋とくっ付くことにより去った。よって、今一番に警戒すべきはミク!と思っていたのだが、まさか離婚して戻ってこようとは。子持ちとは言え独り身だ。どんな行動に出るのか予想がつかないため、油断できない!と、思っている。どうしようもない妄想を自ら生み出し、追い込まれてしまっている桃代だった。
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