第47話① 別の道(気持ちと反対)

 5月。

 桃が関東から帰ってきた。

 本人から直接連絡があった。


 しばらくして地元にいる幼馴染女子全員で飲みに行く。

 桃のおかえりなさい飲み会。

 前回…一週間前になるが、この時も誘われた。だが、どうしてもユキに会うのが怖くて申し訳なくて、参加することができなかった。

 こうなることが分かっていたため、女子会という形で再度設定してもらったというわけだ。


 久しぶりに会う桃は、少し大人っぽくなっていた。キレイさがかなり増している。

 純粋に羨ましいと思った。

 偶然、ユキと同じ会社に就職していたらしく、異動の話が出る少し前に存在を知ったそうだ。

 戻ってきてからは仕事上のパートナーでもあるとのこと。

 こちらには事故による欠員を補うための異動で戻ってきた。

 その事故は知っている。近所だし、テレビで何回も放映されていた。死者まで出てしまった大変悲惨な事故だと記憶している。亡くなった社員はユキの彼女で、結婚の約束までしていたらしい。



 以上の話からも分かるように、全て語尾が「とのこと」か「らしい」だ。

 大学二年でやらかして以来、ユキとは完全に接触を絶っていたため、近所に住んでいるにもかかわらず、情報が一切入ってこなかったからだ。

 よって、こういうコトになってしまう。

 知らないことばかりで、取り残された気分になる。


 それにしてもパートナーか…羨ましいな。互いが強く思い合っちょったら、自然に引きあうんやろか?


 何か、神憑り的なモノにさえ感じてしまう。


 桃は今、物理的にも最もユキに近い位置にいる。


 再会してしまった。

 ということは、遅かれ早かれ元通りの関係になることが容易に想像できる。


 完全に終わった…よね?


 でも、未練が…。



 この恋、もしかしたらいつか報われる時が来るのかも?


 心のどこかで、ずっとそう思い続けていた。

 その思いに縛られ続け、他の人を好きになることが出来ずにいた。

 告られたことは何度もある。小学校の頃から数えると、恐らく20回とかそれくらいはある。

 可愛いとかキレイとか、そういった自覚は無いのだが、どうやらモテる部類のようだ。

 有難い話である。

 しかし、ユキ以外考えられないので申し訳ないが全て断った。

 社会人になってまで断り続けた結果、今ではもう誰も言い寄ってこなくなってしまった。

 どうやら既に彼氏がいると思われているらしい。

 飲み会の時、会社の同僚からそれとなく聞いた。

 既に、いつ結婚してもおかしくない年齢に差し掛かってはいるのだが、生れてこの方彼氏なんかいたコトがない。

 正真正銘バージンだ。

 というよりファーストキスですらまだである。

 厳密には高三の時、ユキと買い物に行った際、感極まってそれっぽいことをしてしまったが、それでも僅かに外した位置だった。


 今考えれば、ユキに対してはことごとく「好き」が空回りしていたように思う。


 あの時こうしていれば、もしかしたらなんとかなった?


 後悔の場面のみが、鮮明に思い出される。


 最も悔やまれるのが大学二年。

 夏休みが終わった頃の出来事。

 ユキに会うことができなくなってしまった直接の原因だ。


 桃を見送りに行く。

 駅のホームにて、いよいよ列車が出発するという時。

 ユキに激しく抱きつき、泣いている姿がすごく痛々しい。

 時間が経つにつれ、慣れていくものだと思っていたが…そうではなかったみたい。

 帰省する度に病んで、壊れていくのが分かる。

 ここまで依存が強かったとは。

 おかしなことにならなければいいが、と心配する。

 

 その心配が現実のものとなってしまっていた。

 次の日、渓と美咲から連絡が入り、桃がユキと別れたことを知る。

 かなり酷いことになっているという。

 他の幼馴染と話し合い、数人単位で慰めに行くことにした。

 学生だったのである程度時間は融通が利いた。心配だったこともあり、第一陣として関東に赴いた。

 会ってみるとそれはそれは酷い有様で…。

 その日は泊まり、一晩中慰めてあげた。帰る頃には少しもち直したようで、笑顔を見せてくれた。

 幼馴染や仲の良い友達全員が行き終わった頃、「ユキのこと以外では、普段通りになった」と連絡があった。


 その連絡の後、全員揃ってユキの部屋に行くことにした。

 落ち込んでいるのは分かっていたから慰めるつもりでいた。


 桃が少し甘え過ぎなところもあるけれど、見ているとほのぼのとした気分になってくるような、そんなお似合いのカップルだった。そして、とにかく心の結びつきが強く、入れる隙が全くない。だからこそ、自分の恋心を無いことにしてまで桃に「譲った」のだ。何があってっも別れてほしくなかった。

 それなのに…


 簡単に要求を飲んでしまいやがって!

 

 考えていたら、沸々と怒りがこみ上げてきた。


 我慢した意味ねぇ!譲った意味全くねぇやんか!こんなことになるなら、力ずくで桃から奪い取ればよかった!


 次々と湧き上がってくる一方的なこちらの言い分。


 ユキに怒りをぶつけるとか筋違いも甚だしいのでは?こんなんじゃダメだ!嫌われてしまうぞ?


 僅かに残った冷静な部分が警告し続ける。


 が、しかし…


 抑えられなかった。

 ついに、慰めようとする気持ちを怒りが上回り、暴走。



 部屋に入ると、今まで見たことないくらい落ち込んでいる。

 こちらを向き、


「ははは…ダメになった…」


 力なく笑う。

 無理して作った笑顔からは、痛々しさが強烈に伝わってくる。


 ダメになったじゃねぇちゃ!譲ったのに簡単に別れやがって!ウチの我慢はどげしてくれるんか!


 と思ったときには遅かった。

 ほぼ反射的に、


「ユキ!なし桃の要求飲んだ?」


 怒鳴ってしまっていた。

 その瞬間、冷静さを少しだけ取り戻す。


 しまった!何しよん、ウチ?おかしいやん!ユキに怒ってもしょーがないやろ!どっちかっちゆったら、あんな判断した桃を怒らないかんのに。フラれたユキは慰めてあげんといかんのやないん?


 こんなの単にイラついた感情をユキにぶつけているだけ。何の解決も見込めない。それなのに…自分の不器用さに呆れてしまう。


「そーて!バカ!お前、たいがいせぇよ!それぐらい考えりゃ分かるやろーが!」


 千春も叫んでいた。

 何も喋らないユキの表情からは明らかな諦めが感じられ、それがまた怒りを増幅させる。


「あれが本心なワケないやろーが!お前がシッカリしちゃらなどげするんか!」


 これではダメと思いつつも、厳しい口調を抑えることができない。


「よりもどせ!電話しちゃったら桃、分かってくれるくさ。だき今すぐせぇ!」


 千春ともに責めたてる。

 しばらく、そこにいたみんなが厳しい口調で説得する。

 ユキは黙って俯き聞いている。

 しばらくしてやっと口を開く。


「…無理…怖い…しきらん…」


 途切れ途切れの言葉。


「オレ…ダメダメやね…」


 情けない顔をして力なく笑う。

 絶望と、恐怖、諦めを強く感じる。

 この様子だと、再び一緒になることは難しいだろう。

 何を言っても無駄な気がした。

 説得することを諦める。


 桃に譲ってやったのに!


 本能の部分がそう叫んでいる。


 こんな上から目線じゃダメだ!ウチ、ダメ過ぎる!ユキに致命的に嫌われてしまう!


 なんとか冷静になろうと試みるものの、完全に感情的になってしまっていて、思うようにコントロールできない。

 そんな自分に対して苛立ちが募る。

 ユキへの対処法も何もかも分からなくなってしまい、


「もうお前やら知らん。いーごとせぇ。」


 半ば自棄になり、冷たく言い放って部屋を後にする。




 自分の部屋に戻るとともに冷静さが復活する。

 猛烈な後悔。


 絶対嫌われた!なんであんなことゆった?慰めに行ったはずやろ?


 ベッドに身を投げ出す。

 涙が勝手に溢れてくる。

 好きだからこそ感情的になってしまい、キツく当たってしまった。

 弱っているところに止めを刺した形になってしまっている。

 なんという酷いことをしてしまったんだ?

 何をどう考えても自分が悪い。

 これがきっかけとなり、会わせる顔がなくなり、付き合いの一切が無くなった。


 直後から謝りに行こうという気持ちはあった。でも怖くて申し訳なくて…


 ウチ、こげん臆病者やったって…。


 思い知らされる。


 悔やんでも悔やみきれない。

 自分の不器用さに呆れ果てた。

 心の底から情けないと思った。

 あの時感情的にならなければ…。

 優しく接してあげていれば…。


 もしかしたら、なんとかなったんじゃないのか?こっちを向いてくれたんじゃないのか?


 イヤラシイ考えが浮かぶ。

 が、今更だ。

 後悔しかない。


 寂しい…ユキに会いたい…。




 あの日、あの場にいて一言も発しなかった環。

 部屋の隅っこでこの様子をただただ見ているだけだった。

 ものすごく気になったので、そのことを聞いてみることにした。

 環の部屋にて。


「環、あんとき何もゆってなかったね?何で?」


 聞いてみると、


「あー、気付いた?ウチ、ユキのこと好いちょーもん。」


 即答だった。何の躊躇も感じられなかった。

 相変わらず強いなと思った。コイツには到底敵わないと思った。


 そして立て続けにショッキングな事実を付け加えた。


「でね…ヤッた。」


「…は?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「ウチ、ヤッたよ。ユキと。」


 もう一度同じことを言った。

 誇らしげに見えたのは多分、目の錯覚とかそんなのじゃないと思う。


「何、それ?」


「お前らとユキんとこ行った次の日にくさ、もっかいユキの部屋に一人で行って慰めてやって。その流れでやった。犯した、ともゆーけどね。勿論計画的犯行。」


 悪びれもせず平然と言い放つ。

 頭を鈍器で殴られたような気がした。

 言葉が出ない。

 しばしの沈黙の後、やっと発した言葉が、


「お前…すげーね。」


 だった。

 心からそう思った。

 軽蔑とか呆れとか否定とか、そんなマイナスの感情じゃない。

 むしろ尊敬だ。


 環っち、好きな男にはそげなコトまでできるんやな。


 純粋に感心した。

 そんなところは見習うべきだ。自分にはソコが全く足りてない。


 その後、環は可能な限り一緒に過ごし、慰めてあげたらしい。


 完敗だ。 



 そんな環も大学を卒業するとここから離れることになる。

 福岡に本社がある食品会社に就職したところ、赴任先は広島になったらしい。


 環には悪いがライバルが一人減ったと思った。


 桃も環もいない今、土下座してでもあの時のことを謝って、今度こそユキを振り向かせたい!


 考えたものの、怖さが先に立ち全く行動に移せない。

 とんでもないヘタレであることを思い知っただけだった。


 というのがユキと会うことができなくなった流れ。

 そして、現在に至る。

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