第55話① 自転車(BMX)

 6月。

 梅雨入りした。

 ということは!

 有喜の誕生日がやってくる!!

 筑豊人になって2回目の誕生日。

 

 チャリをプレゼントすることにした。

 

 

 

 関東にいた頃の有喜はまだまだ小さくて、三輪車に乗っていた。とは言うものの、桃代が忙し過ぎてなかなか外で遊ばせる機会がなかったため、あまり乗ることができなかった。

 ここまで忙しいと、自転車にレベルアップするときの練習もさせてあげられないだろうから、なんとかして時間を作らなくては…と思っていた矢先、帰郷が決まる。


 帰郷すると、曾爺ちゃんと曾婆ちゃんがいるので一日中世話をしてくれる。だから三輪車には腹いっぱい乗ることができた。

 三輪車に乗って遊んでいると、近所の子供たちが自転車に乗って遊ぶ光景を毎日のように見かける。羨ましそうに見ていたため曾爺ちゃんが、


「自転車欲しい?」


 と聞いてみたところ、


「うん!」


 と即答したらしく、その日のうちに近所のホームセンターへ。

 補助輪付の自転車を買いに行くこととなった。

 曾爺ちゃんの愛車は軽トラなので、このくらいの大きさの物なら楽勝でお持ち帰りできる。


 返事してから1時間足らずでおニューの自転車のオーナーに!


 家の前は、県道を挟んで川土手である。舗装されていて、サイクリング道路となっているため、練習にはもってこいだったりする。そして、なによりも付きっ切りで見ていてくれる人がいる。関東にいた頃よりもはるかに恵まれた環境なのだ。


 早速、ワクワクしながら曾爺ちゃんと土手に乗りに行く。

 あまりにも楽しくて、ドップリハマったらしい。

 雨の日以外、毎日乗るようになった。

 幸いなことに運動神経は桃代譲りで、あっという間に上達し、幼稚園入園前には補助輪が両方浮くようになっていた。かなり邪魔になっている。補助輪が原因でコケたりもする。

 

 もうこれは外し時じゃないのか?


 そう思い、曾爺ちゃんが外してやると呆気なく乗れた。

 外した直後こそ何回かコケたものの、泣くほど激しいコケ方ではなかった。数日で安定した乗り方になる。

 余計な抵抗と、出っ張りが無くなったため身軽になった。スピードも出るし、長時間乗るのも楽ちんだ。

 この町の市街地の入り口付近。サイクリング道路が終わる地点まで、何往復もするのが日課となった。曾爺ちゃんとしてはたまったものではない。

 毎日乗るから足腰も強くなる。さらに上手になってくると、ショボい子供用のじゃ一生懸命漕いでも大して速くないので、物足りなくなる。しかも成長が早く、買った当初ちょうどよかった大きさが、既に少し小さく感じる。元々補助輪付だから、スタンド自体が装着されてないワケで。乗り終ったら、そのまま激しくコキ倒す。よってどんどんボロっちくなる。入籍した頃にはまだまだ乗れるものの、かなりくたびれてきており、「新しい自転車が欲しい」と言うようになっていた。



 そこでユキは考える。

 今、有喜はどんどん成長している。ホントは身体に合わせてちょうどいいのを買うべきなのだろうが、そうするとすぐに小さくなってしまう。その度に買うのもなんだか勿体ない。乗らなくなった自転車はボロいので、リサイクル屋も買い取っちゃくれないだろう。そしたら粗大ごみで金を払って捨てなくてはならない。


 さあ困った。ここは少し大きいのを買った方がいいのでは?


 で、思いついたのがBMX。

 釣りビジョンの弾丸BASSボーイで、江口俊介プロが乗っているのがエライカッコよく見えたのだ。これならば、車体があまり大きくないので子供も乗れるだろう。

 という、もっともらしい言い訳を心の中でしているが、実はユキが乗りたかったりする。

 桃代には、


「競技用だから頑丈!」


 とか、


「元々は大人用だからずっと乗れる!」


 といった類の言葉で半ば騙したように納得させ、買うことが決定するのだった。



 張切って隣町にある専門店に行き、見てみるものの肝心の在庫が無い。というよりも、最初っから置いていないらしく、取り寄せてもらうことになった。

 納車は一週間後になるらしい。




 納車当日はレジアスエースで引き取りに行く。

 防犯登録をし、ワイヤーロックを買い、荷室に積み込んだ。

 クルマが商用車なので簡単に積める。しかも数台はイケる!

 ちなみに、桃代のグロリアワゴンでも、後部座席を倒せば2台はイケる。

 ミニカは…ちょと厳しいか。助手席のシートまで倒せば載せられるのでは?

 こんな時、ワゴンやバンは役に立つ。

 

 釣り場に持って行って、そこからランガンもありやな。


 夢が膨らむ。

 ファイヤーセルがすぐに3つ揃うかも?by弾丸BASSボーイ

 

 

 

 持ち帰り、先ずユキが庭で乗ってみた。

 早速ウィリーしてみる。

 前輪を上げたままずっと走れる。

 しかも、ママチャリよりはるかにやりやすい。


「わ~!お父さんすごいね!」


 感動し、拍手してくれている。

 尊敬のまなざしがなんか気持ちいい。


 今度は、調子こいてジャックナイフ。

 助走してスピードを上げ、目の前で前輪のブレーキをかけ、後輪を浮かせる。

 これもママチャリよりやりやすい。

 また感動してくれている。

 

 やりがいあるな。


 ウィリーして段差を上る。

 どの動作も、ママチャリでやるよりはるかにやりやすい。

 そして、有喜が感動してくれるというオマケ付。


 競技ではどんな技があるか全然知らないユキだが、小さい頃悪ふざけでやっていたウィリーなんかがやりやすくて面白い。

 有喜もそれを見るのが楽しいらしく、今のところ乗せてとは言わない。

 それにしても流石は競技用!安定感が違う。

 子供に買ってあげたのに見事にハマるユキ。

 運動神経は残念なクセに、こういう事だけは得意。

 もう一台買おうかな…と、密かに企んでいた。




 楽しくて、かなり調子コキまくっていた。

 何度目になるだろうか?

 ジャックナイフ。

 前ブレーキをかけ、後ろタイヤを浮かせたところで、買い物から帰ってきた桃代に見つかった。

 その場にクルマを止め、エンジンも切らずにものすごい勢いで降りてきて、

 

 「ちょーっ!ユキくん!なんちゅーことしてみせよん?マネしてケガでもしたらどげするん?」

 

 烈火のごとく怒りだす。

 チャリから降りて思わず苦笑い。

 

 「マネしたらダメぞ?」

 

 今更だ。

 全く説得力が無かった。

 この言葉が火に油を注ぐ結果となって、

 

 「散々やっちょって!そげなんでユーキがゆーこと聞くはずないやろ!」

 

 さらに怒られた。

 怒られている真っ最中なのに、

 

 「今度は僕!お父さん!さっきのっちどげやってするん?」

 

 ユキからチャリを奪い取り、跨ったかと思うと興味津々で聞いてくる。

 

 「ユーキはっ!マネしたらダメやろ!」

 

 ついでに怒られる。

 

 「ほら見てん!もぉマネしよーとしよる!これゼッテーゆーこと聞かんパターンやん。ホント、ケガしたらどげするん?」

 

 幼馴染の女子関係以外のことで久しぶりに激しく怒られた。

 

 「ごめんなさい。」

 

 情けない声でヘラヘラしながら謝った。

 

 「うるさい!ホントこれからずっと心配せないかんウチの身にもなってよね!」

 

 怒りが収まらない。

 この日は怒られた後、土手に行って大人しく乗って遊んだ。

 

 

 

 数日後。

 会社から帰ると、いつもの如くクルマの音を聞きつけ有喜が元気に駆け寄ってくる。

 

 「おかえり!」

 

 両腕を広げ抱きついてきたので、腰をおろし抱っこしてあげると…色んなところが傷まみれになっていた。

 顔も手も足も絆創膏だらけ。


「お前…これどげしたんか?」


 心配になって聞いてみると、


「自転車でコケた!泣かんやったばい!」


 やっぱし!


 それにしても、とても得意げだ。

 すぐさま桃代が、


「コケたっち…あんた、どげんごとしよってコケたとね?」


 聞いてくるものの、既に理由は想像がついている様子。

 有喜は、


「ん?フツーに乗りよって。」


 平然と答える。


「ウソ言いなさい!お父さんのマネしよったっちゃろ?」


 バレバレだ。

 怒られる、が。


「ううん。フツーに乗りよって。」


 認めない。

 そしてユキをキッと睨み、


「見てん!絶対こげなるっちゃき!」


 何もしてないにもかかわらず怒られる。

 頭を搔きながら苦笑い。

 その顔を見てさらに怒りが増していく。


「もぉ!笑いごとやないっちゃきね?」


「いかんやったね。」


「当たり前て!ホントもぉ!どげするん?今から毎日こげな心配せないかんっちゃきね?」


「ごめん。ゆって聞かしとく。」


「今更ゆっても聞くもんか!」


 ユキも内心そう思ったが、説得する意思は見せておかないとこの後またまた怒られる。

 みんなで家に入り、着替えて釣りビジョンを見ながら風呂の準備ができるのを待つ。

 桃代は夕飯の支度。


 その間に男同士の話し合い。


「ユーキ?ホントは何しよったん?」


 桃代に聞かれないよう、小さい声で尋ねてみる。


「ん?お父さんがしよった後ろ上げるヤツしよったら前にコケた。」


 素直に答える。


「コケたっち…前さい飛んで行ったっちゃないとか?」

 訳:前に


「うん、そんな感じ。ちょっと速過ぎた。自転車の下敷きになった。」


 スピードを出してからの前輪フルロック。前に吹っ飛んで行き、顔面から着地し、あとからチャリが降ってくる。ジャックナイフの模範的な失敗だった。ユキにも経験があるから思いっきし想像できてしまう。


「痛かったやろ?もうしたらダメぞ。大ケガするし、お母さんからまた怒られるきの?チャリ乗ったらダメっち言われたらイヤやろ?」


「うん。」


「だき、もう絶対せんとぞ?」


「分かった。」


 桃代を心配させるのは、ユキとしても不本意だ。

 どのくらい分かったかは分からないが、返事はしてくれたので信じることにした。


 有喜がジャックナイフでコケて数日。

 今のところ普通に乗っているみたい。

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